【Who Is Killer?】 3
――――夕凪春達は部屋に集まっていた。
――――これは、滋賀井初音を日乃崎虚が襲撃して逃走した十分後くらいにあたる
俺達はそれぞれ自分の機械で示されている球体を抱えて自分で持ってきた。
大きさは人によって違って例えば俺と湊は筆箱くらいのサイズの小さな物で、逆に優花の持っているのはかなりでかいもので、だいたい人の顔くらいのサイズだった。
そして重量も結構違った。
俺と湊のはやはり軽くて、球体自体の重さが殆どなんじゃないかと思う。
また優花のは俺達とは違いそれなりに重い。
このとき俺は少し嫌な予感がしていた。
湊が言うには遊李の機械に入っていたのは、拳銃だったらしい。
しかもそれはジャッジよりも大きいものだったようだ。
ここから導き出される答えは一つ。
――――また、拳銃が入ってるんだろうな……
そんな嫌な予感がしてても初音の条件を満たすためには、開けなくちゃいけないんだよな。
それに、虚みたいに積極的に交戦するような人間もいないし仮に拳銃が入ってたとしても大丈夫だろう。
まあそれでも、入ってないに越した事はないんだけど。
「それじゃあ早速開けていくが、いいか?」
「ああ、ちょっと湊提案なんだけどいいか?」
「ん? どうした」
俺の希望する提案は簡単だった。
単純に開けるなら優花のは最後にして欲しい、ただそれだけの要求だ。
先に俺と湊のを開けてできることなら先に食料を口にして、腹を満たしておきたいからな。
と、いった感じの旨を湊に提案した。
「別にその程度なら構わん。じゃあ言い出しの春から開けてくれ」
俺は言われた通りに自分の球体に手を掛けた。
そして蓋を上の方へと持ち上げる。
中を覗いてみるとそこにはかんぱんやカロリーメイトと言った感じの食料が入っていた。
俺のしていた中身の予想は当たっていたみたいだ。
「やっぱり中に入ってたのは食料か……。なあ湊、これどうやって分けるよ?」
俺が喋り終わったくらいで次は機械のピーピーと言った感じの音が鳴り出した。
ポケットから機械を取り出してみるが、なったのは俺の機械ではないようだ。
だったら誰の?
疑問は直ぐに解決された。
『二つ目の【正義】の情報の箱を開けました。解除条件の達成まで残り一つ』
機械音が正しいのであれば、とりあえず初音の首輪が作動することはなかったみたいだ。
同時にこれで俺が正義であると言うことも証明されたわけだ。
二つの意味で俺は安心して、椅子に座り込んだ。
そしてその後俺の球体の中に入っていた食料をどうするかを相談した結果、やっぱり全員で等しく分けようと言うことになった。
俺は最初からその気だったため、反論するわけもなく、肯定する。
袋の中に入っていたのは、カロリーメイトが三袋、かんぱんが三袋だった。
元々は俺の球体に入っていたものと言うことで俺はカロリーメイトとかんぱんを一つづつ貰う。
それから俺の意思で優花も同じだけもらうことにした。
湊はかんぱんのみ、初音はカロリーメイトのみと言った風に分配されることになる。
と言うか何れにせよ飲み物が欲しくなるなあ、と少し文句。
それから三十分くらい掛けて俺達はそれぞれの栄養保持食品を食べることにした。
湊と初音は一袋まるまる食べていたが、俺と優花は片方を食べただけで腹が一杯になったからゲームの後半のためにとっておくことにする。
あと四分の一日以上はゲームは続くんだから、補充は大事だよな。
ちなみに食べた感想はやっぱり水分は重要、口の中ぱっさぱさ。
そう言えば、初音は次の湊の箱を開けたらもう自爆装置を解除出切るんだっけ。
味方の中から一人実質的にクリアした人間が出るのは嬉しいな。
この調子で行くと、そのあとに湊も自爆装置の解除が出来る訳だ。
でゲーム終了の30分前になれば優花に自爆装置を外せる。
そっから三人の機械を俺が壊して、はれてチーム全員クリアってわけだ。
そう考えたら希望が見えてきた。
俺達は全員生きて帰る未来への希望が。
どうにかして虚と華も一緒に生きて帰れないかな……。
俺は心の中で小さく呟いた。
「さて、そろそろ俺の箱を開けるが……いいな?」
それぞれが栄養保持食品を食べ終わってから数分休憩したところで湊がそう切り出した。
この言葉がいつも通りの湊として言われたのか、それとも初音の自爆装置を早く外したいと言う意思から言ったものなのかは定かではない。
だけど、そんなことは別にどうでもいいよな。
俺と優花は首を縦に傾けて肯定した。
「じゃあ……開けるぞ……」
どうやら湊は緊張しているようだった。
そりゃあ、自分の幼馴染の命がかかっていると同じなんだから仕方がない。
箱を開ける手に手を掛けたまま湊は上に開かなかった。
湊は喉を鳴らし、息を荒くする。
「湊くん……開けて、いいんだよっ?」
悪の情報で示された球体を開けました。首輪と建物が連動、プレイヤーコード【信頼】を殺害します
「わかってる……今、開けるから待ってろ」
とは言ったものの湊は直ぐには箱を開けなかった。
あのいつも強気な湊がここまで緊張していると言うのも珍しい。
そして、ついに湊は球体を開けた。
その中にはジャラジャラと光る金属が多数入っており、それは銃弾なのだと容易に判断できた。
湊は球体を開けたと言う一種の開放感に満たされたようで、椅子に腰を下ろす。
そんな湊の様子を見て緊張の波が解けて俺も同じように椅子に座り込んだ。
「これで……初音は助かったのか……」
湊は天井を仰いで、しみじみとした口調で語る。
よく聞くと声は震えているようだった。
まさか……泣いてたりして?
普通ならば考えられないが、湊の今までの経緯を考えればまったくありえないと言う話でもなかった。
俺達は初音の機械から鳴るアナウンスを待つ。
数秒後、アナウンスが始まった。
『【悪】の情報で示された球体を開けました。自爆装置が起動、プレイヤーコード【信頼】を二分後に殺害します』
「はぁ……?」
最初の湊の声はただの疑問だった。
アナウンスの意味がわからずただ、疑問詞を上げるしかなかったのだ。
それは湊だけではなかった。
優花も、そして本人である初音でさえ首を傾げて疑問を浮かべている。
そして一番最初に意味を理解したのは俺だった。
「は……? 湊が……【悪】? 初音が死ぬ?」
理解したとは言ってもあくまで言葉の意味だけで、状況を理解したわけではなかった。
だからただわかった事柄を口にするだけが精一杯だ。
しかしそれだけで湊には内容が伝わったようで、座っていた椅子を立ち上がる。
「オイ春、それはどういう意味だ。俺が……【悪】だと……?」
そして俺の目の前まで来たと思うと、俺の襟を掴んで体を持ち上げた。
俺は醜くうめき声を上げて抵抗するが、湊の力には叶わない。
表情を見たら湊が悪意を持ってこんなことをしているわけではないと言うことが解る。
何故なら湊自身の表情も困惑していたからだ。
多分今の俺と同じ状態なんだろう。
しかも湊は俺と違って当事者、言い方を変えればこの状況を作った本人だ。
「あ……か……」
だんだんと呼吸が難しくなってきた。
声が枯れて、息を吐き出すのすら辛くなってきたところで視界が薄くなる。
そしてこのままの体勢を続けたら俺死ぬな、と心のどこかで悟った。
で、俺が死んだら【正義】を殺しちゃったから湊の自爆装置作動してしまうのかと心配する。
おいおい死ぬ間際に他人の心配とか俺どんだけお人よしなんですか。
実際そんなにいい人間でもないくせにさ。
「ちょ、ちょっと鏡峰! 春から手を離して!」
湊の手を叩く優花。
俺の表情が本気でまずいことに気づいたんだろうな。
それで湊も正気に戻ったようで、俺を掴んでいた手を離した。
手から離れた俺は力なく床に倒れて咳き込んだ。
優花が必死に声を掛けてくれているが、苦しくて良く聞き取れなかった。
ある程度息が落ち着いたところで、俺は湊に話しかける。
「湊……どういうことだよ……。お前が……【悪】だったのかよ……?」
「違うッ! 俺が……【悪】なわけがあるかッ……」
湊は本当に現状がわかっていないようだった。
むしろ、わかっていてこんな表情が出来るやつがいるなら見てみたいくらいの焦り具合だった。
俺と、恐らく優花も今の状況を理解し始めていた。
――――初音の自爆装置がもう少しで作動する……。
その単純な事実に湊が気づいていないとは考えにくい。
だがそれはいつもの場合だった。
今の湊はどう考えて冷静な判断が出来る状態ではなかった。
もしくはわかっていてもその事実から眼を逸らしているのかもしれない。
初音が死ぬと言う信じがたいその事実から。
「……どういうことだ、どういうことだ、答えろッ」
誰かに向かって湊は叫ぶ。
部屋全体をその音が震わせるが、ただそれだけだった。
それ以上のことは何も起きない。
奇跡なんて、起きないんだ。
俺達三人は混乱して、意味がわかっていなかったのに、初音だけは理解したと言うような、全てを諦めたような表情をしていた。
つまりは……笑っていた。
虚のような意味のわからない気味の悪い笑顔ではなく、見ていて気持ちいいような清清しい笑顔。
いつも初音がみんなに振りまいているような可愛らしい笑顔だった。
「湊くん……最後に質問していいかなっ?」
「最後なんて言うな……お前が死ぬことは許さん……」
湊の言葉に初音はクスッと笑って、外はねの髪をいつもの様に跳ねさせた。
死ぬ間際に何故初音は笑っているのだろうか?
俺は体験したことはないからわからないが、普通死ぬ直前って遊李みたいに酷く動揺するもんじゃないのか?
なのに初音は逆に落ち着いている。
それが俺には謎だった。
まさか……初音は俺達に心配させないために、こんな風に冷静を装ってるのか?
遊李のときみたいにならないようにするために、こんな風に動揺してない振りをしているのか?
自分が死ぬ直前で一番怖いはずだ。
なのにみんなのために、死に対する恐怖を押し殺して耐えてるってのか……?
「じゃあ質問っ。湊くんは【悪】じゃないんだよね?」
それは質問と言うよりも確認だった。
初音は微塵も湊を疑っているようには見えない。
湊を、信じているのだろう、信頼しているのだろう。
だから質問だけど、確認にしか聞こえないんだと思った。
「当たり前……だ……」
「よかったぁ……。湊くんはやっぱり【悪】じゃなかったんだ」
もう、後悔はないように見えた。
初音はもうこの世の全てに整理がついていて、それで最後の心残りを言葉に質問にしたんだ。
その答えは自分の予想通りの答えだったんだから、後悔なんてあるはずがなかった。
「湊くん、今までありがとね……。私は湊くんとずっと入れてよかった」
「やめろ……そんなことを言うな。それじゃあまるで……お前が死ぬみたいだろうが……」
湊は涙こそ流してはいなかったが、確かに泣いていた。
これを泣いているといわずに、何を泣いているというのだろうか。
表情だけ見ればまったくと言っていいほど泣いてはいない。
だが、心の中は号泣しているだろう。
結局湊も初音も似たもの同士なんだ。
相手を思いやるばかりに、強がって。
みんなに迷惑をかけないように虚勢を張って。
二人共……優しすぎるんだよ……。
「私ね、愛羅ちゃんが死んでからずっと悲しかった。でも湊くんがいたから生きてこれたんだよ?」
言葉の途中も初音は笑顔のままだった。
だが頬は引きつっているようにも見える。
無理して笑っているのが良く分かった。
「愛羅ちゃんが死んで凄く、凄く悲しかったけど、湊くんがいたから耐えられた」
まだ初音の言葉は続く。
「私ね、湊くんのことが――――」
「それ以上喋るな!」
湊は初音を両手で包んだ。
言葉を強引に遮って、それ以上言葉を聞かないように無理やりに抱きかかえていた。
それに初音は少し面食らったような表情になる。
だけど湊の意思がわかったのか、またいつものような弾ける笑顔に戻った。
「湊くん、私ね、湊くんに会えて本当に良かった。それでね、最後まで湊くんを信じられてよかった」
「お願いだ……お前は愛羅みたいに俺の前から消えないでくれ……」
その言葉を聞いて初音は初めて涙を流した。
堪えていたものが一気にあふれ出してきたんだ。
一度流れ始めた涙は初音の頬を伝い、近づけていた湊の頬を伝う。
そして湊の頬から地面へと零れた。
『自爆装置の作動まで30秒を切りました。近くにいるプレイヤーは離れてください』
初音の機械からそんなアナウンスが鳴る。
そんな声は二人の耳に届いていないようだった。
俺は湊を初音から離れさせるために一歩目を踏み出す。
しかし二歩目以降は進むことはなかった。
優花に服の袖を引っ張られてとめられたからだ。
振り向くと今にも泣きそうな表情の優花がいた。
「春……いいの……。あのままにさしてあげて……。そうでもしないと……」
そうでもしないと……、その言葉の先を優花は言わなかった。
だけど俺は足を止める。
つまり、最後まであのままにしてあげろってことだろ……?
今にも崩れそうな二人が支えあって耐えている姿は酷く綺麗で、だけど果敢なかった。
だけど俺には何も出来ない。
何もしちゃいけない。
「湊くん……そろそろお別れしなきゃっ……。もう私の自爆装置作動しちゃうから離れて……」
初音がそう言っても湊は離れなかった。
逆に更に腕に力を加えているようだ。
湊の背中からは、「まだ離れたくない」と言う意思がひしひしと伝わってきた。
それが一層と虚しい。
「うるさい……俺から離れることは許さん……。お前は俺が守る……」
そのとき初音の表情は、笑顔だった。
湊がいつも通りで安心したような顔だ。
湊の表情は、見えなかった。
そして初音は驚くべき行動に出た。
湊を無理やり突き放したのだ。
とは言っても初音の力では数センチ動かすのが限界なためそこまでは動いてはいなかった。
だが真に驚くのはその次の行動だ。
キス。接吻。粘膜接触。
初音は湊の唇に自分の唇を合わせた。
「――――ッ!?」
「愛羅ちゃんの真似だよっ。私じゃかっこつかないかもだけど」
自分からしたにも関わらず初音の頬は真っ赤だった。
多分湊も同じような表情なんだろうな。
自分の最後を全うできる初音はすごいと心から正直に思えた。
「じゃあね湊くん」
「初音ェェェェ!」
流石に今は湊をとめなくちゃダメだと思った。
これで巻き込まれて湊が死ぬのは止めるべきだと俺の頭が訴えかけてきた。
湊の動きを後ろから羽交い絞めで封じる。
「離せ春ッ! 初音は死ぬはずがないッ! 俺が守るから大丈夫に決まってるだろうがァ! だから離せ春ッ!」
いくらなんと言われても、暴れる足や肘が体に当たっても俺は離さなかった。
初音の爆発に巻き込まれて死ぬのは誰もが望んでないはずだ。
だから俺は止めた。
心を鬼にして止めた、心を悪にして止めた。
「――――大好きだったよ」
そして初音の自爆装置は爆発した。
俺の頬に初音の血液が飛び、付着する。
湊の影になっている俺で掛かっているんだから、湊はもっと多く掛かっているだろうな。
爆発の勢いに負け、俺と湊は後ろに尻餅をついた。
俺の拘束がゆるくなったのを見逃さず、湊は初音の元へと近づいて行く。
そして湊は初音の胴体を見て嘆き、そして吼えた。
「うわァァァァァ! 嘘だッ! 嘘だッ! 初音が死ぬなんて、嘘に決まってるッ!」
入戸の様に取り乱している湊だったが、多分本当は嘘だなんて思っていないだろう。
そんなことがわからないほど湊は非現実主義者ではない。
目の前の出来事が紛れもない事実だと言うことはわかっているはずだ。
それでも、愛沢さんとの約束を守れなかったことを否定したいんだろう。
「ふざけるな……なんで、なんで初音が死ななくちゃいけなかったんだよ……」
部屋に虚しく湊の声が反響した。
†††††††††††††††††
――――鏡峰 湊は動揺する
何故……初音が死ぬ必要があった……?
何故俺からまた幼馴染を奪う……?
このゲームの目的はなんなんだ……。
いいや、何の目的があったとしても許せるはずがない。
許さない。
「オイ、出て来いクソッたれ共がァッ!」
俺は思い切り壁を叩き、スピーカーらしきものに向かって叫ぶ。
だが声は返ってこない。
無視されているのか……元々音を拾う機能がないのか。
そんなものはどっちでもよかった。
「いいや、出てこなくても構わん。何故俺達を……何故初音を殺したァッ!? こいつが何をした!」
俺のシャツに付着した初音の血液が染み込んで、肌へと当たったのがわかった。
冷たくも、温かくもない中途半端な温い温度。
そして目の前に横たわっている初音を見た。
遊李と同じように首から先が着いていなかった。
顔と体の連結部分に当たる首が焼け焦げているのがわかった。
「何故……初音をこんな目に合わせたか答えろ……!」
それは既に初音ではなかった。
今目の前にあるそれは初音だった動かない何かでしかない。
首は数メートル先に飛んでいた。
その表情は遊李とは違い、笑顔に近いものだった。
少なくとも苦痛に歪んでいたり、絶望したりしている表情ではない。
「オイ……」
俺は質問の矛先を変える。
向けられた春と暁が体を震わせたのがわかった。
そうだよな……冷静に考えれば簡単にわかったんじゃねえか。
――――こいつらのどっちかが【悪】なんだろ?
「どっちだ……?」
「え……?」
春が間抜けな声音で惚ける。
俺にそんなの適当な嘘が通用するはずもないのに、こいつは惚けた振りで俺を騙そうとしていた。
それに余計に腹が立った。
「どっちが【悪】だって聞いてんだよ……」
「オイ、湊! それどういうつも――――」
「御託はいい。さっさと答えろ、どっちが【悪】だ?」
苛立ちすぎて思考が上手く纏まらない。
だけど纏まらなかったところで大した問題じゃねえ、
どっちも殺せばいいんだからな。
俺は春の言葉を途中で遮らせてさっきと同じように襟を掴んで持ち上げた。
また息が詰まって苦しそうにしている。
それを見ても俺はなんとも思わなかった。
そうか俺、もう感情が壊れてるのか。
「わからないようなら質問言い方を変えてやろうか……? テメエらのどっちが俺達をこんなクソゲームに巻き込んだ、頭イカレタゴミクズ野郎かって聞いてるんだ」
「あ……あ……。み……な……と……」
この期に及んで俺の名前を呼ぼうとするコイツが最高に俺の気分を悪くさせる。
睨みつけても春の視線が俺の方に来ていないから、それが通じてるかがわからなかった。
苛立ちを乗せて俺は締め付ける力を一層強くする。
「俺のことをクズが名前で呼ぶな。」
もう片方の開いている腕を襟ではなく首を掴んだ。
そしてもう片方の腕も首へと伸ばした。
両の腕で春の首をギチリと締め付ける。
首から浮かび上がる青白い筋が目に見えた。
そんなのは関係なしに俺はひたすら無心に腕に力を込めた。
「やめてっ!」
暁が俺の体を叩く。
これもデジャヴだな。
さっきとまったく同じ状況じゃないか。
違う点と言えば俺が故意的に有意識でやっているのと、初音がいないと言うことか。
……クソがッ
「春からっ、手を離して! お願いだから春を殺さないでっ!」
「知るか」
両手は塞がっていたため右足で暁の体を蹴る。
鳩尾に命中したお陰で、暁は地面に倒れこんだ。
それ以上は面倒なため追撃はしない。
と、そこで俺の顎に何かがヒットした。
多分夕凪の拳だろう。
そのまま腕の力は抜け、俺は後ろに仰け反る。
拳を受けた衝撃で頭が少しぐらぐらして気持ちが悪かった。
「かはっ、かはっ!」
むせて咳をする春に近寄る暁。
それを見て俺は更に怒りのボルテージが上昇する。
何故正義であるはずの初音は死んで、悪であるこいつらがのうのうと生きてる……?
『指定した【信頼】のプレイヤーの死亡が確認されました。今から二分後に自爆装置が作動します』
ついに俺のタイムリミットが二分に迫った。
それまでにせめて……こいつらを殺さなくちゃな。
手始めに春を思い切り殴りつけた。
軽く数メートル転がって、壁に背中を打ちつける。
「やめろよ……湊。こんなのお前らしくない……」
「じゃあ教えろ、俺らしさってなんだ……。好きだったやつも好きになってくれたやつも守れなかった不甲斐無いこんなのが俺らしさだってのか!」
「湊ッ!」
春の俺を呼ぶ声に俺は一瞬怯んだ。
抵抗するようにキッと睨んだが、それは春の訴えの目の前ではまるで効果をなさなかった。
その目を俺は生徒を叱る教師のような目と表現をしてみた。
春はその目のまま言葉を続ける。
「違うだろ? お前らしさってのはさ……自分が間違っていようと正しくいようとすることじゃなかったのかよ?」
その言葉に俺はハッとした。
自分の深いところにあった本来の目的を当てられたことで心を揺さぶられる。
頭ではなく、もっと深い何処かが殴られたような気分だ。
さっきの比喩は間違いなんかではなくて、本当に生徒を叱っている教師そのものじゃないか。
間違った生徒(俺)を叱る教師(春)、そんな構図が今出来上がっていた。
「なあ、これがお前が正しいと思ってることなのかよ! そうならもう一回俺達に聞き直せよ、『お前らのどっちが【悪】か』ってよ!」
……俺は何をしてるんだ。
初音が死んでからみっともなく動揺しまくって。
挙句の果てには協力してくれた二人まで疑っていた。
本当に俺は……俺は三年間なにをしていたんだ!
「違うだろ? そんなのは湊じゃねえよ! 初音だってそんなのは……望んでないはずだ」
そうだ、俺が全部間違えていた。
この二人は悪くないじゃないか。
悪いのは、本当の【悪】のやつだ。
こいつらが俺達をこんなとこに連れてきて、こんなゲームをさせる人間な訳がないだろうが。
春は普段はそこまで頼りのないやつだ。
だがこうして俺を叱って、正してくれる。
俺を救ってくれている。
暁もそうだ。
絶対に勝てるとわかってるはずなのに俺に立ち向かって春を助けようとした。
最初に一回やられるイメージが植えつけられてるはずなのに、それでも俺に立ち向かった。
そんな二人が悪なわけが、俺達をここに連れてきて殺し合いのゲームをさせるやつには思えなかった。
俺は数秒前までの俺を恨む。
こんな二人を疑って、ましてや殺そうとまでしてしまった俺を。
「なあ……春」
最後に初音が俺に問いかけたように俺も春に問いかける。
この世で後悔を残さないように答えを尋ねる。
他にも気になることはあったが、それでも先に俺の人生を掛けた謎を解きたかった。
「俺は……愛羅に顔向け出来る位に正しくいれたか?」
これだけは絶対に、後悔しちゃいけない。
この世に置いてはいけないと思った。
答えはわかりきっていると思っても、これだけは聞かないわけにはいかなかった。
初音を死なせてしまった俺が正義を全うできているはずがない。
「出来てたよ。湊が居なかったら俺達はもっと早くに死んでた。だから初音の命は守れなかったけど……俺と優花の命はしっかりと守れてた。そいつを正しくなかったなんて言うのは、おかしいだろ?」
やっぱり……春はお人よし過ぎる。
初音も最後までみんなを思いやって笑顔でいた。
だったら俺の最後は決まっている。
「ありがとう、春。お前達に出会えて……良かった」
俺はこれまでの人生を振り返った。
生まれて小学校高学年くらいまでは、親父がテレビ局に勤めてて芸能人に会い続けてて、ガキの頃は役者目指そうとしてたな。
それのきっかけは……確かあの、御古瀬 菜々香とか言う俺より年下なのにテレビに引っ張りだこな少女の言葉だったかな。
だっていきなり俺に会って一言目が
――――貴方、絶対テレビに出たら僕よりも売れるよ!
だったからな。
そんなことを売れっ子に言われたからガキだった俺は信じてしまった。
だけどそれも小学六年の頃に諦めた。
親父の自殺。
それはガキだった俺の精神に大きな傷跡を残して、芸能界に関わることすら避ける原因になった。
だから俺は役者の夢をたったの一年で捨てた。
そして中学三年。
愛羅が自殺した。
役者を目指すって言い始めたときよりもずっと前から遊んでいた二人の幼馴染のうちの一人の死は俺の第二の人生のキーとなった。
それから俺は正しくあることを目指して、一層真面目になり、生徒会長もし始めた。
今思うと、それくらいに愛羅の死は俺にとって衝撃的だったんだな。
最後に現在高校三年。
こんなクソッ垂れたゲームに巻き込まれる。
そして五人との出会い。
入戸が死んで、初音が死んだ。
そして俺も18年の人生に幕を閉じる。
こうして振り返ってみると俺って三年毎に大きな出来事が起こってるんだな、としみじみと思った。
ああ、もっと愛羅や初音と一緒に幸せに暮らしたかったな……。
叶うはずもない希望を夢見る。
いつまでも三人で馬鹿みたいに遊んで。
それぞれ彼女とか彼氏が出来て。
それでも彼女彼氏も一緒になって俺達は集まって。
高校に入っても、大人になっても、爺や婆になっても、何歳になってもずっと一緒にいれたらよかったのに。
「俺も……お前に会えてよかった……」
春はそう俺に言った。
その言葉は俺への冥土の土産としては充分すぎる。
『あと三十秒で自爆装置が作動します。他のプレイヤーは離れてください』
もう、死に対して恐怖はなかった。
恐ろしくないし、怖くもないし、後悔もない。
俺はもう……死ぬんだ。
「お前達には三つ頼みがある。聞いてくれるか?」
二人は無言で頷いた。
「一つは華を助けてやってくれ。日乃崎の元にいちゃなにがあるかもわからん。だからあいつを助けてやってくれ」
「ああわかった」
春は泣いてなかった。
既に三度目の死で慣れたのか、それとも俺の前で最後の強がりを見せているのかはわからない。
どちらにせよ、俺としてはありがたい。
「二つ目は日乃崎を救ってやってくれ。あいつが【悪】だったとしても、無理をしない限りで救ってやってくれ」
「ああ、わかった」
残りは十数秒ってとこか。
急いで言う。
俺の人生最後の言葉はこれでいい。
「最後は二人共……生きて……帰れ」
「ああ……わか……った」
そして俺の自爆装置が作動を始める。
俺の自爆装置は入戸や初音のものとは違うギロチンタイプだった。
まず右手前の刃が右斜め後ろへと伸びた。
頚動脈が切れたが、刃で抑えられているため血はほとんど溢れない。
それに俺が熱いと感じているのに加えて、単純に刃にも熱が通っているようで、傷口を焼ききっていた。
――――最後まで痛みを味わえってことかよッ……
目の前が真っ黒になり始める。
そして俺は床へと倒れこんだ。
受身を取る力すらない。
ドンと音がしたが、耳が遠くなっているためか自分のものとは直ぐにはわからなかった。
そして左側の刃が同じように俺の首を切り裂く。
痛みで何も考えられなくなった。
もはやまだ生きているのが一つの奇跡だった。
何かを言おうと口を開くが、ヒューヒューと壊れた笛のような音しか出ない。
声帯が切られてるのか。
これで俺は本当に無力に成り下がったわけだ。
そのとき真っ暗だった視界が晴れた。
そして目の前に人影が見える。
両方とも女性のようだ。
ああ。わかった。
――――愛羅と初音だ
なんだやっぱり死んでなかったんじゃないか。
ドッキリにしては手が込みすぎてるな。
そうか、俺の死も、この感覚もただのフィクションなんだよな。
俺の希望はこんな目の前にあったじゃないか……。
そして俺の口は一つの言葉を示した。
相変わらず声には出ないけど確かに俺の口は四文字の言葉を紡いでいた。
――――ただいま
そして再び目の前が闇に包まれ、目の前には何もなくなった。