1.見習いの剣士
降り注ぐ日差し、踊る桜吹雪。
「来てしまった………」
アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインは王国の中で名門とされる剣術の学び舎、ティアハイト学園に入学をした。
その門の前には、迎え入れる者たちと学園生活という新しい舞台に挑もうとする者たちが溢れかえっていた。
しかし、これから新しい生活が始まろうとする記念すべき日であるのに、天気と裏腹に彼の表情は曇っていた……。
『おはようございます!』
『おはよう!』
『よろしくっ!』
多くの出会いの言葉が飛び交う中で、人々の流れに沿って校門から校舎へと向かっていく。アシルは決して目立つような行動も、声を発することすらせずに、流れに紛れて隠れるようにして歩いていく。
なぜなら……、
『ねぇねぇ、あの人見習いじゃない?』
『あいつ見習いかよ……』
『うぁ……近づきたくありませんね』
周りからは非難の声が聞こえる。左胸についているバッジを見たのだろう。
このバッジある限り、早々の友達作りや都合のいいことなんて起きるはずがないのだ。目立つような行動をしなくても自然と目立ってしまう。挨拶をしても拒否をされる。
周りが彼を見る視線は鋭く、冷酷なものばかりだ。非難するものか、そもそも見習いごときに興味がないという者、それが大半だ。
「1-Aか……」
玄関口に貼り出されたクラス分けの張り紙。
一緒のクラスと喜ぶ者や違うクラスで残念そうな顔をする者がいる中で、一目『アシル・ヴォーグ・ド=リグスタイン』という名前を見てから早足で教室へと向かう。
教室では幸いなことに非難の声はなかったものの、誰も彼に近づこうとはしなかった。
ひとりを除いて。
「よっ!おはよう」
「…………?」
席に座る。窓から見下ろすることのできる登校してくる人々の作る川の流れを眺めながら、時が過ぎるのを待っていた彼に、一人の男子が話しかける。普通に友達に話しかけるように笑顔で、おまけにアシルの机に両手を置いて迫るように。
「お……おはよう」
話しかけてくる人間がいないと思っていた彼にとっては、ドッキリなイベントであるため、一瞬受け答えに困ったがとりあえず挨拶を返す。しかし、笑顔
は含まれておらず最低限のマナーとしてだ。
「俺はロイ・エルデ=メルティライドよろしくな!」
「アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインだ。よろしく」
ロイの表情は常に笑顔だった。
それよりも周りの視線が更に鋭くなり、アシルだけでなく彼にも牙を向いていた。
「ロイ」
「ん?なんだい?」
「何故、俺に話しかけた。見習いの俺に……」
自分を卑下する姿を見たからなのか、見習いということを知らなかったからなのか、笑顔が少し驚いた表情へと変わった。
「何故って、友達になりたいなと思ったから?一目で良い奴だろうと直感したんだ!」
驚いた表情は一瞬のことであった。再び笑顔になると彼は自信満々に答えたのだ。
「何処からそう思えたんだ?」
どう言われようが自分を卑下する。それが今のアシルだ。それほど“見習い”という肩書きは重くて冷えきったものなのだ。
「ん〜〜、野生の勘ってやつかな!!」
「俺と仲良くなってもマイナスしかないぞ」
「そんなことはないさ、俺は人柄で友達を選ぶ。“見習い”なんて剣術だけを見たただの肩書きだろ?そんなことで人を選ぶなんて見る目がないな」
ロイははっきりとそう言って、右手を差し出した。……。
「そういうことなら。よろしくなロイ」
「おうよ!互いに頑張っていこうぜ」
こうして、できる予定のなかった友達という存在が生まれて彼の表情は少しだけ柔らかくなった。
「面白いやつもいたもんだ……」
再び窓の外を見る。そこには先程の流れはなく、所々にピンクが散りばめられた風景が広がっていく。教室の他の人たちに見られないようにして彼は笑顔で呟いたのだった。
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「そろそろ席につけーー」
友達作り、情報交換。新たな出会いによって賑やかな空間となった教室に現れたのは黒髪ロングの女性。身長は154cmといったところか。服装は全身黒を基調としていて、開いた胸元には真珠と思われるネックレス、地面に着かんとするドレスのようなスカートを身に纏い、教卓へ立つ。
促されるようにして生徒たちは自分の席に座る。一瞬にして賑やかな空間が、緊張感の漂う空間となる。
「さぁ、新入生の皆さん。私はこの1-Aを担当することになった……」
エリシア・ウテナ=ゼオリード。それが彼女の名前である。
この学園のクラス構成はA、B、C、Dとなっており、それぞれ20〜30人ほどの生徒で構成されている。実力としてはAクラスから順ということになっているはずだ。
「何故、俺がAなんだ……」
手違いかと思える状況、Aクラスは学園に入学する試験において優秀な成績であったもののみが入れる領域とされる。そんな中に紛れ込む最低クラスの剣術を持った人間。
そう、なんとも矛盾してるのだ。だから余計に視線は冷酷なものしかない。
「Aクラス。本来であればここは成績優秀者で構成されたクラスになる。しかし、今年は方針が変わった。長くなるから詳しく説明することはしないが、成績が優秀でないものも混ざったクラスとなっている。最上位と最下位が混ざったクラス、それが今年のAクラスだ」
成績優秀者以外を混ぜて生徒同士切磋琢磨できるような環境構築をしていく、そういう方針になることが決定したとのこと。ただ、それは学園側が一方的に決めた方針だ。
弱者が強者の刺激を受ける、強者は弱者に刺激を与える。実力に合わせた授業運営よりも、平等に運営することが、成長の原動力となるのだと考えているのだろう。あくまで思い通りに事が運べばの話だ。
『なにそれ、意味わからない』
『見習いと一緒とか』
『そもそも付いてこられないだろ』
実際、最下位は避けられる運命でしかない。良い刺激など得られるわけないのだ。
「静かに。まず始めにこの学園について説明していく……」
この学園に入学するために必要なものは“剣術”。
剣術の腕が認められれば、15歳となることで貴族から平民まで関係なく入ることができる。しかし、基本的には貴族の家系が生徒として入学することが多い。
王国では『騎士』と『剣士』という区分けが存在している。一般的に騎士というのは鎧を纏った兵士や馬に乗っている姿を想像することが多いだろう。しかし、ここでは王国の軍に所属すると『騎士』と呼ばれ、所属せずに剣術が認められた者は『剣士』と呼ばれている。
「知ってると思うが、剣術階級は全部で十階級ある。まず剣羽……」
剣術の道を歩くことを誓ったものとして、一番下の階級は『剣羽』と呼ばれる。まだ雛であることやこれから羽ばたいて行くことが“羽”という言葉に込められている。
「その次が剣美」
一段上の階級。剣術の基本ができていて、美しいことが認められた者という意味で『剣美』と呼ばれる。ただし、剣美階級の中でも別れており、『下級剣美』と『上級剣美』が存在している。
「それを超えたものがようやく剣士と呼ばれる」
剣士階級は、軍に所属しない者たちの中では最高階級に位置する。中でも区分けとしては『三等剣士』、『二等剣士』、『一等剣士』となる。
学園で目指せるのは一等剣士まで。
『騎士になるためには、一等剣士として卒業しなければならない』
教室にいる強者たちは心の中でそう言った。
「それぞれ、今の階級から一等剣士になること。それが目標となる。年6回行われる試験、3年間だと18回だな。チャンスを無駄にしないように」
上位の階級には認定試験がある。
いわゆる学校の定期試験だと思ってもらえるといいだろう。年6回行われる試験で階級を上げて行かなければならない。
“今の階級”というのは入学にあたって行われた試験だ。そこで実力を認められると最高で三等剣士から学園生活を始められる。
「君たちに今回の1学年全体の状況を教えておこう。嫌と思う人もいるだろうが現実だ、受け止めてくれ」
エリシア先生は黒板に階級と人数書き始めた。
「多い順でいくと……」
『下級剣美、72人』
『上級剣美、41人』
『三等剣士、3人』
『剣羽は……』
教室がざわめく――。
『あいつじゃん』
『ここにいる資格ないですわ』
資料を片手に黒板に書いていた先生でさえも一瞬手が止まって書くのを躊躇ったほどだ。
「俺だけ、ということか」
“1人”という黒板の文字を見て、アシルは『仕方ない』という顔をした。
例年剣羽というのは10人ほどはいると言う話だが、レベルが高い世代なのか彼一人だけというのが結果だった。
アシルに向けられる冷酷な視線は、数段階上がってしまった。
「剣羽であっても十分にチャンスはある。先程は3年でと言ったが……」
追加の説明が始まる。これは入学前に生徒たちが知っている情報ではなく、始めて明かされる制度だ。
「卒業直前に三等剣士または二等剣士であるものには、特例として最大2年間、学園に残って認定試験を受けることを選択することができる」
いわゆる留年のような制度だ。
最大12回のチャンスを追加で得ることできるが、最低限三等剣士になっていなければ強制的に卒業となってしまう。
「話がずれてしまったが、一等剣士でこの学園を卒業した場合、その先の道を選択することになる」
卒業後、必ずしも国防騎士軍にならないといけないということではない。大半は軍に入るということだけで、軍に入らず都市で職に就く選択肢もある。剣士という階級がほしい・単に剣術を極めたいだけという者もいる。
「王都で職に就く以外では、まず国防騎士軍に入る道」
国防騎士軍――。
国王ではなく、国王の下にいる国長が管理・統括している軍隊のことである。
ほとんどの生徒はこの国王騎士軍に所属するために剣術を日々磨いていくとになる。
国防騎士軍入隊試験は合格率は82%とされているため一等剣士になることは、軍に入る資格があると認められたようなものだ。
騎士という階級にも区分があり、『下級騎士』と部隊長クラス以上の『上級騎士』という区分となる。
さらに上、元帥になることができれば『聖騎士』という階級になる事ができる。
「それと、最高階級への道」
聖騎士を超えた存在が世界最強の座。
国防騎士軍は国長直属の軍であるが、元帥である聖騎士を倒した十二人の強者には、国王直属の剣士となることが認められる。
それが、『煌導十二剣聖』、剣術階級の最高階級となる。
「剣聖になるためには、まず聖騎士に正式な決闘で勝たなければならない。そうすることで十二剣聖への挑戦権が得られ、十二席あるうちの一席を指定して決闘し、勝利することでその席を奪うことができる」
煌導十二剣聖になれる確率は0.012%と言われている。“聖騎士と剣聖に勝つこと“という強大な壁は並大抵の力では無理であるということを意味する。
では、剣聖に挑んだものの負けてしまった場合や、剣聖から降ろされた場合はどうなるのか。
その場合は上級騎士として軍に入ることを認められ、将来の聖騎士有望株という扱いになる。
『先生質問です』
とある女子生徒が手を挙げる。
「許可する」
『聖騎士に挑むためには一等剣士にならないといけないのですか?』という質問を投げかける生徒。
「面白い質問だな。実際、そんなことはない。だが、一等剣士でも歯が立たない異次元の存在に挑もうなんて無謀な話と思わないか?」
剣聖への道では、認定試験を受ける必要はない。
それは“勝てれば”の話であるが……。
ちなみに剣聖になっても騎士同様に貴族扱いとなる。
「注意してほしいのは、道は一つしか選べないということ。騎士の道と剣聖への道を両方選択することはできない」
もし仮に入隊試験に落ちてしまった場合は、まず結果の評価をされる。成長の余地があり将来有望である評価が下されれば、一年後に再挑戦権が与えられる。そうでなければ、一等剣士として都市で職を探すことになる。
剣聖の道にて、聖騎士に勝てなかった場合、再挑戦権または、一年後に国防騎士軍入隊試験への挑戦が認められる。
「騎士になったからと言って、聖騎士に挑戦できないということではない。だから大半の者は騎士となり、さらに剣術を磨いて剣聖か聖騎士を目指す」
ただし、聖騎士となったものは剣聖にはなれない。一度聖騎士の座を捨てなればならないが、それは軍を捨てることに値するため聖騎士は聖騎士として一生を終えることが多い。
「以上が、君たちがこれから目指す道だ」
そうして、一等剣士を目指す生徒たちの学園生活が幕を開けるのだ。
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「よう」
休み時間。
また窓の外を見ながら時が過ぎてゆくのを待っているアシルにロイが話しかける。
「見習いを笑いに来たのか」
ロイの方には顔を向けることなく、窓の外の風景を眺めながらアシルはそう言った。
「まったく、見習いだろうが気にしないって言ったろ?そりゃ、一人だけっていうのは驚いたけど」
「そうか。一番驚いているのは俺だ」
ロイが自分を非難してきた訳では無いと確認したように、アシルはロイの方に顔を向ける。
「俺は思うんだけど、騎士になるってさ。なんか意味あるのかな」
「意味?」
アシルは険悪な表情から少し柔らかくなり、理解していない面持ちで問う。
「いや、だってさ。国防騎士軍に入ることって軍隊に入るんだろ?戦争とかも命を賭けないといけないことになるだろ?」
「まぁ、そうだが。貴族の家系として生きたいとか、色々あるんだろ」
ロイは答えを聞いても、理解できていないような表情をする。ふたりの間に少しだけ間があった後にロイがまた話を始める。
「貴族の家系?」
「騎士になるってことは、貴族として扱われることとなる」
剣術がすべての世界である。家族の中に一人でも軍所属の者がいれば、その家の国民階級は貴族として扱われる。故人となったことにより不在となれば、階級は落ちてしまう。
家系を貴族として繋ぐこと、その枷の下に剣術を学ぶ生徒も少なからずいるのが現状だ。
「あ〜〜、だから俺達は騎士を目指すわけだ」
「あ〜って、お前はそうじゃないのか?」
「そうだなぁ、そうといえばそうかもそれない。そうじゃないかもしれない」
深く追求することはしなかったが、『なんだそりゃ』と苦笑いではあるが、今まで見せなかった表情を露にしたアシル。
「まぁあれだ。そんなに気を悪くするなよ。見習いでもこの学園に入学できたってことは、それなりの剣術の腕が認められているはず」
「…………」
ロイが励まそうとしたが、残念ながらそれは逆効果となったようだ。柔らかくなった表情は暗く、悲しみの表情へと変わった。
「ロイ、その考え方は間違っているよ。俺がここにいるのは自分の意志じゃないし、そこまでの剣術の腕もない」
「自分の意志じゃ……ない?」
入りたくてこの学園に入ったわけではない。
それは数日前のことだ――。
『アシル!ちょっとアシル!』
部屋で本を読んでいると、母親が階段下からアシルを呼ぶ。
「なんだ?母さん」
「はい、これ」
読書タイムを遮られて不服そうな顔をしながら階段を降りていくアシル。
そんな彼に母親が手渡したのは、茶色い封筒であった。
「これ……は?」
母親は言葉を発することはなかった。ただアシルを見つめるだけだ。
真剣に…………。
「ティアハイト学園……って」
封筒から出してみると、A4サイズの厚紙が一枚入っていた。そこには『ティアハイト学園入学について』という文字が太字で書いてあった。
「母さん、ここって剣術の学校だろ?俺はそんなところ……」
拒否をしようと思ったが、できなかった。『それはもう決まったことだから、学園に通いなさい』という無言の圧力が襲いかかる。
やがて母親は背を向けて立ち去った。
『あなたには、あまり強制的なことはしないようにしていたけど、これだけは仕方ないの……』
アシルには聞こえないように、ドアの影で母親はそう呟いた。
これが、アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインがティアハイト学園に来てしまった原因だ。
「でも、良かったじゃないか。剣術の名門に入れて」
「さぁな、そうといえばそうかもそれない。そうじゃないかもしれない」
そう言うと席から立ち上がり、教室の外へと出ていくアシル。
「おい、待てよっ!それ……俺がさっき言ってたこと……」
ロイは後を追うことはしなかった。彼は見習いという肩書きが嫌と思っていないし、むしろ良いように利用して逃げ道を作っていると感じたのだろう。
「剣なんて………」
廊下に出てそう呟いた――――。
「アシル、昼飯いかないか?」
ロイはアシルのことが気に入ったのか、休み時間になると話しかける。
時は12時となり、お昼休みの時間となった。
「そうだな。確か食堂あったよな」
「あぁ!名門ってこともあってか、ここの食堂の料理は絶品らしいぜ!」
二人は教室の外へ出ようとする。
すると……、
『シーナさん、ご一緒してもよろしいですか?』
『私も!シーナさん』
教室の中心あたりに何人か集まっている様子だった。
アシルは漏れてきた声に誘われるように、足を止めて振り返り、その集団の様子を見る。
「いいですよ。いきましょう」
集団の中心の女子生徒は、微かに青みが混じった白銀のロングヘアーに水晶の髪留め。服装はこの学園の制服になるが、他の女子生徒と同じものを着ていると思えないほどの着こなし。
「どうした?って、シーナさんのことか」
「知ってるのか?」
「話したことないし、みんながシーナさんって呼んでるのを聞いただけだよ。でも、入学試験では3人だけしかいなかった三等剣士の1人らしい」
『そうなのか』というように、アシルは教室を出ていく。まるで興味を失ったかのように、食堂へと歩みを進めた。
やがて学食へと到着する。
「美味いな、さすがって感じだ!」
ロイは美味しそうに食事をする。
一方、ただ黙々と食事をするアシル。何かを考えているように感じるほどに、感想もなく。
まるで食事=作業かのようだ。
「もっと美味しそうに食べろよなぁ、せっかくなんだから」
「……………」
ロイが話しかけても答える様子はなく、ただ目の前の料理に目を向けて、ナイフとフォークを操って口に運んでいく。
すると、突然アシルが問う。
「なぁ、ロイ。お前は剣術を磨きたいか?」
「うぬっ!?…………っ、なんだいきなり。磨きたいからここにいるんだろ?」
口いっぱいに食べ物を運び、噛んでいる最中だったロイは少し詰まらせながらも、唐突な質問に『当然だ』というように答える。
「そうだよな。すまない、変なことを聞いた」
「おおおおう、別にいいけど」
ロイが気づくと、いつの間にかアシルの目の前にあったはずの料理はきれいにお皿だけとなっていた。
先に食べ終わったアシルは『用事があるから』と言って立ち上がり、まだ食べている最中のロイを置いてその場を後にした。
その後、木製のコップに飲み物を入れると、人気のない廊下を探して歩き回ったアシル。
条件の整った場所を見つけると、窓を開けて外の景色を見ながら考え事をする。
「剣術か………」
自分の過去、入学に至った経緯、入学してからのロイとの関係や現状、時々手のひらや、コップの飲み物の表面に映った自分の顔を見つめながら様々なことを思考する。
「ん………?あれは」
人気のない廊下というのは、教室がある建物とは反対に位置する場所だ。景色と言っても中庭の噴水や花たちを見下ろすか、人気の多い反対側の廊下の風景を見るかだ。
そんな反対側の廊下で、先程見た『シーナ』という女子生徒の姿が目に入る。美しい姿からか、つい見入ってしまいそうになる。
「何してるんだ?」
彼女はどこかの男子生徒と話していた。普通の会話……とも思ったが、どうやら楽しそうではない。
そのまま観察していると彼女の身体から一瞬、力が抜けたように見えた。
「だめだ、落ち着けると思って来たがここに居ては」
気づけば彼女の姿ばかり追っていた。何故かというのはアシル自身よく分からなかった。
その場を離れて、教室へと向かう。続く廊下は進むとともに人気が多くなっていく。
次の瞬間――――、
「困ったな。見ないようにあの場から離れたっていうのに」
廊下の向こうから彼女が歩いてきた。
隣に女子生徒がいたり、廊下で擦れた違った生徒たちに挨拶を返したり、先程とは違って表情は明るく笑顔だった。
「……………」
今いる廊下を彼女の方に歩いていけば、教室にたどり着く。だが、すれ違うこととなる。
時間に余裕があるため、避けるように別の進路で教室へ行こうとも考えたが、彼女の様子に少しだけだが違和感を感じた。
『あ、シーナさん!ごきげんよう』
『ごきげんよう』
『シーナ様!お話したいです!』
優秀な成績に加えて、彼女はお嬢様という立場らしい。
「ごきげんよう。ごめんなさい、後でお話しましょ」
彼女は一人一人に対して笑顔で対応する。
だが、決して歩みを止めることはしなかった。
………………。
そして、彼女とアシルはすれ違うこととなるのだが………。
「あっ!」
「きゃっっ!!!!」
アシルは躓いてしまったかのように、片手に握っていた木製のコップの中身を零した。
“地面に”ではなくて“彼女の制服”に向けて。
「ごめんなさい!」
「いえ、問題な……い……です」
彼女はそう言うが、
『信じられない!あいつ何してるのっ!』
『あいつ見習いの奴じゃないか!ふざけるな』
『土下座して謝りなさいよ!』
周りからは非難の嵐だ。それもそのはず、同世代ではお嬢様という扱いの高貴な人物に向かって、飲み物を零すなんてことはあってはならない。
『チッ!!!』
そんな混乱の最中で、彼女の背後から誰にも気づかれないように静かに立ち去ろうとする人影を、頭を下げているアシルは見逃さなかった。
「本当に申し訳ない!」
「そこまで酷く汚れていないので問題ないですよ」
騒がしい状況の中で、彼女は小声でアシルにだけ聞こえるように、
『ここはもう大丈夫だから、ありがとう』
と言った。
そしてアシルは混乱している場から立ち去ろうとする。
『おい!逃げるのか!』
『最低っ!』
アシルが歩き始めると非難の声は増々大きくなったが、気にせずにその場から離れた。
その場の騒動は彼女によって収まり、同時にアシルに対しての視線は鋭さを増した……。
アシルは立ち去った後に、ある場所へと向かった。
それはまた人気のない、今度は建物の裏となる場所だった。
「お前だな。彼女を脅していたのは」
建物の裏となる場所で、物陰に潜む人物に話しかける。
「よくわかったな。見習いのくせに」
「背後にいるお前の目付きや仕草が不自然だったんだよ」
「ほう……」
陰からゆっくりと歩み寄ってくるのは、学園の制服を着た人物。男子生徒だ。
「お前のせいで計画は台無しだ」
「計画?」
「お前には関係ない。もう少しで彼女を捕らえることができたってのにっ!」
男子生徒は腰に刺していた剣を、金属の甲高い音とともに勢いよく抜くと、それをアシルに向けた。
「しょうがねぇ、バレた以上ここで消す」
身の危険を感じて、同じように腰の剣を抜く。
剣先と剣先――。
視線と視線がぶつかり合う。
「見習いごときが俺に勝てるのか?」
「やってみなきゃわからないだろ」
男子生徒は不敵な笑みを浮かべる。
次の瞬間、
「そうかよっ!」
男子生徒はアシルに向かって、斬りかかるのだった。