4.神秘と輝き2
数年経った今も、アシルは自分なりに、『魔法』という未知の神秘を追い続けていた……。
「結局……どうやってどうすればいいか……」
アシルが着目したのは、物体の力。
物体が動くために必要な素である『エネルギー』から何かできないのかと彼は考えていた。
これまでにアシルは、水の形状変化や物体の発熱・発光から何か起きないかと研究を進めたが、魔法に繋がりそうな有力な手掛かりは得られなかった。また、使っていた研究の道具もそこまで優れておらず、限界があった。
母親によって半ば無理やり入学させられたティアハイト学園であるが、アシルが剣に抵抗がある中で完全に拒否することなく従ったのには隠された理由があった。それは学園資料に目を通した際に、寮ではある程度希望が通るという部分だ。もしかしたら研究道具も最新のものでできるのではないかと彼は考えたのだ。それが今、目の前の現実となっていた。
「しかし、これは凄いな……今まで使っていたものとはレベルが違う……。これだけのものを揃えてもらったんだ。なんとかできれば……」
目の前に並ぶものは学園側に希望を出して揃えてもらった実験道具たち。実家の部屋で使っていたものより最新でより質のいいものが揃っている。
まず液体を入れるための容器『クロス』と呼ばれるものは、そのすべてが透明ガラスで出来ており、現代の実験で使われるビーカーによく似ている。
そのクロスにさしてあるのは、同じ透明なガラスでできた棒だ。これで容器の液体や粉末を混ぜることができるだろう。
他にも、針金のような鉄製の糸で作られた三脚で支えられているフラスコのようなガラス容器、木製の穴の空いた台に挿さっている試験管や細長く加工されたガラスにゴム製の小さな袋を付けたピペットのようなものなどがある。
「これが、最新のキョゾウ機か……」
街では、砂や鉱物を使用した細工品の制作が盛んに行われている。特にアルレギオン王国の細工品は他の国を凌駕するほどの質と精度を誇っており、もちろん透明度も一級品ばかりだ。
例えば鉱物を使用したものとして、水晶を使用したネックレスや指輪が街で売られている。
ガラス細工も豊富に作られていることもあり、アシルの使用している実験道具にはガラス品が多い。
その中でも一際目立つのが『キョゾウ機』と呼ばれるものである。
このキョゾウ機というのは、アルレギオン王国の鉱物・ガラス細工品が急激に発展を遂げた革命の一品である。
70年ほど前に、王国の技術者は平たく薄い円盤状のガラスを制作した。現在の王国において眼鏡のレンズとして使用されているガラスと同じものだ。そのガラスを重ね合わせたり、物体とガラスとの距離を一定にすることで、ガラスに映る物体が小さく見えたり、大き見えたりする事を発見した。そして物体を拡大できる点に着目して作られたのがキョゾウ機だ。
円盤状のガラスを使用しているが、そのガラスは横から見ると平面ではなく少し膨らんでいる。凸レンズと似た形だ。これを重ね合わせ、歯車の噛み合わせで上下する『歯車機構』を使いガラス同士の距離を調整、そして二枚目の対物用ガラスの下に台を設けて物体を乗せる。こうすることで上から一枚目の接眼用ガラスを覗き込むと台に乗せられた物体の表面が拡大される。これがキョゾウ機と呼ばれる装置で、顕微鏡とよく酷似している。
キョゾウ機が制作されたことにより、今まで見ることのできなかった鉱物の表面を捉えることができるようになった。細かい作業や、完成度を評価することが可能になるとして、細工品を作る職人たちの間にキョゾウ機は広がり、結果鉱物・ガラス細工品は大きく発展を遂げたのだった。
それからもガラス細工の品質・精度が向上するとともに、キョゾウ機の性能や規模も向上していく。開発当初は高倍率にするほど暗いという問題があったが、鏡によって外部の光を当てて補うように改良されたりもした。
今では細工品以外でも、剣を作る鍛冶屋でも使われ、新品のみならず、ある程度使い込まれた剣の刃こぼれ状態を評価することにも使用されているほどに、大きさも倍率も進化している。
しかし現在でも問題となっているのは、倍率は一台一台固定で、より高倍率で見たい場合には新しいキョゾウ機を購入しなければならない。近年、開発が進んだことにより、最新のキョゾウ機は一台で2つの倍率を使用することができるようになったが、それ以上はまだ開発段階だという。
「たしか、これは微小粒子を見れるほど性能が高いとか」
アシルが普段使っているものは、倍率は固定で中倍率ほど。今回用意してもらったのは高倍率と超高倍率という最新のキョゾウ機だ。
スライド機構が搭載されており、スライドさせることにより対物用のガラスが高倍率用と超高倍率用に切り換わる仕組みだ。超高倍率は現代でいうところの『マイクロメートル』単位で物体を捉えられる。
「入って正解だったな……」
これがアシルの裏の顔と言える魔法研究。
代償として、この学園に在籍し続けなければ、最新の環境が使えなくなってしまう。少なくとも学園内では剣術の学び避けることはできないため『見習い剣士アシル』として生活し、裏では剣を否定しようとする『魔法研究者アシル』として過ごさなければならない。
「大変ではある―――、まぁ思ったよりは問題はなさそうだな」
剣術を否定する裏の顔を持つアシルに対して、アシルに剣術を叩き込もうとするシィルミナ。この出会いがアシルに何らかの化学反応を起こすのかもしれない――――。
「な……なるほど」
魔法研究と言っても、最新の道具たち。
アシルが今まで使っていた道具の中で生き残っているのは中倍率のキョゾウ機のみ。その他ガラス容器は、割れや欠損があるため寮に持ってきていないのだ。使ったことのない道具も存在したため、寮生活初日の研究は使い慣れるだけで終わったのだった――。
「おはようアシル」
次の朝。
アシルが自分の部屋から出ると、そこにはロイが待っていた。
「待ってたのか」
「だってお前、待ってないと一人でさっさと行くだろ?」
アシルの部屋は寮の3階に位置する。アシルの部屋から、さらに2部屋分奥に行ったところがロイの部屋である。
昨日、帰ってきて別れた際にお互いの部屋が近いことを知ったロイは朝からアシルが出てくるのを待っていた。
「いや、言ってくれれば待つよ。いつから待ってたんだ?」
「20分前くらい?」
「やれやれ」と小さく呟いたアシルは、部屋の鍵を閉めてロイと並んで学園を目指す。
目指すといっても、学園と寮との距離は歩いて10分ほどだ。学園の敷地自体が大きいため、隣に寮があったとしてもそのくらいの時間は掛かってしまう。
寮は男子生徒と女子生徒寮と分かれているが、食堂は共通になっている。
「アシル、お前昨日夕飯の時姿見えなかったけど。というか部屋ノックしたのに出てこなかったし」
「あぁ、すまない。疲れて寝ていた」
「まぁ初日だしな……それに、注目の人になってるみたいだし?」
昨日起こったシィルミナとの出来事。それは見習いがシィルミナに対して飲み物を零すという無礼を犯したとして広がっていた。噂は広がりロイの耳にも届いたのだろう。
「そうだな」
「まぁ、お前も大変だな」
「どうだかな」
「なんかあったのか、ほんとにやらかしちまったのかはわからないけど、その――――、あまり気にするな」
教室へと着いた二人。ロイはそう言ってアシルの肩を叩くと自分の席に向かっていた。
『あ、あいつだあいつ』
『ほんと、信じられない』
『よく普通の顔して来られたな』
朝からアシルに鋭い視線が向けられる。皆、アシルに聞こえないように言葉を発しているのだろうが、残念ながらアシルの耳に届いていた。
「……………」
だが、彼は全く気にしなかった。
元々見習いな時点で悪く言われるのは変わらないし、そもそも見習いだとか三等剣士だろうが興味がないからだ。
そういうやつらと目線を合わせないようにしていたアシルは、ふと教室の中央列、前から3番目の席に目を向けた。
「……………」
そこには、何も言うことなく、周りのことも全く気にせずにいるシィルミナの姿があった。
(馬鹿ね)
彼女は心の中でアシルに対してそんなことを思う。
アシルはその様子を見て満足したのか、昨日のように窓の外に視線を向ける。
アシルが登校して来た時間が、少し早い時間なため、窓から見下ろす景色には、多くの生徒たちが歩いて来ている様子が広がっていた。
「シーナさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
シィルミナの周りにも、昨日のように数人の生徒が集まり始める。
「稽古……か……」
窓の外、桜の花びら達が地面に向かって散っていく様子を眺めながら、彼は呟いた。
やがて、エリシア先生が教室へと入ると、学園での学びが始まった――――。
「こんなところで何しているの?」
それは昼休みのことだった。
ロイと食堂へ行ったアシルは、ロイより早く食べ終えて、人気のない廊下の窓で外の景色を眺めていた。
そんな彼の背中に声をかけたのはシィルミナであった。
アシルが振り向くと周りの取り巻き達の姿はなく、彼女だけが視界に入った。
「まぁ、これと言って理由はないな。ただ人が多いのも居心地が悪い」
「あなたは有名人だものね〜」
「シーナに言われたくはないな。それに俺の場合は悪い意味だ」
「そう……ね。――どうにか出来ればいいのだけど」
肘をついて、窓の外を眺めるアシルに対し、そのの隣で壁に背中を預けて、話しかけるシィルミナ。
「シーナが気にすることじゃないだろ。こうなることはわかってやったんだし。ところで、いいのか?こんなところで俺と話していて」
「大丈夫よ、まだみんな食堂にいるはずだから。たまたまあなたがひとりで出ていくのが見えたから終わらせてきた。話さなければならなかったし、あなたと」
シィルミナはそう言っているが、本当の彼女の計画としては早めに食べ終えて、食堂でアシルを話に誘うことだった。
しかし、彼が予想以上に早く出ていったため、計画変更してそれを追ってきたというのが真実だ。
「話?」
「えぇ、そうよ。まさか忘れたの?」
「稽古のことか?」
「覚えてるじゃない」
「あんなことがあって、そう簡単に忘れるかよ」
壁に背中を預けていたシィルミナは、壁から離れて外を眺めるアシルの横顔を見ながら言ったのだ。
「今日の夕方からやるわ。いい?」
「俺は構わない」
「決まりね。場所は決闘の時と同じよ」
そう説明するシィルミナに対して、アシルが視線を合わせることはしなかった。振り向かず、耳だけ傾けてずっと窓の外を眺めていた。
「あぁ、わかったよ。って……」
数秒後。
アシルがそう言って振り向く。そこには彼に対して背を向け、廊下の続く先へと向かうシィルミナの姿があった。
「――――それだけかよ」
やがて昼休みが終わり、午後の時間が訪れる。
太陽は止まることなく西に向かって進み、そのうち約束の夕方となる。
アシルは剣技場へと向かうのであった。