失せもの探し、たまわり〼。
どうぞよろしくお願いします。
王都の中央大通りから奥の細道をしばらく進んだ場所には、やや変わった趣向の店がある。
見た目こそ、別名『花の古都』と呼ばれる王都に建ち並ぶ家々とさして変わらぬ、こぢんまりとして花が咲き乱れる一軒家だ。初見では店だということすら気づけずに、通り過ぎてしまうかもしれない。
その店のことを知る者からの評判も、奇妙と言える。
必要に迫られ店を利用した者たちは、よい評判を吹聴することはない。ただ、本当に困っている誰かを見つけた時にそっと耳打ちするだけだ。
人づてに存在を漏れ聞いた程度の者は、大抵「うさんくさい店だ」「インチキな商売だ」と白い目で見ている。
表札のように小さな木の板に彫ってある店名は、『失せもの探し屋』。若い女性店主と女用心棒が営む、静かで小さな店である。
*
アンネは小走りで細い道を進んでいた。
職場からの支給品である革のブーツは、うっかり泥まじりの水たまりを勢いよく踏みつけてしまったせいで、汚れてしまっていた。
お仕着せの紺色をしたスカートの裾にも泥水が飛びはねてしまっている。
戻ったらブーツを磨いてスカートのしみ抜きをしなければ、と反射のように考えたアンネは、自身の現状を思い出し、ぐっとくちびるを噛んだ。
ブーツを磨いたり、スカートのしみ抜きをしたりする必要はないかもしれない。何しろアンネは、今向かっている心許ない頼みの綱、『失せもの探し屋』がインチキだった場合、職を追われてブーツもスカートも必要なくなってしまうのだから。
アンネの目元は赤くなり、目はやや充血している。
気を抜くと目元がうるんでしまうのは、きっと目にごみが入ってしまったからだ。涙が視界の邪魔で、袖口で乱暴にこするせいで目がちくちくと痛む。
アンネは嫌な未来を想像しては無理やり振り払う。いつもよりも早い鼓動が耳の奥でどくどくと、うるさいくらいに脈打っていた。
『失せもの探し屋』のある裏通りは王都民であるアンネですら、あまり来たことがない。
『花の古都』は世界でもまれに見る治安の良さで、昼間ならば裏通りすら女性一人で歩ける。ゆえに大通りを外れても、他の都市でよく見られるような荒んだ空気感はなく、ただ喧騒が遠ざかる。こういう静かな通りには穴場の店がある、とわざわざ観光客が訪れたりもするのだ。
しかし、先ほど述べたようにアンネは用事がなければ裏通りにわざわざ足を運ぶ人種ではなかった。
そのことを若干後悔しつつ、アンネはしばらく裏通りをさまようことになった。
『花の古都』は景観を損なわぬため、建物の外観が厳しめに統一されている。壁面はやわらかなアイボリーだし、屋根はくすんだ紺色が一般的だ。
住民たちは庭や窓に飾る花の色かたちで個性を出す。酔った住民が夜、帰宅しようとして家を間違えるのも、『花の古都』ではお約束だった。
つまり、長々とした前置きで何を言いたかったのかといえば、そのあまりにふつうの家じみた見た目に、アンネは店の前を何度も素通りする羽目になった。
心に余裕のない状態のアンネは内心で毒づきながら、木製のドアを押し開ける。ちりりんと涼やかに鳴るドアベルは、そこだけ一般的な店らしい。
「いらっしゃい」
大通りよりもやや薄暗いと思っていた裏通り、よりも数段薄暗い店内に目を慣らそうと、痛む眼球を叱咤しながらまばたきを繰り返すアンネに、やや低めの落ち着いた女の声がかけられた。
どう返事をしようか迷って、ちいさく口を開け閉めするアンネに今度は鈴を鳴らしたような可憐な声がかかる。
「『失せもの探し屋』へようこそ。そちらにお掛けください」
「は、はい」
ようやく見えた店の中は、陽の光は敵だと言わんばかりにカーテンがぴったりと閉められているので、昼か夜かすらわからない。随所に置かれて、あるいは吊り下げられているヒカリホオズキのオレンジ色の光だけがかろうじて、視界を確保していた。
店の中にいるのは女性が二人。ひとりが奥のほうにあるカウンターの向こう側に腰掛けていて、もう一人は入ってすぐ右の、入り口がよく見える場所にあるソファーに座ってくつろいだ姿勢を取っていた。
奥にいる女性がカウンターに向かい合うように置いてある椅子を勧めてきたようだったので、アンネはお仕着せのスカート部分を無意識に握りしめつつ、そろそろと足を進めた。
目が慣れてくれば、店内の細かい様子も見えてくる。
『花の古都』ではあまり好まれない、花を持たない鉢植えの植物があちらこちらに置かれ、隙間を嫌うようにアンティーク調の小物が所狭しと並べられている。
ひときわ目立つのは大きな柱時計だ。何か塗られているのか、ヒカリホオズキのわずかな灯りで針が浮き上がるように見やすくなっている。
きょろきょろと店内を見回しながら椅子に腰掛けたアンネは、あらためて目の前の女性を見る。
アンネはまず、なぜ固くまぶたを閉じているのだろうと訝しむ。けれども目を閉じていても、美しい顔立ちは微塵も損なわれない。美人は得なのである。
眉、まつげ、髪の色は銀色だろうか、それとも白かもしれない。これほど薄暗いと、他人の髪の色すら正確にわからないのかとアンネはこっそり考える。
「はじめまして。ご来店ありがとうございます。初めてのお客様ですね?」
美しい女性は小首をかしげて微笑んだ。さらさらと流れる髪から、かぐわしい香りすら漂ってくる気がする。
「そうです」
「何をお探しですか?」
世間話などなく、直球の質問が投げかけられ、アンネは内心ほっとした。
今は心にまったく余裕がない。アンネは一刻も早く、『失せもの』を探し出さなければならないのだ。
「サファイアの耳飾りの片方です」
「その耳飾りはあなたのものでしょうか?それと詳しい見た目を教えてください」
「……わたしのものではないです。お仕えするお嬢様のもので……。見つけないと、わたしが犯人にされて警備兵に突き出されてしまうんです……!わたしじゃ、わたしじゃないのに!!」
ふたたび目元がうるんでくる。アンネはいつのまにか立ち上がっていた。
悲鳴のような主張にすら、美しい女性の鉄壁の笑顔は崩れない。なるほどなるほど、とにこやかにうなずいてすらいた。
そのおかげでアンネは冷静さを少し取り戻し、気まずそうに座り直して、小声でぼそぼそと騒いだことを謝罪した。
「お気になさらず。この店にいらっしゃるお客様はたいてい切羽詰まっておられますので、暴れたりなどなさらないアンネ様はよきお客様ですよ」
「そ、それはまた……」
自分の取り乱し方を見てなお、よきお客様と言われる。アンネはこの店の彼女らに同情すらした。
その安い同情は、名乗った覚えのない名を呼ばれたことに気づいた瞬間、霧散したが。
「え、あの、わたし、名乗っていませんよね?」
「そうでしたか?」
さらりと躱されたことで、むしろ確信が深まる。
アンネは一抹の不気味さを覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではないのである。
「それで、耳飾りの詳しい見た目を教えていただいても?」
「あ、はい。プラチナの台座に大粒のサファイアが嵌め込まれた、豪華な耳飾りです」
「なるほど、プラチナの台座に大粒のサファイア……。少々お待ちくださいね」
美しい女性はにこりと微笑んで、カウンターの向こう、店の奥に消えていった。
ぽつんと取り残されたかたちになったアンネだが、急に斜め後ろからにゅっと手が伸びてきて、身をすくませた。
「どうぞ」
手の主はソファーでくつろいでいた女性だった。
カウンターに、湯気の立つマグカップが置かれている。
女性はそのまま、アンネの隣、カウンターに身を預けるようにして、気だるそうに立った。
彼女が、ずず、と自分のマグカップの中身をすする音を聴いて、アンネはおそるおそるマグカップを持ち上げた。
苦い薬草茶を想像していたアンネだったが、予想を裏切り甘い湯気が頬に触れ、緊張がほぐされるようだった。
「あ、おいし……」
ここのところストレスで、食事も喉を通らなかったので、その甘めに味付けされたココアは泣けるほど美味しい。
ぐすぐすと、ココアを飲むにあたり必要ない音を立てながら、マグカップをかたむけるアンネ。
女性は隣で、静かに立っていた。
「お待たせいたしました」
相変わらずまぶたをしっかりと閉じた、美貌の女性がにこやかに戻ってくる。
「お嬢様のお部屋にある、鏡台の裏を確かめてみるといいかもしれませんね」
「え?」
「それから、アンネ様が犯人ではないかと言い出した同僚の方は少々手癖がよろしくないようです。ベッドの骨組みとマットレスの間に宝物を隠し持っているみたいですね」
アンネは呆然と、美しい女性を見つめる。
けれど頭の中には鈴のような美しい声が紡ぐ言葉が、しっかりと刻まれていた。
「お代は見つかってからで結構ですから、困った方を見つけたら、そっとこの店の存在を耳打ちして差し上げてください」
「あなたはいったい……」
美しい女性はくすりと笑った。
「秘密にしてくださいね。私、千里眼を持っているのです」
千里眼と言われて思い浮かべるのは、誰もが幼い頃に聞かされる魔女の話。
悪いことをしてはいけないよ。千里眼の魔女が見ているから。
嘘をついてはいけないよ。千里眼の魔女に頭から食べられてしまうから。
「……魔女?」
「そんな大層なものではないですけれど。うふふ、失せもの探しにはぴったりでしょう?」
煙に巻かれた、のだろうか。アンネにはわからなかった。
そんなことよりも、今は耳飾りの件だ。
アンネは勤めている屋敷に戻り、再びの大掃除を提案した。
そうして見つかった耳飾りと、ついでに同僚のベッドから発見された大量の宝飾品は屋敷中に激震をもたらした。
とはいえ、紹介状も書いてもらえず仕事をクビになった、手癖の悪い同僚のことなどアンネにはもう、どうでもよかった。
「んふ、臨時収入……!」
そう、アンネは偶然とはいえ同僚、上司、果ては奥様の失せものを見つけたので、ボーナスを弾んでもらえたのだ。
そのボーナスは、今までならばすべて自分や家族のために使っていただろう。けれど今のアンネはひと味違う。
疑われても味方を作っておけば、このようなトラブルに巻き込まれなかったはずなのだ。
アンネは考える。
露骨な媚びは逆に嫌われやすい。飴あたりが妥当か。
今まで内心、同僚たちのうわべだけの仲良しごっこを馬鹿にすらしていたが、手痛い教訓を得た。
「あ、そういえば」
アンネはふと、大切なことを思い出す。
「『失せもの探し屋』にお代を払いに行かないと……」
*
最初の来店時とは打って変わって、ほがらかな笑顔でやってきて、アンネは菓子折りとお代を置いて行った。
その背を見送り、『失せもの探し屋』店主と用心棒の女性は顔を見合わせ微笑むのだった。
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