着飾って魅せて
「そっちの世界では、よくゲームで魔王と勇者が戦うだろう?」
私はゲームをやったことがないので、無言になるしかない。
「そうか。まあ、私、魔王と勇者が戦ってあるから、貴様にはその手伝いをしてもらう」
着付けを行われて、学校の制服から、黒いコートに身を包む。
「うちの部下、魔物というんだけどな、あいにく気性が荒くて、隠密行動なんかしてくれんのだ」
低身長な私には、そのオーバーサイズのコートは不似合いで、何よりただおろしただけの髪型のせいでカッコつけてるだけの人みたいになってしまった。
「後でワックスつけてやるから、我慢しろ」
着心地の良いその服は、快適な体温を保ってくれる。
残った学校の制服は、金がないから着るしかなかったものは、燃やしてもらうことにした。
「いいのか?」
「……いらないので」
喉が痛い。音を出そうとするたび悲鳴をあげている。
話したくない、話せば不幸が待っているから。
「なあ、ワシの前では話さなくていい」
顎を撫でられる。
低身長の私よりも小さい、幼女のような体格をした彼女は、尖った爪で私の顔を上げる。
「が、貴様には部下を持ってもらうし、きやつらの前で下を向き、話さないのは、許さぬぞ」
お前の顔は悪くないぞと、そういい、私から眼鏡を取った。
目が悪かった、近くのものしか見えない私の目は、彼女の顔をはっきりと捉えている。
「どう?私の力の一部を、貴様にあげてみたから、視力も上がったろう」
レンズを通さずに見える世界は綺麗で、不純物がなかった。
それ以上に、彼女の瞳に、吸い寄せられて。
同じだと思ってしまった。
私が好きだった人と、同じ目で私を見るんだな。
「後は、ナイフとか、毒物とかをあげるからついて来い」
歩く。
今は夜なのだろうか、廊下の窓からは淡い月光だけが入り込む。
淡さと儚さは美しさを。だから手を伸ばしたくなる。
けれど掴めないのはわかっているから、抑えて歩く。
そういえば、私の顔を、私の彼女は好きだと言ってくれた。
よく、彼女の家で、化粧をしてもらった。
そう、眼鏡を外されて、髪の毛を整えられて、眉を剃られた。
最後にまつ毛を上げて、鏡に映る自分が別人のように見えたのを覚えている。
「……自分で、やってみます」
「そうか」
確か、こうだったはずだと、記憶の手と同じ動きをする。
ワックスを手のひらに塗り、髪の毛を上げるようにつける。
その後、降ろす。
おろした結果、髪にボリュームがつき、かつやや右寄りのセンター分けになったので、自分に見応えがついた。
少し調整して、記憶と一致させ、眉を剃り、記憶に近づけ、最後に肌に下地をつければ、私は私になった。
「ほお、いいな」
スアナがそう言い、鏡の中の私を見つめる。
「しかしまあ、顔はいいが、服がダメだな」
自分が渡した服を下げる彼女は、別のをそのうち用意してくれると言う。
用意されたナイフや毒、仕事道具を渡されて、コートの中へしまっていく。
「うんうん。私が見込んだ通りの男になったな。さて、戻るぞ」
来た道を戻る。
傾き変わった月光が、同じではないような感触を思わせる。
「お前には、暗殺者のような役割を担ってもらう」
「はい」
話さなくては。喉を搾り出す声で、復讐の道を作らなくてはいけないのだから。
「力押しだけで、戦争は勝てない。だから指揮官や撹乱に特化した奴が必要なんだが、魔物という野生味だけのきやつらには、難しいらしい」
「やります。なんでも」
「うむ、が、直ぐに出来るとは思っていない。格闘技の経験すらない男が、力を得たとて宝の持ち腐れ。暫くは稽古をつけてやる」
「魔王様が、ですか」
「スアナでいい、友なのだから。王といえど動物の王、人間のような政治には勤しめぬよ」
「なら、他にも、いるんですか」
「そうだな。最低でも三人、お前と同格の扱いがいる」
その言葉を聞いて、私の胸がちくりと痛む。
何故、痛いのだろう。
「こっちへ来い」
玉座の間へ戻り、二人きりの大広間で、スアナは私を手招きする。
寄る。さすれば顔が良く見える。
寄る。すれば骨格が見えてくる。
寄る。瞳が私を飲み込む。
「私の目は、似ているだろう?」
それは誰か、というのは、私の知り合いはこの世に一人だけだから、言わずともわかる。
「探していた、逸材を。見つけたのだ、貴様の奥底にある果てしない欲、復讐の心を」
八重歯が口を開くたび見える。
歯と歯の間の粘液が、いやらしい。
セックスしたことあるからわかるが、艶っぽいというのだろう。
「人を殺すこと躊躇せず、壊れてあるから壊れもせぬ心を持ち、けれど揺らがぬ心」
よく見れば──人の外見に注目したことがなかったので今更だが──薄着の彼女は、インナーだけだった。
ズボンも穿いていないのだから、覗けば見れるはずなのだ。
「一目惚れだ。私は貴様を好いているのだ。奥底の闇が、私には煌めいて仕方ない」
口が近づいている。何をされるのかは分かる。
そう、そうなんだ。
今だから分かる、彼女が死んだから分かる。
スアナの目は、話したことは、嘘ではないと。
重なった赤が、互いの熱を交換する。
水温が虚無に響き、今宵を支配する。
離れた赤と赤との架け橋が、艶を放つ。
「私に重ねているんだろう?貴様の彼女を」
顔、首筋、胸を撫でられる。
「なあ、お互い、面影を重ねるもの、不幸を乞うものとして、お似合いだとは思わないかね」
それは、そうなのだろう。
分かる。わかってしまえるけれど、脳は警告を出す。
「直ぐに答えは出さずともいい。この戦争が終わってから、私に言えれば良いのだよ」
「……勝つから」
「そうだ。私は、貴様の彼女のように、死にはしない。だから終わってから、貴様が最後に彼女を好きだと気付いたように、理解できる」
「そうですね」
嘘だ、もう私は、貴様が欲しいのだ。
ひとりぼっちの私には、彼女の面影だけでも支えになるのだから。
「ふふっ」
彼女の瞳は、私の顔へ向いてある。
けれど本当に見てあるのは、私の闇だ。
彼女の話をするたびに増える私の闇を、スアナは楽しんでいる。
私たちは利用し合う。
だからこれは恋ではないと、決めつけなければならない。
ゼルリは脳の中に砂嵐が流れているような感覚がずっと続いているので、人格が不安定です。




