81 理不尽には、更なる理不尽をぶつけよう
「『魔毒の砂賊団』ね……やっぱり賊の仕業で間違いないか」
頭を抱えて動かなくなってしまった村長を何とか宥めて、少女たちは魔毒の砂賊団についての情報を聞き出した。
まず目を引いたのはやはり、奴らが砂竜を従えているという事実であった。
少女たちは砂漠を彷徨っている間に、実際に砂竜と一戦を交えてきている。そこで砂竜に対して抱いた所感といえば、『大きいだけの蜥蜴』というものだった。
竜種は竜種でも、恐るるに足らない雑魚であるというのが率直な感想である。
しかしそれはあくまでも、『少女たちにとっては』という補足を入れた上での話だ。
この砂漠の村にとっては、砂竜一匹でも十分過ぎる程の脅威となるだろう。
なにせ砂竜の体高はこの村の周囲に張り巡らされた塀の高さを余裕で上回っているし、おまけに全てを焼き尽くす竜の炎、ドラゴンブレスまで放ってくるのだから。
そしてその恐るべき砂竜を、魔毒の砂賊団は十匹も従えているという。
仮にも誇り高き竜種である砂竜を、ちっぽけな人間ごときが使役できていることには驚きである。
どうやら魔毒の砂賊団の頭目である指名手配人アルバンスは、そんな偉業を成してしまう程の相当なやり手であるらしい。
指名手配人アルバンス、奴は極悪非道な毒の魔法の使い手だ。
少女が以前戦った指名手配人ロバースとは違い、アルバンスは傭兵崩れの盗賊。そのため集団戦闘と統率力に長けており、幾つもの討伐隊を返り討ちにしてきた実績がある。
何よりも厄介なのが、アルバンスが操る毒の魔法である。
砂竜を乗りこなして縦横無尽に駆け回りながら、掠れば即死の毒の魔法を放ってくるのだ。相手からすれば悪夢の光景である。
「しかし、まさかこの村が狙われるなんて……」
それよりも、先程から村長の悲観っぷりが凄まじい。
何故ならば彼には確信があったのだ。この村に砂賊は決して手を出してこないという確信が。
というのも、この砂漠の村は特別なのだ。
この村はパクス・ロマエ帝国を治める賢帝陛下の勅命によって建造された、『砂漠緑化計画』を実現するための一里塚であるのだ。
凄腕の水の魔法使いである村長も、実はその計画のために派遣されてきた役人である。
賢帝直々の命によって築かれたこの村に手を出すということは、つまり帝国の頂点である賢帝に喧嘩を売るということに等しい。
それ故に思い込んでいた。いくら野蛮な砂賊共であろうとも、この村には手を出してこないだろうと。
だが事は既に起こってしまった。
水飲み場のコップに仕込まれた魔毒。そんな所業を行うことができるのは知る限りで『魔毒の砂賊団』しか存在していない。
もうすぐこの村は襲撃されるだろう。
毒の仕込まれた水飲み場はいずれも、守衛の詰め所の周辺に位置していた。
それはつまり、この村の戦力を削ぎ、襲撃の難易度を低下させるための策に他ならない。
一般の村民を毒の標的にしなかったのは、襲撃後に戦利品となる彼らを、できるだけ無傷のままにしておきたいという意図があるのだろう。
「これから一体どうすれば……。衛兵はほとんど毒で昏睡状態、いやそもそも砂竜の軍団に抵抗する術など……」
顔全体に大粒の脂汗を浮かべながら、酷く狼狽える村長。
もはやこの村は絶望的状況に陥ってしまった。どうしようもない。魔毒の砂賊団に対抗することなど出来ようもない。
終わりだ。賢帝陛下に任されたこの村も、村民たちの命も、何もかもが終わりだ。
「大丈夫、安心して」
しかし、そんな村長へと優しく声を投げ掛けた者がいた。少女である。
少女は膝を曲げて屈み込み、地面に蹲る村長へと手を差し伸べた。
そして、そんな彼女を見上げた村長の眼には映った。
西の地平線へと沈み込んでいく夕日の琥珀色を背に受けて、まるで後光のような輝きを纏った少女の姿が。彼女の銀髪は夕焼けに染まっていた。
「ここには、わたしたちがいる」
そうだ、確かにこの村に迫る砂賊という名の理不尽は、今にもこちらに牙を剥こうとしている。しかし幸運なことに、この砂漠の村にはいるのだ。
百足に、蜘蛛に、蛇に、アーサーに、そして少女。この世の魔境、死の樹海から遠路はるばるやって来た、人の形をした理不尽の権化たちが。
理不尽には理不尽をぶつけてやればいい。
「賊共なんて、わたしたちが一人残らず刈り取って見せるから」
「おお……この塀すげぇな。非常時には仕込まれた魔術式が起動して、ゴーレムに変形するみたいだぞ」
「流石は造物主、見事なご慧眼です」
少女たちが村長と砂賊についての重要な会話を繰り広げていた頃。
彼女たちとはぐれたっきりそのままな百足とアーサーは、村の端の砂岩の塀の傍らで感嘆の息を漏らしていた。
百足は村の周囲に張り巡らされた塀に仕込まれたゴーレムの魔法に対して感嘆し、アーサーはそれを見抜いた百足の慧眼に惚れ惚れと感嘆している。
しかし呑気なものだ。少女たちは迫る砂賊という危機に対して真剣に論じ合っているのに、百足とアーサーは二人してイチャついているのだから。
だが勿論のこと、百足たちはただ時間を浪費しているわけではない。
百足は小さな羽虫型ゴーレムを村中に放ち、それによって既に少女を発見している。
少女と蜘蛛と蛇が再開していることだって知っている。さらには彼女たちの会話をゴーレムを介して傍受し、この村に砂賊が迫っていることすらも知っている。
そのため百足は少女のことは蜘蛛と蛇に任せることにして、自分はこの村の防衛面の調査を行っているのだ。
「しかしこの塀が変形するゴーレム程度じゃあ、砂賊の操る砂竜は止められないだろうな」
そう呟く百足の左眼は僅かに青く発光している。それは彼の鑑定眼が力を発揮している証拠だ。
職人として一線を画す次元に到達している百足の眼は、いつの間にか万物の本質を見抜く『鑑定』の力を持つ魔眼へと変質しているのである。
しかもそれを自覚せぬままに、百足は鑑定眼を使いこなしているのであった。
「賊共なんぞ、私が一閃の下に殲滅せしめて見せましょうか、造物主?」
「いいや、ここは俺たち全員でかかる方がいいだろう」
百足の左腕に自身の右腕をさりげなく絡ませて、砂賊の単独殲滅を提案するアーサー。しかし百足はそれを却下した。
「いいかアーサー、これから起こる砂賊の襲撃はむしろ好機と捉えるんだ。俺たちがこれを退ければ、村民たちの信頼と恩義を手中に収めることが出来る。そうすれば向上するぜ、俺たちの人間の世界での地位がな」
百足は砂賊の襲撃を、自分たちの地位向上に利用しようと考えているのだ。
現在少女たちは戸籍すら持たない放浪者と全く差異ない。そこで砂賊から村を守ったという実績を得て、自分たちの地位を確立しようという算段なのである。
そうして百足とアーサーが語らい合っている内に、砂漠はいつの間にか宵闇によって包まれていた。
黄金の太陽は西の地平線へと姿を隠し、それに代わって東から現れた大きな月が闇の中で白銀に煌めいている。
そしてそんな月を見上げていた百足とアーサーの耳には聞こえていた。
遠くから響いてくる地鳴りのような轟音が。砂竜がその強靭な四本脚で、砂の大地を駆けてくる音が。