8 樹海に雨が来た
ザァーーーッザァーーーッ。
樹海の林冠を、大きな雨粒が次々にうちつける。豪雨だ。
グゴーリア・ヘプターキーは大洋の沿岸に位置する国。そのため湿潤な地域である。雨の恵みが豊かな収穫をもたらすのだ。
しかし、少女たちのいる樹海は、数千メートルもの標高を誇る山脈によって、四方をぐるりと囲まれた特殊なロケーション。
雨雲がその山脈によって打ち消されるため、樹海での降雨は珍しい。
ならば、この豪雨は何なのだろう。
この豪雨は、雨竜たちによって連れてこられたものだ。
雨竜とは、偉大なる空飛ぶ蜥蜴、ドラゴンの一種。
雨竜には他のドラゴンとは違って鱗が備わっておらず、そのため非常に乾燥と日光に弱い。
そんな彼らは常に身体を湿らせておくために、水の塊である雲の中を住処とする。特に積乱雲を好むという。
雨竜の住処となった積乱雲は、彼らの魔力を受けて長い間消えることなく成長を続けるため、非常に巨大になる。
そんな強力な積乱雲が、稀に山脈すら超えて樹海にやってくる。そのとき、今のような豪雨がもたらされるわけだ。
少女と蟲たちは、とある巨木の下で雨をしのいでいた。
「ぜんぜんやまない……」
「キャタキャタ……」
「ウジョウジョ……」
動きたい盛りの少女にとっては、雨とは正に苦痛。
狩りに出かけてもよいのだが、雨の日は匂いがかき消されているから、いつものような鋭い動きができなくて上手くいかない。
それになにより、百足、蜘蛛、蛇の三匹が、風邪をひくからやめておけと止めてくる。
人間の身体は、魔獣たちと比べてとても弱いみたい。
そんなことを考えながら、少女は百足の巨体にもたれ込んだ。つやをおびた彼の外骨格は、ひんやりとしていて心地がいい。
そんな感覚に包まれていると、自然と眠気がわきあがってくるものである。
いつの間にか、少女は百足にもたれたまま、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てていた。
雨雲が空を覆っているため時刻がわかりにくいが、だいたい正午を回ったあたりだろうか。
「うーん……」
少女が眠りから覚めた。
「はぁ……」
そして、未だ降り続ける豪雨を見て溜め息をつく。
おそらく、かなりの規模の雨竜の群れが、樹海の上空を通過しているのだろう。樹海に暗い影を落としている巨大な積乱雲を見れば、この豪雨が簡単に止まないことは誰の目にも明らかだ。
「ウジョジョ!」
「どうしたの?」
落ち込む少女に、百足が何やら声をかけた。
「ウジョウジョ!」
「あっちを見てればいいの?」
どうやら、何か見せたいものがあるらしい。
巨木の上の方にいた蜘蛛と蛇も降りてきて、それぞれ少女の肩と腕に陣取った。
まるで、ショーでも始まるかのような雰囲気である。
「ウジョ……」
少女たちの正面に立った百足。その長い長い身体から、ゆらゆらと魔力が立ち昇る。
するとすぐに、雨でぬかるんだ周囲の地面に変化が現れた。
泥が湧き上がりはじめたのだ。鍾乳洞の天井から水が滴りおちる様を、逆さにして見ているような不思議な光景だった。
そして、湧き上がった泥はだんだんと一つにまとまり、とある形へと成形されていく。まるで見えざる手が粘土をこねているかのようだ。
少女は、目の前で繰り広げられる未知の魔法に興味深々であるようだ。百足のボルテージも上がる。
そしてできあがったのは……大きな、熊の魔獣の泥像だった。
「すごい」
少女は、毛の一本一本にまで歪みのない、その精巧なつくりに目を奪われているが、まだこれだけでは終わらない。
「ウジョウジョ」
百足が新たに呪文を唱えると、熊の泥像がぴくりと震えた。そして次の瞬間――
バシュッッ!!
後ろ脚で立ち上がった泥像が、完璧な構えで正拳突きを繰り出した。
「すごい! うごいた!」
そして驚きの声を上げる少女。
泥像の額を見ると、魔力を帯びた、奇妙な象形文字のようなものが刻まれている。
そう、先ほどの呪文により、泥像は百足を主とするゴーレムと化したのだ。
熊型ゴーレムは、流水の如くすらすらと舞い踊る。そして完璧な一撃を空へと放つ。
舞と武術を融合させたかのような奇天烈な動き。しかし完成されていて美しい。
少女は夢中になってその動きを追いかけていた。
降りつける雨は、まるで真っ白な幕のよう。そしてその幕を切り裂いて次々と繰り出されるゴーレムの拳。
百足による、ゴーレム演舞のお披露目が始まった。
ブックマークしてくれた方もありがとうごさいます。
励みになっています。