〈8〉カラスにはとんでもない秘密があるかもしれない。
【sideエメ】
街を出てから、僕は主様を運んでいた。
……小さくて、可愛い。
一方つなさんはフェニさんを背中に乗っけて歩いている。さなさんはシャキッととしながら前を向いて背筋よく早歩きしていた。
「次はどこに向かうんですか?」
「魔王城一択だよ」
「魔王城……」
つい、ポカンとしてしまった。こう言われることはわかっていたはずなのに……。
いや、だって俺……。
現魔王の、長男なんだもん……。
本当はでっかいツノとか生えてるし、耳だってエルフみたいに尖ってるし……カラスじゃなくて上級魔物だし。
多分、この人たちは俺の名演技で気がついてないはず、だけど……少なくとも、この人への忠誠心は本物になってしまった。
「ん……エメ」
「主様」
「ごめん、ありがと。もうちょいこのままで平気?」
「はい。大歓迎ですよ」
「あはは、ありがとう……」
また寝てしまった主様。
……大事にしたいなぁ、この寝顔。
「さなさん」
「ん?どうしたのエメ」
「直接魔王城に行くんですか?」
「ううん、さすがにそうはできないよ。だから、途中途中で休憩して行くつもり」
「そうですか。確かにそれがいいですね」
特にどこか目的地があるわけではなく、ただただ魔王城を目指すらしい。
嫌だなぁ。
***
魔物に名前なんてつける風習はなく、元々俺に名前はなかった。
「長男!」
「なんですか父さん」
「新しい友達だぞ」
そう言って差し出されたのは巨大な化け物。
「いりません」
そう言って魔法を発動させて灰にさせた。
ガーンとリアクションしている父のことなど無視をする。早く俺が魔王になって、この親父よりも強くなりたい……その一心でいた。
弟たちも、同じ考えを持っていた。奇跡的にも主様と同じく三兄弟である。
「父さん、俺もう魔王城にずっといるなんて嫌です!!出て行きます!」
荷物を魔法で素早くまとめた俺は、魔王城を飛び出した。
魔王になるまでは人間に殺されないように、ずっと魔王城の中にいる。
そんな暮らしに嫌気がさしたのだ。
そして、俺は山賊として仲間を集めて、ななさんと出会った。
***
ということで、父親とは10年ぐらい顔を合わせていない。現在俺の年齢は17歳だ。よくよく考えてみれば、7歳で家出したらしい。
我ながらよくそんな小さい頃に家出したなと思ったが、今は……そんなことどうでもいいらしい。
なぜなら、目の前には……変異した魔物がいるからだ。
しかもコイツは相当強い。街から少しは遠かったのが不幸中の幸いなものの、ここで倒さなければ街なんか簡単に吹き飛んでしまうレベルだった。
大きさもだいぶでかい。8メートルぐらいは余裕でありそうだ。
俺なら一瞬で灰にできるけど……ここで魔王子だとバレて、主様に幻滅されたら……そんなの、絶対に嫌だ!!
なるべくサポートに回りつつ、この三姉妹が勝てるようにしなくては……。
そんな時、フェニさんと目が合う。
新しいサングラスをつけてご満悦な彼。アイツは強いし何百年も生きているから、きっと俺のことを見破っているのだろう……。
喋りはしないはずだから、つなさんに告げ口されることはないと信じたいが……。
「エメなな起こしておいて!」
「えっ、でも」
こんなに気持ちよさそうに眠ってるのに?
眠っている主様を起こしてまで戦わせるのは嫌だな。
「僕が代わりに闘います」
「いやでもキミザコいじゃん」
「つなさんには負けましたが、主様と修行したので多少は闘えるかと」
「……あっそう、じゃあ足引っ張らないでね」
「はい」
つなさんの態度に若干キレそうになるも平常心を保つ。
主様を抱っこしたままだと手も使えないので、一度宙に浮かせておぶる。
少しだけでいい。次期魔王の力を見せつけてやろうではないか。
つなさんさなさん共に魔法を放出させる。ものすごい威力だ。さすが規格外のレベル無限。
だけど……こっちだって、魔力の底はない。
「つなさんさなさん、フェニさん。下がっていてください」
「え?」
「僕の出番です」
そう言ったと共に魔法を発動させた。威力はそこそこ。魔法師で言ったところの初中級ぐらいだ。
だけど、それは目に見えているだけのこと。本当は……。
えげつないほどに、強い魔力を込めていた。
なので魔物は一瞬にして蹴散らされる。
そして紫色の血が飛び散ってきた。すかさずバリアを張って主様と僕に付着することは免れたが、見事に他の方々にはかかってしまった。
「エーーメーー!!!」
つなさんがものすごく怒りながらこちらを見てくる。
「年上を舐めた罰ですよ」
てへっと自分の顔の良さを最大限に引き出して煽ると、主様が起きてしまった。
「……あれ?何か倒した感じ?」
「はい」
主様を降ろして、少し後ろに立つ。
「僕が倒したんですよ」
「へぇ!エメすごいね!」
ぱぁぁっと微笑んでくれた。嬉しくて嬉しくて、胸の中がいっぱいになるような気がする。
こんな素敵な女性が、世の中にはいるんだな……母親は浮気ばっかだし、周りにいる女は全員権力目当てだったから……本当、主様は女神様だ。
「ねぇフェニくん、アイツ焼き鳥にしない?」
つなさんが何か嫌なことに言ってコクコクと同意しているフェニさんの気配を感じ取る。
一目フェニさんと目が合うと、何かを察したように怯えてつなさんの後ろに引っ込んでいった。
「ん?2人ともめちゃくちゃ返り血浴びてるじゃん」
「うっさい。アンタの使い魔がやったんだよ」
「エメが?あっはは、ってかそれ落ちるの?」
「わからない。早く洗わないと」
キレ気味なつなさんと相変わらず平然としているさなさんがローブを脱いで、近くの川までダッシュしていく。
そして……見たことないような、不思議な形をした何かを創り出して、その、変な色の液体を服に染み込ませて揉み洗いしていた。
「……主様、あれはなんですか?」
「あれは洗剤って言うんだよ」
「せんざい……」
「ねぇ、エメ」
「はい?」
何か言いたげにしている主様。風でそよそよと髪が濡れていて、思わず見惚れてしまう。
「主様っていうの、やめない?」
「えっ?」
も、もしかして主従関係が終わり……!?さっきの魔法のせいか!?
あわあわ焦っていると、主様が再び口を開く。
「つなもさなもさん呼びなのに私だけ様ってなんか嫌なの」
「え……?」
「だから、ななって呼んで?」
「い、いいんですか?」
「うん、もちろんだよ」
「じゃ、じゃあななさんで……」
さすがになななんて言えない……!!っていうか俺、今更だけど恋愛経験とかないし女性とどう接したらいいのかもわからん……!!
「えー!なんで?呼び捨てじゃだめなの?」
「さ、さすがに主様ですし」
「ふーん、そっか。ならいいよ」
「ありがとうございます」
ふぅと一安心する。そこで、気になることができてしまった。
「あ、主様……いや、ななさんはお付き合いされた男性とか、いるんですか?」
「うん、いるよ」
「んなっ……!な、何人ぐらい……?」
「小学生で1人、高校生で2人かな」
「しょ、小学生……?」
小学生とは、なんだ……?高校生という単語も聞いたことがない。
不思議に思っていると、焦っているななさんが慌てて口を塞ぐ。
「う、ううん、えっとね12歳の頃に1人、15、16で1人かな」
「じゅ、12歳の時に恋人が……!?」
「う、うん?割と普通だけど」
「そ、そうですか……」
「つなは腐女子だからできたことないしさなも興味ないって言っていないけど……まあ、私性格は悪くないからね」
えっへんとドヤ顔した主様、じゃなくてななさん。
「はい!ななさんの性格は最高です」
「でしょでしょ?さっすがエメ〜!よくわかってる!」
「えへへ」
「……!!あ、あんなところにビジュ神ってるイケメンが!!」
褒められて喜んでいれば、あの人はまたすぐに別の男を見る。
ムカつく……と思っていれば、そこにいたのは……。
「お、弟!?」
思わず声に出してしまった。だってそこには紛れもなく顔もそっくりな、弟がいたのだから。
「……あ、兄さん」
「えっ、えっ、嘘!?兄弟!?」
ななさんが興奮気味にキョロキョロと俺たちを見てくる。
ま、まずい……!!弟も家出したらしく年に数回あってはいたが、ななさんと出会ってからは一度も会っていない。
つまり、魔王子という事実を隠していることを知らないと言うわけだ。
「私、エメの主人……?のななです。あなたのお名前は?」
「……名前?そんなもの——」
「お、弟は今忙しいんです」
慌てて弟(次男)の口を塞いでそう適当に答えた。
「そ、そうなの?ごめんなさい」
「なっ……あ、謝らなくていいんですよ?ななさんは悪くないんですから」
「いや、でも邪魔しちゃったし……っていうか、本当そっくりだね」
「あはは……ほら、もう行っていいぞ」
「……ナナ、サン?」
どうにか切り抜けられたと思ったが最悪の展開になりそうだ。
「は、はい?」
「俺にも名前、ください」
「え?」
コイツ……!!自分もななさんのものになろうとしてやがる!?
そんなの絶対許さない!!
「ななさん、使い魔は僕だけで……」
「じゃああなたはメイ!エメのめとお揃い!」
「メイ……!ありがとうございます。」
名前はもらったものの、幸いなことに使い魔にはならないようだ。
本当、よかった……。
はぁ……と大きなため息を溢す。
「ななさん、これ魔王城からのおみあげ」
「……え?」
「……は?」
ポカンとして、顔を見合わせたななさんと俺。
コイツ……やりやがった。
差し出してきたのは、魔王城の中で流行っていた美味しい呪いが込められてできたクッキーだ。
一口食べれば幸せが溢れるだとか、そんなもの。
「ま、魔王城?」
ななさんが聴き過ごすわけもなく、質問をする。ヒヤヒヤしていることしかできなかった。
彼女だけならまだしも、あとの2人に聞かれては何をされるかわからないので、足止めになるぐらいの魔物を生み出して向かわせていた。
「うん。だって俺——」
「メイ」
名前を呼んで、目を合わせてじっとする。
そして……最初からこうすればよかったものの、テレパシーをメイに送った。
『ななさんたちにはバラすな』
そう言うと、うんわかったよと少し面白くなさげに言って、バイバイとだけ行って去っていってしまった。
「魔王城……?一体、どういうことなんだろう。エメ、何か思い当たることある?」
「えっ、な、ないですよ」
「……そう。嘘ついてるね」
「な、なんでですか?」
焦りが隠せない。いつもはポーカーフェイスな自信があるのに、この人の前だとどうも感情が前に出やすくなってしまうらしい。
「私にはわかるよ?言って」
「……わかりました。実は……」
「うん」
コソコソとななさんの耳元で一言言った。
するとぶわっと顔を赤く染めたななさん。びっくりして目をまん丸にしながら、そっかと言いつなさんたちの方へと行ってしまった。
大嫌いな父さんに近づく旅は、まだ始まったばかりらしい……。
ちなみに俺が言った言葉は——
『好きですよ。魔王城一つ壊せるぐらいには』
だった。特に嘘はないそのままの言葉。
俺のイケメンっぷりに久しぶりにやられたのだろうか、魔王城のことなんて忘れるぐらいにそのあと照れてくれていた。