「君を愛することはない」と言ったのに彼女を愛してしまった彼の後悔
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物語はヒーロー視点で進みます
「見つ……けた……」
久しぶりに見る彼女は夜会を抜け出し中庭でアネモネの花を眺めていた。
白いアネモネに込めた願いが叶うときが来る。
今度こそ彼女に「愛してる」と告げたい。
私は屋敷に帰ってから急いで縁談を申し込む。彼女への手紙に白いアネモネの押し花を同封することを忘れない。
希望を込めて育てたアネモネの花びらは壊れてしまいそうなほど薄く繊細な造りをしていた。
形を崩さないよう、そうっと優しく手に取り彼女への手紙に挟み込む。
私は彼女に「君を愛することはない」と言ったが、彼女を愛してしまった。
だから彼女は死んだ────
◇◆◇
あの時から、一生結婚などするつもりはなかった。
「君を愛することはない」
公爵家へ連れてこられたのは可愛らしい令嬢だった。
王命で結婚を言い渡された以上、さすがの私も従うしかなく、陛下から彼女の事情を聞いてしまうと、さらに引くことができなくなった。だからそう言って彼女を突き放すしかなかったのだ。
ただ、タイミングは間違えたかもしれない。結婚式の厳かな雰囲気の中、言ってしまったものだから、牧師の顔は引き攣り、彼女は苦笑していた。
仕方がないので、その夜もう一度「君を愛することはない」と伝える。
私の冷たい態度に彼女はふわりと微笑んだ。
「愛される努力をいたします」
健気な態度を取ることはやめてほしい。私はそういう態度に弱いのだ。
眉を寄せて「くっ」と小さく溢し、後ろめたい気持ちを無視して彼女を置いて部屋を出た。
早く屋敷から出て行ってほしいとは思うが、冷遇するような非道なことはできない。
彼女のために年嵩の女性の使用人を雇い、彼女に良く仕えるようにと指示をした。
彼女はすぐに屋敷に馴染んだ。笑顔で屋敷の使用人たちとやり取りする様子を遠目に見てホッとする。
彼女は屋敷内で私を見かけると「旦那様」と早足で駆け寄り声を掛けてきた。
私は心を鬼にして彼女のことを無視する。一瞬悲しそうにされて胸が痛むが仕方がないのだ。
私が君を愛することはないのだから早く諦めてくれ。
そんなことを思いながらツカツカと廊下を歩く。
「旦那様、よろしいでしょうか」
執事の声がして「入れ」と指示した。
「旦那様」
入ってきたのは執事ではなく彼女だったのでギョッとした。
「私は君に入室の許可を与えた覚えはない」
彼女は一歩足を踏み込んでそれ以上は近づかず「朝食のお誘いに」と微笑む。
「侍従にここに運ぶように言ってくれればいい」
最近朝食は食べていない。夜に眠れず朝は食欲がないのだ。侍従に言えばコーヒーだけ持ってくる。
「一緒に食べてくれないのですか?」
「そのつもりはない」
距離が近くなると情が湧く。極力接する回数を減らしたい。
「あんまり頑なですと泣きますよ」
冷たくあしらうと、彼女が目に涙を溜めてキッと私を睨んだ。
彼女の瞳に水の膜が張っていて今にも零れ落ちそうで、私はハラハラしてしまう。
「わ、わかったから……泣くのはやめてくれ……!」
彼女には私と情を交わすのは諦めてほしいと思っているが、傷つけ泣かせたいわけではない。視線をうろうろさせると彼女はスンと表情を戻した。
「泣き脅しは有効……と」
ぽそりと呟く声が聞こえ、私は大きく目を見開く。
「嘘泣きか……!」
彼女は「わかったって言いましたよね?」と、言質取りましたと言わんばかりのしたり顔をしていた。
私は健気な態度と涙に弱い。そして芯のある強かな女性にも弱いのだ。
彼女の提案はいつも私を思ってのこと。涙目で「せっかく旦那様のためにクッキーを焼いたのに」なんて言われてしまったら、いらなくても食べるしかない。
突き放しても突き放しても、健気で強かな彼女に振り回されて距離が近づいてしまう。
お陰で朝食も普通に食べられるようになったし、夜も眠れるようになってしまった。
「そろそろ私のことを愛したくなりましたか?」
「君を愛することはない」
初夜と同じ仏頂面で言い放つ。
「でも、私はそんな旦那様のことが好きです」
「くっ……」
愛らしい顔でにこりと微笑まれる。可愛いと思っている女性にそんなことを言われて嫌だと思う男がいるだろうか。必死に本心を押し隠して不快そうな顔を作って部屋を出ていく。
それから彼女は私に庭の使用許可を取りに来た。
「そんなの庭師に頼めばいいのに」
そう言うと彼女は花を自分で育てるには目的があると言う。
「願掛けです」
「願掛け?」
「はい。旦那様に愛されるように願掛けしようと思いまして」
殊勝な態度にドキリとしたが、顔に出さないように「ふん」と鼻を鳴らして捨て台詞を吐く。
「何をしても私が君を愛することはない。せいぜい綺麗な花を咲かすんだな」
「はい。頑張りますわ」
庭師に聞いたところ彼女の育てる花は白いアネモネ。花言葉は『希望』『期待』『真実』だとか。
ひたむきな彼女の想いに心が揺らぐ。
だめだ。絶対に彼女を愛してはいけない……。
◇
「すみません……陛下には謁見許可が出なかったもので……」
「それで?」
「む、娘と……離縁してくれませんか……? 家は取り潰しで構いませんから」
彼女の家族からの話は想定通りだった。
彼女は没落寸前の貴族の娘だった。領地は度重なる干ばつで、運営が立ち行かなくなっており、陛下はそんな彼女の領地を救う代わりに公爵家へ嫁ぐように命じた。
「そちらの家は取り潰しにしない方向で陛下には離縁を願い出ているが、陛下は聞く耳を持ってくれなくてね……」
王命は簡単に覆せるものではない。彼女の家族は真っ青な顔で息を飲む。
「人殺し……」
小さく呟いたのは彼女の弟。唇を噛みしめこちらをすごい形相で睨んでいた。すぐに両親が「こら!」と叱りつけて頭を下げる。
「そう言われても仕方がないと思っているよ」
私は立ち上がって部屋を出た。
「今日、君の家族が来たよ」
「え?」
家は取り潰しで構わないから離縁してくれ、と言われたことを伝えると、それに関して彼女は特に驚きもしていなかった。やはり私と同様彼女にとっても想定内のことなのだろう。
「君の実家は公爵家の金で何とかするし、陛下には私から話をするから、君は実家に帰るといい……。君の妹もずっと声を殺して泣いてたよ。君は家族から愛されている。それでいいじゃないか」
だが、彼女は頑なだった。
「実家には……帰れません……。この結婚は王命です。旦那様が生きているうちは、旦那様の庇護の元、私の実家は守られるでしょうが、旦那様が亡くなってからもそれが守られる保証はありません」
王命を反故にした責任を取らされ爵位をはく奪される可能性もある。それを考えると彼女の意見に反論することはできなかった。
「私の家族が申し訳ございませんでした。次に来たときは私が追い返しますからお呼びください」
「まあ、いいよ。私が君を愛さなければいいだけなのだから」
こんなとき、彼女は「私はこんなに好きなのに」と言ってきたが、このときばかりは何も言ってこなかった。
私は俯く彼女を置いて先に部屋を出た。
◇
私は誰のことも愛したくない。だから新たな出会いを避けるため、あまり外出をしないのだが、陛下からの呼び出しとあっては断れない。
「せっかく王宮まで行ったのに、屋敷でも済ませられるような内容だった……」
書類仕事なら屋敷に持ってきてくれれば済むことなのに、わざわざ呼び出すなんて。しかも呼び出した陛下は不在。とんだ無駄足だったとぼやきながらも違和感を覚えた。
「旦那様」
「どうした?」
外套を執事に渡していると彼女がおかえりなさいませ、と近づいてくる。
「今夜、お部屋に伺っても良いですか?」
「はっ……?」
言われた言葉の意味が理解できずに固まった。すると「だめですか?」と再び問われてハッとする。
「ダメに決まっているだろう!」
「ですよね……!」
三年の結婚生活で彼女は毎日私に「好きです」「愛しています」と伝えてきた。
本心ではないことはわかっている。彼女は陛下との約束を守ろうと必死なだけだ。
◇
「最近妻が毎晩部屋に来たがるんだが、何か知っているか……?」
私が執事に尋ねると執事は視線を左右にうろうろさせる。
「何か知っているんだな。言え」
「じ、実は……」
執事の話によると私が王宮へと赴いている間に陛下が屋敷にやってきたと言う。
「まさか……!」
「ええ。陛下は残された時間は少ないのだから子を成すようにと奥様にお話しされていました」
私は額を押さえて深いため息を吐いた。
最悪だ……。
陛下は同じことを私にも言っていた。愛はなくともできるから、と。
彼女にそんなことを強要するなどできるわけもなく、私は陛下とは口論になった。
私が聞く耳を持たないから、彼女を説得することにしたのだろう。
「愛してもらえないのなら、せめてあなたの子どもが欲しいです」
涙を流しながら彼女は私に訴えた。
「ダメだ……この結婚は白い結婚であるべきなんだ」
白い結婚は検査をすれば証明できる。
「いくら陛下に言われたからと言って、身体まで差し出す必要なんてない。子が出来ない夫婦などざらにいる。そのときまでのらりくらりと過ごしていればいい。そして私が去ってから再婚しろ。白い結婚なら君を望む貴族男性がきっと現れる」
「っ……!」
彼女はキッと涙目で私を睨みつけてきた。
「あなたを愛してしまった以上、だれかと再婚することはありえません!」
っ!?
本当に私のことを愛していると言うのか……? 王命だから、ではなく……?
彼女の心の内を見てしまい、私は思わず顔を歪ませた。
「私は君を愛さないから、君も私を愛さなくていい」
私は胸の痛みを押し隠して彼女のことを拒絶した。
それでも彼女は毎晩私の部屋に訪れ泣いた。「好きなんです」「愛してしまったの」と泣くのだった。
私が彼女に冷たくするのは彼女を想ってのこと。
彼女に「それをわかっているからあなたのことを好きになってしまったのだ」と言われ、胸が熱くなると同時に苦しさも覚えひどく心が荒ぶった。
ある日私の心にも限界が訪れる。
「君が泣く姿は見たくない」
腕を掴んで引き寄せる。そして彼女のことをきつく、きつく、抱きしめた。
結局、三年間の結婚生活の中で私たちは二人の子どもを授かった。
最終的に片親にしてしまう引け目があっても、彼女の思うようにしてあげたかった。
それでも私は彼女に一度も「愛している」とは言わなかった。「好き」という言葉もない。
だけど、彼女は私に笑顔を向けてくれた。
彼女を愛したくないのに、気持ちと心は裏腹に、視線は彼女を追っていた。
「ままぁ?」
「お花よ。綺麗ね」
「おあな?」
子どもと一緒に庭に咲く白いアネモネを見ている。先に生まれた女の子が彼女の服の裾を掴んできらきらした目でアネモネを見つめる。
とうとう彼女が体調を崩し始めた。食事も摂れずによく吐いていると使用人から聞いた。
目の下に隈も出来ていて眠れていないこともすぐにわかる。
それなのに彼女は毎日子どもを連れて庭へ出る。部屋へ戻るように言っても二人の子との残り少ない時間を大事にしたいと言われてしまう。
日に日に弱る彼女の身体とは反対に、庭に咲く白いアネモネは生き生きしていた。
元気に咲くアネモネの花が恨めしい。
透けそうなほどに薄い花びらは幾重にもなり一層白さを際立たせる。風に揺られる茎は細長いが、それでも凛と前を向いていた。
アネモネの朝露は陽の光できらきら煌めき、美しい彼女の涙のようだった。
蜜を求めて蝶が舞う。それの動きを目で追っていた彼女の腕の中にいる生後八か月になる下の男の子が「あーうー」と暴れ出した。
彼女は「そろそろ飽きてきたかしら?」と屋敷の中に入っていった。
時間だけが過ぎていき、焦りが募る。
このままではいけない。何とかしなければ……。
それから私は屋敷に帰らない日々が続いた。
彼女のことを何とかしたくて、日夜、四方八方駆け回る。
「旦那様、西の森に事情に詳しい魔女がいるという情報が……っ」
「すぐに向かうぞ……!」
金を使い、人を使い、自分の身体を使って駆け回った。藁にも縋る想いだった。
「無理だね。どうしようもないさ。わたしゃ魔女だなんて言われてるけど、ただの物知りの年寄りだ。なんの力もない。この世には自死の恐怖の力を越えるものなんて存在しないんだよ」
最後の望みすら失い、打ちのめされた。
それから屋敷に帰って、毎日毎日彼女に「君のことなんて愛していない」と言いに行った。
それを聞くたび彼女はふわりと笑うのだ。
「あなたが私を愛してくれていたかはあとひと月もすればで分かることです」
私は顔を歪めて拳を固く握りしめた。
一か月後は私の二十五歳の誕生日。
屋敷の使用人の誰も祝いの準備を始めない。
毎日のように王宮や王立図書館へと出向いて文献を読み漁る。
「どうにかする方法はないのか!!」
バンと机を叩くと、連れてきていた侍従たちがびくりと肩を揺らして私から目を逸らして俯いた。
物に当たっても仕方がない。だが焦燥感で自分を保つことができなかった。
私の誕生日まであと一週間。
私は死ぬと言った。駄々っ子のように「君が死ぬなら私が先に死ぬ。誰も私を止めてくれるな」と叫んだ。
◇
今は公爵である私はこの国の元王太子。
とある令嬢に強引に迫られ拒絶したところを逆恨みされ、悪しき呪いを掛けられた。
この国や近隣諸国は輪廻転生を信じている。命が尽きればまた新しい生命として生まれ変わる。ただし、自死だけは罪深いものとされ、自死した魂は地獄へ堕ち転生できない。
今世がどんなに苦しいものでも輪廻転生を信じるこの国の民が自死を選ぶことはない。
地獄へ堕ちるのは恐ろしいことで、新しい生への希望がないから。
悪しき呪いは自死の血を使ってしか掛けられない。
私に呪いを掛けた令嬢は、プライドの高い令嬢で性格に難があり、なかなか結婚が決まらずにいた。両親も娘に問題があって結婚が決まらないことをはっきり言わなかったため彼女は、まだ若い年下の王太子と結婚するために、自分は未だに結婚せずにいるのだと思い込み始めたようだ。
私とその令嬢の接点はなかったが、思い込みの激しい彼女は絶対に王太子妃になるんだと強い想いで私に迫った。
襲われるような形で強引に迫られ、私は強く拒絶した。それに憤った令嬢は悪しき呪いに手を出した。
『王子が誰かを愛せば、愛された者は死ぬ。誰も愛さなければ王子が死ぬ。二十五歳の誕生日、王子は絶望を味わうだろう』
呪いは失敗する確率が高く、たとえ失敗をしても自死をしたことで地獄へ堕ちて新しい生を授けられることはない。そんな恐ろしいことに手を染める者はいない。
二十五歳の令嬢は、自分と同じ年になったら私を絶望させようと自死の血でその呪いを掛けた。
呪いを掛けた令嬢の両親は処刑され家は取り潰しになった。
最悪なことに失敗率の高い呪いは成功してしまい、私の身体を蝕んだ。
陛下はたくさんの解呪師を呼んだが、呪いを解くことはできなかった。
呪いを掛けられた私は王位継承権を弟へ譲り、臣下に下る。そして一代限りの公爵となったのだ。
それから私は与えられた屋敷に引きこもった。誰かを愛することがないよう屋敷の使用人は男だけにし、極力外出を控え、屋敷内で出来る執務をして国を支えた。現地で確認すべきことは人を遣わせ解決する。
そんな生活を続ける息子に陛下は痺れを切らす。
一方、三年前。公爵家に嫁ぐことになった彼女はというと、死ぬつもりでとあるショー会場を訪れていたらしい。
顔を仮面で隠して参加する金持ちの集まり。そこで行われる悪趣味なショーは奴隷オークション。
没落貴族の娘が身売りをするのはよくあることだが、彼女の場合たとえそこで高値が付いたとしても没落寸前の領地が救えるほどの金は手に入らない。
彼女の目的は奴隷オークションではなかった。
彼女の領地の領民は飢えに苦しみ、彼女の母は病気で薬を買う余裕もなかった。三歳下の弟は貴族学園に通っていたが学費を捻出できないので退学を余儀なくされ、さらに妹は家族を助けるためにと、娼婦になろうとしていたらしい。娼婦程度の給料では領民まで助けることはできず、その上妹はそのときまだ未成年。そんな彼女を娼婦にするわけにはいかないと彼女は悩んだ。
そしてすぐに大金を手に入れるため、彼女は最悪の方法を選んだ。
奴隷オークションでは罪深い自死をエンターテインメントとする悪趣味な余興がある。
自死の罪深さや恐ろしさを認識したうえで、行われる余興は最高に盛り上がるのだと奴隷商は語っていた。
自死は恐ろしい。自死の後に待っているのは新しい生ではない。永遠に続く地獄が待っている。
若く気品のある彼女の自死には奴隷に堕ちる以上の高値がつく。
彼女はその金で家族を救うつもりだったのだ。
奴隷商との報酬の受け取りなどの打ち合わせの最中、騎士たちがその場へ押し入り、奴隷商は捕まった。
罪状は違法な奴隷売買と自死の斡旋。
もちろん彼女も捕まり、牢へ入れられた。
そんな時、彼女を無罪放免で牢から出したのは陛下だった。
彼女は私に愛されて死ぬ。私は彼女を愛して生き延びる。それが陛下の望みだった。
彼女は家族と領民を助けるため、陛下と契約を結んだのだ。
「そんな契約はいけません! 破棄してください!」
私が声を荒らげ陛下に食ってかかると、陛下はふいと窓の外を見る。
「……子のため、国のために私は悪魔になる。契約を破棄するなら彼女は騎士団に引き渡す。奴隷商との関与により、彼女は処刑、家は取り潰しだ」
「くっ……」
契約を破棄すれば彼女は助からないし、彼女の家もただでは済まない。
「……わかりました。私が彼女を愛さなければ良いだけです」
この国では男系長子継承制をとっており、長子の血が優先される。
「兄上、私に王太子は荷が重いです……私は王太子の器ではありません。お願いです。彼女を愛して王宮へとお戻りください」
第二王子である私の弟は必死に私に縋りついた。
私は目を伏せ、首を振る。
「悪いが、私は彼女を愛するつもりはない」
「そ、そんな……」
弟は不安そうに顔を青くした。
陛下が子を成すように言ったのも、いずれ私を王宮へと戻して王太子の立場を弟から私へと移して私の子へ王位を継承させるためだろう。
「お前が国を守れ」
「兄上……」
私は彼女を愛するつもりはない。そう堅く誓ったはずだったのに……。
「奥様は隠されてますが、最近食事を残すことが増えてます。顔色もよろしくないので、夜も眠れていないのではと……」
彼女に不調が出始めて嫌な汗が背中を伝う。
「医師には……」
「奥様は平気だと言い張っていましたが無理矢理診てもらいました。ですが……特に原因はわからず……」
「わかった。下がれ」
執事が部屋を出てからダンッと執務机を拳で叩いた。
愛してない。愛してなんかいないのに……!
それから解呪方法を調べて四方八方駆け回るが、有益な情報は何もなかった。
最後の望みをかけて西の魔女の家へ行ったものの無駄足だった。
「君のことなんて好きじゃない。愛していないから死ぬな」
寝台で横になる彼女の弱々しい手を両手で握る。
私のそんな言葉も彼女は寝台の上で聞いて微笑むだけだった。
解呪方法は見つからない。
刻一刻と時は過ぎ、私は追い詰められていく。
もう彼女は出られないほど衰弱しており、一週間後にどんな結末を迎えるかは一目瞭然だった。
「いやだ。死ぬな! 死ぬな! 君のことなんて愛してない」
私の想いを誰かに聞かせるように叫んだ。
彼女は関係ない。彼女が死ぬのならいっそ……
「君が死ぬなら私が死ぬ! 誰も私を止めてくれるな!」
私が言い放つと掠れた小さな声で「だめ」と聞こえた。
「輪廻転生……いつかまたあなたと巡り合いたい……アネモネの花を」
「っ……!」
白いアネモネの花の花言葉。『希望』『期待』『真実』
彼女は初めから死を受け入れていた。願掛けのために白いアネモネの花を育て、私から愛されようとした。
そして、死を前にしても希望を捨てず、私と巡り会えますように、というのだ。
身体に力が入らない。
私は両膝を突いて、だらりと両手を下げ、深い悲しみに身体を震わせる。
私は今君に生きて欲しいと思っているのに。
「君のことなんて……愛してない……」
だから、死なないで欲しい。
私の両頬に涙が伝う。
私の二十五歳の誕生日。彼女は儚くなった。
私が愛したから彼女は死んでしまった。
◇
最愛の人を失った私はずっと無気力だった。
表向きは体面を取り繕って淡々と彼女の葬儀を済ませ、日常をこなすが何もかもが投げやりだった。
「旦那様、もう少しお食事を摂られた方が……」
「もういらない。食欲がないんだ」
もしこのまま心が病んで食事量が減って衰弱して亡くなったら、それは自死と同等の扱いになるのだろうか。
早く死にたい。だが、自死では輪廻転生はできなくなる。彼女とまた巡り合うことは叶わない。
そんなことばかりを考え毎日を過ごす。
「やーっ! ままっ、ままーっ」
子どもの泣き声が聞こえて目をやった。
ナニーが泣き叫ぶ子どもに手を焼いていた。
「どうした」
「うるさくして申し訳ございません。お嬢様が……奥様のことを思い出されてしまったようで」
幼い子どもに母の死は理解できないようで、葬儀でもずっと不思議そうな顔をしていたので、子どもたちはそのまま彼女の存在を忘れてしまうのか、と思っていたが、そんな簡単ではないようだ。
「私が代わろう」
そう言って、ナニーの腕の中から我が子を抱き上げ頭を撫でる。
「ママはいないが父様がいる。ずっと一緒にいるから……」
背中をトントンとリズミカルに叩いてやると娘はうつらうつらし始めた。
ずっと一緒にいる……か……
自分で子どもに言ってから、死にたいと思っていた人間のする発言ではなかったな、と自嘲した。
それから私は少しずつ子どもたちとの時間を取るようになった。
「好き嫌いせずに食事を食べてえらいな」
「ぱぱもっ」
「ははっ、そうだな、残すのはいけないな」
一緒に食事を摂ると残すこともできず、徐々に食欲が戻ってきた。
「ぱぱ……ままのおあな」
下の子を片手で抱き、反対の手で上の子と手を繋ぐ。のんびりと庭を散歩すると上の子が庭の花壇を指さした。
先にあるのは白いアネモネの花。
「……一緒に水やりでもしようか」
「あーい」
普段から彼女と一緒に水やりをしていたようで、手慣れた様子で子ども用のジョウロを用意して水をあげ始めた。
「あ……旦那様」
「仕事を奪ってすまない」
庭師が通りかかったので持っていたジョウロを返そうとした。
「いえいえ。こちらは今まで奥様がお世話をしてくださっていた花壇ですので、旦那様が水やりをしてくだされば、奥様もきっとお喜びになります」
彼女が喜んでくれる……
「悪いが……」
私は庭師からアネモネの花の世話の方法を教えてもらうことにした。
毎日、執務の合間にアネモネの花の世話をした。
花が枯れてきたら花がら摘みをし、茎が伸びて徒長していると感じたら鋏を持って切り戻しをする。虫が付いたら、駆除の方法を庭師に相談した。
彼女が育てたアネモネの花はずっと綺麗に保たれた。
「兄上……」
屋敷にやってきたのは弟。彼は庭にいた私の前で頭を下げた。
「彼女を愛して王宮へと戻るようになんて言って申し訳ございませんでした」
私の深い悲しみが伝わってしまったのだろう。
「いや、こちらこそ長い間重責をすまなかった……。もう少し休んだら子どもたちと王宮へ戻るよ」
屋敷で育てていたアネモネの一部は王宮の庭へと植え替え、変わらず執務の合間に綺麗に花咲くように願いを込めて世話をした。
白いアネモネの花。
いつか……君に……。
王宮に戻ってから、再婚の話が上がることはあったが、すでに男女の子を成していたため、私が突っぱねれば強行されることもなかった。
次に彼女に会ったとき、恥ずかしくないような生涯を送りたい。
「あれ? 棺の上に載せるのはアネモネの花なの? ユリの花じゃなくて?」
この国では葬儀の花は白ユリと決まっている。だが、息子はアネモネの花を用意したようだ。
「だって姉上、父上は白いアネモネの花が好きだったでしょう? 母上との想いが詰まっているからって、いつも選ぶ花はこれだったじゃないか」
「それもそうね。ユリの花よりアネモネの方が父様は喜びそうだわ」
「父上……母上には会えたかな……?」
「あんなに想っていたんだもの。今ごろ再会を喜んでいるわ」
長い眠りに就いたとき、子どもたちのそんな会話が聞こえた気がした。
◇◆◇
そして今世。
私は一つの生を終え、新しい生を迎えた。
生まれ変わった世界も輪廻転生が謳われる世界だ。魂は洗われて前世の記憶はなくなるとされている。
だが、私は前世の記憶を持っていた。
この世界でも公爵となった私のもとへはたくさんの縁談が舞い込むが、彼女以外を愛することなどできない。
今世でも私は積極的にアネモネの花を育てた。
『輪廻転生……いつかまたあなたと巡り合いたい……』
彼女の想いを胸に刻んで白い花を丁寧に咲かせる。
そしてとうとう見つけた。
夜会会場を抜け出し、庭で白い花を探す令嬢。
すぐに使いを出してどこの家の令嬢か調べ縁談を申し込んだ。
アネモネの花と手紙できっと彼女は気づいてくれる。
約束の日。馬車から置いてきた彼女を見て目を細めた。
彼女は目を見開いて私を見つめる。
懐かしい顔で見つめられて胸に熱いものが込み上げた。
「チェルシー嬢。庭園をご案内します。うちの庭はこの時期、白いアネモネが満開なんです」
「あ…………あ……はい……」
動揺する姿なんて初めて見たかもしれない。
それもそうだろう。生まれ変わったはずなのに、私たちは前世と同じ顔をしているのだから。
綺麗に咲き誇る白いアネモネの花壇の前で彼女に問う。
「君は……私が君を愛することはない、と言ったらどうするだろうか……」
春風に乗ってアネモネの花がそよぐ。
私の心臓がドクドクと脈打った。答えを急かすように蝶が舞う。
「愛される……努力をいたします」
真っ直ぐに私を見つめ、あのときと同じ台詞を言ってくれた。
思わず私は破顔した。
グッと彼女の腕を引いて抱き込んだ。
「好きだ、チェルシー……! 愛してる。ずっとずっと昔から。君のことを愛してた!」
私の背中に腕を回し彼女はクスリと笑った。
「はい。ずっとずっと昔から、愛されているって知っていましたよ。エーヴェル様……」
アネモネが私たちの想いを届けてくれたのだろうか。
どうやら神は私たち二人の魂を洗わなかった。髪色や瞳の色は違えど姿形はそのままで、名前すらも洗われず、二人とも前世と同じ名前だった。
こうして白いアネモネに込めた願いは叶えられた。
拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。
評価、感想いただけると嬉しいです。
***
ヒロイン視点の
「君を愛することはない」と言った旦那様に愛された日々
が漫画:秋鹿ユギリ先生でCelicaコミックスさま(TOブックス)よりコミカライズしております。
2026年9月1日からコミックシーモアにて単話配信も開始しておりますのでよろしければぜひ!
(この後書きをもう少しスクロールしていただくと活動報告に飛べるようリンクが設定してあります)
お読みいただきありがとうございました。




