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エルサーナ叙事詩

エルサーナ叙事詩 〜普通の人びとの物語〜 第1話 ラサリオン殿下の九宝玉

作者: 恵美乃海
掲載日:2026/05/02

投稿済の

「エルサーナ叙事詩 〜神々の物語〜」

「エルラシオン叙事詩 〜英雄たちの物語〜」

に登場するキャラクターたちによる、作者自身の二次創作です。

皇帝ナル・アレフローザの異母弟ラサリオンは、皇宮からさほど遠くない場所に別邸を構え、そこに九人の愛妾と一緒に暮らしていた。


 愛妾は、全員、ラサリオンより年上で結婚経験があるが、配偶者を亡くしている未亡人という共通する境遇にあった。

 この、最近は世間から「九宝館」と呼ばれるようになったラサリオン別邸に、毎日のように入り浸っているふたりの若い男がいた。アークとラルフアーサ。ともにラサリオンの幼い頃からの友人である。


 アークは、シュライヤー侯爵家の次男。

ラルフアーサは、ザルカス侯爵家の四男。

 ともに長男ではなく侯爵家を嗣ぐ立場ではない。ラサリオン同様、気楽な身分である。


 今日もふたりは、昼前から、九宝館にやって来た。

館の中のサロンで、世間から「ラサリオン殿下の九宝玉」と呼ばれている九人の寵姫の嬌声を浴びていた。

 九宝玉。最年長のエセルは、三十三歳。あとは、年齢順に、リセラ、トワ(永遠)、ユーナ(優奈)、シーナ、ルオ、ナオ(奈緒)、アスカ(飛鳥)、シャオリン(小鈴)。最年少のシャオリンは、二十二歳であった。


 アークは、ユーナの肖像画を描いていた。

描きあがったそれは、本人そのままのリアルさがあり、しかも、ユーナのその魅力を最大限に表現したものだった。


「そっくり」


「素敵」


「アーク様、何て絵がお上手なのでしょう」


ユーナ本人のみならず、その絵を観た愛妾たちから、賛嘆の声があがる。


 嬌声が、ようやく鎮まったところで、

アスカが、アークの前に座った。


「では、お願いいたします」


「はい、アスカ。今日も綺麗ですねえ」


アークが、アスカを観ながら描き始めた。


 アークの絵のリアルさ、そしてその上手さは、愛妾たちには、既に知れ渡っていた。


アークとラルフアーサが、昼前に九宝館にやって来て、ラサリオン、ラサリオンの九人の愛妾とともに食堂で昼食を済ませ、サロンに場所を移して

 アークの、


「今日は、皆さんの肖像画を描いて差し上げましょか」

との言葉に、愛妾たちから歓声があがった。

そして、籤引きで順番が決まったのであった。


 その様子を眺めていたラルフアーサが携帯している帳面を取りだし、何やら書き始めた。


その様子を見たシャオリンが、声をかける。


「ラルフアーサ様、また今日もお書きになるのですか」


「ええ、シャオリン。書きますよ」


ラルフアーサは文章を書くのが好きだ。

しばらく前から、九宝館の日常、その館の中で営まれているラサリオンと「ラサリオン殿下の九宝玉」。さらにはその生活に関わる、ラサリオンの友人アーク。さらには自分自身も交え日々の暮らしを点描する。


 時々は、自分の書いた文章を、ラサリオンやアーク、そして愛妾たちに披露するが、

その描写は、アークの描く絵同様リアルで、しかも登場人物たちに対する愛情に溢れていて、


「ラルフアーサ様は文章がお上手」


と好評だった。


 今日は九人全員揃っているのか、珍しいな。

ラサリオンは思った。


「ラサリオン殿下の九宝玉」は勿論全員、九宝館で暮らしている。


が、彼女たちは昼だろうが夜だろうが、勝手に館を出ていく。館の玄関の脇に愛妾たちの名前が表裏に書かれた名札が掛かっており、在館の時は、白地のほう。外出の際は札を裏返して赤地のほうが表になる。それで各愛妾が在館なのか、外出中なのかが分かる仕組みだ。


外出の目的は、買物、食事、観劇など各人の趣味によって様々だが、ラサリオン以外の男友達、恋人とのデートという理由での外出も決して少なくはない。

ラサリオンは帝国の大多数の男性同様、それを咎め立てたりすることはない。


だから昼も夜も、誰かしらは赤札になっていることが多く、全員白札というのはむしろ珍しい。


ただ以前、ラサリオンが今夜はだれと夜をともに過ごそうかと執事のガーランドに在館者を確認させたところ、

「お妃様方は、皆様赤札です」との報告が返ってきたことがある。

夕食時には三人いたはずなのに、ラサリオンは思った。

あの三人はそのあと、皆、外出したのか。そして、外出中の誰も、今夜は戻っていないのか。

ラサリオンは憮然とした。


以後は少なくとも誰かひとりは在館していてほしいという、私の希望をお妃方に伝えておいてほしい、ラサリオンは遠慮がちにガーランドに言ったのであった。


 が、ラサリオンが、九人の愛妾たちに疎んじられているという訳ではない。


「ラサリオン殿下の九宝玉」が口を揃えて言うことがある。


「殿下は聞き上手。殿下とお話させていただくと、殿下はご自分のことは、ほとんど語らず、こちらの話を、絶妙な相槌と、あの、ひとを包み込むような、温かい表情で懸命に聴いてくださる」


だから「ラサリオン殿下の九宝玉」は、ラサリオンから今夜お相手を、と声がかかるのを楽しみにしている。

ただその夜は、本来の目的であったはずのことよりも、愛妾たち各々のお喋りに多くの時間が割かれることになるのであった。


 ラサリオンは読書家である。で、本好きには、しばしば見られることであるが、かなり面倒な性格である。

世の中の様々なことをみていくのに、自分の感性、気持ちよりも、まず理屈から入るのだ。


で、本で得た色々な知識により、自分の中でその世の中の様々なことに、何が最も素晴らしいかの価値付けを行ってしまうのだ。


その価値付けは女性に対しても行われた。

女性に対しては色々な形容で分類される、その形容の中で、自分にとって最も好ましい、そして、価値のある形容は何だろう。


十六歳になったラサリオンは考えた。


先ずは

「美少女」

という形容について考察した。


ふうむ。ラサリオンの心にはしっくりとこなかった。そこには、青さ、未熟な、未完成の美というイメージがあった。


次にラサリオンは、

「美人」

「美女」

という形容について考察した。


成熟した美。完成された美。うん、美少女よりはずっとええやんか。まだ少年とも言い得る年齢であったが、ラサリオンはそのように思った。

しかしこの形容では漠然としている。意味が広すぎる。ここに何か付加価値がほしい。


ラサリオンは自分の好みを掘り下げ、分析してみた。


「年上の人」


「人妻」


そのような形容が思い浮かんだ。

ラサリオンの気持ちが高まった。


読書好きの人間にしばしば見られる傾向だが、ラサリオンは、言葉、概念で興奮してしまうのだ。 


「人妻」


もう様々なことを経験済の、大人の女性、成熟した女性のイメージ。


いいな、ラサリオンは思った。が、配偶者がいるとなれば、通常は最も大切な男性が現に別にいる、ということになる。


色々と考察した結果、ラサリオンは、自分にとって最も好ましいと感じる女性の形容を見出だした。


「未亡人」


である。


ラサリオンは、執事のガーランドに頼んだ。

美女と評判の未亡人を探して、これは、と思う女性がいたら、この館に連れてきてほしい。


無理強いは、厳禁。

条件は、

この館で暮らす。

また正妃というわけではなく、おそらくは複数となるであろう愛妾のひとり、という立場になる。


が、帝国の慣習通り他の男性との交際を含め、日々の生活の自由は保証する。


それから、ほぼ一年の時間をかけて九人の未亡人が、ラサリオンの館にやって来た。


九人の女性は、未亡人、美女という共通点以外は、身分、境遇、性格は様々だったが、ラサリオンにとってはみな魅力的で、ラサリオンは全員を受け入れた。


九人で留まったのは、執事のガーランドから、

皇弟としてラサリオン様が受け取られている内廷費では、九人が限界です。と釘をさされていたからである。


九人いれば充分過ぎる。

ラサリオンはそう思った。九人揃ってから二年が経つ。

ラサリオンは誰かを特別に愛するということもなければ、誰かを疎んじるようになることもなかった。

ラサリオンは今の毎日に満足だった。


「ラサリオン殿下の九宝玉」


その出自、身分でいえば、貴族階級がひとり。騎士階級がひとり。一般民が五人。奴隷階級がふたりであったが、ラサリオンはその出身階級を意識させるような態度は示さなかった。

九人も、みんな今の生活に満足していた。

このまま、みんなで殿下と一緒に歳をとっていきましょう。

彼女たちは、そのように語り合っていたのである。


「ラサリオン殿下の九宝玉」


は、世間でも有名になった。


結婚前も結婚後も自由な恋愛を楽しむ帝国の民ではあったが、愛妾九人が同居している、というのは、相当に興味をひかれることであった。


ラサリオン殿下は、帝国中から数百人にも及ぶ美女をその館に呼び寄せ、面談の結果、その中でも選び抜かれた絶世の美女が、九宝玉である、そのような事実とは異なる風説も流れていたのであった。


 とある日、ラサリオンは、異母兄である皇帝ナル・アレフローザの呼び出しを受けた。


 用件は、ラサリオンに対して支払われる内廷費の減額だった。 

訊けば、執政であるオビディウス・ローザンからの提言とのことであった。


予はその必要はないであろうと言ったのだが、理をもって説くオビディウスに言いくるめられた、とのことであった。


オビディウスは言う。

陛下でさえ、皇后陛下以外に寵姫はシュアン様のみ。


陛下の同母弟であられるニコラス殿下も、マリカ妃殿下以外、正式な寵姫はお三方おられるだけだ。

失礼ながら、陛下、ニコラス殿下より身分が劣るラサリオン殿下が九人の愛妾を持たれ、しかもその方々とひとつの館で同居されているというのは、外聞がよくない。世間でも大きな噂になっている。

 九人の方々には別宅を用意し、帝国の慣習通り、自由に恋愛されればそれでよろしいではありませんか。

 どうしても同居に拘られるというのであれば、それが不可能となるようラサリオン殿下に対する内廷費を減額とせざるを得ない。


 九人にそれぞれ別宅を用意するのであれば、そのほうがもっと費用を要するではありませんか、ラサリオンは反論しようとしたが、やめた。問題にされているのは費用そのものではなく、今の暮らしかたである、ということは明白であったから。


 ニコラス殿下。その妃殿下は、オビディウス・ローザンの娘。

オビディウスにとっては、次代の皇帝の有力候補である娘婿よりも、その異母弟が一見派手な暮らしをして、世間の大きな話題になっていることを面白くないと思う、そんな気持ちも働いているのであろう、とラサリオンは察した。


 翌日、外出を予定していた愛妾にもその予定を取りやめてもらい、ラサリオンは九宝玉全員を館のサロンに集め、皇帝から申し渡されたことを伝えた。

 重苦しい空気が流れた。


「みんなバラバラになってしまうのですか」


最年少のシャオリンが、涙ながらに言葉を絞り出した。


「うむ、誠に残念だがそうせざるをえないだろうなあ。まあみな都の、それもこの館からなるべく近くに住めるよう取り図るようにするからな。であれば、時々はこうやって全員で会う機会も持てるだろう。

いやいやこれを機会に、みなあらためて配偶者を見つけて再婚するのがよいのかもしれんなあ。いつまでもこの館に縛り付けて、私の相手をしてもらうというのは、たしかに欲が深いことだったのだろうな。そなたたちの器量であれば引く手あまた、再婚相手には事欠かないだろう」


読書好き、知識は豊富なラサリオンであったが、生活力には乏しい。この程度のことしか言えないのであった。


「お嫁になんか行きません。私は今の暮らしが大好きなのですわ。みんなそう思っていますでしょう」


リセラが叫んだ。

あとの八人も頷いた。


「そう言ってくれるのは嬉しいな。だがどうしようもない」


ラサリオンの沈痛な声が流れた。


そのとき、ルオが言った。


「お金をもらえないのなら、私たちで稼いだらどうでしょうか」


「みんなで何か仕事を見つけて、ここから通えばいいのね」


「それ、いいですね。そうしましょう」


九人の内、七人は元々は一般民以下の身分であった女性たちである。働くことに抵抗はない。


「それに何と言っても私たちは「ラサリオン殿下の九宝玉」ですから。仕事を見つけるのに苦労はないでしょう。きっと結構高いお給料もらえますよ」


そうしましょう、そうしましょう。


重苦しかった場の空気は一転して明るくなった。


「ねえ、もしかしてその九宝玉ということで、何かお金になるのではないでしょうか」


最年長のエセルが呟いた。

この提言で、みんなが考え込んだ。


そのアイデアを思い付いたのはシャオリン(小鈴)だった。


そのアイデアに対して、トワが、それは私の弟のシュンペイタ(俊平太)に取り扱いを任せてもらえないか。弟は今物産を扱う商店に勤めているが、独立して事業を始めたいと言っているので、と。


 二ヶ月後、九宝屋と命名されたトワの弟、シュンペイタが始めた商店は、アークが描く「イワン殿下の九宝玉」の肖像の印刷画と、ラルフアーサが書いた「九宝館日記」の販売を始めた。


 大評判だった。帝国一円で飛ぶように売れた。

 

 九宝屋は更に、九宝玉各々の様々なキャラクターグッズも製作、販売。これまたよく売れ、九宝玉メンバーは、各人が多くのファンを持つようになった。


それからは、様々なイベントに呼ばれるようになり、そのスケジュール管理も九宝屋が一手に引き受けた。


 契約により、その売上の一割が、九宝屋から九宝館に納められた。それは、元々のラサリオンの年間の内廷費の数十倍の金額だった。

 アークとラルフアーサにも、別に多額の謝礼が九宝屋から支払われた。


 ラサリオンは、もし望めば更なる大邸宅に住み、百人の未亡人を自分の館に同居させることも可能なだけの財産を手に入れた。


「ラサリオン殿下の百宝玉」


ラサリオンは、呟いてみた。


やめとこ、体がもたん。

それに、今の暮らしが壊れてしまう。

今のままで充分だ。


 私は、九宝玉と一緒にこの九宝館でずっと暮らしていこう。

ラサリオンは、そう思った。

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