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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
65/160

65 アンパーフェクト

「わたしね、樹海を出ようとおもうの」


 少女の発したその一言に、ヒドラの眼が大きく見開かれる。


「……理由を聞かせてもらえるかしら?」


 少しの静寂の後、ヒドラは少女にそう問うた。

 ヒドラの顔は依然として驚愕に満たされているが、流石は年の功。まずは冷静に少女の話を聞くことにしたらしい。


 そして、ヒドラに促された少女はゆっくりと語り始めた。


「今回のことでね、わたし、いろんな人間を見たの」


 洞窟の外から吹き込んでくる微風で、少女の銀髪が揺れている。


「ヒッタイトやコマチ……ほかにもたくさん、楽しくてやさしい人間に会った」


 少女の脳裏には、百鬼夜行(ゴーストパーティー)の皆の顔が浮かんでいた。


 ふと洞窟の外の花畑を見てみる。

 そこには、執事の竜の男と一緒に花畑の中を駆け回っているヒッタイトの姿があった。彼女はひらひらと飛ぶ蝶々を追いかけて、舞い散る花弁の中を楽しそうに走っている。


 実は、ヒッタイトは山脈を登ってきたここまで道中で、少女に人間の世界の話を沢山聞かせてくれていた。

 冒険と闘争に明け暮れる冒険者達、その行く先々に待ち構えている数多の試練、そして全てが終わった後に飲む酒の美味さ。雄弁に語るヒッタイトの背中は、少女にはとても大きく見えたものだった。


 少女のことを気に掛けてくれたのはヒッタイトだけではない。コマチだってそうだった。戦いを終えて疲れた少女のことを気遣って、優しく膝枕をしてくれたのも彼女である。


 剣士の笠松は、刀に興味津々な少女を見るや否や、剣の舞を踊って彼女を楽しませてくれた。


 何故かずっとミイラのように干からびていたソバは、その奇怪な見た目で少女を楽しませてくれた。


 少女が百鬼夜行(ゴーストパーティー)の皆と一緒に過ごしたのは、二日余りしかない短い期間のみ。それでも彼らは沢山の新鮮な体験を少女に与えてくれている。


 それに加えて彼らは、百足・蜘蛛・蛇の三匹に家族のように接する少女に対しても、至って普通に接していた。

 ヒッタイトたちは平然とそうしているが、実はこれはかなりすごいことなのである。

 人間は、人間とだけで家族を築くもの。それが人間達の常識だ。そんな常識の中で育ったヒッタイトたちにとって、少女と蟲たちによる家族の輪はとても奇妙なものに見えたことだろう。

 それでも、ヒッタイトたちは至って自然に少女たちに接していた。それはひとえに、彼女たちが優れた人格者であるからに違いないのである。


 そんな優しい彼女たちだからこそ、短い期間で少女と深く意気投合できたのであろう。


 だがしかし、少女が出会ったのはそんな優しい人間だけではなかった。


「でもね、嫌な人間にも会ったの」


 次に少女の脳裏に浮かんできたのは、下卑た笑みを浮かべる密猟者たちの姿だった。


 指名手配人ロバース、メルトの妻子を殺した最低の糞野郎。奴の率いた賊共は樹海を汚していった。

 気色の悪い薄ら笑いを浮かべながら、聞くに耐えない言葉を並べていた賊共。きっと少女の知らないところでも、沢山の魔獣たちが奴らの穢れた我欲の犠牲になっているのだろう。


 そんな醜い密猟者たちの姿は、知らず知らずの内に少女の心を蝕んでいた。

 奴らをクレイドル・グレイブの茨の鳥籠の中へと封じ込めた後でも、その穢れた笑みが少女の頭の中から消えないのだ。


 何故ならば、少女はショックを受けているのである。自分と同じ『人間』という括りの中に、これほどまでに醜い者が存在していたという残酷な事実に。


「それでね、いろんな人間に会って、ちょっとわからなくなっちゃったの」


 少女の胸中には葛藤があった。


 ヒッタイトたちのような優しくて楽しい人間。賊共のような汚らわしくて悪辣な人間。そのどちらが本当の人間の姿であるのか理解(わか)らなくなっているのだ。


「わたしはみんなとはちがう。なら、わたしはなんなの?」


 少女は、百足のように沢山の脚を持っているわけではない。蜘蛛のように六つの眼を持っているわけでもないし、蛇のように美しい鱗を持っているわけでもない。はたまた、ヒドラのように九つの頭を持っているわけでもない。


 そう、少女はただの人間なのだ。

 手足は二本ずつしかないし、目は二つしかないし、肌はのっぺりしているし、頭は一つだけなのだ。


 だが、今まで少女は自分が蟲たちとは違う人間であるということを、ただ漠然としか感じてこなかった。

 それがここにきて、ヒッタイトたちの来訪と賊共の襲来が同時にやってきたのだ。今まで未知であった『人間』という存在に一度に触れ過ぎて、少女は自身のアイデンティティすらも失いかけているのである。


 少女はまだ十三歳だ。

 人間でいうところの十三歳とは、まさに心が春真っ盛りを迎える時期である。


 しかし春、それは暖かいだけではない季節だ。

 穏やかな陽気が新芽を萌えさせたかと思えば、次の瞬間には寒々しい風が蕾を脅かしている。寒暖が入り混じった三寒四温こそ、春という季節の本当の姿なのだ。


 そして、心の春もまたかくの如しである。

 少女の心は揺れている。木枯らしのように吹き付ける寒々しい悩みによって揺らされているのだ。


 少女だって、少女である。

 どれだけ強烈で強大な毒の魔法を操ろうと、どれだけ膨大で無限大な魔力を宿していようと、どれだけ強靭で頑丈な肉体を持っていようと、少女の心は至って普通の少女の心に過ぎないのだ。

 だから、超越者である少女だって迷う。心の春に戸惑って、まだ見ぬ世界に戸惑って、時にどうしようもなく迷うのだ。


「……でもね、わからないって、そこで終わりたくはないの」


 しかし、だからこそ少女は決断した。


 声の勢いを強めて、俯いていた少女がぐっと顔を上げる。

 銀色の前髪の隙間から覗いている潤んだ少女の瞳は、風に吹かれた水面のように不安定に揺らいでいた。しかし、その瞳には覚悟がある。


「人間を知りたい。だからわたしは外に行く」


 わからないのならば、考え続ければいい。それが少女の出した答えだった。

 人間とは何か、そして自分とは何か。それを知る為に樹海の外へと、人間の世界へと旅立つ。それが少女の決意だった。


「……なるほど」


 暗い洞窟の中であるというのに、少女の銀の瞳は光り輝いている。

 ヒドラはその輝きをただじっと見つめていた。少女の決意を、瞳の覚悟を、じっと見定めているのである。


 しかし、しばらくするとヒドラは小さく息を吐き、こう言った。


「貴方の心の赴くままにやって見せなさい。きっと上手くいくわ」


 そう話すヒドラの顔には笑顔が浮かんでいた。

 少女が自分で悩み抜いて、そして答えを出したことは他でもない、立派な彼女の成長だ。

 そんな弟子の成長を、師匠であるヒドラが喜ばないはずがないのである。


「貴方には、私が教えた毒の魔法があるのですから」


 もたげていた首を少女の近くにまで近づけると、ヒドラは微笑みながら、極めて優しくそう言った。


 丁度その時、洞窟の中に吹き込んでくる風に乗せられて、花畑からやって来た色とりどりの花弁が少女とヒドラを包み込んだ。

 そんなカラフルなシャワーの中を、少女はヒドラの方を目掛けてゆっくりと歩んでいく。


「ありがとう、おばば。……いってくるよ」


 少女はヒドラの鱗に覆われた顎に掌を触れさせると、花のように美しい笑顔を溢れさせた。

いつもより投稿が遅れてしまいすみませんでした。

第二章も控えているので、ここからちょっと頑張ります!

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