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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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92 口封じスネーク

「蜘蛛さん! 避けて!」


 血相を変えて叫んだ村長に反応して、蜘蛛が咄嗟に周囲を見回す。すると彼は気が付いた。自分の足元の地面に、魚影にも似た大きな影が出来ていることに。

 そして一瞬で察知した。魚が水面の下を悠然と泳ぐように、自分の足元の地面の下にも何かがいるということを。さらにはその何かが、自分のことをつけ狙っているということを。

 全身にひしひしと迫る危機感に身を任せ、蜘蛛は瞬時に魔法を発動させた。


「『テレポーテーション』っ!」


 時空魔法を唱えて、村長のいる辺りにまで瞬間移動した蜘蛛。彼は瞬時に後ろを振り返る。

 そして丁度その瞬間、地面の影の正体がその姿を露わにした。


「シュウオアアアアア!!」


 聞いたことのない奇妙な咆哮が鳴り渡り、砂埃が舞い上がる。

 大きく顎を開いて、地下から地上へと姿を現したその影の正体。それはびっしりと鱗の生えた極太の胴体を持ち、口内にずらりと並んだ鋭い牙をギラギラと輝かせる、砂色の大蛇であった。

 大きく開かれたその口は、家屋を丸ごと呑み込んでしまえる程に巨大。そして噴き出す間欠泉のような勢いで地上に飛び出してきたその胴体は、全長二十メートルは下らないだろう。


「あれは砂漠之王蛇(サンディサーペント)!? しかもあんなに巨大だなんて!」


 姿を現した大蛇――サンディサーペントを目にした村長は、目を丸くしてそう叫んだ。

 砂竜と双璧を成す砂漠の生態系の頂点捕食者、それがサンディサーペントである。大きく成長した個体は、あの砂竜すらも絞め殺すという。

 そんな砂漠の王者サンディサーペントが、どうしてこの村の中にいるのだろうか。どんなものでも喰らってしまう雑食の砂竜とは違って、サンディサーペントは選り好みをする魔獣だ。だから本来、人間風情には一瞥もくれない筈なのである。


 そして、そこまで思考を進めた時点で蜘蛛は気付いた。サンディサーペントの全身に纏わり付く、禍々しい魔力の鎖に。


「あいつも操られているのか!」


 魔毒の砂賊団が率いていた砂竜たちと同じだ。あのサンディサーペントも魔力の鎖によって束縛され、何者かによって操られているのだ。

 さらに悪いことに、蜘蛛の眼に映ったのは魔力の鎖だけではなかった。首をもたげて遥か上からこちらを見下ろしているサンディサーペントの口から、血の滴る人間の脚が覗いていたのだ。

 それは呑み込まれてしまった、間者の男その一の脚である。


 まんまとやられた。蜘蛛は心中でそう悪態を吐き捨てた。

 あのサンディサーペントは蜘蛛たちを襲うためではなく、証人を滅殺するために現れたのだ。

 砂賊たちが敵に捕らえられてしまえば、それらが持つ内部情報は丸ごと抜き取られてしまう。この世には強制的に情報を自白させる魔法だってあるのだから。

 それ故にあのサンディサーペントがいるのだ。もし敗北して捕縛されてしまいそうな砂賊がいた場合には、その口封じをするために。

 そして今、その目的は達成されてしまった。魔毒の砂賊団の唯一の生き残りである間者の男その一が殺された今、蜘蛛たちはどうやってもこれ以上の情報を得られなくなった。


 蜘蛛がギリギリと奥歯を噛み締める。まんまと出し抜かれたことが、何よりもそれを許してしまった自分自身のことが、彼は許容できない程に苛立たしかった。


「せめてあのサーペントを生け捕りにしてやる!」


 蜘蛛は悔しげに叫んで魔法を構えるが……それよりも速く、サンディサーペントは砂の中へと逃げ込んでいってしまった。

 巨体に見合わない俊敏さで地面に潜ったサンディサーペントは、あっという間に蜘蛛の探知魔法の届かない地下深くへと逃げ去っていく。蜘蛛にはそれを止めることが出来なかった。

 幾つか思い浮かんだ手段はあったのだ。例えば爆破の魔法で地面を深く抉るとか。しかしここは村の中だ。どうやったって村人たちを巻き込んでしまう。


 後に残ったのは血溜まりと、静寂を取り戻した砂漠の村、そして呆然と佇む蜘蛛と村長だけであった。






「もーう! 僕だけ全然良いとこ無しじゃん! すっごいむかつく!」


「まあまあ……落ち着きなさいよ蜘蛛」


「ちょっと蛇、君がそれを言うの!? 君が後先考えずに全部焼き尽くしたからこうなってるんだけど!」


 サンディーサーペントとの遭遇から半刻くらいが経過した後。砂漠の村のとある小屋の中で、蜘蛛の悔しげな叫びが木霊していた。

 オアシスのほとりにあるこの小屋は、倒れてしまった少女を休ましておくために百足が即席で造った。泥レンガの一つ一つをゴーレム化して自律させることで、それらに自ら家を築かせたのだ。

 ちなみに土地は村長に快く貸してもらえた。


「そんくらいにしとけよな~。まだこの子が寝てるんだからな」


 やけ気味で騒ぐ蜘蛛のことを、まあまあ落ち着けと百足が諫めている。

 小屋の一角に置かれたベットの上では、安らかな顔をした少女がすやすやと眠っている。戦い疲れた彼女のことを起こしてしまっては申し訳ないと、さすがの蜘蛛も愚痴をこぼすのはここまでとした。


「でもさぁ、砂賊団が全滅したにも関わらずサンディサーペントが口封じに動いたってことは……明らか背後に黒幕がいるってことだよ。その黒幕の情報を得られる機会をみすみす逃した僕の気持ちも分かってよね」


 ソファにどさりと倒れ込み、くしゃくしゃと自身の黒髪を弄りながら蜘蛛はそう呟いた。確かに目の前の獲物を逃してしまった彼の悔しさは分かる。


 それに蜘蛛が今話したように、魔毒の砂賊団の背後には確実に黒幕がいる。

 魔毒の砂賊団は全滅した。だからその内部情報を持つ間者の男その一を口封じしなくても、誰も困らない筈なのだ。なにせ壊滅した砂賊団の情報なんて、無用の長物に他ならないのだから。

 しかし、間者の男その一はサンディサーペントによって殺された。つまり、間者の男その一に生きていられては困る者、即ち魔毒の砂賊団の内部情報を知られては困る者が未だにいるということである。

 この結論は、魔毒の砂賊団の背後にいる首謀者的な何者かの存在を暗示している。


「私たちに喧嘩を売ったその黒幕とやらは、いずれ跡形も残らず滅ぼすとして……。今はひとまず休みましょうよ、蜘蛛」


 蜘蛛が座っているのと同じソファに腰を下ろして、蛇は慰めるようにそう言った。

 そんな彼女の手には、紅茶で満たされた白磁のカップが握られている。村長からの差し入れである茶葉で、百足が淹れてくれたものだ。蛇はそれを優雅に啜りながら、ソファに寝転んでいる蜘蛛の頭をぽんぽんと軽快に叩いている。彼女なりの慰めというやつである。


 少女が眠りについている今、ここにあるのは蟲たち三匹による静かな団欒。蛇が紅茶を啜る音と蜘蛛の小さな唸り声が、粛々と小屋の中に響いていっている。


「そういえば、なんでこの子が神の力を使えたんだろうな」


 すると、百足が何気なく本題を切り出した。そう、今の蟲たちの頭の中を埋め尽くしているのは、少女が発揮した月神の力の件だ。

 目に焼き付いている。三日月に照らされる月の女神、そしてそれに抱き締められる少女の姿が。さらには顕現させた白銀の弓を引き絞り、矢を放ち、エリマキ砂竜を束縛していた鎖を祓った、あの神々しい光景が。

 あれはまるで神話の一場面であるかのようだった。


「確かにそうね。この子の中に神を感じたことなんて、今まで一度も無かったのに」


 太陽の神の加護を持つ蛇だって、それをずっと疑問に思っていた。なにせ少女の中に神の気配を感じたことなんて、今まで一度もなかったのだから。

 それなのに少女は神の力を行使した。そこにどのようなカラクリがあるのか、なまじ気になって仕方がない。


 神の力は大いなる力。人が背負うには大きすぎる力だ。それを制御することの難しさを、蛇はよく知っている。暴走の危険性だってあるのだ。

 少女がその当事者になってしまった今、色々と知っておかなければ今後の身の振り方にも影響が出る。

 そんなことを考えていた蛇が、眠る少女の頬を撫でようとした、その時であった。


 どこからだろう、声が響いてきたのだ。


「こんにちは、造物神のお気に入りに、魔術の天才児、太陽神の加護を宿す白蛇、感情を持つ機械、そして今は眠る愛しい我が半身よ」


 その声に反応した蟲たちは、皆そろって一斉に振り返った。その不思議な声がどこから響いてきたのかも定かではないのに、蟲たちの視線は何故かどうして、自然と眠りこける少女の方へと向けられていた。


 彼らの視線の先には、空中にふわふわと浮遊する白銀の女性――美しき月の女神の姿があった。

明けましておめでとうごさいます。

今年もよろしくお願いします!


口封じやら黒幕やらで、新年早々血みどろの展開なのはご愛嬌です。

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