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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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69 また会う日まで

「人間の世界に旅立つそうだな。それなら、きっとこれが役に立つだろうさ」


 蟲たちの変化お披露目会が引き起こした騒乱も鳴りを潜め、皆々が各々の役所に戻っていった頃。

 人間に化けた蟲たちの体を興味深そうにぺたぺたと触っていた少女に、声をかけてきた人物が一人。ヒッタイトだった。


「これって、なに?」


 これが役に立つだろう。そう言ってヒッタイトが差し出してきたのは一枚の紙であった。

 ぺらぺらの紙だ。だがしかし高級感の漂っている紙だ。それに何とも言えない良い匂いもしている。


「こいつはな、B級冒険者への推薦状さ」


 そしてその紙をよく見てみると、何やら細かく書き込まれた文章のその下に、でかでかとヒッタイト直筆の署名が刻まれていた。

 そう、この紙の正体はA級冒険者であるヒッタイトだからこそ書ける、B級冒険者への推薦状である。


 蟲たちと少女の過去の話を聞いていたヒッタイトは、これから人間の世界に身一つで飛び出す彼らに対して、何か出来ることはないかと考えた。

 そこで彼女が思いついたのは、少女をB級冒険者に推薦するということであった。

 人間の世界で生活する上で悩みの種になるのは、きっと金銭のことだろう。なにせ人間の世界では、衣食住の全てが金と結びついているのだから。

 そして、それを解決するために必要なのは職だ。


 しかし都合のいいことに、人間の世界には少女たちのような強者にぴったりな職業が存在しているのである。そう、冒険者のことだ。

 きっと少女や蟲たちならば、冒険者として大成することも可能だろう。

 そして、冒険者の序列の上位に座するA級冒険者のヒッタイトならば、その一助になることができる。

 その一助というのが、この推薦状であるのだ。


「しっかし悪いな。いくらA級のアタシといえども、推薦できるのはB級までなんだ。それに一度に推薦できるのは一人だけだしな」


「ううん、これでもすごく十分だよ。ありがとねヒッタイト!」


 礼を口にして推薦状を手に取った少女。そんな彼女は、初めて触れる紙という物体のすべすべな質感に不思議顔である。

 そして推薦状を手にした少女に、おもむろに百足が近付いてきた。百足は覗き込むように、少女の持った推薦状を観察し始めた。


「おお……すごいな、こんなに薄い物体初めて見たぜ。材料は植物か?」


「そうですよ。繊維を取り出して漉くんです」


 どうやら職人である百足は、冒険者への推薦の話よりも、どちらかといえば紙の材質や製法に興味深々であるようだ。

 そして彼はいつの間にか、近くにいたコマチと紙トークを始めてしまった。

 実の所、コマチは東洋大陸で代々製紙技術を受け継いできた『美濃家』の出身。そのため彼女は紙という物に深い造詣がある。

 そして、思いのほか盛り上がる紙トーク。

 製紙について語り合える相手というものは少ないもので。故に百足という絶好の相手を見つけたコマチの語り口も、見るからにいきいきとしていて滑らかであった。






「じゃあまたね。メルト、ウィズダム」


「ああ。必要であればいつでも呼び出してくれ、主よ」


「ウキキ!」


 少女は最後に、自身の下僕である深森狼(ディープリーウルフ)のメルトと賢猿(サピエンス)のウィズダムに別れを告げに来た。


 メルトとウィズダムは、特に少女に救われたメルトの方は、樹海の外に旅立つ少女に付いて行きたいと思っていた。自分たちに名前を与えてくれた主を支えるために、共に歩んでいきたいと思っていた。

 しかしそれはできない。彼らはどちらも、大きな群れの長として君臨している身だ。自分たちを信頼して従っている部下たちがいる以上、彼らを置いて旅立つことはできないのだ。


 そのため彼らは樹海に残り、樹海(もり)の主である少女の配下として、威光を発し続けるという役目を負った。


「メルトは狼たちを、ウィズダムは猿たちを、それぞれ大事にするんだよ?」


「勿論だ」


「ウキャキャ」


 しかしメルトもウィズダムも、今の少女の一言を聞いてほっと安心した。

 戒めるように優しく話す少女の顔は、いつもより少しだけ大人びていたのである。それは全てを背負う樹海(もり)の主として相応しい、女王のような顔だった。


 少女はもう既に自分の道を突き進み始めている。そう察した二匹はこれ以上は何も話さずに、ただ最後に少女の瞳を見つめた。覚悟の宿ったその銀色の瞳を。


「主、これを。持って行ってください」


 その時、メルトが口で加えた何かを少女に差し出した。

 それは水晶のように輝く、掌くらいの大きさの塊であった。そしてそれから放たれていたのは、メルトの角に秘められているものと同じ極寒の魔力。


「これは不溶氷。氷の魔法使いが一晩中魔力を凝縮させることで生み出される、決して溶けない氷だ」


 その冷たい魔力に包まれた物体には名前がある。その名も『不溶氷』。

 熟練した氷の魔法使いが三日三晩集中を絶やさずに魔力を凝縮することで生成させる溶けない氷。しかし、それをメルトは一晩だけで生み出して見せた。


 それは他でもなく、旅立つ少女への手向けとするためなのであった。


「とは言っても、ただの溶けないだけの氷だ。氷枕にでも使ってくれ」


 不溶氷を受け取った少女は、しばらく掌でその冷たさを味わっていた。

 しかし、しばらくすると彼女はそれを懐へと仕舞い入れて、おもむろに立ち上がった。


「ありがとう、メルト。いってくるね」


 いよいよ旅立ちの時だ。歩み出すのだ、外の世界へ。

 少女の行く先々に何が待ち受けていて、何が立ちはだかっているのか。今立っているこの出発点からでは、それを知ることは儘ならない。


 だが、どうか少女の向かう先に、祝福があらんことを。

この69話にて、第一章『死を育む樹海の中で』は完結します。

そして次回70話からは、第二章『月として、太陽として』が始まります。


どうぞ、これからもよろしくお願いします。

また、第一章完結にあたっての所感を活動報告にて語らせていただきました。そちらもぜひ。

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