【第十五話】零の子孫orドッペルゲンガー?
それは学校の三限目休み時間、トイレにお花を摘みに行って教室に戻っていく途中のことだった。
そのとき私は「あー、さっき零にお花摘みに行くなら菊の花摘んできてって言われたけど…トイレットペーパーで作ったのでもいいのかな…」とか考えてたときのことだった。
ふと目の前に見えた女子生徒、もちろんこの学校の制服の…
「…零?何やってんの?てかアンタここの制服持って——」
あ、思わず声を出してしまった。
これだと周りからは変なやつに見えるんじゃ…
だがそこまで考えて、なんだかその零には違和感があることに気づいた。
その後ろ姿は普段とは違い、落ち着いていて目を疑う。
それにいつも年がら年中同じ服だし、いや、まだ出会って一年も経ってないけど…
すると零は振り返る。
肩の髪がふわりと揺れる。
…零の髪ってこんな整ってたっけ…
手入れが行き届いた髪の毛に見える。
そして目線が交わった。
「…え”、れ、零……」
「あ、あの…」
その声を聞いて目を見張る。
声は同じ、だが少し違う気がする。
もしかして若干声が高い…?いや、わからないな…
でも確実に、その話し方は『零らしくなかった』。
いつもなら何かしら言ってくるし、飛びついてくるとしもある。
なのにその声は落ち着いている。
そして何よりその表情を見たとき、私は一瞬怒ってるのかと思った。
だって、
いつもよりどこかすっと引き締まった顔。
目はいつもより閉じてて、どちらかというと無表情とか、おっとりしてるような、
キレイな人。
そんな驚いている私に声をかけられた張本人は少し戸惑った顔をした。
「えっと、私は…」
零が何かを言いかけたとき、後ろから声が聞こえてきた。
「お、莉央りーん、菊の花摘んで来たー?たくさん取れたのなら一部私の墓に差し入れをだねぇ?…って——」
私は思わず振り返る。
そこにはもう一人の、いつもの調子の零。
そしてさっき何か言おうとしてたおっとり零は突然私が振り返ったことに驚いたのか、喋らなくなってしまった。
沈黙
………
……
…零が増えた?
……零が増えた…?!
「ど、ドッペルゲンガー…?!」
「えぇ?!私が二人?!」
「…すいません、何か用ですか?」
「「え」」
え、私はどうすれば…
問題児が二人に分裂とか無理だぞ…
そんなアメーバみたいな…幽霊ってみんなそんななの?
「あ、あとその…、私の名前は、麻衣、ですけど…」
「あ、え、」
「莉央ちゃん!」
すると零(本物?)が耳元でこしょこしょ何かを言いだす。
「…あー、えっと、すいません。私の知り合いに似ていたもので…すいませんでした。」
「え、い、いえ、大丈夫です。こちらこそすいません。で、では失礼します…」
そう言って麻衣と名乗ったその女子生徒は去っていった。
でも歩くその後ろ姿は何か違和感があった。
…零、麻衣…あの人は人間?
あの最初に感じた背の違和感は、幽霊じゃなくて人間だったから?
だとしたら、私はすっかり幽霊になれてしまったことになる。
幽霊になれすぎて、人間に違和感を抱くようになるなんて…
「ね?私の言った通り動けば大丈夫だったでしょ?」
零が微笑む。
確かに、耳元で出された指示通りに言えば乗り切れたが…
「何あれ子孫?」
「な?!わ、私は生きてたときから死んだ後もずっと処女だよ?!」
「…って、何言わせんの!バカバカ!このっ!バナナ!」
「私の肌そんなに黄色い?」
そこでハッとした。
…周りの人がこっち見てる。
しまった…またノート忘れてた…
ーーー
ーー
ー
「ということがあってさ。兄なんか知らない?」
「はは、色々言いたいことはあるがまずは零、最後に言い残すことは?」
「私は処女です。これからもずっと、よって子孫なんていません。」
「兄、お願いだからモザイクかかって変な効果音と注意書きが出るようなことしないでね。」
兄の動きが若干揺れて止まる。
マジで…色々…、嘘だよね?
「妹の前だぞ、てかそんなことより妹が幽霊に悪口言われたことに反応するべきじゃない?」
「え、莉央ちゃんまさかのそっちメインに話してた?」
「そうじゃないけど…」
家に帰って兄がいたから相談しようとしたのが間違えだったのかな。
零には兄に話しかけようとした瞬間、というか帰り道からすごい止められたけど。
てか兄仕事行けよ。
「いや、俺は零の悪口マスターだし、俺自身の悪口レベルは零と天と地の差があるから、そんなんじゃ微動だにしないぞ」
「え?!私悪口マスターで実力がさっくんより上なの?!…ま、まあね、私の実力わかってるじゃん…ふふふ」
「嘘でしょ?」
確かに、兄は口からヘドロ爆弾みたいなの出してるイメージがあるが、零が口からそれ以上のものを出てるイメージはないぞ…?
「悪口マスターって、俺が零の悪口パターンとか把握って意味だぞ?別に零が悪口マスターって意味じゃ…それに、俺は零と違って少なくとも一般的な悪口は扱えるからな。」
いや、なんだよ一般的な悪口とか扱えるとかって…
「んー、てかさっくんが悪口ってあんま印象にないな…」
そんなことを言う零に私はすかさずに言う。
「いやあれでしょ?きっと【悪口】とか【とても差別的悪口】とか【俺様的悪口】とか、あとは…【まるで目も当てられないような悪口】、【もう自主規制じゃ収まらないナニカ】とか言ってるんでしょ?」
「誰にだよ、ってか俺ってオマエの中でどうなってんの?どんなイメージなの?よく本人の前で言えるな」
兄が言う。なので私は口を尖らせ兄に一言。
「ふん、兄の癖に、お前のかーちゃんでーべそーだ」
「そーだそーだ!莉央さんもっと言っちゃって〜!!」
「俺お前の実兄だぞ」
こんな感じで少し言い合った後、兄が黙ったと思ったら「じゃ、俺用事あるから」と言い、零を掴んで自室に入ろうとしたときはマジで焦った。
兄の握力やばかった。
全然ビクともしないし、零がうるさかった。
怖いね、やっぱ…
「てか莉央ちゃん、すごいんだよ?ほら、トイレットペーパーでこんなにリアリティ溢れる菊の花を作ってくれたの。」
「え、オマエこんなの作れたのか。」
テーブルを指差す零、覗き込む兄。
そこには私がトイレでお花を摘みながら作った菊の花が置いてあった。
「なんか…しらんけど…勝手に出来ちゃったと言うか…なんというか…」
「最近の若い子はみんな知らんけどっていうのか?」
「知らん」
そしてその花はトイレに飾られることとなったのであった。