就労移行支援事業所の日々を過ごして
第 一 章
【ハローワークで職業相談の日】
剣崎新次。四十九歳。十二月二十五日で五十歳となる。現在求職活動中だ。この日は三十分のところ、一時間じっくりと対面で一緒に求人検索をしてただいた。
その後、まっすぐ帰宅しようかとも思ったが、散髪に行った。これも身だしなみを整えて、就活に備える為だ。
その後、書籍を二冊購入した。
『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』ナンシー・フレイザー
薄々体感している資本主義市場経済の構造的問題を見つめたいと思い、購入。
『どう生きる? - 人生戦略としての「場所取り」の教科書 - 』藤原和博
社会の中での自分の居場所を確保するために、本書を参考に人生戦略を検討したいと思い、購入。
剣崎はブログを最近始めた。理由としては、何か毎日に張り合いが無くて、生きがいを見失いかけて、とりあえず始めてみようと思って書いたのだった。
「今は秘密だらけですが、少しづつプロフィールで自己紹介していきます。これからよろしくお願いします。三日坊主になったらすみません。」
最初のブログは、簡単にあいさつ文だけ残していった。
【就労移行支援事業所に通所】
現在、就労移行支援事業所に通所している。今日は午前中で終わり、 その後、十三時位まで少し雑務をこなした。
そして今日も書籍を購入した。
『「指示通り」ができない人たち』榎本博明
実際、剣崎は作業指示通りに動くことがたまにできないことがあるようで、気になり、解決のヒントを得るために購入した。
昨夜は、見たい動画があって長時間夢中で観てしまい、寝不足だったせいもあり、うちに帰ったらあまり何もやる気が起きなくなってしまった。ただブログだけは書いておきたかったので、こうして書くことが出来た。
この日、ブログ三本目を書き終えた。
【歯科治療の日】
十五時まで就労移行支援事業所に通所。
その後は直接、歯科医院で歯の治療をしていただいた。
第四歯が抜歯されているので、そこへ部分入れ歯を作る為に、型取りをした日だった。
やっぱり見た目がまあまあ気になる箇所なので、
大きな口を開けづらく、笑顔も減った気がする。
少し不運な事故で失っていたものだ。
早くいつもの自然な笑顔を見せられるように、治療を進めたいところだ。
【少しだけ、生きづらさについての所感】
剣崎はこの世に生まれて半世紀が経過した。また、発達障がいの診断を受けて10年ほど経過した。生活は決して楽ではない。
ただ今こうして生きているだけでも奇跡で、自分で自分を褒めている。そもそも日本にいる時点で、人生イージーなのは幸運で有難い。
しかし、物質的には満たされても、精神的には満たされない。それは日本で生きていることの息苦しさがあって、生きづらさの原因になっている。
キーワードは「同調圧力」「差別」「偏見」そして、日本の同質性が気になる。
【小さな喜びと楽しみ】
剣崎なりに紆余曲折に半生を生きてきて、未だに夢や目標を持ち続けている。しかし、大きな喜びや楽しみを求めて獲得することはハードルが高い。
例えば、やりたいことがたくさんありすぎて、時間が足りなかったりする。
例えば、気持ちの切り替えがすぐには難しくて、やる気が起きなかったりする。
例えば、イレギュラーなトラブルが発生して、その対応に時間もやる気も失ったりする。
獲得するならスモールステップで実現していきたいところだ。まずは小さなところから、喜び楽しみを発見していきたい。
剣崎は散歩を日課にしている。散歩しながら柔らかな太陽光を浴びる。鳥のさえずりに耳を澄ませる。こうして、自然を満喫することは私にとって、一つの小さな喜びだ。
【夢の中のパーフェクト達成】
剣崎は就労移行支援事業所に通所して、3年が経過した。事業所で3年と言えば古参で、事業所生活には相当慣れたもので、無遅刻無欠勤だった。
事業所に通所している利用者は30名ほどだった。大半が20代で、40歳以上の中年者は、私以外に1人だけだった。私はいつもそうしたある種混沌とした環境の中で、一般就労を目指して、日々励んでいた。
今日も事業所に通所した。到着したのは二十分ほど前でいつものことだった。十時半にチャイムが所内に鳴り響き、午前の研修が始まった。
この日の最初の研修は特別研修だった。そんな特別研修という曖昧模糊としたブラックボックスな名称でいったい何をするのかと常々いぶかしく思う。いざ研修開始となった段で、聞くところによると、なんと漢字テストがあったのだった。
さて、いざテストが始まった。テストの時間は三十分間で出題数は五十問。前半読み取り、後半が書き取りの出題だった。レベルは高校卒業レベルまでの内容だった。
確かに漢字の読み書きは、就労にあたって無視できない。我々の就労先の業務にデータ入力業務が多いが、入力スピードを求めるには、的確に漢字の読み書きができることでひらがなの漢字変換が可能となる為である。実際企業実習では、応募者のデータ入力の適性を図る一環として、漢字テストを実施することもあった。
漢字に関しては、自身があった。肩書が全てではないが、漢字検定2級に5年ほど前に合格した。それからYouTuberのヒカキンが「漢字には自信があります」とタイトルされた動画の中で、漢字の出題アプリを試していて少なからずミスがあったが、それらには全て答えることが出来たというエピソードもあるからだ。
剣崎は三十分のテスト時間いっぱいかけて、全てに解答し終えた後、数回間違いが無いか確認してテストを終えた。直後、テスト終了の合図が鳴り響いた。
その後、答え合わせの時間になった。
剣崎はテスト後にお手洗いを済ませようと予定していたので、職員に断って、5分ほど席を外した。
既に答え合わせは始まっていた。
職員が「1問目分かる人?」
すると利用者の一人が「はい!」と挙手する。
職員が「正解!」解答を進めていく流れだった。
つまり、1問目から最後の50問目まで、利用者に対して解答を挙手させる形で行っていた。利用者の主体性が求められている。
でもふと思った。午前1コマ90分で残り60分、どこまで答え合わせを終えられるのだろう。1問当たり、1分そこそこかけられる程度だった。
剣崎は空気は読まず、自分の能力をアピールする意味で、全ての問題に挙手した。だって全部答えられたし、正解している自信もあったからだ。確かに漢字の間違いは1問だけだった。
間違えた内容は「鴻池」の漢字の読み方だった。私は「このいけ」と解答してしまった。正解は「こうのいけ」、自信はあったが、「ああ、そうだった!」と思い出した形となってしまった。大昔の学生の頃、なんて読むんだっけ?こいけ?こういけ?状態だったが、ググって調べたことがあって、「こうのいけ」とマスターしたはずだった。
ただ、その1問のせいでパーフェクトが達成できず、何とか達成させようと、剣崎は職員と少し揉めてしまった。口論とかではなく、単純に私が理詰めで不正解だった漢字を正解にするように正当性を主張し、3分ほど職員とやり取りした後、なぜか職員が折れてパーフェクトにしてくれたのだった。
漢字の正誤は白黒はっきりしているし、ロジックで正当性を求めようがないのだが。そんな一幕もあって、お昼のチャイムが鳴り、午前の研修を終えた。
剣崎はその日は嬉々として一日を終えることが出来た。私のパーフェクトへの熱意が職員に届いたことや、論理的主張が通ったことに対しては満足感があった。ただ、そんなこと実社会ではあり得ないし、後味の悪い記憶として残り、所属するコミュニティの空気を悪くしてしまうだろう。
【私の職業は俳優】
今日も朝六時に起床し、身支度を済ませ、事業所に通所した。
梅雨時期であるが、時々晴れ間がのぞいて、梅雨時期にしては快適な一日だった。
今日は少し早く8時過ぎのバスに乗り込んだ。
「おはようございます。」「お願いします。」
運転手が「はい、どうぞ。」と、運賃箱の料金表示を半額に切り替えた。
剣崎は「ありがとうございます。」とお礼を言った。
毎朝バスを使っている。どこだって人込みや人の視線が好きではない。揺れるバスの車内の最後尾窓側で、ショパンのクラシック音楽を聴きながら、努めてリラックスするように心がけている。
さて、剣崎の職業は「俳優」だ。俳優なんて、誰もがなれる職業ではない希少価値の高い属性だし、世間一般的にそうしたスターに憧れて、目指していく人々も存在することだろう。心の奥底ではだれでも、スターになりたいし、希少価値の高い人間になりたいはずだ。しかし、実際は無職で、しかも生活保護を受給している。「私の職業は俳優だ」なんて偉そうに断言するのはなぜか?
それは、ポジティブな意味では自分を客観視できている証拠である。自分自身をメタ認知できている感覚だ。メタ認知とは、自分自身の性格や言動、考え方などを客観的にとらえ、認識することである。短い言葉で言うと「認知している自分を認知する」とか「自分を客観視できている」ということだ。これは私の感覚だが、自分自身を幽体離脱させて、上空から鳥のように自分のいる「剣崎新次」という人物を眺望しているようでもある。
また、それはネガティブな意味で、生きていることの痛みに対して、現実逃避しているということだ。一言で言えば、社会に適応していくことが痛いからだ。特に日本に生きていて見えない力が働いているのだ。やっぱり同調圧力だろうか、日本にいる限りから逃げられない。
今、就職活動の真最中で、長引いている。ネガティブな側面を考えることが多いのは、就活の長期化が作用しているのもある。
時々自分がなんでここにいるんだろうと思う。なぜ私は発達障害なのか?そして、なぜ私は就労移行支援事業所という場で、茶番?を演じているのか?自分自身の存在意義について考えることさえある。
今は、うまい具合に、ポジティブに考えることが出来ているのは有り難く思う。こんな風に捉えて、上手くいっている。つまり、
私は、現実空間で、主演俳優の「剣崎新次」役としてキャストされていて、演じている自分を映画監督のように立ち居振る舞いを指導している。その俳優という職業の対価として(生活保護の)報酬を得ているのだ。
人生の主役は自分自身であり、関わってくる周りの登場人物はバイプレーヤーだったり、チョイ役だったり、動物だったりする。そんな風に自分が主演俳優で客観視してみると、現実過ごしている日常(人生)が本当にドラマティックで、ワクワクしたものに思えるのだ。
生きづらさを感じ続けているASDの私がいる。これからの半生どう成長しながら、無理なく社会に適応し、成長後社会に貢献していくかの壮大なストーリーが展開されるのだ。
こう考えると自分のことが愛おしく、好きになってくる。自分の成長が楽しみになってくる。生きていることの実感が湧いてくる。人生を無駄に過ごすのがもったいなく思うし、ワクワクしてくる。
【『ノルウェイの森』の主演ワタナベを想う】
主演俳優として他の誰でもない自分の人生を生きると決めてから、村上春樹の小説に登場する主演のワタナベと自分とを重ね合わせてみたい衝動に駆られ、私は本棚から『ノルウェイの森』を手に取り、一気に読み終えた。食事を手早く済ませ、朝に上巻を読み終え、帰ってから下巻を読み終えた。いったい何度この小説を読み返したことだろう。
人生には何かしらの苦悩はつきもので、その苦悩からの成長物語だとか、人間臭い物語に共感し、感動する。またそういったどちらかというと不遇で紆余曲折を経た、翳のある人物にも共感する。
遠い記憶がよみがえる。この本との最初の出会いは1987年の初版に遡る。
このノルウェイの森を初めて知ったのは、中学生の頃だった。初版だったと思う。何かテレビの情報番組で、本作が売れていると大々的に放送されていた。赤と緑のカバー表紙が印象的でずっと忘れられなかった。ちょうどその頃はバブルの絶頂ともいえる時期。ちょうど同じ頃、私の好きな作家の一人である宮本輝を知ることになった。彼は『優駿』で吉川英治文学賞を受賞し、またネスカフェゴールドブレンドのCMに出演される等、高い知名度を誇っていたと記憶している。私の勝手なイメージでは、団塊の世代の純文学の双璧が宮本輝とこの村上春樹だと思っている。
時を経て私が大学一年の頃だった。住田歩がという友人が、このノルウェイの森を好んで読んでいた。時々私に素敵な作品だからと勧めてきたことがあった。
「大学の卒業論文で題材にしよと思うよ。」
そのくらい彼は作品を絶賛していた。
歩とは特別仲が良かったわけではないが、同じクラスメートだったこともあり、もう一人の友人である浅尾智之とよく講義で隣同士仲良くしていたことが多かった。そして3人で何度か歩のアパートに泊まり込んで、大学の試験や単位のこと、好きなアーティストのこと、将来の夢、歩の別れた彼女のことなんかを語り合っていた。彼はコミュニケーション能力が高く、社交的であり、ビジュアル的にもイケていたこともあり、友人関係や異性のことで悩むようなことはないと勝手に思っていた。でも実際は違っていた。
歩は
「大学生活がつまらない」とこぼしていた。
また、
「後のことは頼んだ…」とも言い残した。
そんなことを言われても、いったい何のことを頼んだと言うのだろうか?そう言い残して、歩はひっそりと、誰にもその理由が知られることなく、大学生活に別れを告げた。
ちょうどこの頃、大学が「レジャーランド化」してしまう問題がメディアで取り上げられていた。確かに、「大学生活がつまらない」と感じる人の中には、ひたすら街に繰り出して、遊びに夢中になる人もいるだろう。歩の場合はきっと、主体的な学びに喜びを感じず、キャンパスライフにおける目的を見失ったことと思う。そしてついに「ここは自分の居場所ではない」となったのだろう。
歩は一年で大学を退学した。思い返せば彼もどことなく翳のある人間だった。大学を一年で退学すること自体が悲劇ということではないが、一見順風満帆に表面上は見えても、キャンパスライフにおける理想と現実のはざまで悩んでいたのだ。彼は今も元気にどこかの街で元気でいてくれていると信じている。
【読後の余韻】
剣崎の学生時代は、遊び心のない比較的おとなしいタイプだった。しかし彼は違った。もっと彼に対して共感を持って社交的な友人の一人として接していれば、良かったのではないか。きっと彼は孤独だったのだ。
そんな私も、同様に自己の存在意義やアイデンティティを見失うなど、形容しがたい喪失感を感じて、後悔しても後戻りできない暗黒期と言える時期を過ごした。
本作は「100パーセントの恋愛小説」と宣伝された。上下巻430万部を売る大ベストセラーだった。描写としては大学生の青春時代における「心の喪失感」にフォーカスしていた。そして、エピローグとして未来を強く生き抜く心の成長を描写した作品であった。この作品では、ごく身近に存在するであろう男子大学生で主人公ワタナベと、幼馴染の恋人を失って直子が中心とした物語が展開されていた。冒頭の第一章では、37才になったワタナベがハンブルク空港で、亡くなった直子との草原の風景を回想する描写から始まった。上巻では、恋人キズキを失った直子との、山奥の療養所での共同生活で一旦締めくくられた。
大学生時に体験した心の痛みや喪失感がオーバーラップし、カタルシスを感じ、読後の余韻が心地よかった。
【『ノルウェイの森』書評書き終えて】
2024/07/20 (Sat)
土日は就労移行支援事業所はお休みの日だ。関東の梅雨はすでに明けた。
剣崎は8時前にいつもの自販機で缶コーヒーを買いに出かけた。こんな時間でもじりじりと照り付ける日差しが強い。だが、梅雨が明けて間もないことや、朝スッキリ目覚めたこともあって、太陽の日差しが一日の活力を私に与えてくれるように感じる。家に戻って昨日の小説の書評の続きを書いた。
ベストセラーの作品は、あまりに情報が流布していて、そうした情報で私自身バイアスが掛からない様、極力見ないで感覚を研ぎ澄ませて自身の率直な感想を語る必要があった。物語の解釈は読者数分だけ存在する。一般論ではなく批判を恐れず自分の言葉で語ることが、聞き手に新しい気づきを与える。少なくともそうしたスタンスが必要であると考えている。
また、死や性描写について。主人公ワタナベの内面心理を語る上で、本作では重要ポイントである為語らなければいけないと思っている。もしかしたら、不快に思われる方がいるのかもしれない。
長編小説『ノルウェイの森』上巻下巻を読み終えて、主人公のワタナベの心理を中心に沿って語ってみた。
生者として再出発するワタナベには強く生きてほしい。そしてレイコさんの言う通り、ほんの少し直子とキズキの死の痛みを感じながら。きっとワタナベなら強く生きていけるだろう。
私は後編のストーリーを(主人公)ワタナベを中心とした世界のその心境に寄り添いながら、記憶の限り振り返ってみた。
山奥の療養所での直子と支援者レイコの共同生活から離れた。直子の精神的な病状が良くなって、現実世界で再び一緒に生きていくことを、誓って別れたように思える。再び寮に戻って外の世界(日常)へと戻る。ワタナベは大学2年の19才。父を亡くし彼氏と別れた緑との関係性が深まった時期。その間の現実世界でも直子へ幾度となく手紙を書き続けていた。キズキの死が遠い昔のようになった。ハツミさんは永沢さんと別れた。ハツミさんはかけがえのない特別な愛すべき女性なんだと語った。後にハツミさんも自ら命を絶った。
ワタナベにとって外の世界は、のっぺらぼうで無機質で馴染まなくなっていた。11月に二十回目の誕生日。吉祥寺でアパートを見つけての一人暮らし。ワタナベは無事進級し、大学三年の春を迎える。直子の病状は悪化の一途だった。緑との関係性を持ちつつも、毎週のように手紙を直子に書き綴り、ポストに投函する日々。直子との逢瀬を待ちわびる日々。
でも直子は自ら死を選んだ。そして、ワタナベは山陰の海岸へと放浪の旅に出た。心配して声をかけてきて、夜を共にした漁師のやさしさがあった。しかし誰が何と言おうと、直子の喪失の哀しみは、海岸のさざ波のように打ち寄せてくる。
私が一番心に響いて、忘れてはいけない教訓ともいえる言葉があった。
「我々の生のうちに死が潜んでいるのだ」
直後、私は日本国内の年間自殺者数の報道を想像した。
私は思った。ハツミさんの時もそうだった。「生は死の対極にある」のではなく、私たちが日々日常幸せそうに暮らしている人々の顔、彼ら生のうちに(死は)潜んでいるとやはり思う。例えば、渋谷のスクランブル交差点に出かけてみると良い。若者がにぎやかで一見幸せそうに生き生きしているようだ。そのあちこちにある顔・顔・顔に生の表情は見えていても、奥底にある彼らの物語には「死があちらこちらに潜んでいる」だろう。つまり、生物学的、物理的な突然死ももちろんある。精神的には何かしら、人間は思い悩んでいて、死は身近に存在するということだと考える。私の感覚では、加齢による死とメンタル疾患におけるそれを考えると「生と死がグラデーション状に連続している」ほうに近い。
また、性描写についても語る。
ワタナベはずっと会えない直子に対して性的な欲望を抱き続ける。直子死後はさらに欲望を増していった。直子と交わったその感触を精緻に脳内で再現しながら、マスターベーションすることが幾度とあった。人間というのは、心が不安定な時、人間は何かに依存する。それが性衝動だったり、ギャンブルだったり。それが性的衝動に基づいた本能の部分を描写している。性衝動に関しては、恋人と別れて、ワタナベとずっと共にすると誓った緑も同様だった。
そして、私は次のような冷静な分析もしてみた。
1970年前後の世界はシンプルだった。しかし、人間の深層心理はそれほど変わってないように思える。現在は、希薄な人間関係が強い世界と言われる。しかし1970年代はおそらく、人間関係をその度合いで分類するなら「1.希薄な人間関係」「2.適度な距離のある人間関係」「3.濃密な近すぎる人間関係」となりそうだ。本作ではワタナベ、直子、直子と支援者のレイコ、キヅキ、緑、永沢、ハツミといった人物がその人間模様を映し出している。私の主観では2の日常が主役たちの周囲で展開され、彼らの共有する世界のみ「濃密な近すぎる人間関係」といったところか。整理すると本作では、主観では1が5%、2が45%、3が50%といったところか。3は時として悲劇を生むことが想像できる。しかしそうした想像もネガティブバイアスの一種なのかもしれないし、単なるフィクションとしての悲劇を作者が展開することで、我々に訴えているだけなのかもしれない。
最後は上野で、「生の再出発」の場面。恋人緑に電話を掛けて、自分がふとどこにいるのか?我に返るところで終わっていた。繰り返し、ワタナベには強く生きる道を願って、ささやかにエールを送りたい。
本書は、半世紀前の時代背景である。私は次に現代版『ノルウェイの森』が読みたい。異性と接すること、人間の死に直面することも含め、人間関係の希薄化と言われる現代である。月並みかもしれないが、小説によって登場人物に寄り添って、疑似体験しながら、彼らの心理に接することが出来るのは有り難いと思う。ここに作者村上春樹さんに敬意を表したい。
「そうだ、昔の世界はもっとシンプルだったんだ。」
スマホもパソコンもない時代は、情報のコミュニケーションは、行き交う情報がシンプルだ。そして、感情のコミュニケーションも過度に他者に気遣うことなく、シンプルに感情をぶつけ合ったと思う。もちろんそれで傷つけ傷つき合うのは良くない。逆に今はそうしたハラスメントを恐れて、人間関係が希薄になってしまったのが寂しい。
社会復帰も出来ず、無職期間が長い剣崎は、天涯孤独だった。でも「モノ書き」として、こうして書くことで、孤独を快適に過ごすことが出来ている。
そうだ、俳優であり、私は作家でもあるんだ。
【散歩でチャネリング】
2024/07/21 (Sun)
週末の連休二日目。剣崎はいつものように朝のルーティンをこなした。
そのルーティンの中で朝散歩があるが、今日の往路はコンビニまで新聞を買いに行き、復路は神社の森を抜けた後、いつもの缶コーヒーを買って家に着いた。
「さて、今日は何をしようか?」
毎度、自宅では集中できていない。剣崎は、近くの図書館で創作活動をしようと思い立った。
家を出る。朝の散歩に続いて、図書館までの散歩道。剣崎は散歩が好きだった。それは人と群れることが好きではない剣崎にとって唯一、人類における他者とつながりを持てる空間だから。直接的に他者と関わることなく、それこそ適度な距離感を保ってつながれる時空間は唯一「散歩」しかない。いわば、自然や世間の空気感とのチャネリングだ。
義務教育機関の学生たちはすでに夏休みに入った。道すがらの森林公園で親子連れが、昆虫採集を楽しんでいた。平和な世の中を実感する。
翻って、「俺は幸せなんだろうか?」
都会に住んでいれば、否が応でも他者と自分とを比較する心理が働く。
大型スーパーのそばを通り過ぎた。入り口のドアに張り紙が掛かれていた。開店時間が遅くなっている。
「日本は確実に縮小して衰退しているな。」つまりそういうことだ。
剣崎は生活保護を受給している。自分らしい生き方とはどんな生き方か。就労移行支援事業所通所してはや三年、そして無職期間五年。私はどうやって社会と接点を持とうか?思考を巡らす日々が続く。
【書評を書きたくて、図書館へ】
剣崎が向かっている図書館は敷地面積が広く、都内有数の蔵書数を誇っていた。近くに公園があり、ここでも親子連れが虫取り網を持って、昆虫を追って駆け回っていた。
「熱中症に気を付けてね。」心の中でそうやさしく声をかけてあげた。
朝9時過ぎだった。日差しの強さは尋常ではない。
図書館に入り、窓際の閲覧席に着席した。何か創作活動に役立つ書籍はないだろうか。剣崎は広い館内を一通り巡った。図書館は情報の宝庫であり、知の宝庫でもある。丸一日滞在しても退屈しない。
最初に巡ったのは、哲学や心理学のコーナーだった。図書館に所蔵してある書籍達は、出版時から年数が経過しているものが多い。雑誌や新聞はもちろん、自己啓発書やテクノロジー系の書籍は情報の陳腐化が激しい。その一方で哲学はプラトンやソクラテスに遡る古くからある学問だし、心理学も狩猟採取自体から受け継ぐヒトのDNAに刻み込まれた心理変わらないから、時代が進んでも学びや気づきを多く得られる。
まずオウム真理教を題材とした書籍に目が留まった。あ、これは宗教だ。
『私にとってオウムとは何だったのか』早川紀代秀, 川村邦光
【オウム事件とともによみがえる視覚的記憶】
セピア色のサティアン外観があり、裏表紙はサティアン内部が映っている。施設が解体された後の廃墟の様子。写真を見て、自然と頭の中のベクトルは、剣崎が生まれた時の過去へと遡り、インパクトを与えた出来事の数々を思い起こす。
1985年、11才。日航ジャンボ機墜落事故。新聞に掲載された墜落現場に衝撃を受けた。
1989年、15才。ベルリンの壁崩壊。激動の世界情勢に関心を持ち始めた頃だった。
1990年、16才。湾岸戦争。蛍の大群が宙を舞っているかのような、謎の飛行物体が飛び交うテレビ映像に衝撃を受けた。
1991年、18才。ソ連邦解体。世界情勢が大きく変わったのを目の当たりにした衝撃が忘れられなかった。
1995年、阪神淡路大震災。地震発生直後の神戸の市街地が火が立ち上り、黒煙が上がった被災状況に衝撃を受けた。
そして、本書で取り上げているオウム真理教による、地下鉄サリン事件と続いた。
その後、
アメリカ同時多発テロ事件
イラク戦争
イラク日本人人質事件
東日本大震災
こうした事件は剣崎にとっての10大ニュースとなった。悲惨な事件の数々だが、今となっては、そうした事件にタイムトリップするたびに、剣崎がどんな環境でその時代を生きてきたかが、懐かしい風景と共に思い出される。悲惨な出来事なのに、
「懐かしい?ってどういうことだろう。」
不謹慎と言われるかもしれない。これって不思議な感覚だ。
中身を少し読んでみた。前半は教団幹部の早川紀代秀が語っている内容だった。幼いころからの生い立ちから振り返り、オウム真理教に関わってしまった経緯を話していた。そして、オウムの過ち、早川の過ち、グル麻原のポアの教えがなぜ過ちなのか?などを語っている。最後に現在の心境として遺族に対する深い反省とお詫びの言葉で締めくくられていた。後半は、宗教学者の川村邦光が、獄中の早川被告の視点に立ってオウム真理教とその事件を論じている内容だった。
人は誰でも、人生の巡りあわせによっては、こうした重大事件に加担する可能性は一ミリだってある。巡り合わせとは、住む土地、付き合う人、生まれた時代のことだ。だから、二度と起きることが無いように、また起こすことが無いように、オウム事件は社会の教訓として風化させたくなかった。
だからほんの少しだけ、自分なりに書評として紹介した次第だ。
【図書館で多読、乱読、拾い読み】
剣崎はその後、10冊ほど興味を引く書籍を本棚から手に取って、その場で拾い読みした。
『書評家人生』鹿島茂。書評を書くための参考になる図書が欲しかった。新聞や雑誌に掲載された書評の書き方を少々参考にした。
『読まなくてもいい本の読書案内』橘玲。読書離れと言われているのに、年々出版されている書籍は増えていている現実があった。「何でもは知っていないし、知っていることだけ。」剣崎だって物語シリーズに出てくる羽川翼と同じだ。人生という有限の時間を不要な情報で疲弊したくなかった。
『PRESIDENT』プレジデント社。これは雑誌。こちらは表紙には「人生の価値」「捨てない生き方」と書かれていた。剣崎にとって幸せとは何かという哲学的な問いに対する回答を再定義する必要があった。
『なるべき働きたくない人のためのお金の話』大原扁理。無理に社会適応しなくても良いんじゃないか?という疑念がパッと湧き出た時に、すかさず出会った。なんでも著者は25歳から隠居生活をやっているらしい。
『スマホ人生戦略』堀江貴文。スマホは普段あまり使わないようにしている。スマホ中毒という言葉があるくらいだし、はっきり言って、スマホ歩きはカッコ悪い。とはいえ、スマホで日常生活にパッと思いついたアイデアやセルフトークは残しておきたいと最近思うようになった。
そして、『考える障害者』ホーキング青山。著者は身体障害者芸人だ。目次を見て「障害と障がいと障碍」の使い分けについて書かれていたので、まずはそこだけでも気づきを得たい。図書館に入って必ず一冊は障害者に関わりのある内容みたいなものに出会いたかった。この本に出会えただけでも収穫だった。
剣崎はこれらの書籍を持ち出して、窓際の閲覧席に戻った。
窓際に目をやると、小さなカマキリがじっと体を休めていた。隣の席の利用者が気になったので、そのまま時々カマキリを観察しながら借りてきた本をざっと読んでいった。
第 二 章
【事業所の就活面談の場で】
こんな風に時折自然とふれあいながら、剣崎の週末は贅沢な一日を過ごしたのだった。読書によって知的好奇心を満たしつつ、書評を書くといった一種の創作活動というものは純粋に楽しい。
ずっと読書は好きだった。剣崎の最近の週末は、その読書を通じて本格的に書評という形でアウトプットすることはなかった。そして私がこうした実際に図書館に出向いて、知的活動に取り組もうと突き動かされたのにも理由があった。
それは一週間前、剣崎は事業所の就活担当の石井さんと面談を行って、今後の生き方を考える上でのターニングポイントとなる出来事があったからだ。
*
面談の内容は、年内までに就職先の内定を得る為、就職活動の方向性を検討するものであった。連戦連敗が続く就活戦線の中、現状を打開しなければいけなかった。
面談室に入ってまず、石井さんがA4用紙が半分に折られた状態の一枚の資料を私に手渡した。
石井さんは「折られた状態のまま、その資料を見てください。」
剣崎は言われるまま、半紙状態の資料の文言に目を通した。
剣崎は先日、特例子会社における五日間の企業実習を終えたばかりだった、先方企業と剣崎と石井さんの三者による振り返り面談があった。その後、残念ながらこちらは選考へと進むことが出来なかったことが判明した。まずはその先方企業のフィードバックの内容がメモとして書かれていた。
【トーナメント二回戦敗退】
「良かった点としては、不明点は随時コーチに質問するなど、作業を慎重に、正確に、そしてまじめに取り組まれていた様子がうかがえました。ただ業務内容の細かい変更があった場合、確認に伺う場面が増えるなど、作業の動き出しが遅くなるようで、課題点としてありそうです。その為、弊社でそうしたスポット的な作業に対する適応には時間が掛かる点で、弊社の事務補助業務にはマッチングが難しいのではないでしょうか。剣崎さんの場合の適性として、工場のライン作業のような、マニュアルが整備されたルーティン業務に取り組むのが良いのではないでしょうか。」
振り返れば、企業実習を終えた後の、実習先での三者面談は「出来レース」である。実習先でマッチングできない、要するには適性が無いと判断される。そのあとの面談でどう模範解答を用意して採用担当者とコミュニケーションを図っても、逆転勝利はあり得ないだろう。だから三者面談で担当者から一つでもネガティブなワード例えば、
「できません」
「難しい」
「厳しい」
を聞いた時点で、内定までのトーナメントは敗退なのだ。
あの時は「マッチングは難しい…」と言われた。そう聞いた時点で、面談室の出口ドアへと踵を返したくなる気分だった。「(面談)早く終わればいいな…」とも思った。戦績を言ってしまえば、初戦が「実習前面談」二回戦が「(実習と)振り返り面談」があって、ここで敗退したので、二回戦敗退だった。
【ミスマッチと剣崎の主張】
剣崎は、聴覚情報の処理が苦手、簡単に言うと人の話を聞いて理解することが苦手だった。だから作業目標のメインは、指示内容に従って忠実に作業をすすめることだった。その為の取り組みとして、対処法を3つ用意してあった。一つはその場でメモを取ること、二つ目はコミュニケーションの齟齬が無いように疑問点はその場で確認すること、三つめは前日に予定を確認するなど事前準備することだった。
障がい者雇用というのは応募者に必要な配慮事項を事前に伝えるが、業務上のコスト負担が大きい場合、必ずしもそうした合理的配慮が企業側に受け入れられるとは限らない。だからこうして自己対処法を実践して、要求する配慮を少なくすることがマッチング率アップにつながると考えていた。
「作業の細かい変更があるときに、作業指示者に確認に伺うのは間違ってないと思いますけどね。だって作業ミスが一番いけないからですよね。」
剣崎は、事業所内ではビジネスを想定した節度のある役者として「演技」をしていた。ただ面談室の場に限っては、ほぼ等身大の感情を吐露するようにしていた。
石井さんは「例え作業ミスなく進めることが出来たとしても、確認が多いことで先方としては配慮負荷が多くなるということです。」と答えた。
「日本人はまじめすぎる。作業の正確性を求めすぎる傾向にある。とにかく品質第一主義。私としては、もっとラテン気質的にゆるくてもいいと思うが、そうした空気を読んで生真面目に正確性第一で適応してきたつもりだった。そりゃあ確認も多くなるよ、だから自分の取り組んできたことは何も間違っていない。」
剣崎はそう主張した。
【就活の方向性の4パターン】
就活の方向性の4パターン
石井さんは肯定するのでも否定するのでもなく、軽く「うん」と頷き、話を続けた。
「先方のフィードバックを受けて、剣崎さんの今後の就活の進め方を一緒に考えたいなと思います。その資料を広げて下の方を見ていただけますか。」
「はい。」剣崎は資料を広げて下に書かれた10行ほどの文言に目を通した。
先日の実習後面談の結果を受けて、改めて今後の就活の方向性を検討していきたいと思います。4つのパターンで検討していきたいと思います。
1.これまでと同様に就活を進めていく
2.さらに、作業系を中心に、幅を広げて進めていく。
3.さらに、A型事業所に幅を広げて進めていく。
4.就職せず(組織に属さず)に、ブログ執筆する等自分らしく自由に生きる。
どういった方向で進めれば、剣崎さんらしく、後悔の無い自分らしい生き方を実現できるのかを一緒に考えていきたいと思います。将来を見据えた生き方も含めて、それぞれのメリットデメリットを書き出しながら、優先順等の進め方を聞かせてください。
なるほど。アクションプランが重要だから、思考が先回りしないように最初から資料を半分に折って隠していたわけか。事業所職員のコーチングの仕掛けに冷静に分析できるほど剣崎の思考は冴えていた。
【7月の面談を終えて】
その後の面談のやり取りは覚えていない。概ね石井さんが手渡した資料の内容を繰り返し伝えていただけだったと思う。剣崎のような発達障がいの特性を持った者にとって、重要事項は紙媒体で伝達することで、こんな風に頭の中の情報が抜け落ちても問題ないのだった。
このように剣崎の生きる道のりは厳しいものだったが、面談の最中、石井さんは終始にこやかに、ねぎらいの言葉とともに対応していただいた。
「お時間いただきありがとうございました。」
剣崎はいつも以上に感謝の気持ちを込めたお礼を言って、面談室を退出した。
面談を受けて、剣崎は一週間かけて、自分らしい生き方とは何か?どのように就活を進めていくか?などを本心で語った内容を「2024年版 キャリアビジョンを見据えた、就活戦略レポート」と題して次のようにまとめた。
【就活戦略レポート1】
2024年版 キャリアビジョンを見据えた
就活戦略レポート
[目次]
はじめに
序章 キャリアビジョンをいかにして決めるか?
1章 人生軸をどのようにして決定しているか?
2章 就活プラン決定の具体的メリットとデメリットの考察結果
3章 考察結果を踏まえた具体的アクションプラン
終章 その生き方に後悔は無いか?
※お断り
思考内容を詳細に述べている為、長文をご了承いただきたい。本レポートの要点だけを押さえたい場合は、2章と3章を読むことをお勧めする。
[はじめに]
就活どうする?4つのプラン
連戦連敗が続く就活戦線の中、現状を打開する為、次の方向性が提示された。
a.これまでと同様に就活を進めていく
b.さらに、作業系を中心に、幅を広げて進めていく。
c.さらに、A型事業所に幅を広げて進めていく。
d.就職せず(組織に属さず)に、(最も自分らしく?)進めていく。
以上の4つのプランについて、まずは優先順とメリットデメリットについて考えることになった。
ハードモードでも生きる
既に人生はハードモードである。職歴を見れば長すぎる黒歴史に塗りつぶされ、年齢に抗いどんなに若々しく保っていても、年齢という数字で人をステレオタイプされ、極めつけは遅すぎる障害者診断もあり、客観的に人生つまずきまくっている。
今生きているだけでも奇跡と自分で自分を褒めているし、そもそも日本にいる時点でイージーなのは幸運である。平和な世の中で、人生を満喫していると言える。周りを見なければ、比較をやめれば確かにその通りだ。しかし、こんなにマイペースにgoing my wayで突き進む私でさえ、ここ日本にいると比較するし、見たくなくても周りが見えてしまうし、本能として社会性が備わっているのが分かる。
蔓延するそして長らく続く国内の閉塞状況である影響で、結局就活なんて(日本国内で就職(社会適応))ゼロサムゲーム、誰かが富めば、誰かが割を食う。よって、ハードモードとは言ったが、それは日本国内における相対的ハードモードということだ。それが行き過ぎた資本主義市場経済というものだ。
でも生きていかなければいけない。死ぬ選択肢はありえない。一度死にたいと本気で思ったことがあったが遥か太古の昔だ。そんなのただの負け犬だ。どうせ生きるなら強い精神と内に秘める優しさを秘めながら、堂々と胸を張ってこの世を渡りたいものだ。世の中みんな、スマホなんか夢中になりながら、下を向いて歩いているだろう?うつむいたまま背中を丸めて生きていきたいか?それってカッコいいのか?イケてるのか?
どうやって生き抜くか?思考の言語化がカギ
さて、そこでどう生きるか?を考えなければいけない。そしてその人生哲学を胸の内にそっとしまったままにせず、支援をいただくためにオープンにする。思考の言語化をすることで、支援いただく職員への自己開示となり、二人三脚で人生を少しでもイージーにするという意味で、まずは脳内情報を言語化し、情報開示をする。とはいえ、なんでもかんでも開示するのではなく、私としては墓場まで胸の内にしまい込んでおきたいシークレットがあるし、あからさまにするデメリットにもなりうる。さらに自分でも気づいていないオープンになるのはジョハリの窓全体を100とすると40%程度となるだろうか。(次の図の丸で囲んだ所をオープンにする。)
【就活戦略レポート2】
尚、ここに述べている内容は私の現在の思考内容をできる限り忠実に再現しているものであるが、言語化能力を100%発揮できているとは限らず、若干の思考内容と出力内容に誤差がありうることをご了承いただきたい。また、人間は認知内容の言語化について100%は一致しない。だがここでは、基本的に断定調で述べていく。
思考内容を詳細に述べている為、長文をご了承いただきたい。本レポートの要点だけを押さえたい場合は、2章と3章を読むことをお勧めする。
[序章 キャリアビジョンをいかにして決めるか?]
就労移行支援事業所通所することはや3年。その間、無遅刻無欠席を貫いた。そして、就活も1年以上続けたが、いまだに就職先が決まっていない。活動の成果としては、20数件応募して、内定を1件頂いたが、現在保留中。保留の理由は、直感的に、自分の居場所じゃない気がしたからだ。また冷静に客観的に考えて、収入がせいぜい多くて10万で生活保護を脱することができないことが大きな理由の一つである。(副業ができれば検討したい。)
事業所に在籍できる期間は、2024年12月迄となる。それまでに就職の内定を獲得することが求められる。なぜなら、事業所の就労支援が受けられるのは年内の内定が必須条件だからだ。就労支援があるのとないのとの差は大きい。(一般企業に就労する場合の話である。)
ただ、一般企業?という歯車としての組織に身を置くことを考えなければ、4の社会組織のあらゆるしがらみから解放され、フリーになって、フットワーク軽く生きることも、頭の片隅では捨てがたいと思っている。予想としては、bが本線となりそうだ。改めて長い人生をどう生きたいかを考えつつ、コアな部分(核心をついた部分)も言語化しつつ考えてみた。
[1章 人生軸をどのようにして決定しているか?]
まず前提条件として、現在の就活軸、広い意味で人生軸を考察してみた。
1.1.軸の決め方
己の軸(ブレない軸)を決めるのに一番わかりやすい方法がある。こう設定するとよいだろう。人生は「剣崎新次の人生」とタイトルされた、リアルなフィクションドラマだということだ。主演俳優はもちろん剣崎新次である。その報酬は生活保護で支給される12万だとする。なんだかワクワクしないか?生きるモチベーションがわいてこないか?
ドラマがワンシーズンで終わるなら、無感情でロボットのように単純労働に従事するのも結構だろう。しかし就職するということは、半永久的にその役を演じるということだ。実際のテレビにあるようなワンシーズンで終わるようなドラマではない。だからオーディション(面接)で役をゲットする時は、その役選びが重要となる。そしてどうせ演じるなら、等身大の自然体で演じられる役をゲットしたい。
そうすると除外したい役回りがある。一つはブラックな職場環境。クローズ就労は往々にしてブラックになりやすい。二つ目は自分が苦手で出来ない作業を受け持つことだ。つまり業務遂行が難しいこと。具体的には入力コミュニケーション(指示内容に忠実に作業を実行する)を伴う作業である。三つめは自分の居場所ではないと感じる職場環境。具体的にはゴミ清掃等汚れ仕事や、同僚や上司の人種が気の短い昔ながらの体育会系であること。
逆に優先的に選択したい役回りとは、除外したい役回りの真逆となる。一つはホワイトな職場環境。これは基本的にオープン就労であれば85%クリアできる。二つは自分が得意とする作業を受け持つことだ。つまり出力コミュニケーション中心の作業である。三つめは自分が居場所として心地よいと感じる職場環境である。具体的には、汚れ仕事ではないオフィスで取り組むデスクワークだろう。こうした役回りを是非演じてみたい。
1.2.入力コミュニケーションと出力コミュニケーションとは?
ここで入力コミュニケーションと出力コミュニケーションについて解説しておく。入力コミュニケーションとは「読む」「聞く」の二分野を指す。出力コミュニケーションとは「書く」「話す」の二分野を指す。仮説として、苦手な順として
聞く(ただし傾聴の態度は示せる、つまりフリだけは一丁前にできるので、見た目は真面目に聞いているようだが、馬耳東風のようになる。)
読む
話す
書く
の順であり、書くを100ptsとすると、話す90、読む76、聞く39の各ptsとなる。苦手なのは圧倒的に聞く力だということは、既に証明されている。
【就活戦略レポート3】
1.3.就活軸の優先順位
就活の(広義の人生軸)を決めるのに優先している順に説明する。
1.3.1.自分らしさ
自分らしさは大切である。端的に言えば、カッコいいかイケてるか?次に述べる報酬は広い意味で自分らしさに含まれるので、最優先事項とした。自分らしさとはアイデンティティ。アイデンティティとは自己同一性である。私の独断的解釈では「自分が(この世で生きている存在理由がこうでありたいと思い描く)自分(と実像である自己の存在が一致している状態)であること」だ。私がそのプランの人生を想像した時、自分らしいか?自分らしさとは何か?言葉を選ばずに言えば、カッコいいか、イケてるか?人生の主役は私自身。その私が主演俳優として、その人生を演じていて、俯瞰的に自分自身を上空から眺めて、イケているか否か?である。
人生なんでなんでも創作的に表現した方が楽しいはず。しかし日本にいると、出る杭は打たれるといった横並び思想が蔓延しているような空気感を感じてしまう。そうするといかにして浮かないように、周囲と調和するかに腐心して言動が制限してしまいがちだ。それって楽しいか?
1.3.2.労働に対する対価
次に労働に対して、得られる報酬は大切である。プリンストン大学のダニエルカーネマン教授の自説が近年覆されていた。少し前まで年収と幸福度の関係は1000万で頭打ちとされていた。しかし(幸福度の高い人々と低い人々とを分けて分析したところ)年収の増加とともに幸福度は伸び続けることが判明した。世の中金で解決できることは山ほどある。最低レベルの生活水準を維持する必要があり、少なくとも生活保護受給を脱したい。
[2章 就活プラン決定の具体的メリットとデメリットの考察結果]
年内における就職活動の4つのプランの優先順を、果たしてどう決めるか?それぞれメリットとデメリットを深く考察した。各プランについて、業務自体のやりがい、将来性、自己成長他者貢献をポイントで考え、どのプランが幸福になるか?社会システムの変化予測も少し加味した。
2.1.プランa(今までと同様に就職活動を進めていく)
幸福度予想は50-90%。中央値60%。中央値は同じプランで継続した場合だ。McJob度は55%でやりがいに反比例する。
[メリット]
・特例子会社でPC業務と作業系の両輪業務は現実的な理想形であり、そうした企業が見つかれば理想。一介の障がい者として、最も王道で堅実な幸福な人生が歩むことができる。
・今後どう社会の仕組みが変化していくかわからないが、定年廃止となれば、組織に属するメリット(人脈、キャリアの積み上げ、スキルの積み上げ)が大きい。働いた分だけメリットを享受できる。
[デメリット]
・これまでは現実的に最も自分らしく働ける職場だと思っていたが、企業がNOを突き付けるということは、真実は自分らしくないのではないか?ミスばかりのポンコツなゴミ成果物を生成し続けるだけだからだ。
・年内に就職が決まらず、長期化して疲弊する。就職決定率20%。
・支援打ち切り(越年)後の就活がハードモードとなる。
・自己否定感を増大させ、(私が社会を見る目が悪い方向に)認知がゆがむ。人格者とは程遠くなる。
・仕事を始めても、事業所の支援が受けられず、長期就労の可能性が15%低下する。
1.2.プランb(作業系の求人など、求人の幅を広げて就職活動を進めていく)
幸福度予想は70%で、同じプランで継続した場合である。McJob度は70%でやりがいに反比例する。副業できなければライフピボットのメリットが大幅に低下する。こっそり副業をするか、会社で一定の信頼評価を受けて、例外として副業が認められるようするのはどうか?
[メリット]
・年内に就職が決まる可能性が大幅に上昇する。就職決定率70%。
・自己肯定感が上昇し、社会における居場所を見つけ、人格者として自己成長と他社貢献ができる。
・仕事を始めてから、事業所の支援を受けつつ、長期就労の可能性が15%上昇する。
・俗に誰でもやれるが、人種によってはやりたがらない仕事に従事するという意味で、他者貢献ができているという考え方もできる。
・複合就労(副業可)の場合、副業を徐々に本業へと移行し、単純労働を脱するといったライフピボットがしやすい。
[デメリット]
・スキルが身につかない。思考停止で頭が悪くなる。他者貢献はあるが、自己成長はない。
1.3.プランc(A型事業所にも広げて就職先を検討していく)
McJob度は66%で、やりがいに反比例する。幸福度予想は55-80%で、中央値は65%で、同じプランで継続した場合に限る。プランcと同じく、ライフピボットのメリットが激減する。かつ収入がbの66%であることと、自由時間がトレードオフの関係なので、どちらを取るか?
[メリット]
・アットホームで緩く社会参加できる雰囲気で、気分的に楽勝。
・社会の中で居場所を求めなければ、ストレスが最も低い。
・複合就労(副業可)の場合、副業を徐々に本業へと移行し、単純労働を脱するといったライフピボットがしやすい。
【就活戦略レポート4】
[デメリット]
・単体就労(副業不可)の場合、収入が低く、生活保護を継続せざるを得ず、社会の中の居場所を感じない。
1.4.プランd
その他(組織に属さず執筆等、私らしい生き方を選択、就職しない選択肢も検討するなど)
幸福度予想は50-100%。中央値70%で、同じプランで継続した場合に限る。McJob度は20%で、やりがいに反比例する。基本的に自身の裁量で仕事?を選べるが、事情により、内職で単調労働に従事する場合がある。(前提として、生活保護が永久的に受給できることが基本前提で考える。メリットは多数あるが、それぞれが小さい。)
[メリット]
・入力がポンコツなら、得意な出力でなんでも人生勝負するし、できる。自己表現も好きだし。具体的には、ブログを書く、YouTubeで演じる、内職をする。プログラミング、ギター、書評趣味を仕事にする。
・ 好きなことで人生勝負できる。
・今後どう社会の仕組みが変化していくかわからないが、どうせ働いたとしても、良くて70才で定年なので、組織に属するメリット(人脈、キャリアの積み上げ、スキルの積み上げ)を若手ほど享受しにくい。だったらフリーがいいと言える。
・生活保護を永久的に受給が可能であれば、(おそらくネットワークビジネスを志している最中は就活とみなされるので可能)最も効率的にライフピボットがしやすい。
・組織に属する等、社会適応にこだわることが無ければ、ストレスフリー。フットワーク軽く、何者にでもなれる。
・今後、社会システムが変われば、海外脱出も可能となるかもしれない。せめて東京を脱出して、閉塞感の無い街で暮らすと楽になる。日本の生きづらさが半端ない。
[デメリット]
・プランd確定後の再度就活の場合、人生ハードモードになりうる。
・天涯孤独にもなりうる。孤独死のリスク。
・まず収入が無くても、生活保護を永久的に受給可能かどうかが不明。受給打ち切りがありうるなら、路上生活者になるリスクがある。
総合評価を付け加えれば、入口の難易度はa > b > c > dの順、出口のリスク度合い(リターンの度合い)はd >> c = b = aの順となる。
[3章 考察結果を踏まえた具体的アクションプラン]
3.1.アクションプランの手順
結論は以下の通りとなる。
・実習前にフィードバックで受けた課題、つまり「指示通り動くこと」のクリアを目指す。可能であれば、知能検査を受ける。
・まずプランaを実行し、1社申し込む。実習目標は、先の課題を設定して、引き続きクリアを目指す。期限はお盆前迄。
・次にプランbを実行し、3社申し込む。期限は10月上旬迄。
・次にプランcを実行し、1社申し込む。年内に決まらず、かつ内定済み案件に就職可能状態であれば、就職する。期限は11月いっぱいまで。
・最後に、年内に決まらなければ、プランdの計画を立て(12月中旬迄)来年以降実施する。
現状、どれを選んでも何とかなるというポジティブ思考で考えることはできる。a-dの順で実行すれば、社会復帰(適合)が果たしやすい。a-cの過程で適応できず嫌になったら退職権を行使すればよい。これは不可逆でd-aでは社会復帰がハードになる。
もちろん年内に決まらなかったからと言って悲劇ではない。こうしてじっくり人生設計を考えて、突き進んだやり方だから悔いることはない。「フリー上等」の精神で動く。
[終章 その生き方に後悔は無いか?]
ここまで、一年ではなく、長い人生をどう生きたいか?を考えて、全てとは言わないが本音で書きだした。それこそ短期ビジョン、中期ビジョン、長期ビジョンを必要なタイミングで考えなければいけない。
ここまで述べてきた生き方がまさに、「わが生涯に一片の悔いなし」と辞世の句で締めくくることが出来るかどうか?葬式を迎えた時に素晴らしい人生だったと悔いなくエンディングを迎えることが出来るかどうか?そのために、これからも格闘し続ける次第だ。
【自己同一性を求めて】
こうしてまとめたレポートは、7月の面談から一週間後の7月12日に提出し、概ね結論に提示した流れで進めることになった。つまり、年内迄に、一障がい者として企業に就職することで社会復帰を果たすという、王道ルートに沿うことを最優先事項とすることになったのだった。
ただ剣崎は疲弊していた。あまりに事業所に長居しすぎたからだ。障がい者就労のための準備期間にしては長すぎるのだ。その長すぎる人生のモラトリアム期間の副作用が苦しかった。
朝散歩や、マインドフルネスがメンタルに良いからと、朝の習慣として取り入れた。昼寝が午後のパフォーマンスに良いからと、昼の習慣に取り入れた。一日のポジティブな出来事を3つ書き出すポジティブ日記が自己肯定感を高めるのによいからと、夜寝る前の習慣に取り入れた。そうしたどんなにポジティブにメンタルを整えることができる習慣続けていても、頭の中はネガティブに支配されてしまう。
周りを見渡せば、次々に事業所を巣立ち、社会の一員としての仲間入りを堂々と果たす仲間たちがいる。街中を見渡せば、ボタンダウンにジャケットスタイルや清楚なファッションを身にまとい颯爽と歩く人々が目に映る。SNSにアクセスすれば、人生に成功し財を蓄え、堂々と主張する人々が目に飛び込んでくる。ネガティブに支配されないようにするには、盲目になるしかなかった。
社会のあらゆるノイジーな情報を遮断することは、社会とのつながりを断絶し、天涯孤独に生きることを意味する。社会の一員として働いた後に、リタイアして天涯孤独に隠居生活を送ることは出来るが、その逆は難しいしリスキーである。レポートに書いたように、プランdからa,b,cへの移行が難しいのと近い。
でも剣崎は「剣崎が剣崎たるゆえんを証明するための何か」つまり、アイデンティティが欲しかった。その一環が、図書館でのモノ書き創作活動であり、今ではライフワークとなっていた。
【就活の長期化でつらい】
八月に入って、剣崎は七月度の月次面談を栗山施設長と行った。
「就職活動が長期化していてつらいです。」
「自分が社会に必要とされていない感じがしてつらいです。」
「いったい何のために生きているのか、自分の存在意義すら感じられなくてつらいです。」
たくさん心情を吐露する言葉を述べたが、要するに「つらい」という一言で終始した。そして、本題の七月の振り返りと八月の目標設定についての話はほとんどすることは無かった。
また、自伝小説みたいなことを書いている、と話すと、
「ぜひ読んでみたいです。」と栗山さんは言った。
「まあ、人に見せるほど、完成されているわけでないので、スモールステップですよ。」
剣崎はいつも急激な成長や変化を好まない性格らしく、自己成長の段階を踏むことをスモールステップと表現していた。それでも剣崎はそんな風にお世辞でも言われたらまんざらでもない気分になった。
面談を終えて少し気分を持ち直した剣崎は、今週最後の研修の一コマを受けるために面談室を出た。
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