幽霊と見間違える
「人間の街の調査……というのも、一興か」
新しく手に入れた場所には、人が暮らす街がある。
そこにいる奴らを滅ぼすのは当然で、そこはもう廃墟なのだが、いかんせん籠城されるのはめんどくさいらしい。
で、隠密行動に優れた私が、次に攻め込む予定の街へ侵入して、欠陥とかを見つけて欲しいと言われた。
期限は一週間ほどでいいみたいだ。
(血よりはマシだな)
真正面からは入りにくいので、下水道を使って侵入しようとしている。
私の横では水が流れている、そしてそれが汚いから、下水道なのかなと思った。
ネズミが足元を通り過ぎて、その先に光があるのだから、上が人の街なのだろう。
梯子を登り、人に見られていないと確認して出れば、そこは路地裏だった。
貰った消臭スプレーを自身に吹きかけ、フードを被り人混みへ紛れていく。
ああ、苦手だ。
私が読んだファンタジーの小説を、そのまま舞台にしたようなここは、狭苦しかった。
どこからでも見える城壁が、学校にいるみたいで、胸が苦しい。
騒ぐ民衆から、勝手にお頭を判断してしまい、見下してしまう。
私は、こんなに人間が嫌いだったのだろうか。
逃げるように、飛び込んだ場所は図書館らしくて、比較的静かであった。
戸棚から適当に本を取り、開いてみるが、文字は読めない。
棚へ戻し、外へ出る。
日陰がある路地裏へ行き、人目につかない場所で寝る。
どうせ夜ぐらいしか行動出来ないのだから、寝たっていいはずだ。
うるさい声がする。次の戦場はここなのに、それぐらいわかるだろうに、何で逃げないのだろう。
それは、私も同じだったか。
すぐに親の元から逃げていれば、こんな惨めに蹲ってないだろうに、逃げなかった。
そう、変わることを恐れて、何もしないから、他者からアホだと評価を受ける。
ここにいる奴ら全員は、馬鹿なんだ。
「死んでくれ……」
自分の醜い部分を見ているみたいで嫌だ。
写鏡などみたくない、全員死んでくれればいいのに。
そうか、私は人を恨んでいるわけではない、けれど死んで欲しいんだ。
私にとっての他人は全部、恐怖の象徴、関われば不幸になるものなのだ。
だから、死んで欲しい、私の安息のために死んで欲しい。
「い」
猫が私を引っ掻くが、特に動かない様を見て、その場で寝た。
私を引っ掻いた猫に恨みがないように、人以外に対しては何も思わない。寧ろ好感を持っているのではないか。
だから、だから、スアナの求愛を……
そこまで考えて、思考をシャットアウトした。
考えればスアナの裸を想像してしまうからだ。
「私は、幸せになってはいけないのに……」
夜だ。
目覚めた時には夜であって、日本よりハッキリと空が見れた。
けれど、あたりは暗い。
電気の灯りがない星は、こんなに暗いのだろうか。
歩いて、足音を立てず、息を殺して、ただ闇を歩く。
この世界の果てにくれば、灯りが見えたのだ。
それが人の歩幅の動きをしているから、バレないようにひっそりと歩く。
夜はまだある。
誰もいない場所を一人で歩いて、紙にペンで文字を書いていく。
時折図も書いて、まとめ上げる。
「なあ、ここも戦争になるのかな」
看守が休憩しているのか、かすかな灯りを囲いだべっていた。
「勇者達の二人様が来るって言うんだから、そうなんだろ」
勇者の単語を紙の端に書いて、別の道を歩く。
城壁を半周ぐらいしただろうか、屋上から見下ろす街並みは、月光だけが照らしている。
ここも壊すのだろう。
でも、私が本当に壊したいのは、ここじゃない。
あの家を、あの人を、自分自身を。
私は人を殺して、スッキリとしたような感覚になることを、さきの戦いで知り得た。
けれどそれが、復讐の後か、ただの八つ当たりなのかはわからなかった。
だから、確かめるために私の過去を全て壊したいのだ。
終わった後に、私は何を思うだろう。
この物語の果てに、私は何を思うだろう。
虚無で、清々しいのか。
それともまた、全てを失うのか。
それとももっと別の──
二日目の夜は、街の探索をしていた。
攻め込むにはどこを通るのが手っ取り早いか、そういうことをメモしていく。
学校の課題みたいで、嫌いではない。
好きなのかは、わからない。
嫌いなものだけ思い浮かんで、苦痛じゃないことだけが記憶にあるから、幸せがわからない。
フラットと、ハッピーな状態の違いがわからないのだ。
ここは人の声がよく聞こえる。
寝息が、安息の証なのだと、証明している。
死んでくれ。
こいつらが不幸になって、惨めに命乞いをしながら死んでくくれば、私は幸せだとわかるかもしれないから。
三日目の夜は、下水道を歩いている。
地上よりももっと暗いここには、人がいない。
攻め込むのなら正面よりこちらだろう。
歩いて地図を書く私は、伊能忠敬だろうか。
けれどあの人みたいな根気があれば、私はこんなところにいないだろうに。
四日目は監修の監視をしてみることにした。
攻め込む時間は夜の方がいいかもしれない。
夜中のうちに私が看守を皆殺しにして、門を開けられるようにする。
朝になるころに交代の奴らが気づくが、その時にはもう門が開いて魔物がなだれ込む。
素敵なシナリオだと、思った。
五日目は、なぜか途中で目が覚めた。
眩しい影が、人の顔を写す。
「大丈夫?」
何が、だろうか。
「その子、飼い猫なんだけど、ここにいたんだ」
私のコートの中で寝ていた猫を、拾い上げる。
「君は、孤児?」
二日目からここにいた猫を一瞥した後、私は何も言わず、フードをより深く被りこの場から離れていく。
「ちょっと」
去り行く私の方手を掴み、引き留める男。
「こんなところにいるなんて、事情があるんだろ?」
うざい、うざい。
「離してください、痛いです」
「あ、ごめん。でもお風呂にも、満足な食事もしていなさそうだし」
「そうですか」
人混みへ逃げて、それっきりだった。
結局次に寝る場所を探して、寝ることにした。
次目覚めた時には、野犬がそばにいた。
六日目の昼には、また目覚めてしまった。
「またあったね」
偶然を装う彼は、普通訪れない場所にいた。
「買いすぎちゃってさ、よかったら」
そういい、二つあるサンドウィッチの一つを手渡してくる。
肉が挟まったそれは、油を垂らしている。
それを受け取り、隣の犬に見せる。
匂い嗅いだ後、豪快に食べ始めた野犬をよそに、私は眠った。
最後の日は、太陽が昇り切る前に、目覚めた。
人がそばにくると、勝手に体が反応するように出来てしまっている。
強い肉体というのも、案外不便だ。
「何で、君はここにいるのかな」
哲学ではなく現実の話であるのはわかるが、わかっても返答する気にはなれなかった。
犬を撫でて、買ってきた肉を与える彼は、なぜ私に構うのだろう。
やがて時が過ぎて、日の傾きが変わる。
何時間も無言で私は座っていた。
体の痛みは気にせず、ただ頭の中でグルグルと。
でも、これは無理な気がする。
いまが人生で一番冷静で、今が一番最初の冷静さを保っている。
だってそうだろう?よく考える脳があれば、親から抜け出して、助けを求めて救われて。
友達ができて、ゲームとかをやれて、できた彼女にまっすぐ向き合えて、大学へ行って、就職して、結婚して、人殺しとは無縁の世界で生きていたはずだ。
でも今はもう、今更冷静になれたって、人を殺して進み始めたこの私に、何が見出せるっていうんだ。
無駄だと分かれば、私は私をただ非難する。
雲が過ぎて、天気が変わっても、私は変わらない。
雨が降り、私のコートへ潜り込む野犬と真逆で、真っ直ぐ生きられない。
あの頃は幸せだった、そしてそれを何となく理解していたから、追い求めた。
でも今は不幸を追い求めている。殺戮の果ての、深い静かな底を。
私も、君みたいにまっすぐとした、野生のようなものがあれば、情けなく生きていないというのに。
人殺しは、好きだ。けれどそれに対しては疑問を持っている。
復讐はしたい。が、それに意味はないとわかっている。
けど、けど、しなくちゃ、進めないとも、思ってしまうから。
私はもう、ダメなんだ。
だから幸せになっちゃいけないんだ。
こんな人間は、生まれてくるべきじゃなかったんだ。
「あっ、こんなところにいた!」
女の声がする。
「もう、いないから探したよ。何でわざわざこんなところ……に」
見られている。
「捨て子?」
「わかんない」
「こんなのに、構っているんだ」
私は今、貶されている。
先ほど自分の価値を品定めしたのに、他人にそれをやられると苛ついてしまう。
「こんなのって、捨て子だろ?可哀想じゃないか」
男の声がする。
「こんなの、どこにでもいるよ。それよりさここのお偉いさんが呼んでたよ」
「……わかったよ」
彼の足が見える。
俯いた私には、彼の顔も、貶してきた女の顔も見えない。
はずだった。
「よければ、なんだけどさ。俺と一緒に来ないか?これでも、勇者パーティの一員なんだよ」
溜まった水面が鏡となり、男の顔を写した。
「は?」
何よりも小さい声が出た。
何よりも大きな苛立ちが出た。
気がつけば、走っていた。
逃げるために、顔を見せないために走った。
後から犬がついてくる。
人を弾き飛ばす。
違う路地裏へ行き、また人混みに出て、何人も邪魔だからと突き飛ばした。
スラム街へ入り、無気力な人間の間を通り過ぎて、誰もいない場所へ来る。
息が荒い。
でも疲れたわけじゃない。
あの顔を知っていたから、あの顔は忘れていたはずだった。
なんで、あそこにいる。
なんで、ここにいる。
「はあっ……はあっ……」
父親の顔が、なんでここにいる!!!
父親は死んだんですけど、人間の王に呼ばれた時には、生き返るような措置が施されています。




