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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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61 責任取ってもらうから!

 『クレイドル・グレイブ』によって生み出された無数の茨の鳥籠。空中に吊り上げられたそれらを囲むようにして、コマチは魔獣避けの結界を張っておくことにした。


 別にそんなことをしなくても、放出されている異様な魔力を恐れて大抵の魔獣はそこに近付かないのだが。

 しかし念には念を、である。万が一にも、密猟者が解き放たれてしまうことなど、あってはならないのだから。


 そして、永続結界の展開を終えたコマチを伴って少女が向かった先、そこはウィズダム率いる賢猿(サピエンス)の群れの本拠地である『蔦の森』であった。

 大樹から垂れ下がる大量の蔦が独特の雰囲気を放っているそこで、少女たちは思い思いの時間を過ごしているのであった。


「結局アタシ達の出番は無かったなぁ……」


 と、ぽつりと呟いたのはヒッタイトである。


 コマチの『結界・九葬薄原(くそうはくげん)』の巻き添えにならぬよう、退避していた百鬼夜行(ゴーストパーティー)の面々や蟲たち。彼らもこの蔦の森に集結していた。


「キイイ」


「ウキキィ」


「アタシの斧には触っちゃダメだぞ〜? 切れ味抜群だからな」


 そんな中、寄って来た子猿たちに囲まれながら、苔むした地面にごろんと寝転んでいるヒッタイト。


 人間という珍しい生物を見た子猿たちは、好奇心に目を輝かせて大はしゃぎしている。

 そして、そんな子猿たちともナチュラルに会話しているあたりが実にヒッタイトらしい。


 しかし反面、今の彼女の心中は複雑な感情で埋め尽くされている。

 僅か齢十三歳だという幼い少女が、相手が悪人であるとはいえ、人間を躊躇無く殺戮していく様子を目にしたのだ。大人として、もやりとした曇った感情を抱かずにはいられない。


 それが樹海に生きる彼女たちのやり方なのだと言われてしまえば、そこまでである。

 自分が戦った百足をはじめとする少女の保護者達も、随分と温厚で人間臭い性格をしていた。だから、間違っても少女のことを殺人鬼のように育て上げることはないだろう。それは確信できる。


 確信できるのだが……どうにも心の(かすみ)は晴れてくれない。

 大人として、もっとやれることは無かったのだろうか。そんな思いがずっと澱のように胸の底に停滞しているのだ。


 そりゃあ指名手配人ロバースのユニークスキルを前に、自分達にできることは何も無かった。

 言いたいのはそのもっと前の段階の話だ。A級冒険者として、もっと抑止力としての役割を果たすことができていれば……とか、幾つものタラレバが浮かんできて仕方がないのだ。


 業を背負うのは、大人である自分達だけでいいはずである。そして、自分の斧はその為にあった筈だ。


「やりきれねぇな……」


 ヒッタイトはごろりと寝返りをうつと、傍に置いていた戦斧へと手を伸ばした。

 紅いその戦斧には、紅茎(べにぐき)という名が付けられている。その斧は、そしてその名は、彼女の戦士としての矜持そのもの。戦うことで誰かを守りたいという想いが、今では遠くなった彼女の出発点なのであった。


「ウキ」


「……どうしたんだ?」


 すると、斧へと伸ばされたヒッタイトの掌に、子猿の掌がそっと重ねられた。

 きっとこの子猿は遊んでもらえるのだと思ったのだろう。子供にしか宿ることのない、屈託の無い笑顔をヒッタイトへと向けている。


「ふふふ……」


 そんな子猿たちに、ヒッタイトは彼女としては珍しい柔らかな笑顔で返事をした。

 そして、そっと子猿たちの頭を撫でる。


 今の曇天のような心に、すぐには答えを出すことはできないだろう。

 いいや、それでいい。戦士ヒッタイト、筋肉の塊のような脳みそで動いている自分には、考えるよりも先に行動している方が似合っているのだから。


 そう思いながら、ヒッタイトは少女の方を見やった。

 嫌なモノを沢山見て疲れたのだろう、少女はコマチの膝枕の上ですやすやと眠っていた。


 いくら強くても、いくら超越者であっても、少女は少女。未熟で幼い守られるべき存在である。そうでなければ、どうしてあんなに――


「すぅ……すぅ……」


 安らかな寝顔でいられるのだろうか。






 一方その頃、蜘蛛はこの世のものとは思えない、恐怖の光景を目の当たりにしていた。


「離してくれよ茶太郎! ()()は街に戻ってからって言ってたじゃん!」


「嫌じゃ。あの蛇との戦いのせいで思いの外消耗してしまってのう。そのせいで妾は腹の疼きが治らんのじゃ」


 百鬼夜行(ゴーストパーティー)の索敵役であるソバが、人型モードの茶太郎によってずるずると引き摺られているのだ。

 そして茶太郎がソバを連れて行こうとしている先には、大樹の落とした影によって出来た真っ暗闇が待ち構えていた。


「この光景は一体何なんだ……」


 蜘蛛は半ば呆然としながらそう零した。


 他の皆は全体的にしんみりムードになっているのに、何故かあの二人の周辺だけテンションが高めである。


「あ! そこで見てるのは蜘蛛さん! お願いです、助けて下さい!」


「ええ……」


 天から垂らされた蜘蛛の糸を見つけたと言わんばかりに、ソバは恥も外聞も無く蜘蛛に助けを求めた。

 ソバは戦闘能力は乏しいが、探索・索敵を行う斥候としての技術に秀でた優秀な人材である。ソバの索敵魔法の熟練度を一目で見抜いていた蜘蛛は、彼のことを優秀な索敵役として評価していたのだが……。


「本当にお願いします! 後生です! このままじゃ俺、骨の髄まで搾り尽くされてしまいます!」


 この醜態には、さすがにドン引きである。


「おい蜘蛛とやら、邪魔はしてくれるなよ。此奴はなんだかんだと喚いているが、これは契約に基づいた正当な行為なのじゃ」


 ソバの服の襟をむんずと掴んだ茶太郎が告げた。


「そうなの? ちなみにこれから何するのさ」


「無論、此奴の精を搾り尽くす」


「うわああああああああああいやだああああああああああ」


 そして茶太郎の無慈悲な宣告に、遂に発狂してしまうソバ。なんというか、プライドとか誇りとかは無いのか。公衆の面前で女性に引き摺られて、その上にぎゃん泣きするなど……もはや哀れに思えてくる程である。


「……あれ? でも契約なら、なんでそんなに嫌がってるの?」


 しかし、ここに疑問点が一つ。契約魔法は二者間での完全なる合意の上でしか成立しない厳正な魔術であるはずである。

 契約魔法にも詳しい蜘蛛は疑問に思った。そんなに嫌な代償を求められる契約ならば、どうして断らなかったのだろうかと。


「蜘蛛さん、騙されちゃいけません! 茶太郎は契約の内容を濁して伝えることで、自分に有利な契約になるように仕組んでいたんですよ!」


 その答えがこれである。

 契約魔法は完全なる合意の上でしか成立しない厳正な魔法。しかし、口先八丁で相手を錯覚させて、偽りの合意を得るという手口がグレーゾーンに存在しているのも確かなことだ。


 なるほど、ソバはその餌食になったのか。


「騙されたことに気付いたのならば、さっさとクーリングオフればよかったものを! そうせずに妾の力を利用したお前も同じ穴の(むじな)じゃろうて!」


 しかし茶太郎は悪びれる様子も無く、ソバを引き摺る手の力をぐっと強めた。


 騙されたことに気付いておきながらも、これ幸いと自分の力を利用したソバの方にも責任がある。そう言いたいのだろう。


 まあ、両者の言い分をまとめてみれば、大体五分五分といった所であろうか。

 そう判断した蜘蛛は、どちらかに加担することもなく傍観することを決めた。


「さあソバよ! 責任取って大人しく妾に犯されろ!」


「ついに直球で言っちゃったよ……」


 こりゃあ少女(あの子)には見せられないな……と呆れる蜘蛛。その視線の先では、ちょうど力負けしたソバが暗闇へと引き摺り込まれていくところであった。


「ソバ、同じ(オス)として同情するよ……」


 まあ同情するだけだけどね。そう小さく呟くと、蜘蛛は心の中でそっと合掌した。

同じ雄として同情します……本当に……。


それはそうと『クーリングオフる』って何??

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