熱は熱いよね
「勇者……というのは、哀れだよな」
スアナがそう言った。
私は、同意した。
「……私よりも、哀れですか」
「見方によってはな。異世界に呼ばれ、信を得ず、勝手に失望されるというのは……実に愚かではないか。かのものは誰のために戦えるのかと、聞いてみたくなってしまうほどに」
そこまで話して、スアナは私を見る。
私の顔を、そして態度を見て、判断して、笑った。
「ははは!嫉妬でもしたか!?」
その問いかけは真実で、けれど私は、言ってはいけない気がしたから、言えない。
私が彼女に対する好意を、言葉で認めて仕舞えば、私の復讐心というのは消え失せる。
つまりそれは、誰に対しても良くないのだ。
私は人を殺さなくてはならない。スアナは私に殺してもらわなくてはいけない。
だから、スアナもそれ以上の追求はしなかった。
利害関係で始まった私たちは、損得でしか互いを縛れないのだ。
愛という、言葉以上の力を持つエネルギを互いが尊重し合う、愛し合いをしてしまえば私たちの関係は拗れる。
だから、片方だけが愛を囁けて、もう片方は心のうちにしまっておくしかない。
そうだ、それに不満はない。
戦争が終わったら、私は地球人を皆殺しにする。
それをするだけの力はあるし、覚悟もある。
終わってから、言えばいいのだ。
目の前の相手もそれを望んでいる。
「……さて、勇者は二人だけでこちらに来ている。貴様ら、四天王には今のうちに人間界を滅ぼしてもらうかな」
「お久しぶり……ですかね」
威圧的な声がするが、これは彼に取ってのフラットだというのはわかっている。
ので私の気分が害されることはない。
魔物混みの中で、狼人間、マーネがいた。
ロングウルフというのは、長い狼で、その長さが人間のようだから、狼人間。
決して人間の骨に狼の肉をつけたわけでなく、鯨が魚と同類の扱いをされたように、二足歩行できる狼が人間と同類の扱いをされているだけなのだ。
「其方さんは随分ご活躍のようで」
彼とあまり共同戦線を張ることがなかったのは、彼が四天王の中で一番強いからだ。
私たちは、大勢と協力して、敵の戦力を削ることしかできない。
だから、アレスティナやオージア、そして私は三人で協力して敵と戦ってきた。
それに幾分かの不満あれど、成り立ってきた。
か、彼は別だ。
彼は一人で十二分に強く、精々少数の同じ民族の協力だけで、数多の城を落としてみせたのだ。
だから、調査、からの作戦立て、協力を前提とした私のような闘い方とは真逆なのだ。
個々の力を、独立させて発揮する、そして真正面から力でねじ伏せる。
それは、異常だ。
戦略ではなく戦術で勝って見せるのは、味方にも恐怖を与える純粋な力だった。
「ふふふ、ふふふふふ」
狼が笑う。
上機嫌でなく、眉を顰めて。
「精々、後ろには気をつけて」
遠くから爆発音がした。
その方を向けば、扉、城壁があった場所にぽっかりと穴が空いていた。
人類最後の砦、王都。
戦禍を逃れたもの達が最後にたどり着く街。
けれどそこには、まともな兵がいない。
ただ殺す。
刃向かう人間を蹴散らし、逃げる者どもへ剣を振るう。
血みどろの血液が、粘性を持つようになるが、それでも人は残っている。
私は、人の悲鳴を無視して最短で城へ向かう。
驚くことに、私は人の悲鳴になんらの感情も持てなかった。
そう、私がいつも間に合わないように、悲鳴を聞いても意味がないと感じているからだ。
悲鳴を聞いて、その誰かを助けることができたのなら、私は悲鳴に向き合うだろう。
が、現実に見たのは愛した女の死体。
悲鳴は聞いたはずなのに、バイタルサインは見ていたはずなのに、私は助けられなかった。
誰かの助けに、私は答えてあげられないと、察してしまった。
「余裕ですねえ」
背後からマーネが声をかけてくる。
私についてくれば、王の首を取れると判断したのだろう。
城の門は当然、閉じられているが、壁を駆け上り窓から侵入する。
仕掛けておいた盗聴器が、王の居場所を暴く。
玉座の間、そこに、衛兵達と共にいた。
「曲者だ!」
二人で衛兵を皆殺しにして、地に汚れたナイフで王を脅す。
「反乱分子の居場所は!」
「そんなもの、ワシが知るか!」
盗聴、つまり音だけでは知り得ぬ情報を得るために、注射器を男に指す。
自白剤を使い、知るべきすべての情報を知り得た後は、首を取ろうと、マーネが刀を握る。
「ちょっと、待ってください」
私は、なぜか静止した。
「何故ですか」
いや、理由はわかっている。
私は解毒薬、毒であるなら全てを浄化する薬を、男に飲ませた。
「その、貴方の奥さんと娘は……」
「生きてるのか!?」
「……はい」
「……良かった」
優しい顔を見た。
その時に胸がグサリと刺さった。
人の優しさを見て、人を殺すのを躊躇うぐらいなら、言わなければ良かったのに。
臆病で、自己中で、王に向いていない男だが、親には向いている顔だと、なぜか判断できた。
「……その、悪いようには、しません」
「そうか」
「もう、いいです」
刀が落ちる。首も落ちる。
「必要な、事だったのですか」
「……わかりません。ただ」
「ただ?」
「可哀想だと、思って。このまま大事な人の安否も知らず、死ぬのは、嫌だろうなって」
「敵に同情ですか」
「はい」
「貴方が時折見せる、憎しみの表情のわけは耳にしています。が、それとは間反対の行動ですね」
「その」
聞いてくださいと、言ってみた。
彼は受け入れて、刀をしまい私を見た。
「憎しみが確かに、私を支配して、それが同族を意味もなく殺すという、行為に発展したんです」
私は目を逸らし、地面を見る。
「それが愚かで、けれど必要で、それは間違っていて、けどやんなくちゃ、いけなくて」
声を、連続して出すのは苦手だ。
教養があっても、知識はないのかもしれない。
「だからずっと、中途半端で。割り切りたかった。だから、この人が、人に怒鳴りつけるのを見て、それが嫌いな人と同じで、殺したい人と同じで、だから、思い込みたかった」
絞り出す、心の底。
私は助けを求めているのかを理解するため、ぐちゃぐちゃに揃ったキーワードを、私の言葉でまとめるため。
「人間なんて、死ねばいいって。私を殴った人みたいなのが、当たり前であって欲しくて」
そうすれば躊躇いもなく殺せるのに。
「けど、この人の奥さんが、優しい目をしていて、私は、殺すのを躊躇って、子供に自分を重ねて」
私は、私は中途半端なんだよ。
「もしかしたら、人には二面性があって、優しさも愚かさも内包していて、それを確かめるために、この人に、話してしまって」
それでされたのが、正しい父親の顔だった。
「正しかった。人が、優しいと。人って案外優しいと、私は……思ってしまったんです」
人は、愚かではあるのかもしれない。
けれど殺されていいと、間違っているというのは、違う。
人は優しさを持っているはずなのだ、善たる根拠、生きる力を持っているはずなのだ。
「それで、どうするんですか」
返答次第によっては殺すと、爪を喉元に突きつけられる。
「私が見たことを、この人の奥さんに伝えて」
「伝えて?」
「……殺します」
「子供は?」
「生きて、もらいます。私が、育てて、いつか今日のことを伝えます」
「……恨まれるでしょうね」
「それで、いいんです。私は間違っていただけの、話だから」
けど、それが一番の理由ではない。
「思ったんです。あの、愛されている子供を見て、なんで愛されているのに、それを知らないで死ぬんだろうって」
「……」
「私と違って、祝福されて生まれてきたはずなのに、なんでそれを知ることができないで、ただ間違っている私に殺されるんだろうって」
「……ああ」
「今生きている人間なんて、全員死ねばいい。けど今産まれたばかりの人間は、生きた方がいいって、思い込んでしまった」
「そうですか」
部屋のドアが開かれる。アレスティナがとオージアがそこにいた。
「あ、出遅れた!」
悔しがり、落胆して見せる二人の所へ王の首を持って行く。
「戦況は?」
「もう人間は全員死んだかな。今はしらみつぶしで探してて、帰る準備をしてもらってる」
「そうですか」
四人で歩きながら、軍の元へ戻って行く。
「ゼルリ」
マーネが私を見ずに、私を呼ぶ。
「……魔王様が、貴方を選んだ理由が分かりましたよ」
「……え」
「教えてはあげません。どうせ理解もできないでしょうから」
なんで。
「ふふふ、私が、魔王様との関わりが一番長いんです。ははは」
笑いながら、羨ましいですかと、言ってきた。
彼は、私以上に、スアナという存在を知っている。
それに羨ましい、妬みはあって、けれど口に出せなかった。
「なんで」
妬みは出ないが疑問はでた。
「あの人は、貴方が持つものに執着している。闇とか、恨みとか、顔とかじゃなくて、もっと根源的なものに」
「ああ、わかるよ」
アレスティナが、会話に挟まってくる。
「あれだな、お前は、感情を出しすぎるから、見ている側からして分かりやすいんだ」
オージアが私を見て話す。
そうなのだろうか、顔を触ってみる。
笑ったことなんて、ありはしないのだろうに、苦しんだ顔しか、したことないのに。
それは彼が持つ、野生が、虫同士が互いに会話せずコミュニケーションを取るように、習性のような物が、私を見ているという証拠だった。
「アレだよね、言いにくいんだけど、感情がさ、名前のない、つけられない、つける前のエネルギが違うんだよ」
「魂って言うのかね、それが……なんだろう、綺麗って言うのかな、お前のは」
「貴方は、私たちより強い」
激情、この場では、感情の前の事。
それは誰にでもある。
どんな知性の劣る生物であれど、どんに優れた理性的な存在でも、炎のように形を持たぬ心象がある。
それはやっぱり、形がないんだけど、あるようで。色はわかんないんだけど、想像ができて。
だから絶対に、内にあるから自分自身の原始的な感情がわからない。
でも他人からはそれが見えたりするらしい。
瞳の奥か、ただ発音しただけの言葉か、とにかくとして、実態を持つ肉体の行動の総評から、それは見えるらしい。
それを、彼らなりの言葉で、私に伝えた。
胸が熱くなって、あと一滴でも注がれれば決壊しそうな程顔が熱くなる。
私はその場にうずくまり、熱を逃がそうとする。
熱くて、優しくて、私が知っている優しさと同じ味が口の中に広がる。
「うぅ……」
えずくように泣いてしまった。
産まれて初めて理性がある時に、人の感情を受け止めてしまったからだ。
まともに受け止めてしまったから、理性は倒れて、感情が溢れる。
これが魂の声ならば、発音してしまおう。
「ず……っと」
熱い吐息が話すたびに出る。
激情は体を縛る。
「わかん……なくて……自分が……だって……殺……して……見殺し、で、だって」
ヒクヒクと肩と呼吸が鳴る。
激情が形になっていく。
それは相変わらず、魂の形とは呼べないけど、私の気持ちにはなっていた。
「ぐちゃぐちゃに思考が揃わなくて。自分の情景があるはずなのに、わかんなくて」
相変わらず涙が止まらないが、言葉も止まらない。
「幸せになりたくて、幸せになりたくなくて。人と話したくて、誰とも話したくなくて」
自分は、いつもこうだったのだ。
恵まれた部分と、恵まれなかった箇所が互いを邪魔して、軸のような物が私には作れなくて。
「だから、わかんなくて」
欲しかったんだ、自分を表してくれる言葉が。
認められた時にかけられる言葉が、私と言う人間を表す、誰かの言葉が。
「……ありがとう」
ずっとずっと、自分の首を絞めていた。
不幸が私を刺していた、幸福が私をぼかしていた。
ようやく、みんなが私を見つけてくれて、だから私も自分がわかるようになって。
自分を縛っていた物が、溶けた。
私は、誰かから見て、綺麗だったらしい。
「本当に……ありがとう」
産まれて初めて、笑いながら涙を流した気がする。
四天王はみんなスアナのことをラブでライクなので、いきなり現れたゼルリが殺したいぐらいには憎かったです。
けど彼の過去をスアナから聞いて、それでも復讐に囚われることなく、恨んでいる他者を勝手に思いやってしまう様を見て、認めるようになりました。




