【Who Is Killer?】 2
――――滋賀井初音は眼を覚ます
私はまだ眠たい瞼を擦りながら上半身だけ起こした。
横を見ると三人ともはまだ寝ていて、どうやら私が一番早く起きたみたい。
三人を起こさないようにゆっくりと体を持ち上げて、ドアを開けて廊下へと出る。
別になにか目的があったわけじゃないけど、固い床で寝てたから体が痛いため伸びをした。
「んー、首が痛いかなっ。まったく床で寝るなんて湊くん少し常識がないよねっ」
私の場合特に髪がくしゃくしゃになっちゃうから大変なのに、湊くんはまったくわかってくれない。
とか言って湊くんは昔から女心がわかってませんからねえ、にしし。
廊下の空気を吸って少し気分も落ち着いた私は教室の中に戻る。
すると、夕凪くんが起きていて私と目が合う。
「んっ、おはよ。いやもしかするとこんばんわのが正しいのかな?」
そんな冗談を言う夕凪くん。
私はそれにあははと笑って適当に返事を返した。
夕凪くんに続くように、優花ちゃん、最後には湊くんも起きてきてなんだか私が起こしたみたいで少し罪悪感。
でもまあいっかっ、と責任逃れをしてみる初音ちゃんでした。
全員が起きているのを確認して湊くんは少し眠たそうな口調で喋り始めた。
「うん……これで全員起きたか。じゃあこれから十分後にこれからの見通しを話す。それまではそれぞれ自由にしておけ」
言葉の最後にくかーと大あくびをする湊くんはそうとう疲れてるのかな。
と言うか湊くんって最初の方にも寝てたからここの誰よりも寝てるはずなんだけど……。
それでも眠たい湊くんって、育ち盛りかな?
あはは、違うかー。
それから十分間は特になにかしたいことがあったわけじゃないから私はボーっとしてた。
夕凪くんと優花ちゃんは会話をしてたし、湊くんは考え事をしてたから私の入る場所はなかったのです。
余りにも暇だったから機械を触ってみることにした。
機械音痴の私でも流石に何回も弄ればある程度使い方はわかってきて、メニュー画面までの行き方は大分慣れてきた。
そこからは単純に見たい情報をタッチするだけだから楽々なのです。
私は改めて自分の『枷』と言うものを見た。
「プレイヤーコード【信頼】
『枷』
『箱』の内部のどこかに存在する球体を四つ以上開ける(箱の場所は各プレイヤーの機械の中に示してある、悪の持っている情報の箱を開けると腕輪が起動)」
これだけを見た感じでは、大分楽な条件だと思う。
少なくとも、夕凪くんの他の機械を四つ以上壊すみたいな条件よりかは簡単なものじゃないかな。
続いては特殊機能を見てみる。
「プレイヤーコード【信頼】
特殊機能
地図にメモを書き込める」
一見もの凄くどうでもいい機能に見えるけどこれは私の機械の場合は大分便利な機能になってくる。
何故なら他の人から一度球体の場所を聞いておけば、メモすることでもし他の機械が壊れちゃっても探せるようになるから。
その他にも私個人としては物忘れが酷いものだから、みんなとの待ち合わせ場所を記録しておいたりね。
いやー本当に特殊機能様様ですよ、あはは。
と、一通り私の機械にだけ入っている情報を閲覧したところで、機械をポケットにしまった。
さて残りの時間は何しましょうかねえ。
ぶっちゃけちゃうと初音ちゃん今かなり暇なのですよ。
何をしようかー、とぶーぶー言ってみるけど誰も言葉を返してくれない。
初音ちゃんさびしいです。
そうだね、優花ちゃんのあの育ちすぎてる胸を揉んでみるというのもありですな。
いやそれよりも夕凪くんを優花ちゃんネタで弄ってみるのもありだねえ。
さてどっちにしようかな、と私のテンションは上昇してきましたのです。
うん、決めた!
優花ちゃんの胸を揉んで来ましょうか!
てくてくてく、と優花ちゃんの近くに忍びよる謎の影。
ちなみにそれは私です!
そして優花ちゃんに接近して……
「初音、何してるのよ」
近寄ったときにでこピンされました……。
結構痛かったですよ、はい。
と言うか私ここに来てからでこピンされすぎな気がしなくもないね。
それから私は二人の雑談に混ぜてもらうことにした。
話してみると夕凪くんは意外とウブなこともわかったりして少し得した気分。
それに夕凪くんと優花ちゃんは別に付き合っているわけではなかったってのが、少しビックリ。
あれだけ仲良くて付き合ってないって逆にビックリだよね、本当に。
とかなんとか雑談しているうちに十分なんてものは簡単に過ぎて湊くんの声が掛かった。
いつもの偉そうな声音だけど、どこか軽い感じになってるな~とか私は思う。
なんだか肩の荷が下りて、気分が楽になったみたいな感じって言うのかな?
堅苦しさがいつもより三割減してるね。
「考えた結果だが、とりあえず初音の『枷』をクリアするために行動をしようと思うんだがいいか?」
突然私の名前が出てきたから少しビックリした。
湊くんの言葉を解析するとどうやら、私の自爆装置を解除するために行動しようと言うことみたいだね。
なんで私なんだろ? と思ったけど良く考えたら今行動して自爆装置が解除できるのは私だけだった。
湊くんの『枷』は私が自爆装置を解除しなければクリアできないから、行動は不可能。
優花ちゃんは、ゲーム終了の30分前まで生きているだけでいいからこれも行動不可。
と言うかクリアの為に何が出来るの、って話だよね。
夕凪くんのは、他のみんながクリアしてからじゃなきゃ機械は壊せないからこれもまた不可能。
結論今から行動できるのは私だけってことになる。
湊くんの言葉に二人は肯定的な返事を返して答えた。
私はそれに胸があったかくなって、嬉しく感じる。
「そうか、ありがとう。じゃあそれに当たって、各々の地図に入っている球体の場所を探してもらう。いいな?」
私を入れた三人は元気よく返事をした。
それでこれからは一端各自に分かれて、それぞれの機械の球体を探してくることになった。
バラバラになるのは少しさびしくなるけど、こっちの方が効率がいいよね。
それから他のみんなは自分の機械に入っている情報のときに言ったけど、私の機械には球体がどこにあるかは表示されていない。
だから適当な部屋を探すことにした。
……だけど、湊くんに止められてこんなことを言われる。
「おい、初音どこに行く気だ? 俺からあまり離れないところにいろ」
えー建物を探検してみようと思ってたのに……。
本当に湊くんは過保護すぎるよね!
私ももう子供じゃないんだからさ~、少しは自主性を信じてみるべきだと思うよ。
とか言っても心配してくれてるのは嬉しいから素直に言葉は聞いておこうと思うけど。
湊くんは二階の真ん中辺りにある部屋に入って自分の機械に記されている球体を探し始める。
だから私はその隣の部屋に入って特に目的もなく、だらだら~としておこうかな、と。
教室に入る直前にも、「襲われたら逃げる前にとりあえず助けを呼べよ」とか言われたり。
本当に湊くんは私のお父さんかなにかか、って物申したいよ!
まあ保護者って意味では多分間違ってないんだろうケドさ。
入った教室には目新しさがまったくと言っていいほど他の部屋と似通った部屋だった。
と言うよりも『箱』の中で入った教室はここで通算六部屋目なんだけど、殆どが似たような作りなんだよね。(ちなみに違ったのはルール説明のときに入ったあの部屋だけ)
改めてこの『箱』と呼ばれる建物が学校をモチーフにしてるんだ、と実感したね。
と言うわけで私は尾崎高校で座っていた席と同じ位置に座ってみるのです!
ちなみにその位置は窓側の一番端の前から三番目ね。
「うわーなんか思い出すなっ! とか言っても私もまだ学生だけどねっ!」
一人ボケ、一人ツッコミの虚しさは半端じゃなかったね。
しかもツッコミが乗りツッコミって言うのが更に虚しい。
机の中に何か入ってないかな~と淡い期待をして、がさごそとあさってみる。
まあ、何も入ってないでしょうけどね。
そう考えていたけどコツンと指先に何かが当たったのがわかった。
――――え、冗談、だよね……?
指先に当たったそれを両手で掴んで机の引き出しから取り出す。
それは箱だった。
更に詳しく言うならそれは球体とも言える箱だった。
恐らくは私の『枷』で示されている球体はこれのことなのだろう。
鍵が付いているわけではなく、開けようと思えば今すぐにでも開けれそう。
だからって開ける理由にはならないよね。
「そうです、初音ちゃんはいい娘だからこういう怪しいものは勝手に開けないからねっ」
でも好奇心が少し疼いて来ちゃうから人間と言うのは困ったものだよね。
でも私はちゃんと止めることにした。
だってこれが本当に球体だったとしたら、これが誰の機械の情報化かもわからないから危険すぎる。
もしこれが【悪】の物だったら私は即死んじゃうんだからそりゃあ慎重にもなりますよ。
流石の私だって自分の命は惜しいからね。
「んーとは言ったもののどうしましょうかねえ。とりあえず湊くんを呼んで助けてもらうとしようかなっ」
この球体はとりあえず机の中に戻しといて、と。
私は椅子から立ち上がって教室を出る。
自体が自体だから足取りは少し早め。
「ちょっと湊くん、こっち来て!」
隣の教室のドアを思い切り引いて開口一番、湊くんを呼んだ。
いきなり私が叫んだから少し驚いたみたてたのが少し新鮮だった。
カメラがあったら撮っておきたいぐらいだったね。
ってそんなことはどうでもいいんです、早く話しを聞いてもらわないと。
「ちょ湊くん、あっちの部屋に――――」
「まあ少し静かになれ」
私が話そうとしてたら湊くんがこっちに飛んできて私の口をその大きい手で押さえた。
「日乃崎に場所がバレたらどうする? だからあまり大声で叫ぶな、わかったな?」
「……はーい」
テンションが急激にダウンした初音ちゃんでした。
私がしょぼーんとしたのを見てか、湊くんは手を私の口から離す。
それをきっかけに燻っていた私の口は言葉を打ち出した。
「隣の部屋にね、なんか球体かな~って思われる物が置いてあったよっ。勝手に開けちゃダメだと思ってとりあえず湊くんを呼んでみました」
敬礼っ、みたいなポーズをして私は現状を湊くんに話す。
それを聞いた湊くんは腕を組んで考え事をし始めた。
こんなに考えることなのかな、この問題って。
馬鹿の私には良く分からないですよ。
手を上にひらひらと振って降参を表現してみた。
「確か隣の部屋は……入戸の機械に対応する球体のある部屋だったはずだ」
「えっ、そうなの? そんなの湊くん確認してたっけ?」
私が見ていた限りでは湊くんは遊李ちゃんの機械をまったく構ってなかったはずなんだけどね。
まあ多分私がわんわん泣いてたときに見てたんでしょう。
うん、考えてもわからないしそういうことにしとこうかなっ。
「未だに遊李が絶対【調停】であると言う確証はない。だから開けるのは一応やめておくべきか」
思考の末に湊くんはそう言う結論を出した。
そう言えば遊李ちゃんの機械はまだ【悪】の機械である、と言う可能性もあるわけだからね。
確かにその判断は間違ってない。
流石湊くん、この短時間で最良の一手を選ぶとはっ。
天才と呼ばれてるのは伊達じゃないね。
結論が出たところで、私はもうこの部屋に用がないからさっさと退散することにする。
湊くんの作業邪魔しちゃ悪いしね。
「んじゃあ私は隣の部屋でもう少し休んでることにするよっ。湊くんの球体も見つかったら教えてねっ」
私の言葉に湊くんは適当に返事を返して作業を再開した。
廊下を伝って来るときと同じルートを歩く。
そして学校のものと同じようなドアを開いて中に入り、球体が入っている机に座り込んだ。
学校の授業中にする居眠りのような体勢で机の上で横になってシャッターが外の景色を邪魔している窓を見る。
この外に本当に私たちのいままでいた世界があるのかな?
私達のいた日常があるのかな?
もしかしてこの外は別世界なんじゃないかな?
そんなことを思ってしまうくらいこの建物の中ではいろいろな出来事が起こった。
まず誘拐されたことからビックリだし、それから部屋に本物と思われる銃があったのもビックリだった。
謎のゲームのルール説明に、ミニゲーム。
そして……遊李ちゃんの死。
こんなことを夢だと思い込んだ遊李ちゃんの気持ちが私も少しわかった、気がした。
遊李ちゃんには頼る相手がいなくて全員が敵に見えていたかもしれない。
表面上は仲良くしてたかもしれないけど、あくまでそれは表面だけで裏側では誰も信用してなかったんだと思う。
だから私達を騙して生き残ろうとした。
それがどれだけ酷いことだとわかっていたけど、生きるためにしたんだよね。
思えば私や優花ちゃんはこんな言い方しちゃダメかもしれないけど、とても幸せなんだと思った。
男の子はみんな自分で何か行動できるだけの力を持ってるからいい。
だけど、私や優花ちゃんは一人で何かが出来る力も勇気もない。
だから頼る湊くんや夕凪くんがいたから、ここまで精神を保っている。
華ちゃんも最初に出会ってから湊くんを頼ってるように見えた。
でもそんな相手のいない遊李ちゃんは不安だったと思う。
だから遊李ちゃんは死んでしまった。
最後まで頼れる人を見つけられなかったから。
いや、違うかな。
頼れる人がいたのに、その手を払ってしまったから死んじゃったんだよね。
愛羅ちゃんもそうだった。
私や湊くんがいたのにその手を見もせずに、自分一人で全てを抱え込む姿を私達にはまったく見せない。
どれだけ酷いことされても私達の前ではそんな素振り一切見せない。
あとから聞いた話だと先生や親にも話してなかったみたいだった。
そんな辛い生活を続けて一年経った頃。
遂に耐え切れなく自らの人生の幕を下ろした。
屋上から飛び降りて、虐めていた子達への反撃をした、とか書いてあったね。
愛羅ちゃんはそんな子だった。
女の子なのに強くて、カッコよかった。
だから無理に強がって自分の弱いところをまったく人に見せなかった。
常に強くてカッコいい自分を作ろうとしていて、全てを自分で解決する。
けど、それが死に繋がってちゃ意味がないじゃん……。
なんで……私達を頼ってくれなかったのかなあ。
私達は幼馴染だったはずなのに……。
机の上に何かが落ちた。
気になって見てみるとそこには水滴が零れていた。
雨漏りかな? と思ったけどそんなはずがないよね。
再び水滴が机の上に落ちる。
それでやっとこの水滴の正体を知った。
「これ……私の涙だっ」
それがわかると止まらなくなってどんどん涙が目から溢れてきた。
袖で拭っても拭っても涙が止まらない。
おかしいなあ、愛羅ちゃんのことはもうちゃんと整理がついたはずなのにっ。
どうして涙が出るんだろ……。
胸が締め付けられて痛い。
五分も泣き続けると涙は自然と止まった。
枯れたとも言うね。
目が赤くなってるんだろうから、湊くんに心配されちゃうかも……。
うーん、なんか申し訳ないね。
でもこればっかりは仕方ないかな。
「コンコン。失礼します、なーんちゃって」
突然後ろのドアから声がした。
その声に私は聞き覚えがある。
嫌でも印象に残ってるその声は耳にこびりつく様に残っていた。
「日乃崎くん……」
この人の声は……。
私は日乃崎くんのことが苦手だった。
最初に襲われたのは別にまだ許せる。
いきなりこんな状況になっちゃって多分テンパッてたんだろうからね。
でも人が死んだ直後にあんな大笑いできるのは流石に許せなかった。
相手が男の子だったから怒るわけにもいかなかったけど、でも私は泣きながら確かに怒っていたのを覚えてる。
だから日乃崎くんは苦手――――もっと言えば嫌いだった。
「覚えてもらってたとは、光栄だね。別に嬉しくはないけど」
けらけらと笑いながら日乃崎くんはそう言った。
私は席から立ち上がって、いつでも逃げ出せるように足を軽く曲げる。
日乃崎くんの運動能力に私の運動能力が勝ってるとは思えないけど、それでも湊くんに助けを呼ぶまでに捕まるとも思えなかった。
早いうちに湊くんが助けてくれると嬉しいんだけど、流石に隣の部屋で探し物に神経を使っているから無理かな。
だとしたら私はとにかく時間を稼ぐ必要がある。
最低でも湊くんが球体を探し終えるまでは。
だったらまずは日乃崎くんを下手に刺激しないことが大事。
無視は一番頭にくる行為らしいからとりあえず返事だけは返すことにする。
「はは、酷いなあっ。少しぐらい嬉しがってもいいと思うよ?」
愛想笑いを浮かべながら日乃崎くんに言葉を返した。
それに日乃崎くんは特に言葉も言わずに私に笑顔を返す。
笑顔だけなのが逆に不気味なのに日乃崎君は気づいてないのかな?
いや、むしろわかってやってるかもね。
「好きでもない女に覚えてもらって光栄なわけがないでしょ。何、君はそんなことされて嬉しいの? はは、ビックリ」
ムキー! 流石の私でもこんなことを言われたら少しイラっと来ちゃうよ?
やっぱりわかった、日乃崎くんは明らかに私に悪意を向けてる。
何が目的かは知らないけど、多分これは絶対合ってるね。
じゃなきゃこんなこと人に言わないよ!
「そんなわけないじゃんっ! まったくさ、この際はっきり聞いちゃうけど……。君、何が目的?」
私の言葉に日乃崎くんはわずかに動揺した。
こんなことを私が言うのが意外ってわけですか、ぷんぷん。
って冗談を言っている場合じゃない空気だねこれ。
またもう少し膝を曲げて早く走れる体勢に変える。
気休め程度だけど、少しは楽になるからね。
「単刀直入に言おう。俺は君を襲いに来た。もっと正確に言うなら、君を攻撃することで湊をおびき寄せようとしてるんだよ」
そのとき明確な殺意を私は感じ取った。
そして同時に自分の命が危ないことも感じ取る。
考えるよりも先に逃げるために体が動いた。
そして一歩目を踏み出し――――
「――――動くな」
ぱあん、と短い音が響いた。
足元を見てみると床に穴が空いていて、そこからは煙があがっている。
次は日乃崎君の方を見てみた。
手には私が持っているのと同じジャッジを構えてその銃口からも煙が上がっている。
つまり私は撃たれた?
遅れて恐怖が追いついて私は膝から地面に落ちる。
あ、やばい。これ体に力が入らないんだけどっ……。
「大丈夫、殺す気はないからさ。だから――――黙ってそこに座っててよ、ね?」
銃口から目線を上にあげて日乃崎くんの表情を見る。
その表情は笑っていた。
けらけらと愉快そうに、ただ笑みを見せていた。
だがそれ以上に恐ろしかったのは、その瞳だ。
表情は笑っているのに、瞳だけはまったくと言っていいほど笑っていない。
そのアンバランスが銃よりも恐ろしかった。
日乃崎くんは私に向かって歩き始めた。
私は逃げようにも二つの意味で出来ない。
恐怖で手が震えてるのがわかった。
そして脳が理解する。
――――あ、これ私死ぬ。
いよいよ私と日乃崎くんの距離がほぼ0になる。
私は床から日乃崎くんの顔を見上げた。
その目はいまだ笑っていない。
ただ私を獲物を見るような眼でみるだけだった。
唇の端が不快に吊りあがる。
「あはは、あはは、あひゃひゃはは! 滑稽だねえ、その恐怖に歪んだ表情! 最高に愉快だよ!」
その言葉の直後、日乃崎くんの靴のつま先が私のお腹を捕らえた。
単純なその攻撃は私の体を蹴り飛ばし教室の壁へと激突させる。
「かっ! こほこほ、はあはあ……」
痛みのお陰で震えが直ったのは少し皮肉っぽかった。
だけど次は痛みでどこを動かしていいかがよくわからない。
そんな私の前に日乃崎くんは容赦なく近づく。
「あぐぅっ。あ……あ……」
そして私は髪を掴まれて体を持ち上げられた。
抵抗さえ許されず、そのままの体勢で後ろの壁へと叩きつけられる。
なんか見たことあるな、と思ったら、そうだ思い出した。
――――これって湊くんが日乃崎くんにやったことに似てる……
掴むところやどこに叩きつけているかと言う細部の違いはあれど、これは確かにあのシーンの焼き増しだった。
壁に叩きつけられた体勢からくるっと180度回転し、私を机の群れの中へと放つ。
背中に机が何個か当たって肺の空気が口から飛び出す。
床に体がつくともう一回分の衝撃が私を襲う。
前の方を見てみると机が何個か倒れていた。
良く見てみると私が座っていたあの机まで倒れている。
その中の球体はもちろん……飛び出ていた。
思考的ではなくて、本能的に自分の命の危険を知った私は足をあげる。
だけどそこまでだった。
二歩目は続かず虚しく空を切った。
落ちた球体に日乃崎くんが気づいた。
それを手に持って全体像を確かめている。
そしてそれだけで、これがなんであるかを判断しようだ。
「これって球体……かな?」
「そ…………うだ……よ」
一言で言おうとしたつもりだったのだけど、苦痛によって三つに分割された。
あれを開けられたら私はもしかしたら死ぬかもしれない……。
だけど私はいまここで寝ているしかできないのが辛い。
「こんなのだったんだね。一つ学習したよ。で、これ開けていいわけ?」
首を横に振ろうと思った。
と言うか私自身は動かしたつもりでいた。
でも実際に体にはまったく反映されてないようで、私は実質的に無視したみたい。
「無言は肯定ってね」
そしてそれに日乃崎くんは手をかける。
で上に開――――
「そこまでだ、日乃崎」
――――かれなかった。
教室に乱入したイレギュラー、いやむしろレギュラーなのかな。
鏡峰湊が教室に入ると教室の空気は一変した。
だけどそれは一瞬で直ぐに日乃崎くんが支配する教室へと戻った。
そして再び球体に手をかけ――――
キィンと高い音が耳に届いた。
それが銃声と気づくのに今回は時間が掛からなかった。
銃弾は日乃崎くんの髪を一部掠め取り、シャッターを奥に取る窓ガラスへと当たった。
窓ガラスは傷こそついているものの、皹や割れは入っていないため強化ガラスみたい。
今回銃を撃ったのは湊くんだ。
「外れたんじゃない、外したんだ。次はないってことが……わかるか日乃崎?」
「ひゅう、怖いねえ……。人に銃を向けるなんて非常識だよ?」
「同時に日乃崎、俺がこの部屋に入ってきたときに一番最初に投げ込んだものが何かわかるか?」
湊くんの突然の発言に日乃崎くんは表情を怪訝そうなものへと変える。
一番最初に湊くんは何か投げていただろうか?
私が見ていなくて更に日乃崎くんも見ていない一瞬のうちに何かを投げ込んだってこと?
そんなことが可能なの?
「ハッタリ……でしょ? 僕にはそんなことしてるとこ見えなかったよ?」
日乃崎くんの表情こそ余裕そうだけど、さっきほどではなくなっていた。
明らかに焦ってる。
口と表情では冷静を装っているけど内心はかなり焦ってるみたいだね。
「ハッタリ? はっ、この状況で何のハッタリをする意味があるって言うんだ? 俺はそんなくだらないことはせん」
そして少し呼吸をしてから次の言葉を続ける。
「俺が投げ込んだのは支給物資、バレッドキャンセラーだ。効果は字の通り、銃の弾丸の発射を中止させる。ちなみにこれは隣の教室の球体の中に入っていた。効果範囲は十メートル、持続時間は五分。お前を気絶させるだけなら余裕過ぎる時間だ」
そんな物資が支給されたなんて……。
本当にこのゲームの主催者はどんな資金力を持ってるの?
銃弾を撃つのを中止させる機会なんて最新鋭じゃ説明がつかないくらいすごい。
それを簡単に支給物資として出す主催者が特にだ。
「だからハッタリでしょ? 君がこのピンチに偶然にも駆けつけて、偶然にも球体の中から、偶然にもブレッドキャンセラーを持ってくるなんて偶然があるはずがない!」
「じゃあ逆に問うが、何故俺はそもそも初音から離れていたと思う?」
日乃崎くんは考える様子をまったく見せないで直ぐに言葉を吐き出す。
「球体を探すためってわけか……」
その言葉を聞いて湊くんは読みどおりと言った表情に変わる。
湊くんの表情に日乃崎は悔しそうに舌打ちをした。
だけどそれも直ぐに元の表情に戻る。
「そのブレッドキャンセラーってのが本物だったとして、それがどうしたってのさ? まさか僕が銃無しじゃ戦えないとかとは言わないだろうね?」
日乃崎くんは手に持っていた球体を机の上に、拳銃をポケットにしまいこんで湊くんに向き合う。
まるで自分は拳銃なんかなくても君と戦えますよ、と示唆するように。
それに湊くんは壁に寄りかかって日乃崎の行動を見ていた。
日乃崎君に興味がないようにも見えるその体勢。
そんな湊くんを見て日乃崎君は少しずつ怒りを募らせていく。
「あァ? 理解できてないみたいだからはっきりと言ってやろうかァ? 俺は銃程度使わずともテメエを殺せるって言ってんだよ」
そんなことを言われても湊くんは眉一つすら動かさなかった。
無視にも近いその挙動に日乃崎くんの怒りゲージはまた一つ上昇する。
実際そのゲージは目には見えないけどね。
二人のにらみ合いは続く。
ちなみに私は蚊帳の外になっちゃってるね。
今のうちに逃げちゃおうかしら?
いやでも逃げる隙がないや、リスクも高いしやめとこ。
「おいおい、返事はどうしたよ? 俺無視されると傷ついちゃうなあ」
適当な台詞で湊くんを挑発する日乃崎くん。
やっぱりその言葉にも湊くんは表情を変えない。
そこで日乃崎くんはまた怒るかと思ったけど、そんなことはなかった。
ただ私の方を向いて、ニタアと笑う。
「そうだよな、無視されるくらいなら……無理やり反応するようにすればいいんだよね」
さっきと同じように靴の音を鳴らしながら私に近づく。
助けを求めるように湊くんに視線を向けるけど、やっぱり表情は変わってなくて。
いやいや湊くん、ここは表情を変えるとこでしょ!
「これでも無視ってかあ! すごいねえ、その精神って残酷ぅ!」
下卑た笑いを浮かべる日乃崎くん。
そして私の二メートル目前にまでせまってきた。
私の体が再び恐怖に震える。
「流石に暴力を加えれば君みたいな冷酷な人でも反の――――」
日乃崎の声を掻き消したぱあんと言う音。
これはやっぱり湊くんが銃を撃ったんだろう。
で、問題はどこに当たったか。
その答えは直ぐにわかった。
――――日乃崎くんの右太ももだ
それが直ぐにわかった理由は簡単。
それは目の前に日乃崎くんの右足があったからに他ならない。
「ッく!」
日乃崎くんの右足を掠め取った。
バランスを崩して膝を床に着きかけるけど机に手をかけることでなんとか、維持していた。
掠め取られたと言っても銃弾はわずかにかすった程度で致命傷には至っていないみたいだね。
そしてわずかに右足を重たそうに引きずりながら声を発した。
「なんでバレットキャンセラーの効果が君の銃には聞いていないのかな? お陰で僕死に掛けちゃったじゃん」
「有効距離は十メートルだ。つまり貴様は十メートル以内に入っていて、俺はその範囲に入っていないだけのことだろうが。それに死んでくれるのが嬉しかったんだがな」
湊くんは少し笑いながらそういうことを口にした。
死ねとか言っちゃダメだよとか注意する気にはなれないね。
日乃崎くんは足を引きずりながら少しずつ湊くんのいる場所に行こうとしていた。
だけどそのペースじゃ一緒着けそうにもない。
「はは……本当に酷いなあ……。元々さ、僕の目的は滋賀井を攻撃して君をここに呼ぶのが目的だったんだよね。だけど来たならそれも関係ないよね。だから……」
そして日乃崎くんの動きが突然止まった。
その止まった位置にあるものは……球体だった。
遊李ちゃんの、つまり【調停】の機械で示されている可能性の高い球体。
だけどそれは【悪】のものであると言う可能性も0ではなかった。
だから私はその球体を開けずに放置してた。
「だからさ、交渉しようよ。僕を逃がして欲しい。代わりに僕はこの球体を開けるのをやめてあげよう」
それは交渉……なのかな?
この球体が【悪】のものである可能性もあると言うことを知らない。
だからこれは交渉にすらなっていないはずなんだよね。
だってこれを無視しても本来なら一切デメリットはないはずだから。
「これは交渉になっていないんじゃないか……?」
湊くんは私が思っていたのと同じ疑問を口にした。
日乃崎くんはそれに愉快そうな口調言葉を返す。
「ははっ。じゃあ第一の交渉は決裂ね。はい、オープン。」
直後日乃崎くんは球体を開けた。
湊くんが反応する暇すらないほどにいきなり球体を開く。
私は自分の心臓の波打つ早さが早くなっているのがわかった。
この時点で死んだと言う可能性も0ではないからだ。
「日乃崎ッ、貴様ァッ!」
開いた球体から何かを取り出してそれを湊くんに向けた日乃崎くん。
湊くんも同じように日乃崎くんに向けていた。
だけど日乃崎くんが手に持っているのは、私達が持っている拳銃よりも少し大きいサイズだった。
これが途中支給武器と言うことなんだろうね。
それだけ強力な武器なんだろう。
とか考えてたら突然私の機械が鳴った。
『一つ目の【正義】の情報の箱を開けました。解除条件の達成まで残り二つ』
この文章を信じる限り、あの球体は【悪】の情報のものではなかったみたいだね。
安堵に私は小さく息を吐き出した。
とりあえず私は今死ぬことはなくなったみたい。
むしろ一個開けるべき箱の数が減ってよかったと考えるべきだね。
「日乃崎、貴様どういうつもりだ……?」
だけど湊くんはそうは考えてなかったみたい。
日乃崎くんに対する怒りを表にだす、湊くん。
それに日乃崎くんはまったく驚かずにただ飄々としていた。
「どういうつもりもなにも……滋賀井を殺そうとしただけだけど?」
湊くんは日乃崎くんを睨みつける眼光を更に強くした。
そして拳銃の引き金を抑える指に力を入れ――――
「そんな単発しか撃てない上に、残りの弾数が三発しかない銃でこのパナーチに勝てると思ってるのかな?」
パナーチ、それが日乃崎くんが今持っている拳銃の名前らしい。
だけど日乃崎くんがいるその位置じゃ、バレッドストッパーのせいで拳銃は撃てないはずじゃなかったっけ……?
「だけど撃てなければ――――」
「撃てるね」
湊くんの言葉を否定する日乃崎くん。
その言葉には絶対的な根拠があるように見えた。
日乃崎くんは圧倒的な優位を確認した上で言葉を続ける。
「君が言っている言葉は嘘だ。バレッドストッパーなんてアイテムはない」
「何を根拠に言っている? 貴様お得意の詭弁じゃ俺は倒せない」
「癖だよ。君は嘘を吐くときに右足をわずかに浮かせる。過去のトラウマか何かが原因かな?」
その言葉に湊くんは短い声を上げた。
何故それを知っている、と言わんばかりの表情だった。
湊くんのトラウマと言えば……多分愛羅ちゃんだろうね。
それが原因で嘘を吐くとき右足浮かせてるって言うのが日乃崎くんの言い分だった。
そんなのずっといる私も気づかなかった。
「へえ……適当に言ったのに本当だったんだ」
「なっ……」
そのときの日乃崎くんの表情は今までで一番楽しそうだった。
湊くんを出し抜けたのがそれほど嬉しかったんだろうね。
下卑た叫びに似た笑い声をあげる日乃崎くん。
それに湊くんは悔しそうに歯軋りをするだけだった。
「だから改めて交渉をしよう。僕を見逃してくれなければ、滋賀井を殺す」
これこそが本当の交渉だった。
いや、正確に言うと脅迫……かな。
自分が負けていた状況をひっくり返してから、自分の身の安全を確保のための交渉。
そして出来なければ一人の人間を殺すと言っているわけ。
しかもそれは交渉する相手本人ではなくて、その幼馴染の私。
多分相手が湊くんの場合私を人質にとるほうがよっぽど効果的だった。
そう言う意味では日乃崎くんは頭がいい。
いや、狡猾だと言うべきかな。
人の弱点と言うか、どうしても譲ることの出来ないものを天秤にかけるのが交渉の一番有効な手段なんだよね。
だからそういう意味ではこの交渉の仕方はかなり上手い。
その脅迫に湊くんは乗るかを考えていた。
いや、実は考えているのはこの脅迫についてじゃないのかもしれない。
だとしたら日乃崎くんがこの後逃げてからどうするのかを考えているのかな。
そして湊くんは苦虫を噛み潰したかのような表情で
「……わかった。この交渉に乗ろう。代わりに絶対に俺達に危害を加えないと誓え」
「はいはい、神に誓いますよ。俺は君達は襲わない」
日乃崎くんはそうして教室から、私達の前から逃走した。
湊くんは悔しさを紛らわすため壁に手を思い切り叩きつけ、クソッと叫んだ。
その後、教室に残ったのは薬きょうの臭いだけだった。
――――暁 優花は葛藤する
自身の機械の中にある地図に記されていた丸い記号で記されたものを探すため春と離れ、私一人で三階の部屋を探していた。
あまり広くはない教室なんだけど配置されている机、教室の後部にあるロッカー、掃除用具入れ、ついには物の影まで隅々に配置されているため目当てのものを見つけるのは時間がかかりそうだった。
私が今探しているのは滋賀井初音と言う少女の機械の『枷』に必要な物資の入った球体だ。
中に入っているものも気になると言うこともあり、私は積極的に探していた。
まずは確立の高そうな机の中を一つ一つ確認していくことにする。
球体の中に入っているものを考察してみた。
この殺し合いの中で必要なものがその中には入っていると思う。
例えば食料。
人間の三大要素である衣・食・住のうちの一つであるこれは間違いなく必要なものに分類されるはず。
腹が減っては戦が出来ぬ、なんて言葉があるけどこれはかなり的を射ているのよね。
実際人間は空腹時と十分に栄養があるととでは運動能力、知能ともに違いが出てくる。
そして食べ物を食べることで精神的にも余裕が出てくる。
だから球体の中から食料が出てきてくれればそれはかなり嬉しいのよね。
だけど私の予想だと球体の中に入っているものはそんな生ぬるいものじゃない。
恐らく今私が携帯してるこの拳銃、ジャッジ(名称は春に教えてもらった)と同じかそれ以上に危険な兵器が入っているんだと思う。
こう言う考察をした結果球体と言うのは予想以上に大きいのかもしれないわね。
このジャッジもそれなりの大きさがあるからこれから支給される武器は更に大きいものだと考えられる。
流石にマシンガンみたいなサイズではないと思うけど、それでも並みの拳銃より大きいものが支給される可能性も低くない。
と、ある程度思考が終了したときにやっと全ての机を捜索し終えた。
結果は収穫なし。
40近くある机を調べた自分を少し褒める。
本当は春に褒めて欲しいけど……。
っていやいやいや!
「そんなわけないじゃないっ! なんでここで春の名前がっ……」
このゲームが始まってから私は何かおかしい。
変に春に頼ってみたり、春に対してときだけ自分が何を言ってるかわからなくなるほど動揺したり、春にその……触られてもいいなんて思ったり。
確かこう言うのをつり橋効果って言うのだったかしら?
まるで私が春のことを好きみたいな……。
それこそ、ありえないわよね。
私には恋愛なんかしている余裕はない。
悠花の手術費用を稼ぐだけで精一杯な私に恋愛なんてものをしている時間も暇もないのよ。
私なんかが付き合ったりしても相手が不幸になるだけ。
それが例え小さいころから私と一緒にいる春だとしても、ほとんど遊んだり、デートしたり出来ない女なんて付き合ってくれるはずがない。
だから私と春の関係は幼馴染で十分だった。
だからと言ってまったく望んでいないわけではない。
悠花の手術が無事に成功してある程度暮らしも安定してからでも普通の恋愛がしてみたかった。
何も心配しなくていい、ただ自分の為だけの幸せをつかみたかった。
だけどそれは一生叶わない幻想なのよね。
その幻想は一生幻想のままで終わる予定だった。
だがそんなときに舞い込んできたのが、このゲームだ。
最後まで生き残れば大金を稼ぐことが出来る殺し合いのゲーム。
同時に誰かが死ぬ可能性もあるけど、正直言ってそんなことはどうでもよかった。
この世の全ての出来事は悠花の前では優先順位は下になる。
正直なところこのゲームのルールを知ったときに、全員殺して悠花を助けられるならそうしようと思っていた。
だけどこのゲームの中に春がいた。
いてしまった。
春も私が助けようと思っている悠花の一部だ。
それを殺すことなんて出来ないし、誰かを殺すところを見られて嫌われたくも無かった。
だから私は殺しをやめざるを得ない状況になってしまう。
春と悠花、どっちかを選ぶなんて私には出来なかったから。
だけどこのとき既に私の目的は決まっていた。
生き残る。
何があっても、悠花の元に帰る。
でも出来ることなら……春も一緒に……。
私は自身の心から逃げて掃除道具箱を開けた