8 王との謁見2
「朕が証人となろう。この者は我が死はおろか、誰一人、人の死を願ってはおらぬ」
王が自ら証人となり、エレンが王を呪ったのではない事が認められた。
人を呪ったのではない。厄災の病魔を呪ったのだ。病魔を亡ぼす「死ね」の魔法使い、それがエレンだ。
自分のものだったはずの手柄を取られ青ざめる男に、宰相は言った。
「おまえがこの者を貶めることなく、正しく言葉を補い、人々の誤解を解いていたなら、おまえはもっと長く豊かな暮らしを望めていたかもしれん。だが、再度言う。この国では人身売買は許されていない。奴隷も認められてはおらん」
エレンを買い、拘束し、働かせてきた。これが違法行為だと知らない訳ではないが、綺麗ごとを言ったところで陰ではみんなやっていることだ。
厄介払いしたい者から「悪魔」を引き取ってやった。金を得て親は喜んでいたのだ。互いに利のある取引だった。エレンの力を見い出したのは自分だ。買い取った自分が有効に使って何が悪い。
宰相は法律を盾に自分の所有物を狙おうとしているのだ。そう思った男は歯噛みした。
「おまえはこの者を「悪魔」だと勘違いしていたのか?」
勘違い? いまさら何を寝ぼけたことを。
自分の商売道具を奪われ腹立たしく思っている男の前に袋が一つ置かれた。開いた口から金色に光る金貨が見えている。
「病魔を払う魔法使いを紹介し、我らが王を治癒に導いてくれたことには感謝しよう。これは紹介料だ。だが人を所有することは許されない。ましてや奴隷のように足を拘束し、首を鎖でつなぐ行為は、人に対してはあってはならないものだ。…勘違いなら、罰金で済ませることもできるが」
宰相は、目の前の袋から一つかみ金貨を取り出した。目減りしたが、金貨はまだ半分は残っている。
「飼っていた生き物が何であろうと、碌に食事も与えず、暴力をふるうのは罪深いことだ」
さらにもう一つかみ、金貨が袋から抜かれた。
「もし、聖女に匹敵する力を持つ人間と知りながら虐待していたとすれば、…罰金では済まされんな」
宰相が金貨の袋に触れる前に、男は慌ててその袋をひったくった。
「と、とんでもございませんです。私は悪魔だと思い込んでいただけです。人間を買うなんてそんなことは…」
「人であったなら、当然所有権はないな」
「は、はい、当然です!」
男は役人が突き出した「悪魔」の所有権放棄の書類に震える手でサインを入れると、逃げるように謁見の間から飛び出した。門番はあの男が帰ると事前に話を聞いていたが、あまりに挙動が怪しいので男を呼び止め荷物を調べると、城の備品である金の盃や銀のスプーンやフォークが入っていて、全て没収された。さらなる取り調べを促された男は門番に金貨を一枚渡して脱兎のごとく逃げ去り、その日のうちに王都からいなくなった。
門番を買収するにしてもずいぶんな破格な金額だが、これも罰金の一部として国庫に納められた。




