1 王を治療する悪魔1
ここ、グランディア王国には未曽有の流行病が蔓延していた。
元は国の東の小さな町で一人の旅人の体調不良から始まった。
宿に泊まっていた男はそのまま寝込み、高熱が続いて全身に発疹が出た。次第に意識がもうろうとし、何も飲み食いできなくなってやがて死んでいった。
その数日後、男の世話をした宿屋のおかみが熱を出した。
同じ頃、あの男と同じ宿に泊まっていた者が、少し離れた町で高熱で倒れた。
知らず知らずのうちに病魔は国中に広がっていき、やがて病は王都の門をくぐった。
病の広がりは早く、初めは可哀想に思い病人を世話した者もいたが、やがてそれが自分の死をもたらすと知ると、誰もが病人を遠ざけるようになった。
誰かが熱を出すとその家の住人は外に出ることを禁じられ、買い物にさえ行けなくなった。病人が出た村には人が寄り付かなくなり、物流は途絶えた。人々は家に閉じこもって病の猛威が収まるのを待つしかなかった。
静まり返った街。いつになれば元の活気ある街に戻るのか、予測もつかない。
王城も例外ではなかった。王城の使用人に熱を出した者がいたが、その日のうちに城から追い出された。にもかかわらず他の使用人や衛兵、侍女が次々と発症し、部屋で動けなくなったものが増えていった。そしてあれほど厳重に守られていたはずの王までが倒れた。
医者や侍女は死を覚悟しながらも王を看病した。様々な薬を試したが、熱さましさえも効きが悪い。日々弱っていく一方の王に呪術払いや祈祷も試されたが、効果は見られなかった。
そこへ「悪魔使い」を名乗る男が王城に現れた。男が連れていた者は背丈は低く、古びたマントで全身を覆い、フードのせいで顔もよく見えない。両足首には鎖でつながる足輪がつけられており、首につけられた首輪にも長い鎖がつけられ、その先は男が握っていた。男が手にしていた鎖を引くと、よたよたと男の背後に歩み寄ったが、鎖が重いのかその足取りは重くふらついていた。
「これは私が捕獲した悪魔でございます。ここに至る道中も、私が悪魔に命じた秘術を施し、私めを信じていただけた街では既にこの病は治まっております。この力をぜひ王にお役立ていただきたく、下賤な身ではありますが、王城まで訪ね参った次第にございます」
宰相や大臣、役人を前にし、男は一礼した。その後再度鎖を強く手繰り寄せ、不意を喰らった悪魔と呼ばれた人型の者はその場に倒れた。男はマントの間から人型の左腕をつかみ出し、宰相達に見せた。骨と皮しかないと思える程にやせ細った腕には黒い羽根の形をした痣があった。
「悪魔の証です。おっと、この悪魔は私が特別な技で飼い慣らしておりますのでご安心を。ただこの悪魔、大変口が悪く不吉なことを病人に告げますが、悪魔の力を引き出すためには必要でして、お目こぼしいただくことをお約束いただけますなら、今すぐにでもこの悪魔の秘術を王にお試しいただけるのですが…」
男の言うことはにわかには信じがたいが、王の病状は一刻を争い、藁にもすがりつきたいのが実情だ。
「…王とまみえる必要はあるのか」
大臣は男と人型をごみでも見るように観察し、顔をしかめながら尋ねた。人型は小刻みに震えながらその場にうずくまっていた。
「お会いしなければ効果は出し難く…」
男の返答に、その場にいた者達は不平を漏らした。
「このような怪しげな者を王に近づけなければならないのか」
「不衛生であろう」
「しかし、やれることをやってみねばならんのでは」
「敵国の間者で呪いをかけに来たのではないか」
「距離を取らせ、間に衛兵を置いてはいかがか」
宰相や大臣たちが話し合う様子を眺めていた男は、一向にまとまりそうにない話し合いに、
「信用いただけないなら、残念ですが…」
と腰を上げて出口に向かい、人型の鎖を引っ張った。