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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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97 あの夕日を貴方も見ていますか

 竜王とは、この世界に君臨する十体の強大なドラゴンたちのことである。彼らはそれぞれ魔境の奥地に(やしろ)を構えて鎮座し、この世を表から堂々と牛耳っているという。

 竜王が全部で十体なのは、この世に存在する十の魔法属性に各々が対応しているからだ。


 その中で大地属性を司っているのが、大地竜王アダマンタイトである。伝説上の最硬金属の名を冠している彼は、世界で最も深い渓谷の底に社を構えている。

 そして、そのアダマンタイトの数いる娘の中の一人が、エリザベスであったというわけだ。


「つまり君がエリザベスを配下に加えた時点で、大地竜王との縁がそれはもう立派に出来上がってしまったわけだよ」


 真っ青になった蜘蛛が、戦々恐々といった様子で少女に説明する。

 竜はプライドが高い。確かに彼らは強者には敬意を払ってくれるが、さすがに娘が人間にやり込められたと聞けば少々荒ぶるだろう。

 だから下手すれば、『我が娘の主の実力を確かめてやる!』とか言って竜王が直々に出張ってくる危険性すらあるのだ。蜘蛛はそれを危惧しているのである。


 少女と蟲たちが一体になってかかれば、竜王が相手でもギリギリなんとかなるだろう。しかし、だとしても竜を敵には回したくないのだ。最強生物との宿縁など、要らぬトラブルの元である。

 そもそもの話、エリザベスのお父上を相手にドンパチやるのには抵抗がある。


 そんな感じのことを懇切丁寧に説明していく蜘蛛であったが、一方の少女は膝にエリザベスを抱えたまま、のほほんとした様子で話を聞いていた。

 たぶん彼女は何も分かっていないのだろう。それでいいのだろうか。

 いや、それでいいのだ。何故なら少女だから。今の彼女はエリザベスを愛でることに忙しいのだ。


「あるじさま……」


 少女の胸に顔をうずめたエリザベスが、半ば恍惚とした表情で少女のことを呼ぶ。すると少女もエリザベスの頭に手を伸ばして、そのまま彼女のことを撫で始めた。

 少女の柔らかい掌が頭の上を行ったり来たりする度に、エリザベスは言葉になっていない小さな鳴き声を漏らしている。

 遺憾無く母性を発揮している少女と、それをいいことに甘えまくるエリザベス。なんとも平和で眼福な光景である。見ているだけで視力が回復しそうだ。


 ただ蜘蛛の言う通り、少女の置かれている今の状況が中々に厄介なのも事実なのだ。

 実を言うと、少女の師匠である毒竜ヒドラは毒疫属性を司っている竜王である。そしてその弟子である少女はヒドラの縁者という扱いになってしまう。

 さらには、毒疫竜王の縁者である少女が大地竜王の娘であるエリザベスを配下に加えたという事実。これは竜王の間のパワーバランスに一石を投じる行為に他ならない。

 つまり最悪の場合、ヒドラとアダマンタイトの間で勢力争いが勃発する可能性すらあるのだ。


 まあ、竜王の中でもトップクラスに温厚なヒドラのことだ。きっと丸く収めてくれる筈だと信じたい。

 すみません、うちの子が迷惑をかけます。蟲たちはそう心の中でヒドラに詫びた。


「あるじさま、もっとなでてほしいです……」


「いいよ。好きなだけ撫でてあげる」


 蟲たちの憂慮を知ってか知らずか、少女とエリザベスはふわふわなソファの上で延々とじゃれあっている。

 可愛らしいものだ。ひたすらに甘えるエリザベスと、それを優しく受け止める少女。恐らくここが、今世界で一番輝いている場所だろう。これだけは間違いない。






 同時刻、死海山脈の最高峰モングリラ山の山頂、そこに位置する毒疫竜王ヒドラの社、その周辺に広がる花畑にて。

 高山植物の淡い色の花弁が舞い散る中に、二つの影が佇んでいた。


「ヒドラ様、こうしてお外に出られるのはお久しぶりで御座いますね」


 黒い燕尾服を着込んだ男が、隣りに立つ老婆にそう投げ掛ける。

 執事のような恰好をしたこの男は、ヒドラに仕える竜の中の一頭。以前、社を訪れた少女と冒険者ヒッタイトを案内してくれたこともある。

 それに加えて彼は、病に伏したヒドラの身の周りの世話を行っている腹心でもある。


「そうですね、どうしてか今日は調子が良いのですよ」


 そしてその竜の男が投げ掛けてきた言葉に、淡い紫色の長髪を微風に靡かせる老婆――ヒドラが答えた。

 顔に少し皺の浮かぶこの老婆こそ、ヒドラの人間形態である。か弱い花々を竜の蹄で踏み付けてしまわないようにと、彼女は外出する時には決まって人間の姿をとっていた。


「それは何よりで御座います。もしや、お嬢様のことでしょうか?」


「よく分かりますね。あの子がまた何かしでかしている気がするのですよ」


 風に揺れる花畑の風景を眺めながら、ヒドラは微笑んだ。弟子である少女が何処にいて、どんなことを思っているのか、師匠である彼女にはそれがなんとなく分かるのである。

 ちなみにヒドラの直感によれば、現在の少女は手懐けた幼女をうりうりと撫で回しているような気がする。それになんだか誰かに謝られている気もするのだが、これは勘違いだろうか。






 思えばヒドラと少女が出会ってから、随分と長い時間が経ったものだ。


 きっかけは四年前、死海山脈に巣食う翼竜ワイバーンたちを手当たり次第に薙ぎ倒し、モングリラ山の頂にまで単独で辿り着いた少女を、ヒドラが保護したことが始まりだった。

 幼い人間の娘が粗削りな魔法を撒き散らして、凶暴なワイバーンを数百体も返り討ちにした。そう報告する部下の言葉に、ヒドラですら当時は耳を疑ったものだ。


 ひとまず件の人間の少女を社に招き入れてみたものの、その後の彼女の行動には驚かされることばかりであった。

 社に足を踏み入れた少女はまず、ヒドラの配下である精鋭揃いの竜たちと対面した。しかも少女のことを試してやろうと、遠慮会釈なく殺気を解き放っている状態の。

 そんな殺気マシマシのドラゴンと対面したならば、すぐさま五体投地して命乞いをするのが普通だろう。ヒドラを含めて、その場にいた竜たちは少女もそうするのだろうと確信していた。


 しかしそこは少女である。彼女はドラゴンたちに一切怯えることなく、しかも自分の方から彼らに会話を仕掛けにいったのだ。

 その会話の内容が、どうしたら自分にも翼が生えるのかだとか、どうしたら自分もドラゴンブレスを吐けるのかだとか、幼稚な内容ばかりだったのにも笑わせられたものだ。

 ドラゴンが相手でも気楽に話せるくらい肝が据わっているくせに、そこだけはきちんと年相応なのである。


 そしてその後、息を切らしてやって来た三匹の蟲たちに少女のことを引き渡した。迷惑をかけたと何度も頭を下げる蟲たちの姿には若干気圧されたが、最も印象に残っていることはやはり、少女が蟲たちを家族のように慕っていたことだろう。

 人間にとって魔獣とは異形の人外である筈なのに、少女は迎えに来た蟲たちにぎゅっと抱きついていた。これには長く生きてきたヒドラも大層驚かされたものだ。


 彼女たちには垣根を越える力がある。その光景を見た時に本能がそう告げたのを、ヒドラは今でもありありと覚えている。

 そして同時に、ヒドラは少女の中に眠る幾億もの可能性を見出した。毒の魔法への適正、そして僅かに香る神の気配。魔獣として、強き者として、彼女に惹きつけられずにはいられなかった。


 そんなヒドラの胸中を見透かすように、少女はその後も何度も社にやって来た。その度に駆け付けた蟲たちに連れ戻され、それでも次の日には何食わぬ顔でやって来る。

 子を孕めない毒竜の(さが)ゆえに、今まで抱くことの無かった母性。そんな未経験の感情すらも、少女を前にすると湧き上がってくるようになった。笑えるものだ。何百年も生きた身で、ここにきて母性を抱いてしまうとは。


 だが確かに愛らしいものだった。教えたことをまるで真綿が水を吸うように吸収し、日を増すごとに人の範疇から逸脱していく少女の成長っぷりは。


「幼かったあの子が、今や人間の世界を歩んでいるのです。この樹海では感じることのなかった新たな喜怒哀楽を、きっとあの子は日々感じているのでしょう」


「ヒドラ様……そろそろ、お社にお戻りになって下さい。樹海の寒冬がお身体に障ってしまいます」


「……ごめんなさい、もう少しだけこの景色を見させて頂戴」


 するとその時、社の結界の中を一際強い風が吹き抜けていった。それに連れられて、数多の淡い花弁たちが宙に舞い上がる。

 棚引く風に導かれて、ふわりふわりと妖精のように。花弁たちはヒドラの頬を気紛れに掠っていった。


 ヒドラが竜王に叙せられた時に配下の竜たちが作ってくれたのが、この花畑だ。竜王の中で最も穏健派なヒドラに、美しく優雅なこの花畑はよく似合う。

 しかもこの花畑に繁茂する高山植物の中には、薬草としての効能を持つものもある。走り回ることが大好きな少女はよく膝を擦りむいていたから、薬草から作った塗り薬には世話になったものだ。

 それも彼女が回復の魔法を習得するまでのことであったが。


「あの子には樹海(もり)の主の座だけではなく、いずれは毒疫竜王の位も継いで欲しいのです。その時は貴方たちも、あの子によく尽くすのですよ」


「はい、心得ております」


 風が止んだ今でも、ヒドラはずっと東の方角を見つめ続けている。その先に少女がいるのだろうか。

 少女は彼女自身が思っているよりも、ずっと沢山の者達の期待を背負って立っている。だから彼女が砂漠を踏み締めていくその一歩一歩には、とても大きな力が宿っているのだ。だから彼女は世界を変えていけるのだ。


「その旅路に幸多からんことを……私の一番弟子」


 山脈の向こうへと沈んでいく琥珀色の太陽を瞳に映しながら、ヒドラは祈りのような言葉を零した。

 その太陽を、少女もきっと見ている。

●毒竜は子を孕めない


 正確に言えば、毒竜でも妊娠は出来ます。ただ母の体内を廻る毒の魔力に胎児が毒されて、もれなく死んでしまうというだけです。

 そのため『毒竜』というのは種族としての名称ではなく、突然変異的に生まれてくる毒の魔法への適正を持つ竜たちのことを指しています。


 ちなみに、ヒドラから直々に指南を受け、人智を超えて強力な毒疫魔法を使いこなしている少女ですが、彼女の体内でもまた、劇毒レベルに強烈な毒の魔力が廻っています。つまりはそういうことです。

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