エピローグ
色々省いているので、この作品を何回読もうが全てを理解するのは無理だと思います。
独白、終焉。
「ゼルリ、次の魔王はお前だ」
萎んでいく生気を気にせず、スアナは話す。
「勇者の首を取ったのだ、それだけの戦果はある」
目の前の女は、これから死ぬのだと、わかる。
「……なんで」
私は至って冷静だと思う。
他の四天王は信じられないものを見るように、瞳孔を開いている。
私は、いつもの、細めた目つきで、彼女を見ていた。
「……お前が作った世界が、見たかったんだ」
私の手の内で、彼女は小さくなっていく。
私は、その言葉で全てを理解した。
何度も重ねた肌へ、何度も口付けをした顔へ近づく。
「……愛しています。私は、ゼルリは、魔王を、スアナを愛しています。こらからも、そして今も」
「……儂もだ。次に出会う時、楽しみにしているぞ」
私は、口付けをする。
熱はない、喜びもない。
ただの行為。価値としては、見知らぬ人と肩がぶつかった程度だろう。
けれどこれに、愛はある。
この行為が媒で、互いの愛を確かめ合う。
不必要で、必要なことだった。
がくりと、体が軽くなった。
魂に質量があるのなら、魂がなくなったのだろう。
「ゼルリ」
誰かが私を呼ぶ。
行かなくちゃ、行けないのだ。
どんなに辛くても、どれだけ悩んでいても、答えを求めて彷徨い続ける。
それが他人から見た私で、それを光というらしい。
独白、永遠。
初めて彼を見つけた時、なぜか惹かれた。
親に殴られているのを見て、なんで生きているのかと思えた。
なんとなく、時々見てしまうようになった。
魔法を使って、別の世界を見る。
だけれど、目的はただ一人を見るために。
ああ、学校で、みんなの前で恥をかいている。
逃げたのか、本がたくさんある場所へ行った。
それからは、ずっと彼はそこにいた。
別の日に見ても、彼はそこで本を読んでいた。
何故、というのは、私が彼を見る理由だ。
こんな者どこにでもいる。
こんな不幸などありきたりである。
なら、それ以外だ。
彼の不幸が作る闇ではなくて、もしかしたら、それとは真逆の。
そう、光だ。
女と付き合うようになってから、それは顕著に現れた。
彼の表情が出来た。
今まで笑いもせず、苦しみもしない、表情のない彼に、笑顔ができていた。
それから時に困惑し、時に驚いて、笑って、照れて。
綺麗だと、思った。
社会は彼を評価しないだろうが、私には彼が煌めいて仕方ない。
偶像ではない、役ではない彼の生き様、本心が、私には煌めいている。
酷く不恰好で、褒めるところなど何もない彼に、私は恋をした。
だから、彼が父親を殺した時には、大きく笑った。
「それでも、生きるのか!」
この男は、何があっても生きることをやめない。
動いて、動いて、動き続けて。
消えぬ光と言うのなら、相応しく美しい。
だから呼んだ、我が元に。
そして現物を見て、決めたのだ。
こいつの光を、もっと見たいと。
「ふふふ……」
彼の戦果を聞くたびに胸が躍る。
彼の吐息が聞こえるたび、胸は高鳴る。
先代の魔王から言われたことを思い出す。
魔王の力とは、受け継ぐ力で、魔物たちの願いの総意だと。
それに縛られるのは、別に嫌いではない。
人を滅ぼす願いを、叶えてやりたいとも思う。
だが、それ以上に、ゼルリと一緒に居たかった。
ああ、魔王を見ているあの目が、いつか私に向けばいいのに。
けれど恥ずかしがり屋なのだから、私を曝け出すのは無理だった。
だから全てを捨てることにした。
勇者と相打ちになり、魔王という座を降りる。
いつか私は転生するだろう。
そのときにはお前が作った国で、ただの一人として、お前の前に立つのだ。
私とお前が作った世界で、永遠に、ずっと。
そう、だから、泣くなよ。
痛みが腹からやってくる。
熱い血が流れている。
ああ、こんなに嬉しいことはない。
私の考えを理解して、つまり私の死は意味がないということを理解してもなお、泣いてくれるんだな。
「儂もだ、愛しているぞ」
力の全てを譲渡して、私は死んだ。
独白、孤独で。
ボヤけていたような気がする。
後ろの村は見えなかった。
歩いた道は確かにあるよ。
ああ、けれども歩いているはずの道も、見えやしない。
私は歩いているのだろうか。
流れていく時間を、ただ見ているだけではないのか。
たとえ私を祝福する子の声が、真実だとしても、私はわからない。
人生で、二度目なのにだ。
今だに心は晴れはしないが、いつか晴れるのだろうか。
「ゼルリ」
横に居てくれる、長い耳の女性が、私を見る。
「似てるよね、私たちに」
金髪を短く切り揃えた彼女は、小さい命を抱きしめながら言う。
大事に、ゆっくりと手渡されたそれを、両手で抱える。
誰もがこの状態であった。
誰もがこれから始まっていった。
「この子が、次の魔王になる頃には、会えるかしらね」
彼女は遠くを見つめている。
青空の先、遙か未来を。
「会うよ」
強く、私は言った。
相変わらず声は小さいけど、心だけは強く込めて。
「話したいこと、沢山あるよね」
「うん」
赤ん坊が泣く。
二人で慌てて、ゆっくりとあやす。
「あ、こんなところにいた」
「遊びに来てあげたのですから、迎えに来てくれても良かったのではないですかね」
「ふふ、ごめん」
「……忘れてた」
四人で、いや五人か。これからはこの子も一緒に歩くのだから。
とにかく五人で空を眺める。
「……本当に、私が魔王になってよかったのかな」
「良かったよ。俺は、玉座に座るお前が、かっこいいと思う」
緑の巨体が、私の背中を軽く叩く。
「私で良かったのかな」
「言ったでしょ、玉の輿に乗らせてくれるって」
金髪が、私の肩に寄りかかる。
「私で、いいの?」
「魔王様は、あなたといたいんですよ」
青い狼が、私を見下ろす。
「私なんかで、いいのかな」
「父親になるって、言ったじゃない」
女性が、私の背筋をまっすぐ伸ばす。
「ほら、久しぶり二人に会ったんだから、別のこと話そうよ」
「そうだね」
じゃあさ。
「私たちの関係って、なんだと思う?」
友達かな、仲間かな、上司と部下?
「沢山あるなあ。俺からしたら上司だし」
「私からしたら夫!」
「私は戦友だと思ってますよ。ええ」
「そっか」
お前は、私の息子だよな。
「ふふ、ふふふ」
「……なんで泣くのよ」
「本当に、嬉しくて」
「相変わらずだなあ」
「何回も言った気がするけど」
「いいましたね」
「私は幸せになっていいんだって」
「うん」
「何年も先、いつかあの人とまた会って。それで沢山話すんだ。ちゃんと後をついで魔王になって、色々頑張って、人間だって一緒に暮らしてくれるようになって、あとは、アレスティナと結婚したこととか、子供のこととか。もしかしたら、孫とかできているかもとか、色々、話して」
それで、それで。
「みんなも呼んで、昔みたいに話して」
それで。
「生きて、いけるんだって」




