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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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63 継がせた者と継いだ者

「久しぶりね。百足と蜘蛛と蛇は元気かしら?」


「ひさしぶり、おばば。みんな元気だし新しい仲間もできたんだよ」


 洞窟の暗闇から現れた九頭毒竜(ヒドラ)が、優しい口調で少女に語り掛ける。

 九つの頭に、猛毒を連想させる紫色の鱗。危険な香りの中に美しさすら垣間見えるその佇まいから、ヒッタイトは確信した。


「二百年前に姿を消した元『樹海(もり)の主』……ありとあらゆる毒を掌の上で操る九頭毒竜(ヒドラ)……!」


 そう、モラトリアムが築かれた二百年前、樹海開拓の交渉の完遂を前に、突如として人間達の前から姿をくらました先代の樹海(もり)の主。眼前の九つ頭の紫竜こそ、間違いなくそれであると。


 毒を操る九頭の竜、九頭毒竜(ヒドラ)。遥か昔に双頭の祖竜から分岐した複頭竜種の中の一つであり、種族的な特徴として生まれつき高い毒疫魔法への適性を持つ。

 ヒドラの吐く毒の吐息を浴びた女の腹からは、奇形の子しか生まれなくなる……という迷信がある程に恐れられている竜種である。


「がっ! がほっごほっ!」


「おばば! だいじょぶ!?」


 その時であった。

 柔らかい表情で少女と語らい合っていたヒドラの顔が突如として苦しげに歪み、そして激しい咳き込みが始まった。


「『グレイスフェイス』!」


 少女が回復の魔法を発動させるが、ヒドラの咳の勢いは一向に治らない。


 呼吸する間もない程に激しく咳き込むヒドラの口からは、パラパラとした結晶の欠片のような物体が咳と一緒に吐き出されていた。


「こいつはまさか……」


 それを見たヒッタイトは何やら勘付いたようで、咳き込むヒドラの全身をくまなく観察していく。

 そして彼女の予想の通り、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


「おばば、しっかりして!」


「ごほっ……仕方がないさ。いくら竜でも天命には逆らえぬ……ごほっごほっ!」


 九つもあるヒドラの頭の中で、先程から言葉を発しているのはたったの一つのみであった。

 ヒドラの九つの頭にはそれぞれ脳が備わっていて、独自の人格を有している。そのためヒドラは九つの人格が互いに干渉し合うことで身体を運営しているのだ。


 それなのに、洞窟の内部に響く声はたったの一つだけなのであった。

 そう、それが示す事実とはつまり……。


 九つあるヒドラの頭の内、先程から言葉を発している一つを除いた八つの頭、その全てが白目を剥いて地面に倒れ伏していた。

 それらはまるで死んでいるかのようである。それらは腐っているわけではなかったが、青白く、生気を欠片も宿していなかった。長い舌がダラリと口から垂れている。


「やはり魔石化症候群(ストーンシンドローム)か!」


 『魔石化症候群(ストーンシンドローム)』。ヒドラのその病状に、ヒッタイトは心当たりがあった。


 魔力の濃度が高い洞窟内などに生じる『魔石』という物質がある。そして、その正体は結晶化した魔力だ。

 魔石には魔法の触媒としての高い資質が備わっているため、少女の持つ魔杖・紫涎をはじめとして数々の武具に組み込まれている。


 重要なのはここからだ。


 なんと魔石は魔獣の体内にも生じることがあるのだ。特に、自身の体内で魔力を循環させることができなくなった老齢の魔獣の体内には。


 停滞した魔力の澱というのは非常に結晶化しやすいのである。

 魔獣は老いると魔力をコントロールする能力が衰えていくため、そういった魔力の澱が体内のあちこちに生じてしまうのだ。

 そして、そういった魔力の澱が次々と結晶化して魔石となり……臓器を傷付け、やがては生体機能を損なわせていく。それが魔石化症候群(ストーンシンドローム)なのである。


 そう、ヒドラの頭が生気を失っているのは、脳の内部に発生した魔石が脳機能を傷付けたからなのだ。


「がはっ!」


 ヒドラの口から、人間の頭くらいの大きさの魔石が飛び出した。

 紫水晶のようで美しいその魔石だが、それが今ヒドラの体を蝕んでいるのである。


 そうか、そういうことか。元樹海(もり)の主であるヒドラは体を蝕む病故に隠居し、人間の前から姿を消したのだ。自身の辿り着いた毒の魔法の神髄、それを少女へと託して。






 数分が経過すると、ヒドラの激しい咳はなんとか治ってくれた。

 しかし、ヒドラの周辺には吐き出された紫色の魔石が大量に散乱しており、彼女の病状が決して軽くはないことを示していた。


 いやむしろ、九分の八の頭が失われているのだ。余命宣告レベルの重体と言っても過言ではないだろう。


「おばば……」


 少女はそんなヒドラの姿を見て、悲しげに項垂れた。

 少女にとってヒドラは魔法の師匠である。百足、蜘蛛、蛇の三匹の蟲たちと同じくらいに、ヒドラからは沢山の大事なものを貰っている。


 魔石化症候群(ストーンシンドローム)の原因は体内での魔力の停滞であり、それは老化によって起こるものだ。よって、どれだけ高位の回復の魔法を使ったとしても、病状を取り除くことはできない。


 ヒッタイトも鎮痛な表情をしていた。

 彼女が魔石化症候群(ストーンシンドローム)を知っていたのは、それによって相棒の魔獣を失った魔獣使いの冒険者を目にしたことがあるからだ。

 その冒険者も言っていた。魔石化症候群(ストーンシンドローム)には治療法も特効薬もない。あるのは痛み止めか安楽死用の毒薬だけであると。


「主様、例のものを持って参りました」


 と、その時。案内を終えたっきり姿を消していた執事の竜の男が再び姿を現した。なんと、ヒドラの影の中からヌルリと飛び出るという突飛な方法で。

 どうやら闇邪属性の魔法を使用したようだ。


 そして、彼の掌の中には漆黒の匣が収まっていた。


「失礼しました、人間の戦士よ。貴方をここに呼んだのは、二百年前に私が人間達から受け取った財宝を返還するためなのです」


 ヒドラは語り始める。

 二百年前、人間達との交渉の末、ヒドラは樹海の一部を人類へと割譲することを決定した。その交渉に先んじて、人間側からは莫大な財宝がヒドラへと献上されていたのである。


 そしてその中には、グゴーリア・ヘプターキーの国宝の中の一つであったとある聖遺物も含まれていた。


「しかし、私は人間達との約束を果たせなかった。よって彼らから受け取った財宝は、私の手の内にあるべきではないのです」


 竜の男が匣に何やら魔法をかけている。どうやら、匣に施された多重封印を解除していっているようだ。


 聖遺物、それは三千年前の『大魔王大戦』によって滅亡した先史文明の遺物。現代では再現できない技術によって製造された埒外の魔導具たちのことである。


 しかし数多ある聖遺物の中には稀に、神話の時代の力を宿した、出自不明の遺物が紛れ込んでいるのだ。

 おそらく人間が作り出したものではないそれらは、伝承によって裏付けられた神の力を宿しており非常に強力。手にすれば国すら獲れる。


 この匣の中に封印されているのも、そんなオーパーツの中の一つ。


「これが私が人間達から受け取った聖遺物。古の時代に神々を戦争の因果へと引き摺り込んだ『不和の黄金林檎』です」


 匣の中からは、眩しく輝く黄金の林檎がまろびでてきた。

ファンタジー世界独自の病気!

こういうのをやりたかったんですよ。こういうの。

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