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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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95 号泣する褐色幼女を前にどうするか

 夕暮れ時はとっくに終わり、暗い夜が砂漠に訪れた。しかしまだまだ宴は続く。

 むしろ村の広場から聞こえてくる陽気な歌声と手拍子は、ますますその大きさと勢いを増していた。日が沈んでからが宴の本番なのだ。


「よっしゃあ、新しい酒樽を開けるぞ!」


 宴の雰囲気だって、いつの間にかだいぶ様変わりしてきた。大っぴらに酒が振る舞われるようになり、酔っぱらった村人の数が増えてきたのだ。彼らはかなりの頻度で新しい酒樽を開けながら、ジョッキを掲げてどんちゃん騒ぎしている。

 そしてそんな酔っ払いたちは、どういうわけか一つのテーブルを中心に寄り集まっていた。そこに何か面白いものでもあるのだろうか。


「いや~お嬢ちゃん、いい食いっぷりだね!」


 酔っ払いたちの輪の中心にいたのは、大量の料理を次々と平らげていく少女。小さな体に山盛りの料理を放り込んでいく彼女の食事風景は、良い酒の肴になるようだ。

 面白がった村人たちが少女のテーブルにどんどん料理を持ってくるのだが、彼女はそれを何食わぬ顔で腹の中へと収めていく。

 その無限の食欲はまさにブラックホール。確かに中々面白みのある光景だ。酒も進むことだろう。


 そうして次々と料理を平らげていく少女ではあるが、驚くべきことに彼女の食事の所作には乱れが無かった。

 その食事のスピードは確かに人智を超えているのだが、決して野性的に料理にがっついているわけでもない。例えるのならば、貴婦人が上品に食事する様を高速再生しているような感じだ。

 一体何処でそんな器用な食事マナーを覚えたのだろう。もしや本能だろうか。


 ちなみにこの宴で振る舞われている料理には、パンやパスタなど小麦を使用したものが多く見られる。

 この村ではオアシスから水路を引いて灌漑(かんがい)農業を行っており、小麦の生産が盛んなのだ。しかも賢帝の庇護下にある村であるため、なんと税の徴収まで免除されている。

 稼げば稼いだ分だけ豊かになるシステムというわけだ。もちろん農地で採れた農産物も全て村人たちの懐に入るため、このように贅沢に小麦を使えるのである。


「うん、パンがもちもち」


 そして少女もまた、パンを噛み締めている内に溢れ出してくる小麦の甘みに夢中になっているのであった。


 しかしそんな時であった。料理を食らい尽くすことばかりに集中していた少女の服の裾が、何者かによってツンツンと引っ張られたのは。

 この宴のために百足が仕立ててくれた純白のワンピース、そのスカート部分の端っこが、何者かによって小さく引っ張られたのである。まるで、こっちを向いてと訴えるように。


「ん? 誰?」


 もぎゅもぎゅと肉を咀嚼しながらも、少女は周囲を見回してみる。すると、潤んだ瞳でこちらのことを見上げている、一人の幼い女の子の姿が見つけられた。

 褐色の肌と黒髪、そして肌の所々に散見される鱗のような模様。なんだか不思議な雰囲気を放っている幼女であった。それに彼女の褐色肌は、容易に砂漠の砂のことを連想させる。

 そしてその褐色の幼女は、少女に向かってこう言った。


「あ、あるじさま……わたしに、わたしになまえをください!」


「……は?」


 その言葉に、少女は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 褐色の幼女の発した『あるじさま』という言葉、文字を当てれば『主様』となるのだろうか。どうしてこの褐色の幼女は、そのような敬称を少女に向けて使ったのだろう。


 それに加えて、彼女の顔はどういうわけかとても不安げで、その瞳に至っては涙で潤んで酷く揺らいでいた。

 その様子を見ていると、なんだか庇護欲が掻き立てられて仕方がない。少女もそれは同じであったようで、震える褐色の幼女の黒髪を優しく撫でながら、ゆっくりと質問を始めた。


「貴方の名前はなあに?」


「わ、わたしになまえはありません。まじゅうはなまえをもたないのです……」


「じゃあ貴方は何者?」


「わたしはあるじさまにすくっていただいたものです!」


 幾つか質問を投げ掛けてはみたものの、褐色の幼女からは的を得ない回答ばかりが返ってくる。それどころか次第にその声は涙ぐんで、彼女の瞳からはついに涙が溢れてきてしまった。

 褐色の幼女の黒曜石のような瞳からは、まるで滝のような勢いで涙が流れ落ちている。迷子になってしまった幼児のような、全てを投げ出した泣き方だ。見ているだけで心が締め付けられる。


「あるじさま、あるじさま……うわあぁぁーーん」


「あ、ああ、泣かないで……」


 ひたすらに涙を流す幼女を前にしては、さすがの少女も困惑を隠し切れない。強大な魔獣を打ち倒す力は備えているのだが、か弱い女の子を泣き止ませる方法は知らないのである。

 周囲の村人たちも褐色の幼女のことを泣き止ませようと、変顔をしたり慰めたりと策を講じてくれているのだが、それでも駄目なようだ。彼女の涙は一向に止まらない。


「どうしよう……」


 八方塞がりな状況にあたふたする少女。一体どうすればよいのだ。号泣する幼女を泣き止ませる魔法なんて知らない。

 しかしそんな時、集まっていた村人たちの垣根をかき分けて、とある人物が彼女の元に近付いてきた。

 金髪のポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくるその人物は、他でもないアーサーであった。

 よしきた助っ人だ。まとも枠の彼女ならば、複雑怪奇なこの状況をなんとか平定してくれることだろう。


「この騒ぎは一体……。ご子女様、何があったのですか?」


「アーサーどうしよう、わたし女の子を泣かせちゃった……」


「女の子を泣かせた!?」


 アーサーは困惑した。村人たちが集まって騒いでいたから駆け付けてみれば、なんとその渦中に号泣する見知らぬ幼女と、それに加えてあわあわと慌てる少女がいたのだから。

 これは一体どういう状況なのだろうか。毎度のことながら、この少女の周辺には意味不明な事件が集まりすぎてはいないだろうか。


「とにかくその子を連れて、造物主(マスター)たちの元に行きましょう!」


 アーサーは困惑しながらも、目の前で起こっているこの意味不明な事件を、百足たちに丸投げすることを決定した。彼女は非常に高性能な頭脳を持っている分、誰かに押し付けるということの便利さを知っているのである。

 右手に少女の手を、左手に褐色の幼女の手を繋いで、アーサーはせっせと百足たちの元へ向かっていった。

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