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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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86 揺籠から墓場、もしくは煉獄まで

「死の覚悟は出来ているんだろうな?」


 絶対零度の死刑宣告を告げる少女。口調からも分かる通り、彼女は激怒していた。

 何の罪もない砂漠の村の住民たちを、下らない策謀に巻き込んだこと。砂竜たちを彼らの意思とは関係なしに縛り、操ったこと。そして誇り高き毒の魔法を穢れた我欲のために用いたこと。

 魔毒の砂賊団、そしてその頭目であるアルバンスの一挙手一投足その全てが、少女の逆鱗に触れていた。


 師匠であるヒドラから授けられた、大事な大事な宝物。それが少女にとっての毒の魔法だ。

 そんな毒の魔法をあろうことか、アルバンスは砂漠の村の住民たちを苦しめるために使った。それは毒の魔法使いである少女にとって、決して許せぬ暴挙に他ならなかった。


 逆さ鱗に触れたなら、死を覚悟して然るべし。

 少女を怒らせたアルバンスに、退路などもう無い。助かる道も無い。向かうべき道はそう、終わることのない煉獄ただ一つである。


「『ポイズンバレット』」


 すたりと地面に舞い降りた少女は、紫涎に魔力を注いで詠唱を行う。

 瞬間、撃ち出される魔毒の矢。空気を切り裂いて進む少女のポイズンバレットは、アルバンスの放つそれよりも百倍は速かった。


「ヒッ……!」


 咄嗟に回避行動をとるアルバンスだが、当然間に合わない。奴の左耳とその周囲の肉は、魔毒の矢によって丸ごと抉られていった。

 そして血液が滴る生々しい傷痕の周りには、体内に入り込んだ魔毒によって、どす黒い紫色の痣が広がっていく。それも驚異的なスピードで。

 あっという間にアルバンスの顔は、広がった毒の痣によって端から端まで紫色に染まった。まあ奴の顔は元より酷く青ざめていたから、今更紫色に染まったところで大した違いは無いのだが。


「あ、ああっ、来るなぁっ! 『ポイズンバレット』ぉぉ!」


 入り込んだ魔毒によって、皮膚の下の肉がジワジワと溶かされていくのを感じたアルバンス。そうして実際に少女の毒を感じた奴は、改めて自分と少女との間にある埋められない彼我の差を思い知った。

 同じ毒の魔法使いでも、両者の力量差は歴然。喚くアルバンスが放った魔毒の矢は、少女にとっては非常に鈍く見えた。


「来るなっ! やめろ来るなァッ!」


 もはやアルバンスは地面に尻餅をついて立ち上がらない。そのままの姿勢で後方へ退きながら、奴は魔毒の矢をばら撒くように放っている。

 しかしその矢が少女の体に命中しても……コツン、という軽々しい音しか発生しなかった。そう、刺さっていないのだ。アルバンスの魔毒の矢は。


「まさか、その程度でポイズンバレットを名乗っているのか?」


 地面を這いずるアルバンスを酷く冷たい瞳で見下ろしながら、少女はそう言い放った。

 勘違いしてはいないが、アルバンスの扱う毒の魔法は標準よりも遥かに高いレベルに達している。十年もの間略奪行為に勤しんでいたのだ。実力が磨かれていない方がおかしいだろう。

 しかしいくらアルバンスが世間一般から見て強かろうと、少女にとっては関係無い。そんなもの、少女にとってはゴミの背比べだ。


 カツン、カツン、コツン、カツン……何度も何度も音が響く。アルバンスの放った魔毒の矢が、何度も何度も弾かれる。

 無駄なことだと分からないのだろうか。弾かれて地面に落下していく魔毒の矢を見ても、アルバンスは抵抗ををやめない。


「弱過ぎる。そんなものはポイズンバレットとは呼ばん。身の程を知れ、痴れ者が」


 脂汗で顔を一杯にして、荒々しい息を漏らして、いつまでも醜い抵抗を続けるアルバンス。その様子を眺めている少女の眼には、アルバンスは生物としては映っていなかった。少女の眼にアルバンスは(ゴミ)として映っていた。


 しかし、そんなアルバンスもといゴミ野郎にも救いはある。何故ならば、奴は人生の最後に刻むことが出来るのだから。

 少女の放つ至高の毒の魔法、揺籠(クレイドル)であり墓場(グレイブ)である禁じられた術を。


「さあ煉獄へ堕ちろ。『クレイドル・グレイブ』」


 少女の口から、九つ文字の禁術の名が紡がれる。そして顕現したのは、人間の世界にて最も残酷な魔法として知られる禁術『クレイドル・グレイブ』だ。


 赤褐色の砂の大地から湧き出た紫色の茨の蔓が、月光を背に受けて佇む十字架を作り上げていく。そしてそこに架けられているのは、茨によって四肢を貫かれたアルバンスである。

 さらには、ドクンドクンと聞こえる脈動の音。毒と回復エネルギーの混合液が、茨の蔓を通してアルバンスの体内に注入されていく音だ。


「アッアッ、ギャアアアアアアアアアア」


 溶かされて治されて溶かされて治されて、溶かされて、治されて……。

 アルバンスの肉体が毒によって溶解し、そして瞬時に回復エネルギーによって元通りに治癒される。このループが幾度も繰り返され、アルバンスの脳髄に苦痛を深く刻み込んでいく。


 さらには茨の蔓がアルバンスを取り囲むように集合し、そこに毒々しい紫色の鳥籠を作り上げた。

 その鳥籠の中で、アルバンスのこもった悲鳴が木霊する。


「たすけ、たあさすぁけ……あすけあぁぁぁ」


 どさり、その鳥籠が地面に落下した。するとその落下地点の地面に、急激に変化が現れ始める。鳥籠が落下した地点を中心として、砂が渦を巻いて流動を始めたのだ。

 それは流砂である。砂漠に発生する、水の満たされていない底なし沼である。

 流砂に呑み込まれた物は、二度とそこから這い上がることは出来ない。中心へ中心へと渦巻く砂が、見えない檻のように作用するのだ。

 そしてその流砂に、茨の鳥籠が呑み込まれていく。既にその下半分は砂に埋もれていた。


「おや、あれは……」


 ふと遠くを見やった少女の眼に、村を囲む塀の上からヒラヒラと手を振っている人影が映る。

 白い歯を見せて笑っているその人影の正体は百足であった。彼には土の魔法の心得がある。突然発生したこの流砂は彼の仕業なのだろう。


「クレイドル・グレイブは人間の世界では禁術……さすがに砂漠にほったらかしは不味いよな」


「その通りで御座います造物主(マスター)


 塀の上では百足とアーサーによって、そんな会話が繰り広げられていたのであった。


 そして今、茨の鳥籠が完全に砂の中へと埋もれた。

 アルバンスは最後まで鳥籠の中で腕を伸ばし続けていたが……そんな奴の悲鳴も、もう聞こえない。

 茨の鳥籠と流砂。この二重の檻によって捕えられたアルバンスは、気の遠くなる程の長い年月の間、地面の下にて苦痛を与えられ続けるだろう。


「せいぜい苦しみ続けろ。永遠に終わらぬ煉獄の中で」


 もはや地面の下へと埋もれて見えなくなった罪人に向かって、少女は冷たくそう言い放つのだった。

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― 新着の感想 ―
主人公の中身が徐々に正義置き換わっている、嫌だな 相手も狩りをしているだけよ
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