68 貴方と同じ姿に
「よし、じゃあアレを見せるとするか」
少女の決意を聞き届けた蟲たち。
彼らにはもう、少女を試そうだとかいう気持ちはたったの一片も残っていない。少女の覚悟を完全に認めて、そして信じたのだ。
そして蟲たちもまた、少女と共に樹海を出る決意をした。
十三年前のあの日あの時あの場所で、赤ん坊であった少女を助けたのは蟲たちである。
もしも彼らが少女のことに目もくれなかったのならば、彼女はとっくの昔に樹海の土の肥やしとなっていたことだろう。
しかしそれは言い換えてみれば、少女が今生きているのは蟲たちのせいであるということだ。生きて少女が悩み、苦しみ、茨の道を突き進んでいるのは、蟲たちのせいであるということだ。
それ故に、蟲たちは決めている。
少女がどんな道を選んだとしても、自分たちはそれに着いて行くと。少女という一つの命に生きるという道を与えた責任を取る為に。
そう、だから見届けなくてはいけないのだ。少女が悩み抜いて決断したこの道の先に、一体何があるのかを。
そしてその為の――
「変化の魔法だ!」
その時、百足が急にずばっと立ち上がった。
「へんげの……魔法?」
いきなり立ち上がった百足に驚いて、目を見開く少女。
先程までの試すような視線はすっかり消え失せて、代わりにだいぶ高めのテンションを引っ張り出してきた百足は、頭をぶんぶんと振り回してかなりご機嫌良さげだ。無数の脚もリズムをとって調子良く動いている。
それにしても、彼の発した『変化の魔法』という言葉が引っ掛かる。一体その言葉の真意とは。
「そうさ! 狐の茶太郎に教えてもらった人間への変化の魔法だ!」
しかし少女にはわかった。これはあれだ。百足が新作のゴーレムをお披露目する時に見せる、あの特有のテンションだ。
だが、百足の周りにそれらしき物は見当たらない。ならば、彼はこれから何をお披露目するというというのだろうか。
しかし、百足は一層語勢を増してこう言った。
「さあ見晒せ! 俺たちの人間モードを!」
不思議そうに首を傾げる少女を他所に、百足の全身から溢れ出る眩しい魔力の光。
いや、百足だけではない。その眩しい光は、蜘蛛と蛇の体からも発せられていた。
またその光は、茶太郎が狐の姿から人の姿に変化する時に見せたあの光と、どうにもよく似通っているのであった。
そして数秒が経過した後、辺り一帯に拡散したその光の中から歩み出てきたのは三つの人影。
ランウェイ上を闊歩するようにして堂々と現れたのは、そう他でもない、人間の姿へと変化した百足と蜘蛛と蛇であった。
「やっぱり人間の体は器用でいいな! 拇指対向性万歳だぜ!」
まずは百足。
職人として、長時間の繊細で緻密な作業を日々繰り返してきた彼だからこそなのだろう。その肉体は高度に発達したムキムキの筋肉に覆われている。
そして言うまでもなく高身長でイケメン。
キラーン……という擬音が聞こえてきそうな程に輝いている白い歯。太陽に焼かれたような小麦色の肌。そして金色の短髪。
その様はまるで、真夏のビーチから飛び出して来た美男子のようである。
「魔力の流れも……うん、ばっちりだ。上手くいったみたい」
次に蜘蛛。
彼の肉体は百足とは対照的に、まるで少年のように小柄で華奢だ。それは肉体ではなく、魔法を主体に扱う彼の性質をよく表している。
そして彼の顔に輝くのは、ルビーのように紅い二つの眼。さらには、その紅眼にかかってしまう程に長く垂れているさらさらの黒髪。
その美少年っぷりをもし芸術家が目にしてしまえば、絵描きならば一生蜘蛛のことだけを題材に絵を描き、彫刻家ならば一生蜘蛛の姿だけを彫り続けてしまうことだろう。
「これなら人間の世界に出ても怪しまれることはないわね」
さらには蛇。
彼女はもう何というか化け物である。化け物級の美貌である。
横水平にカットされたぱっつんな前髪も、後頭部から垂れる腰に届くくらいの長髪も、とにかく白くて白くて白い。真っ白なのだ。
そして肌もまた、大理石のように真っ白である。そこに染みなどというものは一切なく、その代わりにあるのは、太陽の光を爛々と反射する無双の光沢である。
しかし、その鋭い目元には真っ赤なアイシャドウの如き模様が刻まれており、それが真っ白な肌との見事なコントラストを演出している。
その絶世の美貌はまるで、絨毯の中から現れたというどこぞの砂漠の女帝のようだ。
「皆さん……何というか、卒倒しそうな程にお綺麗ですね……」
変化お披露目会を遠くから眺めていたコマチの口からは、思わずそんな言葉が零れた。
しかし、どうせ魔法なのだから、好き勝手に見た目を弄っているだけなのではないか。蟲たちの美しさはハリボテなのではないか。そう思うかもしれない。
しかし安心してほしい。茶太郎直伝の『変化』の魔法はあくまでも、魂の形の出力形態を変えるのみなのである。
つまり結論、蟲たちは元から美形であるのだ。そして美形な魂を持つ彼らだからこそ、『人間』という体の形をとったとしても美形なのだ。
「あら? 人間形態になっても、どうやら少し名残りがあるようね」
そんな中、何かに気が付いた様子の蛇。
すると彼女はおもむろに大きく口を開くと、んべぇっと長い舌を出して見せた。
なんと、その舌の先っぽは綺麗に二又に割れていた。まさに蛇の舌そのものであるように。
「うむ、なにせ妾が直に開発した魔法じゃからのう。獣の特徴を絶妙に残しておく方がチャーミングなのじゃよ」
そしていつの間にか蛇の背後にいた茶太郎が言う。
茶太郎曰く、彼女が開発した特製の『変化』の魔法は、敢えて元の獣の特徴を残したままに人間に変化するそうだ。
茶太郎の頭に狐の耳が残っているのもそういう理屈である。
なにせ奇妙なことに、適度に獣の要素が混入した姿の方が、人間達にはウケがいいのだから。
「……ねえ蛇。ソレさ、あまりに扇情的過ぎるからやめた方がいいよ」
だがしかし、よりによって蛇に二又の舌が残るとは。
蛇は全身に一切の欠陥のない魔性の美女。しかし、隠されたその口腔の中を覗いてみれば、妖しげで艶めかしい二つに割れた舌が蠢いている。
このアップダウンなギャップは控えめに言っても、劣情を煽って仕方がない。
「あら……そうだったのね。ごめんなさい、すぐに仕舞うわ」
蛇はその人間離れした長い舌を口腔内に収めると、くすっと極めて妖艶に笑みを溢した。
68話目にして蟲たちの人化イベントです。
こういう擬人化は人を選ぶらしいですが……皆さんは大丈夫でしたかね?