87 強襲のエリマキ砂竜
「さて、これで一件落着かな」
茨の鳥籠諸共、流砂の中へと沈んで消えたアルバンス。それを見届けた少女はほっと一息吐いた。
ふと辺りを見渡してみれば、砂の地面のあちらこちらに蒼い炎の燻りが散乱している。しかしそうして炎や灰はすぐに見つかるのに、砂賊共の姿は何処にも見当たらなかった。奴らは一人残らず蛇によって灰にされたのだから、当たり前だ。
村に進軍していた砂賊共は灰になったか、灰も残らずに消えたか、それか流砂の中へと沈んだか。いずれにせよ現時点をもって殲滅は完了である。
「村の人たちは無事かな、大丈夫かな」
そう言って少女はくるりと踵を返し、砂漠の村に向かって歩き始めようとした。
「……これは」
だがしかし、出来なかった。何故ならば、少女の第六感が再び警鐘を鳴らし始めたのだから。
ここは危ない、ここには災禍がやって来る。そんな差し迫った危機感が心の中に湧き上がってきたのだ。
「なんだろ……あれ」
その危機感に従って振り返った少女の眼に映ったのは、一振りの杖だった。先程茨の鳥籠が沈んでいった地点に、その白い長杖は上半分だけを地面の上に露出させて佇んでいた。あれは……アルバンスの杖だ。
そして見えた。その杖に纏わり付く、鎖のような禍々しい魔力が。
少女は直感する。その鎖のような魔力こそ、蜘蛛が話していた『砂竜を操る奇妙な魔力』というやつなのだろうと。
その鎖のような魔力は杖を出発点として空中へと伸び、そして少し遠くの地面の下へと潜り込んでいた。
それを見ていると、どうしてだろう、とても嫌な予感がする。鎖の魔力が潜り込んでいっている地面の下に、何かがいる。やばい何かがいると分かる。
そして、少女がそう感じ取った瞬間だった。
「グギャゴオオオオオァ!!」
辺り一帯の地面が急激に盛り上がり、砂の地面の下から巨大な影が現れた。空気を激震させる甚大な咆哮を伴って。
「あれは……砂竜!」
その巨大な影の正体は砂竜であった。
ただしその砂竜は、今まで見てきた砂竜たちとは一線を画す巨体を有している。今まで見てきた砂竜たちが小石だとすれば、この巨大砂竜の大きさは砂丘レベルだ。
いや、大きさだけではない。この巨大砂竜はもう一つ、一線を画す特徴をその身に宿していた。
それは襟巻きだ。巨大砂竜は首の周りをぐるりと囲む、肥大化した皮膚のエリマキを持っていたのだ。
謂わば『エリマキ砂竜』。一般の砂竜には見られないそのエリマキは、突然変異によって授けられた唯一無二の武器なのだろう。
そして問題は、そのエリマキ砂竜の肉体に夥しい量の魔力が纏わり付いていることだ。その魔力はまるで鎖や枷であるかのように、エリマキ砂竜を二重に三重に縛り付けていた。
しかしそれは肉体を縛る鎖ではなく、精神を縛る鎖である。言うなれば、奴隷の首輪のように。
「グゴギャアアアアア!!」
咆哮の後、閉じていたエリマキが一気に開く。傘が開く時のように素早く、蕾が花開く時のように優雅に。砂竜の顔の周囲に展開されたそのエリマキは、まるで獅子のたてがみの如き威圧感を放っていた。
そして少女には見えた。パラボラアンテナのようなそのエリマキの内側で、火炎の魔力が何度も何度も反射を繰り返しているのが。そしてその反射の度に、二倍に三倍にと魔力が増幅していくのが。
キンキン、キンキンと魔力の反射が明確な音を伴うようになった頃には、エリマキ砂竜の周辺は灼熱地獄の様相を呈していた。増幅された火炎の魔力が熱の放出を開始したのだ。
砂はジワジワと溶けて互いに繋がり合い、ガラス質の塊と化していく。その光景には見覚えがあった。以前砂竜と戦った時にも見たことがある……この景色はまさに、ドラゴンブレスが放たれる予兆だ。
「あれは……まずいっ……!」
少女もそれに勘付いたようで、ドラゴンブレス放出を阻止するために瞬時に駆け出した。狙うは魔力の鎖の出所であるあの杖。杖さえ潰せば――少女の第六感はそう告げていた。
しかしそれよりも速く、ドラゴンブレスが放たれたしまった。しかもそれは以前見たような火炎の放射ではなく、それよりもずっと強力な、まるでレーザービームのように鋭利な高速の熱光線だった。
エリマキによる反射でナイフのように研ぎ澄まされた魔力が、ドラゴンブレスの威力を収束させたのだ。無駄なエネルギーの放出を極限まで抑え、細く細く一点に収束させられたドラゴンブレス熱光線の速度は、いとも容易く少女の走力を上回った。
そして、その灼熱の光線は命中する。少女の胸に。
「ぐっ!?」
熱光線が胸を穿って心臓に到達する前に、少女は反射的に手に持っていた紫涎を突き出した。
だがそれでも熱光線の勢いを殺し切ることは出来ない。光線は紫涎の表面をガリガリと削り、その向こう側にある少女の心臓を撃ち抜かんと迫ってくる。
「うがあああああっ!」
少女は毒液を紫涎に纏わせ、全力で体を捻った。
紫涎を握った腕が酷く軋む。光線の熱で顔面の皮膚が焼けていく。痛みが奔る。
「あああああ、がっ――」
大きく開かれた砂竜の大口からは、依然としてドラゴンブレス熱光線が放出され続けている。少女がどれだけその勢いに抗おうと、無際限に襲い来る熱光線が逃れることを許してくれない。
少女は毒液を纏わせた紫涎に回転を加えて、熱光線を弾こうと試みた。しかしその決死の試みは失敗し……少女は左腕を失い、遥か後方へと吹き飛ばされていった。
「おい、大丈夫か!?」
吹き飛ばされて宙を舞う少女を受け止めたのは、百足だった。
熱光線の勢いに打ち負けて、少女は凄まじい勢いで後方に飛ばされた。それも元いた場所から遥か遠い、村を囲む塀の辺りにまで。
「ご子女様! ご無事ですか!?」
少女を抱えた百足の元に、アーサーも急いで駆け寄ってくる。
百足に両腕で抱えられた少女は、はぁはぁと浅い息を繰り返していた。酷い負傷だ。左腕が根本の肩から引き千切られている。
「ご子女様、すぐに回復致します!」
少女の重傷を一秒でも早く癒そうと、アーサーが回復の魔法を使用するために掌を翳す。千切れた少女の腕の傷口からは、今も滝のように血液が流れ出ていっている。すぐに欠損部位を再生させなければ、そう遠くない内に少女は失血死してしまうだろう。
「だい……じょ、ぶ……だから……」
しかし少女は呻きながらも、伸ばされたアーサーの手を握った。
「じぶんで……治せるから……『グレイスフェイス』」
少女は痛みに顔を歪ませながらも、回復の魔法を唱えて傷を癒した。失われた左腕も、骨と血肉によって完全に補完されていく。
だがしかし、体から痛みが引いて意識がクリアになってくると、少女は気が付いてしまった。自身の犯した、取り返しのつかない失敗に。
「そんな……紫涎が……」
折れていた。百足によって作られた唯一無二であり、少女の愛用の武器である紫涎が……真っ二つに折れていた。
メリークリスマスです!
作者からはエリマキトカゲもとい、エリマキ砂竜をプレゼントです。