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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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6 トキシック・マジカリズム

「にげたりなんてしないよ!」


 少女は威勢よくそう宣言すると、さっそく毒の魔法を行使した。空中に生成された紫色の毒矢が、一直線に枝角鹿(エダツノジカ)へと飛んでいく。


 しかしその毒矢が枝角鹿に命中することはなかった。

 かきん、という何かが反射されたような音がしたかと思えば、枝角鹿の眼前に展開された光の盾によって、毒矢が呆気なく弾かれてしまっていた。


「あれは……ひかりのまほう」


 ぽつりと少女が呟く。毒の魔法使いである彼女には、枝角鹿の作り出したあの光の盾の正体が分かっていた。

 あれは光の魔法だ。少女の使う毒の魔法とはまた異なる属性の魔術である。


 今まで見せていなかった魔法をここにきて枝角鹿が使ってきたということは、やはり彼も本気を出してきたということなのだろう。

 少女を対等な敵として見て、そして全力で潰しにかかってきているのだ。


「キャアアアアアン!」


 枝角鹿は突撃の喇叭(らっぱ)の如くひと鳴きすると、立派な角を前方に突き出し、突進を繰り出してきた。

 枝角鹿が後ろ脚で地面を蹴ると、土が抉られる凄まじい音がする。その蹴りによって生まれた莫大な推進力により、枝角鹿の突進はまるで飛ぶ矢のような速度を帯びていた。


 しかし少女はその速度を完璧に見切っていた。

 彼女は両腕を前方に突き出すと、突進してきた枝角鹿の二本の角を、そのまま両手で受け止めてしまったのだ。

 ただ、飛ぶ矢のような速度の突進を生身で受け止めた以上、少女も無事ではない。彼女の掌の皮膚は裂け、血だらけになっている。


「むむむ……」


「キィヤ……」


 少女の腕と枝角鹿の角がぎりぎりと押し合い、膠着が続く。その状態で少し睨み合った後、両者は示し合わせたかのように同時に後ろに飛び退いた。

 少女はびしっと枝角鹿を指差しながら言う。


「あなた、つよいね」


「キイヤアアアン……」


 今の一瞬の攻防で、少女と枝角鹿は互いのことをやはり強者であると認め合ったらしい。

 睨み合う両者の間に殺気と魔力が満ち満ちていく。空気がびりびりと震えているような感覚すらも感じさせられた。

 そして枝角鹿が吠える。


「キャアアアアアン!」


 枝角鹿の二本の角が淡く発光し、そこから無数の光の弾が放たれた。これも光の魔法だ。


 もちろん少女だって光の弾を避けていく。彼女の避けた光の弾は、そのまま背後にあった巨樹に炸裂し、その幹に巨大な穴を貫通させていた。

 寒気がするほどの威力である。人体などあっという間に消し飛んでしまうだろう。


「わたしもまけない!」


 光の弾を避けながら、少女もまた魔法を詠唱していた。両手を突き出すと、少女は次々に魔法の毒矢を連射する。

 その毒矢は時に枝角鹿に避けられ、時に光弾と衝突して対消滅し、時に的を外れて巨樹に突き刺さっていた。


 雨のように降り注ぐ光弾と、連射される凶悪な毒矢。割り込む隙もない猛烈な魔法の嵐だ。

 その嵐の中をかいくぐって、少女と枝角鹿は次第に接近していく。両者とも、相手を仕留めるにはやはり魔法だけでは足りないと判断したのだろう。そして再び肉弾戦が始まった。


「うりゃあああっ!」


「キイヤアアアッ!」


 大きな体格を誇る枝角鹿だが、それはつまり的が大きいということ。少女の繰り出す殴りや蹴りは、かなりの頻度で彼に命中していた。

 しかも少女は内臓に響くような体の部位を狙って攻撃しているようで、枝角鹿がたまに漏らす呻き声は本当に痛々しい。


「グギュウヤ……」


 だが枝角鹿も負けていない。少女の何倍もある体重を生かして、ずしんと重い一撃を叩き込んでくるのだ。

 少女が彼の後ろ蹴りをもろに食らってしまった時など、防御のために構えられた彼女の腕から、みしみしという骨が軋む音が聞こえていた。間違いなく骨が砕けているだろう。

 だがここで、少女が思いもよらない攻撃を見せた。


「『ポイズンバレット』!」


 激しい肉弾戦の最中に、彼女は魔法の詠唱を挟み込んできたのだ。

 魔法によって虚を突くつもりか、それともただの虚勢なのか。枝角鹿がそう警戒心を高めたその時、少女は空中に生成された毒矢を、いつものように射出せず、素手でぎゅっと掴んだのである。


 彼女はその勢いのまま、毒矢を短剣のように枝角鹿の脚に突き刺した。


「ギイアアアアアッ!?」


 枝角鹿の絶叫が響き渡る。少女によって生み出されたこの毒矢には、魔法によって生成された猛毒が含まれているのだ。それに身体を蝕まれる苦痛は想像を絶する。

 しかし、以前仕留めた蛮勇猪(バンユウシシ)よりも体格がいいこの枝角鹿では、毒が回るのにもより時間がかかるらしい。

 息が荒くなってはいるが、枝角鹿は辛うじて凛とした立ち姿を保っている。

 少女は再び枝角鹿を指差す。


「つぎで最後だよ」


「キ……キイヤアアアアアッ!」


 戦いの終わりが近付いてくる気配がある。毒を受けてしまった枝角鹿は、きっと次の攻撃に全霊を込めてくることだろう。その攻撃を少女が凌げるか、凌げないかで勝負が決まる。

 そう思っていたのだが、どうやら少女は枝角鹿に反撃の機会を与えるつもりはないらしい。彼女の掌の上には、既に球体状の毒液の塊が生み出されていた。


「『ポイズンフロー』!」


 その毒液の球が一瞬で何倍もの体積に膨れ上がり、そして決壊したかのように溢れ始める。毒の洪水を生み出す魔法だ。


 きっと一度でもそれに足をとられてしまったら、そのまま毒液に溺れて命を奪われてしまうことだろう。


「ギイヤアアアアアアアアアア!!」


 押し寄せる毒液の洪水を目の前にして、枝角鹿が最後の力を振り絞って咆哮する。

 彼の角は眩しいくらいに光を放っていた。命を燃やす最後の魔法が放たれるのだ。


 大きな魔法陣が空中に描き出される。その魔法陣もまた燃えるような光を放っていた。

 そして視界を真っ白に染め上げるくらいの強い光が放たれた直後、少女の左腕を灼熱感が襲った。


「がっ……!」


 思わず呻いてしまう少女。灼熱感の正体はすぐに分かった。数え切れない程の光線が、少女の目前にまで迫っていたのだ。

 少女の左腕を貫き、灼熱の痛みを与えたのは、あの無数の光線の中の一つだ。


 枝角鹿の命を賭けた最後の攻撃、それは魔法によって生み出された大量の光線であった。あまりに光線の数が多いために、まるで一塊の糸束のようにも見えている。

 無数の光線は少女のことを追尾し、彼女の体に次々と風穴を開けていった。


「負けてらんないっ!」


 次々と増えていく生傷を横目に少女が叫ぶ。それを合図に毒液の洪水の勢いがさらに増していった。

 今や溢れ出した毒液は周囲を飲み込んでしまっており、辺りに乱立していた巨樹たちも溶解させられて、跡形もなく消え去っている。


 枝角鹿はその死の奔流に、光の盾を召喚することで耐えている。圧倒的な物量で押し込んでこようとする毒液の洪水を前に、必死に踏ん張って光の盾を支えている。


 しかしその均衡はやがて崩れることになった。大きな光の盾によって毒液の洪水を防いでいた枝角鹿だったが、彼の身に変化が起こったのである。


「キ、キイヤ……」


 地面を強く踏み締めていた枝角鹿の四本の脚からがくりと力が抜ける。それと同時に、光の盾も砂のようにさらさらと崩壊してしまった。


 先程少女が枝角鹿の前脚に突き刺した毒矢、そこに含まれていた猛毒が遂に全身に回ったのだ。

 神経に働きかける毒が呼吸を停止させ、全身から生きる力を奪い去っていく。


「これで、とどめっ!」


 そして一際大きく押し寄せた毒液の高波が、枝角鹿を飲み込んだ。






 枝角鹿との激しい戦いから少し時間が経った。少女の目の前には、首だけとなった枝角鹿が転がっている。

 もちろん彼は、この枝角鹿はもう死んでいる。毒液の洪水によって全身の肉と骨を溶解させられて死んだのだ。少女の勝利である。


 だが彼は、命を失っても名誉を守ったようだ。彼は毒液の高波に飲み込まれる寸前、崩壊していく光の盾を一点に収束させることで、かろうじて自身の頭部だけは守り抜いたのだ。


 その最後の抵抗のお陰で溶かされずに済んだ彼の頭には、自分を超える強者と戦い、散ることが出来た喜びが浮かんでいる。


 この世界においては、勇猛果敢な獣の戦士たちは死後、獣の神の身許に招かれると言われている。

 この枝角鹿の魂もきっと、今頃は天上の世界に召されていることだろう。


 少女は地面に転がる枝角鹿の頭に、そっと自身の掌を添えた。まるで優しく撫でるかのように。


「貴方は強かったよ」


 それだけぽつりと呟いて、少女はその場から姿を消した。

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