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9 エレンのその後

 エレンは檻から連れ出されたその日に宰相フェリクス・ローヴァインの養子になっていた。

 これほどの力を持つ子があのように虐げられることは許されない。エレンを再びあの男のもとにやらないようにするための対抗手段だったが、このカードを使う前に男はエレンを手放した。

 この一件が片付いてなお、フェリクスは自分の子として責任をもってエレンを育てることにした。


 フェリクスは七年前に妻と娘を亡くしていた。娘が生きていればエレンとさほど変わらないくらいの年だ。何度か再婚を促されたが受ける気になれず、ローヴァイン家の後継者として弟の長男ハンスを指名し、王都の屋敷で後継者教育を行っていた。


 エレンは王都のローヴァイン家で暮らすことになったが、多忙なフェリクスは家を空けることが多く、ハンスはいわくのあるエレンと接点を持とうとはしなかった。あからさまないやがらせをされことはなかったが、目が合えば睨みつけた後にそらされ、挨拶をしても素通りされる。静かな拒否に自然と屋敷内での住み分けがなされ、食事の時間もずらされた。フェリクスがいる時にはそろって食事をすることもあったが、話をすることはなかった。衣食住に不自由のない暮らしだったが、エレンは孤独を感じていた。


 失われた年月を取り戻すようにエレンは勉学に励み、王立学校に入学すると寄宿舎に入った。それはローヴァイン家から距離を置く意図もあった。

 エレンの出自を知る者の興味本位な接触は初めの二ヶ月ほどで終わり、後は落ち着いた学校生活を送り、友人もできた。しかしエレンはあえて恋人を作りたがらなかった。腕に怪しげな刺青があり、あちこちに消えない傷が残る自分を知られるのも嫌だが、知っていて同情されるのも嫌だった。

「傷も含めて全て受け止める」

などと言われても、自分でさえ受け止められない傷を他人が受け止められるとはとても思えず、何も始まらないうちに断りを入れた。

 家に何件か来た縁談は野心家の下級貴族ばかりで、評判のあまり良くない子息達にフェリクスが断りを入れていた。結婚で家を離れることは、エレンもフェリクスも想定していなかった。



 エレンが卒業する頃にはフェリクスは宰相を辞し、屋敷にいることが多くなった。ハンスへの引継ぎに時間を費やし、本格的な隠居生活に向けた準備をしていた。

 エレンは卒業後、住み込みでの家庭教師を引き受けるつもりだったが、フェリクスの反対でやむなくローヴァイン家に戻った。通いの家庭教師の仕事と、教会でのボランティアで昼間は家を離れ、国のどこかで流行病が起きると依頼を受けて医療部隊とともに現地に赴き、自分の持つ力を発揮して少しでも病が広がらないよう尽力した。


 頑張りすぎるエレンに、フェリクスは無理をしていないか心配だったが、いつも笑って

「大丈夫です」

というので、自由にやりたいことをさせていた。

 しかし力の行使は気がつかないうちにエレンの生命力を消耗していた。体の不調を押して街一帯に向けて魔法を発動した直後、その場に倒れ、以来魔法の力を使おうとすると心臓が締め付けられるような痛みを感じた。しばらくごまかしていたが、二度目に倒れてからはフェリクスに魔法を使うことを禁止された。



 フェリクスはかつて家族を失ったことを思い出していた。

 その日、妻は娘を連れて実家に帰る予定だった。仕事の都合でフェリクスは同行できなかったが、先に仕事に出かけるフェリクスを

「いってらっしゃい」

と見送ってくれた、それが最後に見た妻と娘の姿だった。

 二人を乗せた馬車は対向する馬車の暴走に巻き込まれ、よけきれず川に落ちた。泳ぎを知らず、知っていたとしても水を吸い重くなったドレス姿で何ができただろう。救出された時には二人とも息をしていなかった。

 朝笑顔で別れた家族が冷たくなって戻って来た。実感がわかないまま葬儀を終え、声をあげて泣いたのは誰も待っていない家に戻った時だった。



 教会にはエレンのあの力は使えなくなったと伝え、今後一切依頼を持ってこないよう命じた。引退したとはいえ宰相を務めた男の要請を教会は無視することはできなかった。それでもいざ病が蔓延すれば、王都の教会はエレンを当てにするだろう。依頼を受ければエレンは引き受けてしまう。このまま自由にさせていては、エレンを失うことになる。

 二度と家族を失いたくない。


 フェリクスは家督をハンスに譲り、エレンを連れて自領にある別邸に移り住んだ。

 そこは小さな田舎町で、療養を兼ねてゆったり過ごすには適した場所だった。

 移転先にも小さな教会があったが、奉仕活動も週に一度程度にし、無理をさせないようフェリクス自ら送迎した。他には仕事は持たず、「隠居する父親の世話が仕事だ」とフェリクスは笑ったが、そこでの暮らしがエレンの人生の中で最も幸せな時期だった。


 信頼し敬愛する人と一緒に暮らす。心も体も傷つけることも傷つけられることもなく、互いをいたわり、嬉しいことも悲しみも分かち合う。時に小さなわがままを許され、時には心配故に束縛を受けることもある。不満を持ちながらも共に食事を取れば自然と話し合う時間ができ、気がつけば笑っている。特別な力があってもなくても、何も変わらない。

 これが家族なのだと、エレンだけでなくフェリクスも感じていた。



 二人は最後まで親子としての関係を崩すことなく、三年の月日をこの街で共に過ごした。それを終わらせたのは、街に現れた黒いもやもやだった。

 職人気質のパン屋、馴染みの果物屋、うんちくの多い酒屋… いつも会う人達を狙う死の影に、エレンは迷わなかった。守りたいなどという正義に満ちた強い思いではなく、ただ失いたくなかった。フェリクスとの穏やかな暮らしを。それを支えてくれる人達を。


 「やめて! …消えて! 私から奪わないで! …いなくなって! 消えちゃえ! 黒いもやもや、死んじゃえ!」


 最後に「死んじゃえ」と唱えた言葉はこの街の人々を救い、引き換えにエレンの命を奪った。

 黒いもやもやがちりぢりに消えていき、何事もない風景が広がっていく。誰も何も気づかない。エレンが消したものにも、エレンの言葉の意味も。薄れゆく意識の中で自分らしい最期だと思った。

 ただ父親より先に旅立つことがエレンの後悔であり、心残りであり、唯一の親不孝だった。













お読みいただき、ありがとうございます。

いつもながら、気ままに部分修正を積み重ねてます。

誤字ラ出現ご容赦のほど。


期間限定 和栗デニッシュがうまうまな秋に

2025.9.28

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