〈3〉長女のスキルは惚れ薬だったが、惚れる側かもしれない。
朝、テントの中で目覚める。
思い足取りで外に出たななはふぁーとあくびをして、近くの川で顔を洗う。
そして魔法で飲料水を取り出して、ぷはーっとたくさん飲んだ。
歯磨きもして、テントの方へと戻って行く。
髪の毛はストレートなため、それほど手入れしなくてもまとまっている。そのせいで手入れせずに髪が絡まってしまうところがたまに傷だけれど。
またしても創作の魔法で机を取り出し、朝ごはんもそれで出していると、足音がしてくる。
警戒しつつ後ろを見ると、そこには……。
「イケ、メン……!?」
とても顔の整った青年が、立っていた。思わず目を奪われていると、ななに近づいてくる。
「へっ……!?」
「その頭につけてるの、とっても可愛いね」
「あ、ありがとうございますっ……」
(きゃー!イケメンに褒められちゃった!)
両手を頬に当てて、かぁぁと頬を赤くするなな。
黒色の髪がサラサラと揺れるイケメンは、言わずもがなとても美しい。
「キミ、名前は?」
「赤坂……いや、なな・あかさかです」
「なな。可愛らしい名前だね」
「そ、そんなそんな」
嬉しそうにニヤけるなな。だけど青年は、彼女ではなく後ろのテントが気になっていた。
(あの不思議な形のものはなんなのだろうか……見たことがない)
うーんと考え込むイケメン。彼は山賊だった。ななは気がついていない様子だが、木の影に山賊の仲間がたくさん隠れている。
一方その頃、テントの中からつなとさながななのことを見つめていた。
「なぁにやってんだあのバカ姉は」
「私思ったんだけどさ。ななのスキルって惚れさせるんじゃなくて、惚れちゃうんじゃないのかって」
「あはは、だったら無効じゃん。なな惚れっぽいし」
「そうだね。じゃあ安心だ」
納得した2人はその後もジーッとななの様子を見守る。だけど、すぐさま影に潜む仲間の存在に気がついた。
昨日ななが倒したゴーレムの宝石はさなが収納してあるため特にこれと言って盗まれるようなものはない。
「ねぇ、さなそろそろ行く?」
「そうだね。なな耳と鼻が効くくせしてこう言う時はポンコツなんだから」
呆れながらテントから出てきた2人は、武器を持ってななの真横に着く。
「えっ?つ、つなにさな?起きてたの?」
「お姉さんですか?」
にっこり微笑んだイケメンがそう言うと、ななが妹だと教えた。身長的にななの方が妹に見られることも、前の世界でよくあることだった。
(テントの中にいるのはコイツらで全員か。へっ、武器を持っていようが女は女。ひとまずレベルを見て——)
イケメンは自分のスキルを使い、相手のレベルを把握しようとしたのだが……。
(んなっ!?れ、レベル∞だと……!?)
目をまん丸にして、口をぱくぱくさせていた。
(この世界の最高レベルは999のはず……こんな数値、見たことがない……!!)
サーっと血の気が引いて行く。過去に聞いた噂によれば、勇者は規格外の力を持つらしい。それを思い出して、まさかコイツらが勇者か?と疑いをかけ始めた。
「で、私たちに何の用?」
剣を担いだつなが、イケメンを睨みつけて次に山賊の仲間の方を向く。
「ほぅ、気がついていたとはな」
イケメンの態度は一変する。それに驚くななはつなとイケメンの方をキョロキョロと見ていた。
「その謎の物体はなんだ?」
「……はっ?えええ〜!?そんなも知らないんですかぁ?」
煽り笑いながらつながイケメンを指差す。ゾロゾロと出てきた仲間たちのことなど気にせずに、爆笑していた。
「ななはこんなイケメンに騙されそうになってたの?相変わらずだね」
「ひ、ひどいよさなぁ……」
妹に冷たくあしらわれて、ショックを受けるも……目の前の敵を、どうしようかすぐに考えていた。
「それより目の前の敵。どうするの?つな」
「ボコボコにする一択でしょ!」
キランッとウインクしたつなは、すぐさま剣を振りイケメンに飛びかかった。
「くっ……!?強い……!!」
そのまま押し切ると、イケメンが体勢を崩して尻餅をつく。
「おい嘘だろ……!!リーダーが負けてる……!!」
「一体なんなんだあの女!!」
仲間たちがザワザワ騒ぎ始めると同時に、魔力で作った弾が入った銃でななも攻撃を仕掛ける。
貫通はしないがだいぶ痛いものだ。
そしてさなもそーれと言いながら斧を振る。
次と全員で敵を倒した後、つながサイコパスな笑みを浮かべてイケメンに問う。
「死ぬか下僕になるか……どっちがい?」
「っ……!!お前たちの下僕になるぐらいなら死んだほうがマシ……」
ふとななを見つめたイケメン。どうなってしまうのだろうかと怯えているななの姿に、胸を打たれる。
(んなっ……!!可愛い、だと!?)
ななの惚れ薬のスキルはやはり自分が惚れてしまう側であり、元々面食いなので効果はない。
なのでこのイケメンがななに惚れたのは、本気の一目惚れということだ。
「わかった、その女の下僕にならなってやる」
と、ななの方を指さしたイケメン。
「え!?私?!」
びっくり驚いたななは、目をまん丸にしてつなの方を見つめる。
「ふんっ、なんか気に入らないけど別にいい。お姉ちゃん、頼んだよ」
「えええ……!?わ、わかったけど……」
ジーッとイケメンの方を見つめるなな。
「あの、名前は……?」
「エメです。カラスの」
「えっ?カラス?」
ボンッと白色の煙と共に出てきたのは、赤い瞳が特徴的な立派なカラスだった。
「え、ええ!?カラスだったの?!」
「ええ。これからは、あなたにお仕えいたします」
口調も丁寧になる。すっかりななに忠誠心を築いてしまっていた。
ななの肩に乗ったエメは、スリスリとすり寄せる。
(まぁ……とりあえずは、いっか)
「よろしくね、エメ」
「はい!」
2人がイチャイチャ仲良さそうに喋ってるのを見つめているつなとさな。
「私も……私も、使い魔が欲しい!!」
「ね、同感だよ」
「ちなみにこの仲間たちは人間なの?」
なながそうエメに問うと、コクリと頷いた。
山賊たちが動揺しているのを見るに、エメがカラスだったことはみな知らなかったようだ。
「ちぇ。人間なら使えない。よし、こうなったら使い魔探しに行こう!」
「えええ!?エメがいれば良くない?」
「よくない。私も欲しいもん」
珍しく頬をぷくっと膨らませて、怒っているさな。
「うーん……じゃあいいけど……」
「そうとなれば決まり。ほら、お仲間さんはさっさとどっか行ってもらって」
しっしとつなが手で払うと、怯えながら去って行った仲間たち。
「朝ごはん、用意してあるけど食べる?」
「「食べる」」
つなもさなも揃って返事をして、エメも混ぜて朝食を食べることに。
「こ、これはなんですか……!?すごく美味しんですけど」
「ああ、それはコーンスープだよ。食べたことない?」
「ないです!」
人間になったエメが目を輝かせながらななと会話をする。それをまた2人は羨ましそうに見ていた。
「とうもろこし……この世界にないの?」
「聞いたことありません」
「そうなんだ」
(創作で作れてほんとよかった。)
ふぅと一安心するなな。口馴染みのあるものが食べれなかったらどうしようと不安になっていたからだ。
「いっぱい出せるから、食べたかったらいつでも言ってね」
「……!はい!」
しっぽをぶんぶん振っているように見えるぐらい、犬のように懐くエメ。
「あー……納得いかない」
「なんでよりによってななが」
「よ、よりによってって何!?聞こえてるから!」
「ほんと、こういう時だけ地獄耳だよねぇ〜」
「うんうん」
あまりにも嫉妬してくる妹に飽き飽きしながらも、朝食を終える。
カラスになったエメを肩に乗せて、テントの方へ行き布団を畳んでいるななだった。
次につなも食事が終わり、のんびりと近くの草原に寝転がる。
「さなー……私の使い魔って、なんだと思う?」
「つなの使い魔?ならにわとりじゃない?」
「えっ?に、にわとり!?」
「うん、そんなイメージある。つなって変な動きよくするし」
うーんと考え込むつな。確かに、自分が変な動きをしている心当たりは多数あった。
「にわとりかぁ。考えもしなかったけど、可愛いしいいかも」
「うん、私は?」
「さなはぁ〜コウモリとか?カッコいいじゃん。ほら、エメみたいに擬人化できるなら」
「確かにそうかも」
普通ものすごい魔力がなければ人間に擬態することはできない動物。エメは優秀なカラスなのだろうと、軽々と思い込んでいた。
「にわとりがイケメンになるとか、考えらんないけど……いいかもね!」
「うん。そうとなれば王様からもらった地図に書いてある、鳥がいっぱいいるところ目指してみる?それと、薄暗い洞窟とか」
「いいねそれ」
目的が決定したところで、さながななに伝えに行った。
(にしてもあのカラス……なんか違和感あるんだよなぁ)
よくわからない、あの倒した時にあまりにもなかった手応えはなんだろうと手を目の前で握りしめてみる。
(まあ、ななに忠誠誓ってるのは確定だろうし……いっか、気にしなくて)
ふぁーと呑気にあくびしながらもう一眠りしようとするつなを、ななが叩き起こした。
「つな!寝ない!行く場所が決まったんだったらもう行くよ!」
ななに手を差し出されて、その手を握り起こされた。
さなが最後にテントをしまったところで、歩き出した3人。
「そういえばエメはどこから来たの」
さながそう聞くと、エメは戸惑いながら答える。
「多分……王都の方にいたんですけど、記憶がなくて」
「へぇ、大変だね」
特に興味なさそうに返事したさなは、もう飽きて話題を逸らし話を始める。
今度はエメが、ななに聞いた。
「みなさんは、何を目的に旅されてるんですか?」
「ん?両親を助けにだよ」
「へぇ、勇者様、なんですよね?」
「らしいよ、よくわかったね」
よしよしとななに撫でられて、嬉しそうにしながらエメはへへと笑った。
それから姉妹と1匹は、3時間ぐらい徒歩で歩く……なんてことはせず、自転車を作り出して乗っていた。
ななはエメをカゴに乗せて走る。カラスはとても驚いていたけれど、疾走感がすごくて感動していた。
お目当ての場所に辿り着く。
そこには、大きい鳥も小さな鳥も、たくさんの種類がいた。
それも異世界限定の見たことない鳥が盛りだくさんだ。
「ん?今更だけどにわとりってこの世界にいるの?」
「さぁ?確かに、いるのかわかないね……どうする?あの鳥にでもする?」
ななが指さした先には、丸いでっぷりした鳥がいた。
「可愛いけどなんかちがう。私はにわとりがいいの!!」
「ほんと、つなの謎のこだわりはいつもよくわからないよ……」
はぁとため息をつきながら飽き飽きしたなな。
「……あ!あれは……!?」
つなが興奮気味に目をまん丸にしながら上の方を指差すつな。
「えっ……!?な、何あれ!」
「フェニックスだぁー!!!しかも、にわとりみたいな見た目!!」
手を握りしめて右側の頬につけながら、目に星を宿してキラキラと輝かせてみせたつな。
その不死鳥と目があった瞬間、あちら側が逃げてくる。
「あ!ちょっと待って!」
行ってしまった不死鳥を追いかけるつな。
「はぁ……全くつなってば……ん?あれ?さな?」
「さな様なら先ほど洞窟の方向へと向かって1人で行ってしまいましたよ。
「えええ……!?」
キョロキョロと辺りを見回している中、エメにそう言われてしまい驚きが隠せないなな。
まったくこの妹たちは、と大きなため息を溢しながら、そばにあった岩の上に腰掛ける。
するとエメが人間の姿になって隣に座った。
「なな様」
「ん?って!?や、やめてよ人間の姿になられるとイケメンで好きになっちゃう」
「じゃあカラスの姿のままがいいですか?」
「いや、カラスの姿もイケメンだから無理」
ななはイケメンも好きだがそれ以前に獣人やら吸血やら、人外生物が好きだった。
もちろん、半人間じゃなくてもいける。
「あはは、カラスの状態で好きだなんて変な人ですね」
「んなっ!!変な人って、どいつもコイツも。私が一番平凡なのに」
ぷくっと頬を膨らます。その頬をエメに突かれながらもボーッとしていると、キャァァという悲鳴が聞こえてきた。
その反動ですぐに立ち上がる。
「あっちの方から聞こえる!」
「あっちはさな様が行かれた方向ですね」
「さなの声とは思えないけど……何かあったのかもしれない。行かなきゃ……!!」
「あ!なな様……!ったくしょうがないな」
ボフッと音を立てて白い煙と共に今度はカラスの姿になったエメは、ななの後ろを飛んでついて行った。
そしてななは衝撃の光景を目にすることにする。
「な、なんじゃこりゃー!!」