5 悪魔を買った者
王の客人として贅沢な待遇を受けていた悪魔使いの男は、なかなか褒賞の話が出ないことを疑問に思っていた。王が回復したばかりなのでもうしばらく待つよう言われたが、三日目にはしびれを切らし、部屋に来た侍従にこう告げた。
「明日ここを出ていくので、褒賞をいただきたい。預けている悪魔も連れてきてくれ」
侍従は
「承りました。確認してまいります」
と答え、部屋を出ていった。
男は城にいる間、日に一度は悪魔を見に行き、檻の向こうで大人しくうずくまっている姿を見て、あれを悪魔と信じる馬鹿どもをあざ笑っていた。市中だろうが、王城だろうが、人間は大して変わらない。
「死にそうな者に面と向かって『死ね』と叫ぶこの子は、悪魔が憑いているに違いない。何とかならないものか」
とある町の小さな教会の司祭からの依頼だった。
「悪魔払い」と称し、教会の評判を落とすような存在を人知れず引き取るのが男の仕事だった。教会で預かり続けるには不適切な子供を追い払いたいのだろう。
実際に目の前で「死ね」というところを見ればすぐにわかった。何かに怯え、「死ね」と叫ぶと言われた者の病が治る。病魔を払っているのだ。その力は聖女と呼ばれてもいい代物なのに、そんな事にも気づいていない。
この子が運が悪かったのは、その力の発動条件が「死ね」という言葉だったことだ。だが、聖なるものが受け入れられないなら、魔として使えばいいだけのこと。
頭の固い教会の不要品の中では上物だ。いつもは引き取りに金をもらっているが、少しばかり金を払うとありがたがられた。依頼人の希望通りできるだけ遠くへ連れ去ることにした。
それ以降、流行病の噂を聞けばその土地を廻り、「悪魔の呪いの反転」として稼いできた。
客は悪魔の存在を信じ、何の力も持たない男を救世主のように称えた。不要な人を引き取り売り渡すのは裏世界の仕事だ。依頼してくる聖職者は汚れ仕事を頼みながら男を蔑んできた。この待遇の変化は男の虚栄心をくすぐった。
病のない時期は稼ぎはなく、ただの極潰しだ。ひ弱で力仕事もできない。歩みは遅く、碌に荷物も運べない子供に苛立ち、八つ当たりで憂さを晴らした。
「悪魔の印はないのかよ」
通りすがりの誰かの言葉で、戯れに黒羽根の刺青を入れてからより悪魔っぽくなった。
そのうち悪魔の力を狙い盗もうとする者が出て来たので、自分の持ち物に鎖をつけて身近に縛り付けた。子供は嫌がったが、数発殴れば大人しくなった。
悪魔を厳重に管理し、その力を利用する「悪魔使い」。見た目にわかりやすい構図に、人々はより簡単に男の言葉を信じるようになった。
最近では、あの「死ね」の力を使うのに時間がかかり、効きも悪くなってきた。それでもあと半年くらいは使えるだろう。幸いこの国は今流行病が蔓延している。もうしばらくは稼がせてもらわなければ。




