83 砂竜の尻尾☆自切祭り
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、敵の数は大体三百くらいかな」
白銀の翼で少女は宵闇の空を飛ぶ。
彼女の眼下では、進軍する魔毒の砂賊団によって巻き上げられた砂煙が、風によってゆっくりと一方向に流されていっている。
しかもそれが月光を反射してキラキラと輝くものだから、上空から見てみると中々に風情があって愉快なものだ。
「と、いけない。そんなこと考えてる場合じゃなかった」
そんな光景に見惚れていた少女は慌てて頭をブンブンと振うと、敵戦力の確認を再開した。
どうやら百足が生み出したドラゴンゴーレムによって、砂賊共の進軍速度は大幅に低下しているようだ。
今のところ総勢三十体のドラゴンゴーレムたちは、静かに棒立ちを決め込んでいるのみ。
しかし、それだけでも効果はテキメンである。いきなり現れたドラゴンゴーレムという不明戦力に、砂賊たちは慎重にならざるを得ないようだ。
魔毒の砂賊団を率いている指名手配人アルバンスは傭兵崩れ。よって奴の出す指示は効率的で慎重、それでいて狡猾である。
しかしそれを逆に利用してやれば、このザマなのである。無視を出来ない正体不明の障害物を意味ありげに設置してやれば、奴らの足は簡単に止まるわけだ。
「うんうん、むかでが良い感じに足止めしてくれてるみたい。さて……」
そして砂賊共は段々と進軍の速度を落とし、遂にはその歩みを完全に停止させた。
奴らはドラゴンゴーレム群と一定の距離を取って、一旦は様子見という選択肢に出るようだ。
確かにこの状況においては、それは正しい選択だろう。なるほど、魔毒の砂賊団を率いる指名手配人アルバンスの統率能力というものは、確かに高いレベルを有しているようだ。
そう、奴らの選択は正解だ。だがしかし同時に間違いでもある。
何故ならば、奴らは目の前の不明戦力、ドラゴンゴーレムしか眼中にないのだ。今宵の空には少女がいるというのに。
少女という超越者に相対しているという絶望的事実に、砂賊共は未だに気が付いていないのである。
有利状況にあるのは自分たちで、これから村人たちに絶望を届けに行くのも自分たちであると、奴らは信じて疑っていないのである。
それではいけない。少女と会敵している時点で、採るべき最善策は逃亡ただ一つであるというのに。
夜空に浮かぶ三日月を背景に、砂賊の軍勢を見下す少女は、すうっと大きく息を吸い込む。
そして一気に魔力を体外に放出し、それと同時に少女はこう叫んだ。
「砂竜のみんなぁぁぁ! 命が惜しければ今すぐ立ち去りなさぁぁぁい!」
何故少女はこのように大声で警告を発して、砂賊の操る砂竜たちを追い払おうとしているのか。それには、蜘蛛から聞いた話に訳がある。
少女が空に飛び立つ直前に、蜘蛛は少女にこう話していた。『あの砂竜たちから何だか妙な魔力を感じるよ』と。
本来、人間が魔獣を使役するには契約魔法が必要だ。それこそ少女がウィズダムやメルトにしたように。
そしてその契約魔法を結ぶには、人間と魔獣の両者の合意が必要だ。どちらかが一方的に契約を締結することは絶対に不可能である。
しかしである。蜘蛛は感じたのだ。砂賊の操る砂竜たちから、契約魔法とは毛色の異なる奇妙な魔力を。
しかもその魔力はまるで鎖や枷であるかのように、砂竜たちをグルグルと縛り付けていた。
そもそもがおかしな話であったのだ。
魔毒の砂賊団を率いている指名手配人アルバンスがいくら傑物であろうとも、奴も所詮は人間。誇り高き竜種である砂竜と契約を結び、しかも使役してしまうなど……蜘蛛にとっては簡単には納得出来ない話であった。
そんな偉業を成すにはやはり、少女のような超越者でないと格が足りない。
では何故魔毒の砂賊団は砂竜を従えることが出来ているのか。そこが疑問点となってくる。
そこで蜘蛛は考えた。『契約魔法ではない』かつ『魔獣を従わせる前例の無い強大な魔法』であるという条件を満たす可能性たちを片っ端から洗い出した結果……蜘蛛は七秒で答えを導き出した。『わからない』という答えを。
蜘蛛は天才である。この世に存在する全ての魔法属性を使いこなし、自らも新たな魔法を生み出し続けている正真正銘の超弩級天才である。
しかし勘違いしてはいけない。蜘蛛は聡明かつ勤勉ではあるが、全知全能ではないのだ。当然知らないことだってある。
そして今回こそがそのパターンだった。彼は契約魔法以外での魔獣を使役する術に、全く心当たりが無かったのである。
だからこそ蜘蛛は少女に頼んだ。
砂竜にかけられている未知の魔法の正体を推し量るために、色々と試してみて欲しいと。さすれば何かしらの手掛かりが掴めるだろうと。
「さてさて、どうなるかな」
夜空に浮かんだ少女は、しめしめと興味深そうに砂竜たちを見やっている。
実を言うと、少女は蜘蛛から調査を任せられたことに喜びを覚えているのだった。
命が惜しければ今すぐ立ち去れ。少女はひとまずそう警告してみた。
これは魔法の強度を計るための手段である。
超越者であり樹海の主である少女が、全開の魔力のオーラと共に脅しを吹っ掛ければ、大抵の魔獣は戦意を失って逃走する。
そこで、である。もし少女の脅しを聞いた砂竜が逃走すれば、砂竜にかけられた魔法はその程度。そして逃走しなければ、恐怖の感情を抑え付けてしまう程の強い魔法、というわけである。
「うぎゃっ……う、う、ウギャアアアアア!!」
しかしどうやら、答えは前者であるようだ。
少女の異様な魔力にあてられた砂竜たちの様子が、次第におかしくなっていく。
流動的な砂の大地を駆け回るために、強靭な筋肉によって包まれている砂竜の四本脚。それがガタガタと小刻みに震え始めたのだ。
砂漠の支配者たる砂竜たちがこれ程までに怯えているのは他でもない、自分たちを超える圧倒的な上位者を目にしてしまったからである。
少女。
月光に照らされて、月光を透かす白銀の髪を携えて、月光を纏った白銀の翼で、夜空を羽ばたいている少女。
幼い、されど得体が知れない。砂竜たちには見えてしまったのだ。少女の、その内側に宿った恐ろしい何かが。
ぼと、ぼと、ぼと……。落下音がする。
何が落ちる音だろうか。それは千切れた砂竜の尻尾が地面に落ちる音であった。
砂竜たちは恐怖の余り、無意識の内に尻尾を自切してしまったのだ。まるで失禁するかのように。
「グキャアアア! ウギャアアアアア!!」
十体の砂竜たちは乗せていた砂賊を振り落とすと、一目散に逃げ去っていった。
上級素材である筈の砂竜の尻尾が、あっという間に十本……。