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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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58 雪色のヴァージン・ロード

「おい……おいおいおい!? 何なんだあのガキぃ!?」


 錯乱したロバースが叫ぶ。

 奴の周辺には両腕を無くした部下たちが、虚ろな目をしてモノのように転がっていた。


 一瞬だった。一瞬で部下の半数以上がやられた。混乱したロバースの脳は、未だその事実を処理できていない。


 速すぎたのである。少女が詠唱を行ってから魔毒の矢が具現化されるまで、それに掛かった時間はほんの一秒足らずだった。

 ロバースは少女を包囲した部下達を目視して、瞬きをした。しかしその瞼が再び開いた時、その部下達は矢に貫かれて倒れ伏していたのである。


 ロバースは少女が嬲り殺される様を高みの見物しようと、彼女から一定の距離を取っていた。

 そのお陰か、奴は少女の攻撃には巻き込まれていない。


 だから腕や脚は無事に残っている。だがしかし、奴の顔にずっと張り付いていた薄ら笑いは、既にどこかへと消え去っていた。


「あ、ああ、逃げないと……逃げないとぉっ!」


 思考を停止していたロバースの脳みそが、やっとのことで行うべき最適解を導き出す。

 奴はそれに従って、少女の反対側へと走り出した。


 無様だが、これもわかりきっていた結果である。

 ロバースという小物が少女に敵うはずがないことなど、全くもってわかりきっていたことである。


 それなのに、何故ロバースは少女の実力に気付かず、無謀にも彼女に挑んだのか。

 その理由はいたって簡単である。単に、奴は他者の実力を見抜くだけの実力を持っていないのだ。


 奴は今まで、ユニークスキルにばかり頼って生きてきた。そして用いる戦法はいつも、亜次元に潜んでからの不意打ちのみ。

 つまり、ロバースは人生で一度も真っ向勝負を経験したことが無いのである。

 ユニークスキルは非常に強力だが、それに頼り過ぎた結果、自分自身の能力はまるで成長していないのだ。


 結論、奴はユニークスキルを持っただけの一般人に等しい。


「逃げる賊が、また一人」


 背を向けて逃げるロバースを察知した少女。

 しかし、彼女はいたって冷静だ。何故なら今彼女は、賊共を殲滅することしか考えていないのだから。


 その瞬間、少女は残像ができる程の速度で走り出した。


「くるなくるなくるなぁ!」


 それを見たロバースの顔がさらに引き攣っていく。

 ついさっきまで、その顔には気色の悪い笑みばかりが浮かんでいたのだが……。今はただ、振り撒かれた涙によってぐしゃぐしゃに汚れた、酷く引き攣った顔がそこにある。


 しかし、それに同情する者など何処にもいないだろう。全ては奴の自業自得なのだから。


 そして、もう黙って破滅を受け入れるしかないというのに、ロバースは逃げる逃げる。

 まさか、まだ助かる余地があるとか、奇跡が起こるかもしれないとか、そんな下らないことを考えているのだろうか。


 ならば教えてやろうではないか。罪人を待つのは地獄のみであるということを。


「くるなくるなくるな――があっ!?」


 その時、全速力で走り続けていたロバースの動きが突然停止した。

 いや、『止められた』と言うべきだろうか。


「なんなんだよぉ!? 氷ぃ!?」


 ロバースの脚には、大きな氷塊が枷のように纏わりついていた。

 その重い氷塊によって、奴の足が止まる。


 ロバースは『何なんだ』と喚いているが、これは当然魔法である。

 奴に殺された妻子の無念を晴らす為、この場に立つ者――メルトが放った氷の魔法である。


「後は頼んだぞ、主」


 そして、仕事は終えたと言わんばかりにメルトが呟いた。

 既に彼からバトンは渡っている。


 少女が彼を抱き締めて受け入れたあの時に、既に仇討ちのバトンは少女の掌へと渡っているのだ。

 何故なら少女はメルトの主であり、全てを背負って立つ『樹海(もり)の主』であるのだから。


「懺悔の時間も与えない」


「やめっ――」


 少女の握った毒の剣が、ロバースの四肢を斬り落とした。






 ビシビシビシビシビシビシビシビシッ!!!


 歪な模様を描いていた亜次元の空に、次々と走っていく亀裂。

 蜘蛛たちの大規模儀式による干渉に加えて、亜次元の存在を維持していたロバースが意思能力を喪失したのだ。この亜次元の洞穴が崩壊するのに、これらの条件は十分過ぎる。


「メルト、戻ろうか」


「ああ、主」


 亜次元の中には、まだ無事な密猟者たちもいる。

 しかし、少女とメルトはそんなことは気にも留めていなかった。

 何故なら彼女たちは知っているのだ。この亜次元の外にだって、優秀な狩人達が待ち構えていることを。


 ビシビシビシビシビシ――パキィンッ!!


 そして止めのように、一際大きな音を立てて亀裂が走る。それを合図に亜次元は完全に崩壊した。


 硝子の破片のように飛び散ったその残骸は、やがて魔力の粒子となって大気へと霧散していく。

 ぱらぱらと舞う破片と魔力の粒子の中で、少女の眼に映ったのは()()()()()()()地面であった。


 ……どうして地面が遥か下方に見えているのだ?


「……あれ?」


「主、どうやら我々は空を落下してします」


 周囲を見回してみれば、暗い宵闇の空と、雲と、遠くに浮かぶ月が見えた。


 そう、亜次元の崩壊に伴って何か異常が起こったのか、彼女たちは上空に転送されてしまったのである。

 密猟者たちも同様だ。百人を超える密猟者たちは、傷口を風に逆撫でられながら落下していっている。


「最近はよく落ちるね」


 まさかこんな短期間の内に、二度も空中落下を経験することになるとは思わなかった。よし、今回は着地で地面にクレーターを作らないように気を付けないと。


 その時、安全な着地の方法について逡巡しながら落下する少女の眼が、一つの人影を捉えた。


「あれは……コマチって人だ」


 それは、地上にて賊共を待ち構える狩人の姿であった。


 遠い地上からこちらを眺めているのは、百鬼夜行(ゴーストパーティー)の東洋魔術師であるミノ・コマチ。

 彼女の周辺に蟲たちやヒッタイトたちの姿は無い。彼女は何故だか一人で佇んでいるのだ。


 しかし、それを見て少女は直感した。


「何か、ものすごい事をするみたい」


 そう、人払いが必要な程の大技。彼女はそれを今から放つつもりなのだろう。おそらくは、空から降ってくる密猟者たちを一網打尽にするために。


 そして、少女のそんな考えが伝心したのか、地上のコマチがにこりと笑った。

 月下に咲いたその笑顔は、まるで夜桜のようであった。少女ですら、それを見て心が洗われていく感覚を覚えた程である。


 少女もまた、遥か高き上空から小さく笑い返した。


「メルト、離脱するよ。頑張って空飛んで」


「あいも変わらず無茶を言う……」


 コマチの邪魔にならぬよう、少女は早急に離脱することに決めた。

 しかし『空を飛べ』とは、地上を生きる狼にとっては少し無理難題ではないだろうか。


 案の定ぶつぶつと文句を呟いているメルト。しかし、その顔は晴れやかだ。

 仇討ちを果たして心の枷を捨て去った彼には、広い広いこの大空がよく似合うのである。


 そんな彼ならば、空くらい飛べるだろう。


「『ヴァージン・ロード』」


 最後に溜め息を一つ吐くと、メルトは魔法を詠唱した。

 すると、空中にぱらぱらと雪の粒が生成されていく。次第にそれらは雪玉へと成長していき、さらには互いにくっついて一つの形を造り出した。


 少女の目の前に広がったのは、地上へと続く真っ白な雪の道。


 あっという間に、雪の空中回廊が出来上がってしまった。


「おお〜、すごい」


 少女を背に乗せたメルトは、空中回廊を辿ってゆっくりと空を降りていく。


 それは凱旋であり、彼にとっての一つの決別であり、そして門出であった。






 一方、賊共を待つのは地上の地獄である。


 美しく佇む月下美人には、薔薇の棘をも凌ぐ恐ろしい牙が備わっているのだ。

 そして、これよりその牙を振るうのがミノ・コマチである。


「さあ、死屍累々の芥川(あくたがわ)を生み出しましょうか」


 コマチの美しい黒髪から魔力が立ち昇る。月明かりに照らされたそれは、まるで天へと昇る煙のようであった。

 髪の毛とは、人間という生物に与えられた唯一の魔術の触媒である。そして、美しく磨かれたコマチの黒髪は本当に魔力をよく通す。


 まるで、水面が飛び込んでくる何者をも拒まないように。


 コマチは右の掌の上に、親指を折り曲げた左の掌を重ねた。

 その手印は魔力を魔術式へと媒介し、そして此岸と彼岸を分つ結界を紡ぎ出していく。


 檻のような形を持って広がっていく魔力。


 そして彼女は賊共へと、本日二度目となる死刑宣告を告げた。


「『結界・九葬薄原(くそうはくげん)』」

メルト……幸せになってね……。

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