雨の日の神様
雨の日、傘を忘れた私の前に現れたのは、ちょっとだけ足が速くて、ちょっとだけ優しい“神様”でした。
クラスメートとの何気ないやりとりの中に、ふと差し込むやさしさ。 それは、誰かを救うような大げさな奇跡じゃなくて、ただ傘を差し出す一瞬のぬくもり。
「雨の日の神様」は、そんな日常の中に潜む“ちいさな奇跡”を描いた短編です。
読み終えたあと、少しだけ誰かに優しくしたくなるような、そんな物語になれば嬉しいです。
朝は晴れていた。
昇降口のガラス越しに見えるグラウンドには、
雨を弾いた水たまりが、ところどころ光っていた。
私は折りたたみ傘を持ってこなかったことを後悔していた。
お母さんが「持っていきなさい」と言っていたのに。
やまないかな、と空を見上げる。
雲は厚く、低く、どこまでも灰色だった。
無理だ。駅まで走るしかない。
そう思ったとき、私の横に大きな影が落ちた。
林だった。
「おう」
彼はいつもの調子で短く言った。
「林、遅いね」
「図書館で本、読んでた」
えっ、そういうキャラ?
私は思わず笑ってしまった。
林は体が大きいし、足も速いから、
てっきり野球部か何かだと思っていた。
「中学までやってたけどな。肩、壊してもう投げられないんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「笹原こそ、こんな時間までいるんだな」
「私は委員会で、ちょっと遅くなったの」
「そうか。じゃあな」
林は鞄から折りたたみ傘を取り出し、
グラウンドの隅を通って校門へ歩いていった。
その背中がどんどん小さくなっていく。
私は、小さくなった林に向かって、
聞こえない声で「バカ」とつぶやいた。
──その瞬間、林が振り返った。
そして、校門の向こうからこちらへ歩きはじめた。
小さかった影が、だんだん大きくなっていく。
私の前に立った林は、
真っ直ぐに私を見下ろして言った。
「笹原、バカだろ。傘忘れたなら言えよ」
「駅までだろ? 入れよ」
「えっ、でも……」
「クラスメートのよしみだ。明日、焼きそばパンな」
「ただじゃないんかよ」
思わず笑って、私は林の傘に入った。
肩がぶつかる距離。
わたし、知ってるよ。
林の体は半分濡れていたけれど、
私はまったく濡れなかったこと。
駅までの道。
ふたりの足音が、雨音とまざり合って響く。
濡れた道に並ぶ影。
ひとつは大きく、ひとつは小さい。
明日は焼きそばパン、一緒に食べよう。
雨の日の神様は、
ちょっとだけ足が速くて、
ちょっとだけ優しい。
そしてたぶん、
どこにでもいる。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
「雨の日の神様」は、誰かの優しさがふと差し込む瞬間を描いた短編です。
林は、特別な力を持っているわけじゃない。 ただ、傘を差し出すタイミングが、少しだけ完璧だった。
そんな“ちいさな奇跡”が、日常の中にひっそりと潜んでいること。 それを、笹原の視点からそっと描いてみました。
誰かの傘に入れてもらった記憶。 あるいは、自分が差し出した傘のこと。
そんな記憶が、少しでもよみがえったなら嬉しいです。
また、雨の日に。




