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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第二章 月として、太陽として
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85 ブループロミネンス

「湧き上がりなさい、蒼い炎よ……」


 そう呟きながら蛇が両手を翳すと、地面から蒼い炎が轟々と湧き出してきた。

 その蒼炎はまるで壁のように天高く燃え上がると、威勢良く突撃してきた砂賊のほとんどを一瞬で炭へと帰していく。

 突撃の勢いのままに、自ら蒼炎の壁に突っ込んでいく砂賊たち。その様子はなんとも滑稽である。


「あぎゃアアアアア」


 砂漠の戦場が、あっという間に蒼い輝きと断末魔で満ち満ちた。

 しかしその断末魔も、蒼炎が燃え盛る轟音によってすぐに掻き消されていく。焼けた人体の成れ果てである黒い灰が、砂の地面にしんしんと降り積もっていた。


 もっと悲惨なのは、中途半端に体を焼かれた砂賊たちの方だ。

 例えば、蒼炎の壁に腕だけを突っ込んでしまった砂賊。勿論のことその腕は一瞬で灰となって崩れ落ちたのだが、恐ろしいのはそこからである。

 なんと蒼炎は腕を焼くだけでは飽き足らず、砂賊の体を蛇のように這いずり回って、その全身をジワジワと焼き焦がしていったのだ。

 その苦痛に砂賊は呻き、ミミズのようにのたうちながら発狂している。


五月蝿(うるさ)いわね。薪が無粋に騒ぐんじゃないわよ」


 しかしその汚らしい悲鳴に眉を顰めた蛇によって、蒼炎の勢いはさらに増していくのであった。


 蒼き炎を生み出す魔法、その名も『パーフェクション』。完全燃焼の名を冠するこの魔法は、超高温で極火力の蒼い炎を術者に与える。

 太陽神の加護を宿す蛇は、光聖と火炎の魔法に高い適性を持つ。しかし彼女が火の魔法を使っている場面を、今まであまり見かけたことがないのは何故だろう。

 その理由は単純。太陽のプロミネンスの如く燃え盛る蛇の炎は、彼女自身でも完全に制御することが出来ないのだ。

 だから蛇はいつも光の魔法を主体にして戦ってきた。周りを巻き込んでしまわないように。


 しかし今は違う。賊共が相手ならば、情けも遠慮も必要ない。荒れ狂う火の魔法だって、ここでは制約無く存分に振るうことが出来るのだ。

 今の蛇の眼には、迫り来る砂賊の軍勢が自分から燃やされにやって来る薪にしか見えていない。

 そんなお行儀のいい薪は、一つ残らずきっちり燃やしてあげないと。


「蒼く輝け、そして全てを灰にしろ――『パーフェクション』」


 再び蒼炎の魔法を唱える蛇。彼女の白い髪は、グラデーションのように途中から蒼い炎に置き換わっている。

 そしてそんな彼女の視線の先では、蒼い炎によって形作られた巨大な蛇が、丁度逃げ惑う砂賊共を丸呑みにするところであった。






「何だよ……何だよありゃぁ……」


 目の前で暴れ狂う蒼い炎の大蛇を見つめて、魔毒の砂賊団の頭目、指名手配人アルバンスは呆然とそう呟いた。


「あついィィィあぎゃァァァァァ」


 蒼炎の大蛇がばくりと大きく口を開くと、一気に十人余りの砂賊たちがその中に呑み込まれていく。

 そして響く断末魔。アルバンスの顔にパラパラと黒い灰が降りかかる。その灰はたった今、目の前で灰にされた奴の部下の成れ果てである。

 ざあああああ……と突然吹いた一陣の風が、灰を大量に巻き上げて真っ黒なカーテンを作った。


「頭目っ、頭目っ!」


 そう呼びかけてくる部下の声で、地獄のような光景に目を奪われていたアルバンスは我に返った。

 そうして自我を取り戻したアルバンスは、そこで初めて気付いた。大量に噴き出た脂汗にべったりと灰がくっ付いて、自分の顔が真っ黒になっていることに。


「頭目っ、逃げてください! 我らが時間を稼ぎますっ!」


 そんなアルバンスに、目を血走らせた三人の砂賊たちが口々にそう捲し立てる。

 この三人の砂賊たちは魔毒の砂賊団の幹部。アルバンスを盲信しているこの幹部たちは、何としてもでも奴をこの戦場から逃がそうとしているのだ。そうすれば、きっとアルバンスがこの状況を何とかしてくれるだろうと、淡い淡い無駄な希望を抱いて。


「あ、ああ、わかった!」


 アルバンスの方も幹部たちの言葉に何度も何度も頷き、すぐに村とは反対の方向を向いて駆け出した。

 俺が直々に先陣を切る……と演説していた時の威勢は何処にいったのかと、そう問いたくなる痴態である。

 だがもうそんなことを言っている場合ではないのだ。蒼い炎という恐怖に駆られたアルバンスたちの脳内には、そんなことを考える余裕は微塵もないのだ。


「頭目が逃げる時間を稼ぐぞっ!」


「ああっ! 命を、命を賭けるぞっ!」


 そしてアルバンスを見送った三人の幹部たちは、時間を稼ぐために蛇に向かって駆け出していく。

 一人の手には曲刀が、一人の手には鎖鎌が、一人の手には魔法の杖が握られている。奴らはアルバンスのために命を投げ出す覚悟なのであった。


「あら、三人組の薪がやって来たようね」


 しかし必死の形相で迫ってくる三人を見ても、蛇の中には何の感情の起伏も発生しなかった。彼女には命を賭けた三人の特攻が、奇妙な表情をして走ってくる三つの薪にしか見えていなかった。


「アイサァッ!」


「水の槍よ生まれよ『アクアランス』!」


 鎖鎌使いが奇声を上げながら鎌を投擲し、魔法使いは呪文を唱えて水の槍を生み出す。

 牽制の攻撃一つとっても、中々に出来上がった連携だ。アルバンスの下で長い間まとめ上げられてきた賜物だろう。

 まあ、それが蛇に通じるかというのは別の話だが。


「下らない攻撃ね。微風以下だわ」


 案の定、蛇は砂賊たちの攻撃に対して何の興味も抱かなかった。当たり前である。空気中を漂う小さな埃を気にかける者が、一体何処にいるというのだろう。


 蛇は無表情のまま水の槍を掌で払うと、続いて飛んできた鎌を蒼炎の熱で蒸発させた。

 鉄製の鎌を、たったの一瞬で蒸発させたのである。固体の状態であった金属を、液体状態を飛び越えて気体へと昇華させたのだ。どうやらこの蒼炎は、想像を絶する熱を有しているようである。


「ギャッ」


 そして足元から湧き出した蒼炎の柱によって、鎖鎌使いが蒸発した。

 さらにはその光景に一瞬気を取られた魔法使いが、高速で飛んできた蒼炎の火球によって頭部を消し飛ばされる。


「うっ、うわァァァァァ!!」


 一人残った曲刀使いは、一切の爪痕すら残せずに散った仲間たちに報いるために、もはや鬼のような形相で蛇に迫ってくる。

 頭上に大きく曲刀を構えて、必殺の一撃を狙う曲刀使いだったが……。


「ゴッ!?」


 真横から猛スピードでやって来た蒼炎の大蛇によって呑み込まれ、奴も仲間たちと同じく灰になったのだった。






「ハアッ、ハアッ、ハアッ!!」


 走る走る、アルバンスが砂漠を疾走する。幹部三人の犠牲によって蛇から逃れたアルバンスは、何も考えずひたすらに村から遠ざかっていた。

 ふとアルバンスが後ろを振り返れば、あの恐ろしい蒼い光がだいぶ遠くに見える。


 聞き馴染んだ三人の幹部たちの声が、断末魔として先程聞こえた。あの三人は魔毒の砂賊団の中でも古株で、それでいてアルバンスに次ぐ実力を持っていた。

 そんな三人が、まとめて一瞬でやられたのだ。まさに鎧袖一触というように。

 アルバンスは思っていた。あの妙な白い女は悪魔そのものであると。自分たちのことをゴミか何かだと思っているのか、奴は無感情のままに蒼炎を仕向けてくる。


「ハアッ、ハアッ、オゲェッ、ハアッ!!」


 だが、このまま逃げ切ってしまえば……。

 自分にはカリスマ性がある。再び荒くれ者を集めさえすれば、砂賊団を再結成することだって出来るはずだ。そうすればまた、他者から奪う生き方を貫ける。

 そんな希望的観測を抱いていたアルバンスであったが、しかしその淡い希望はいとも簡単に砕かれることになる。三日月の輝く夜空から舞い降りてきた、一人の少女によって。


「貴様がアルバンスか?」


 その声に反応したアルバンスが、ハッと上を向く。

 そんな奴の目に映ったのは、どこまでも暗い夜空と、そこに輝く無数の星々と、弓のように引き絞られた三日月と……そして銀髪を風に靡かせる一人の少女であった。

 その少女は滑らかな表面が光る一振りの長杖を左手に持って、アルバンスのことを遥か上空から見下ろしていた。降り注ぐ月光と共に。


「あ、ああ、あ、あああ、あ……」


 それを見たアルバンスは口を大きく開きっぱなしにして、乾いた声を喉の奥から漏らしている。

 奴は勘付いてしまったのだ。先程砂竜が逃走する直前に空から響いてきた、幼い少女のような声。砂竜の逃走に気を取られてその声については深く考えることが出来ていなかったが、たった今気付いた。

 その声の主は、自分を空から見下ろしているあの銀髪の少女で間違いないと。


 つまり、つまりだ。砂竜たちはあの少女の声に怯えて逃げ出したのだ。そしてそんな得体の知れない少女と、自分は相対しているのだ。

 そう気付いてしまったアルバンスの膝は、無意識の内にガタガタと震え始めていた。


「死の覚悟は出来ているんだろうな?」


 恐ろしい程に濃密な毒の魔力を滾らせて、少女は絶対零度の死刑宣告を突きつけた。

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