64 すごキラで危険☆黄金林檎!
『不和の黄金林檎』、それは戦争の因果を撒き散らす聖遺物。
黄金に輝くその表面にはこう刻まれている。
――『最も美しい者へ』
神と人類との距離が、今よりももっと小さかった太古の昔にて。ある時、この黄金林檎は神々の集う宴会場へと投げ込まれた。
すると神々はそれを見て、いやそれに刻まれた言葉を見て、口々にこう言い争い始めたという。
「最も美しい者とは自分のことである」
だがしかし、世界で最も美しい人物を決定することなど不可能である。ただでさえその宴会場には、美貌を誇る女神達が大勢居合わせていたというのに。唯一無二の白雪姫が居たのならば話は別だったが、これではそうもいかない。
そして思った通りに、神々の口論は大きな争いの渦と化していった。いきり勃った女神達は互いに人間の軍勢を味方に付け、ついには人間達の世界をも巻き込んだ大戦争が引き起こされることとなる。
多くの英雄が命を落とし、多くの神罰が飛び交い、世界は混迷を極めたという。
この黄金林檎の放つ戦争の因果からは、神であろうとも決して逃れることはできないのだ。
そしてなんと現在、そんな超危険な聖遺物がヒッタイトの掌の上に収まっている。
「なぁ、見た感じ封印が解けちまってるみたいなんだが……大丈夫なのか」
掌の上でつやつやりと輝いている、林檎の形をした黄金の塊。しかしそこからは言葉にできない禍々しい空気が発せられていた。
「安心して下さい、封印はすぐに再構築します。あくまでも中身を検めてもらいたかっただけですので」
ヒッタイトが黄金林檎の無事を確認したのを見ると、ヒドラは竜の執事の男に指示を出す。
竜の男はヒッタイトから黄金林檎を受け取ると、再び漆黒の匣の中へとそれを収納した。
匣の蓋が閉じるのと同時に、数十の魔法陣が展開されて封印が再構築されていく。再封印が完了すると、やがて匣の隙間から漏れ出ていた禍々しい空気もぴたりと止んだ。
どうやら、この匣は黄金林檎を封印する為にある特製であるようだ。
「黄金林檎はこの匣に入れて輸送して下さい。聖遺物『トロイの木馬』の木片から造られた特別製ですから、万に一もありません」
そう、この匣だって、聖遺物から造られた強力な封印具である。
大戦争を引き起こした聖遺物が『不和の黄金林檎』ならば、『トロイの木馬』はその大戦争を終わらせた聖遺物。その由来故に、両者は表裏一体の関係にある。
その性質を利用して造られたのがこの匣なのであった。
ちなみに、匣の製作者は黄金林檎のことを危険視したとある魔王。制作年代はおおよそ二千五百年前だと言われている。
ヒッタイトは竜の男から匣を受け取ると、それを大切そうに抱えた。
「任せてくれ。これはグゴーリア・ヘプターキー国王の元に必ず送り届けよう」
右手を左胸に添えて宣誓するヒッタイト。託されたのならば、やり遂げるのが戦士の役目だ。
「善い人間ね、あの戦士は」
「ヒッタイトのこと?」
「ええ。強さだけではなく、信念と矜持を持ち合わせている。あのような人間に黄金林檎を任せることができたのは僥倖でした」
これでもう思い残したことはない。そう言わんばかりの眼差しで、ヒドラはヒッタイトのことを見つめている。執事の竜の男から封印の匣の取り扱いについての説明を受けている最中のヒッタイトは、聖遺物という手に余るものを抱えてあくせくしていた。
しかし、そういった庶民的なところがヒッタイトらしいとも思えてくる。
自身の極めた毒の魔法の全てを後継者である少女に伝えて、そして今、唯一の心残りであった聖遺物の返還すらも果たそうとしているヒドラ。
彼女は安心していた。老いた我が身、朽ちようとしている我が身。まさか、こんな晩年にして思い残した願いを果たすことができようとは。
「おばば、これで最後じゃないよ。まだまだ教えてほしいことはいっぱいあるんだからね」
ヒドラのそんな心境を見透かしたのか、少女が言葉をかけた。ヒドラにはまだ生きていてほしい。心残りがなくなったとしても、まだ生き続けていてほしい。そんな想いがその言葉の裏にはあった。
「ええ。貴方にはまだ、私の生み出した奥義の伝授が最後に残っていたわね。安心して頂戴。力尽きるその時までは、精一杯天命と病に抗い続けてみせるから。」
なにせ自分は毒と疫病を司る九頭毒竜なのだから。ヒドラは最後にそう言って言葉を締め括った。
少女もその言葉を聞いて安心したようで、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべている。
しかし、彼女とヒドラが顔を合わせるのは、きっとこれが最後となるだろう。
「……あのね、おばば、はなしがあるの。だいじなはなし」
執事の竜の男を伴ったヒッタイトが、楽しそうに花畑へと繰り出していった後。二人きりになった伽藍洞の洞窟の中で、少女は小さくそう呟いた。
その呟きに籠った尋常ならざる想いを感じ取ったのか、ヒドラの顔付きが少しだけ険しくなる。
「ゆっくりでいいわ。言ってみなさい」
思い詰めた様子の少女は少々の間黙って逡巡すると、やがてゆっくりと話し始めた。
「わたしね、樹海を出ようとおもうの」
すごキラ=すごくキラキラ