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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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91 作ってみよう☆人間噴水

「はあっ、はあっ、はあっ!」


 砂漠の村の路地を、一人の男が駆け抜けていく。鬼気迫る必死の表情を浮かべて、酷く息を荒げながら。

 この男は魔毒の砂賊団の一員であり、本隊の襲撃に先立って村に侵入していた間者(スパイ)である。

 そんな奴は只今、とある人物に追跡されている真っ最中。決して捕まってやるものかと、必死に走り続けているのであった。


「はあっ、はあっ、クソッ、運がねぇ! 見つかっちまうとは!」


 この間者の男は砂漠の村に侵入して、村の戦力やその配置についての情報を本隊へと伝えていた。水汲み場のコップに魔毒を仕込んだのもこの男だ。

 その諜報活動はおおよそ一週間前から始まっていたのだが、本隊が今日いよいよ襲撃を決行するということで、この間者の男も村から撤退する準備を行っている最中であった。

 しかしそこで奴は欲を出してしまった。村民が揃って広場に避難している今ならばと、空になった家に忍び込んで家財を奪おうとしたのだ。

 だがそれが運の尽き。家々を漁っていた間者の男はまんまと見つかってしまった。


「ねえ、おいかけっこにはそろそろ飽きてきたんだけど」


 現在進行形で間者の男のことを追いかけてきている、この黒髪の少年に。

 その少年は丁度今、路地の影の中から浮かび上がるようにして姿を現した。先程からずっとこの調子なのだ。

 間者の男が何度引き離したと思っても、この黒髪の少年は影の中や地面の下、はたまた水路を流れる水の中から、突拍子も無くその姿を現してくるのである。


「クソッ、どうして振り切れねぇんだ!」


 そして何よりも恐ろしいのは、その黒髪の少年の紅い瞳だ。暗闇の中で光る獣の眼のように、その紅い瞳は爛々と輝いている。その光がとても恐ろしいのだ。

 まるで駆除すべき害悪を見るかのようなその瞳が、華奢な少年の肉体とアンバランスに同居している。そのことが得体の知れない不気味さを突き付けてくるのだ。


「クソがッ! 追ってくるんじゃねぇッ!」


 間者の男はそう怒鳴ると、腰の曲刀を引き抜いて黒髪の少年――蜘蛛へと襲い掛かる。本業は諜報活動であるとはいえ、間者の男にも戦いの心得はあるのだ。

 今までだって奴はこの曲刀で、幾度もの暗殺任務をこなしてきた。

 しかし、曲刀を握った奴の腕が振り下ろされることはなかった。何故ならば、真っ黒な触手によってその腕と曲刀が絡め取られてしまったのだから。


「魔術師相手に剣を抜くとかさぁ……愚かしくて見てらんないね」


 蜘蛛がやれやれと首を振る。間者の男の腕に絡みつくこの黒い触手は、彼が闇邪魔法で顕現させたものだ。影の中から這いよるこの触手は、拘束対象を締め付けて決して離さない。

 間者の男は触手を振り払おうと藻掻いてはいるが、その成果は一向に現れない。むしろ触手は腕から全身へと、その絡み付く範囲を拡大させていく。痣が残るくらいに力強く肌を締め上げていく。


「クソがっ! 離しやがれ!」


「離すわけないじゃん。賊は皆殺しってのがセオリーだもん」


 触手に拘束されながらも、間者の男は未だに威勢よく吠えている。その光景には、弱い犬ほどよく吠えるという言葉がぴったりと当てはまっていた。

 きっと奴は今の状況をよく分かっていないのだろう。目の前に差し迫った死に、未だに気が付いていないのだろう。

 触手によって自由を奪われた奴は、まさにまな板の上にのせられているようなもの。しかも包丁を握っているのが蜘蛛であるときた。

 この間者の男がまともな最後を迎えることは、もう確実にないだろう。


「さて始めようか。『アクエリアス』」


 そして蜘蛛が呪文を詠唱した。それは謂わばメスの入刀のようなもの。つまりは愉快で楽しい、砂賊の開腹手術の開始である。

 蜘蛛の詠唱した『アクエリアス』は創水の魔法。術者の思い描いた場所に、自由自在に水を生み出す魔法である。ちなみに、それを使って蜘蛛が水を生み出した場所とは……。


「がっ!? げほっ、がはあっ!?」


 その時、間者の男が急に激しく咳き込み始めた。血走った目で、瞳孔を細めて、心底苦しそうな様子である。

 さらに奴の口からは、咳と一緒に大量の水が吐き出されていた。そう、蜘蛛が創水の魔法で水を生み出した場所というのは、間者の男の肺の中なのだ。


「げぼっ! げほっ、がぼあっ!」


「うんうん、いい咳き込みっぷりだね」


 間者の男がいくら咳き込んで水を吐き出そうと、蜘蛛は延々とその肺に水を注ぎ続ける。だからどれだけ必死に水を吐こうと、結局は無駄なのである。

 心臓すらも吐き出してしまいそうな勢いで咳き込む間者の男。蜘蛛はそれを眺めながらくすくすと笑っていた。


「水の乏しい砂漠にありながらも溺死できるなんて、君は稀代の幸せ者だね」


 渇水が常である砂漠の中で、水に囲まれて溺れ死ぬ。これ程までに美しい皮肉が果たしてこの世にあるのだろうか。そしてそんな皮肉を実際に再現してしまうとは、蜘蛛も中々にえげつないことをする。


「がほっ、がほっ、あ……」


「あれ? もう終わり?」


 すると、間者の男の咳き込みが急にぴたりと止まった。それはつまり臨終の合図である。

 力の抜けた間者の男ががっくりと項垂れ、そしてその口からだばだばと水が溢れてくる。とても悪趣味な噴水だ。けれども外道の賊にとっては相応しい末路だろう。


「さてと、良いもの見れたし、僕もみんなに合流しないとだね」


 事切れた間者の男を一瞥して、蜘蛛は一仕事を終えた後のようにぱんぱんと両手を払った。そして少女たちの元へと向かおうと歩き出す。

 蜘蛛は先程から、巨大な魔力が次々に出たり消えたりするのを感じていた。それらは十中八九、少女や蛇が暴れた結果だろう。

 事が終わったのならば早急に彼女たちと合流して、色々と情報交換をしたかった。特に砂竜を操っていた謎の魔法については興味がある。砂賊の軍勢と直に矛を交えた少女たちならば、何らかの手掛かりが掴めている筈だと蜘蛛は睨んでいた。


「よくも仲間をやってくれたなァァァ!」


 しかしその時、蜘蛛の背後から凶暴な声が響いてきた。

 瞬時に振り向いた蜘蛛の眼に映ったのは、地面の下から勢い良く飛び出てきた一人の男。その手には曲刀が握られていた。

 どうやら村の中に忍び込んでいた砂賊の間者は、一人だけではなかったようだ。


 そうして襲い掛かってくる間者の男その二を見ながらも、蜘蛛は心中でとある納得をしていた。

 間者たちがどうやって村民たちの目を避けながら情報収集をしていたのか、それが蜘蛛にとっては少し疑問だった。しかしたった今、それが判明したのである。

 奴らは土の魔法によって地面の下に潜り、地下から諜報活動を行っていたのだ。間者の男その二が地面の下から現れたことからも、それは自明だろう。


「貴重な情報をありがとね。じゃあさよなら」


 一つ謎が解けたところで、蜘蛛は現れた間者の男その二を葬ろうと掌を翳した。途端に魔力がせせらぎ、黒色に輝く魔法陣が構築される。


 しかし、その魔法陣から魔法が放たれることはなかった。何故ならば蜘蛛が魔法を放つよりも先に、間者の男その二の脳天に、何処からか飛んできた水の矢が突き刺さったのだから。


「ぎゃあっ!?」


 間者の男その二は間抜けな断末魔を上げて、血飛沫を撒き散らしながら地面にどさりと倒れ込む。奴の頭を貫通して家の外壁に突き刺さっていた水の矢は、それと同時にぱしゃりと音を立てて崩れて消失した。

 それを見ただけで蜘蛛には分かった。寸分違わず脳天を貫いたその水の矢には、相当に高等な魔法技術が込められているということが。


「蜘蛛さん! よかった、無事でしたか!」


 続いて路地の入口の方から、水の矢を放った張本人が駆け寄ってきた。紫紺の短髪を揺らしながら走ってくるその人物とは、この砂漠の村の村長その人であった。

 そういえば、確かに彼は水の魔法使いだった。彼は蜘蛛がピンチに陥っていると思って、水の矢で援護をしてくれたのだろう。

 的確に頭を射貫くその実力と慈悲の無さには、さすがの蜘蛛も少し面食らったが。


「ああ村長さん、援護射撃に感謝するよ。村の人たちは無事かな?」


「ええ、それはもう。皆さんのおかげです」


 別に村長の援護が無くたって蜘蛛には何の問題も無かったのだが、彼だってわざわざそれを口にする程に無粋ではない。

 それに村長の魔法の実力を垣間見ることが出来たのだから、結果的にはプラスである。


「それと蜘蛛さん、そっちで溺れている砂賊は生かしておいた方がいいと思いますよ。まだ蘇生は間に合うでしょう?」


 すると、どはどばと口から水を垂れ流してる人間噴水もとい間者の男その一を見て、村長がそう言った。

 しかし、砂賊を生かしておいた方がいいとは結構衝撃的な発言だ。一体どういうことなのだろうか。

 蜘蛛もそれを疑問に感じたようで、その訳を聞こうと口を開いた。


「それはどういうことかな村長さん? まさか慈悲ってわけじゃないよね?」


 少しだけ訝しげに尋ねてきた蜘蛛に、村長はゆっくりとこう答えを返した。


「ええ、それがですね、先程塀の外の様子を見てきたのですが……何も()()()()()()()()んですよ」


「……は? 嘘でしょ?」


 村長から返ってきたその答えは、蜘蛛を絶句させた。珍しいことに、彼の額には冷や汗すら浮かんでいるようだ。

 これがどういうことなのか、少し解説しよう。


 まず、村長が言った『何も残っていなかった』という言葉。これは蛇が死体すら残さず全てを焼き払ってしまった結果出来上がった、血溜まりの一つすら残っていない異様な戦場の跡のことを指している。

 それ自体は蛇の圧勝を示しているのだから別に良いではないか。そう思うかもしれないが、実はこれには問題がある。そう、捕虜が取れないのだ。


 普通、戦争では捕虜を取るものだ。捕虜を取ればそれを尋問することで、敵陣営の作戦などを聞き出すことが出来るからだ。

 しかし蛇はそんなこともお構いなしに、三百人はいた砂賊共を一人残らず灰にしてしまった。文字通り一人残らずである。死人に口なしであるから、これでは敵の情報を聞き出すことも出来ない。

 ただでさえ今回は砂竜を操っていた未知の魔法という、何としてでも解き明かしたい謎が残っているというのに。


 だから村長は魔毒の砂賊団の唯一の生き残りである間者の男その一を、まだ生かしておくべきだと主張したのだ。今にも溺死してしまいそうなこの人間噴水が、今となっては貴重な情報源なのだから。


「あーもう、あの直情型め! 冷静に見えて僕らの中で一番凶暴なんだから!」


 頭を抱えた蜘蛛がぶつぶつと蛇に文句を垂れている。

 蛇は普段は優雅でお淑やかなのだが、いざ戦闘となると気の向くままに全てを破壊してしまう性分だ。百足、蜘蛛、蛇の三匹の中で、一番怒らせると怖いのは蛇である。


「まったく仕方がないなぁ……もう」


 そう文句を言いながらも、間者の男その一の延命を行うため、蜘蛛は奴に近付いていく。事が終わった後には必ず蛇にお説教をしてやろうという固い決意と共に。


 しかしその時だった。村長が血相を変えてこう叫んだのは。


「蜘蛛さん! 避けて!」


 その声に反応して、咄嗟に辺りを見回した蜘蛛。そんな彼の足元の地面には、まるで魚影のようにも見える、奇妙で大きな影が出来ていた。

いよいよ2023年も終末を迎えますね。

どうか皆様、来年も変わらず華麗な日常をお過ごし下さい。良いお年を!

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