【第十三話】薬と瓶と頭痛と四次元
兄がいなくなって戻ってきた莉央は、兎に角うるさかった。
「はぁ…頭痛い」
「え!?大丈夫!?待ってて!?」
それなら静かにしてくれ…と言う私をよそに零は自分の服のポケットに手を突っ込む。
「う〜ん、…これは腹痛でしょ?これは下痢止めで〜、肩凝り、睡眠薬…」
「は?」
なんと、零のポケットから次々と薬が出てきたのだ。
ピンや箱、飲み薬…
新しいものから見たことがあるもの、知らない薬に古いもの、ラベルが剥がれているものまで…
「ねえ何でそんなに」
「あ!これは〜…あ、ごちゃ混ぜだったー」
「ごちゃ混ぜ!?」
そう言って取り出した大きめの瓶。
ラベルはもう古いのか読むことはできない。
この幽霊、ちょっと何言ってるか…
「ちっちっちっ、そんなんで驚かれちゃ〜困るね〜。…これはね、な、な、な、なんと!いろんな薬ごちゃ混ぜ〜!!何錠でどうなるかは…飲んでからのお・た・の・し・み♡」
飲む…?それを飲むことがあるのだろうか…
「んー…どこだー…?…あ!あった!ねえどっちが良い?アセトアミノフェンとイブプロフェンとアスピリンと…一応他にもあるけど」
「は?」
笑って言う零。
私が理解できたのは『ねえどっちが良い?』までの会話と『一応他にもあるけど』だけだった。
「ちなみに私だと六錠で意識飛ぶかも、いや、今ならもっと耐えられるか…?」
「いやちょっとちょっと、」
「なに?」
意識飛ぶとか、耐えられるとかって、まるで、それって…
———やったこと、ある、みたいな、
「アンタ大丈夫?」
「…え?何が?」
「…」
ここから先は慎重に言葉を選ぶべきかもしれない、そう感じた。
直感、みたいな、
「……ほら、何でそんな薬持ってんの?後ポケットおかしくない?四次元なの?」
「んー?」
するとなぜか彼女は考え出した。
なにか、私は言わない方がいいこととか、言っただろうか。
不安になってくる。
「これはねえ、…何で持ってたんだろうねえ」
なぜかクスッと笑ったその顔、
なぜか、少し怖かった。
兄は、知っているのだろうか。
「えー、でも普段で使うでしょ?例えば、ほら、重力計算とか」
「使わないけど?」
「え、学校で習うのってそう言う意味じゃないの?」
いや、大体の人がそのまま忘れていくものだと思うけど…
「え、でも私普段重力計算するし、それにキミの兄も薬凄い詳しいよ?」
「え、何それ知らないんだけど…てかもしそうだとして、兄だから、変人というか、今更というか、驚くけど、まあ納得できるというか…」
なんか複雑な感情、説明しづらい。
「あ、薬ね、ちなみに私が教えた」
「…」
「え、何その顔?」
私の兄を変にするのをやめて欲しい。
そんなんだからあんな拗らせるんだ。
いろいろと、
というかなんかだんだんイラついてきた。
「てか何とかふぁえふぁるへんとか、ふぁえひろひろぴんとか、アイススピンとか何?」
「え、何それ?」
最後が完全に笑ってた。
声が高くなって盛り上がってた。
せめて笑いながら言葉を発さないで欲しい。
イラつくから。
声が震えてるし、肩が動いてんだよ、見えてんだよ。
「薬の成分、…ッブ、ふっ、ん”フフフフ」
「変な笑い方しないでくれる?」
零は口を押さえて顔を俯けた。
「だっ、だって、ンフッw」
「そういうところだと思う」
「フ、ふぇあ、え、あ、待って、どういうところ?!」
どういうところって…そういうとこだよ。
大事なことは教えてくれないところ
すぐ調子になること
変なところ
話を逸らすところ
こんな私にそうやって話して『笑い』を作ってくれるところ
それがただの『逸らし』かもしれないけど、それでも
彼女はズルい
それに他にもあるけど、彼女には教えない
きっと、兄も昔こういう時間を過ごしたのだろうか、
ならなぜ零は死んでしまったのだろうか。
私はその確信にまだ近づけてもいないのかもしれない。
交わらない時間、でもどこかで見た光景。
でも、私に知る由はない。
ただ、それだけ
今日もウザい幽霊に絡まれる。
それだけ、
今を生きてる、それだけ