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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
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54 ボーダーラインを飛び越えて

「おいおいおい……また想定外かよ」


 突如空から舞い降りた可憐な銀髪の天使――少女を見つめて、ヒッタイトがぽつりと呟いた。

 気絶の反動から未だ抜け出せず、現在身体を自由に動かすことのできない彼女。しかし、それでもはっきりと感じることが一つ。


 ――あの人間の少女は化け物だ。


 ぼやけたままの魔力感知でもくっきりとわかる。彼女の身体に宿る、大海の如き底無しの魔力が。


 底無しの魔力。無限の魔力。

 一体どれだけの魔術師たちがそれに憧れ、そして叶わぬ夢と知って散っていっただろうか。

 魔力が無限にあるということはつまり、半永久的に魔法を撃ち続けられるということ。それがどれだけ規格外であることか、愚者でもわかる。


 つまりそれは、終わらない砲撃を実現した砲台である。弾を込める必要すらなく、ひたすらに絨毯爆撃を繰り返す砲台だ。


 それが今、目の前に舞い降りて来たのである。膨大な魔力と共に。


 その時ヒッタイトの脳裏に、一つの言葉が蘇ってきた。


 ――『凡人と偉人を隔てる高い高い壁。それをよじ登って来たのがA級冒険者たちだ。……そしてその壁に、いとも容易く穴をぶち開けてやって来るのが超越者、S級冒険者たちなんだ』


 彼女が新人の冒険者だった頃に、酒場で先輩たちから飽きるほどに聞かされた有名な台詞だ。

 才能という地盤の上に、努力という土を絶え間なく振り掛け続けて、ようやく出来上がるA級冒険者という豊かな土壌。その様を、この言葉は『壁を乗り越えた』と表現しているのである。


 だがしかし、その硬く分厚い壁の向こう側へとやって来る者たちの中には、稀に、ごく稀に、超越者が混ざり込んでいるのだ。


 壁をよじ登るのではなく、その壁に穴をこじ開けて自分の道を造ってしまう。そんな常識外の化け物たちを、人々はS級冒険者と呼ぶ。


「貴方たちは……悪い人じゃないよね?」


 そして、こちらへと純粋無垢な瞳を向けて来ているあの銀髪の少女は、間違いなくそちら側の人間だ。


 一目見た瞬間に分かった。彼女こそ『樹海(もり)の主』。世界中に数える程しか存在しない、超越者たちの中の一人であると。


 もはや、ヒッタイトの身体は微塵も震えない。しかし、それは恐怖の念が消えたからでは断じてない。例えば、天をも貫くような高い高い山脈を見上げた時に、人は震えるだろうか。いや、震えない。


 そんな時に人から生じるのは、一欠片の僅かな溜め息のみである。


「主よ! 一体どこへ行くというのだ!」


 その時、呆気に取られるヒッタイトたちを余所目に、空からもう一つの声と影が降って来た。

 少女とは違って静かに、そして優雅に着地したそれは、雪色の体毛に覆われ、螺旋を描く角を額に持つ大きな狼であった。


「メルト! 無事だったか!」


「ああ百足殿! 申し訳ない、目覚めた主が急に走り出していってしまったのです! なんでも強い魔力を感じたということで…」


 その狼――メルトは百足たちを目に留めると同時に、早口で謝罪の言葉を捲し立てた。

 その様子からは、少女に振り回される彼の悲痛な気持ちが痛いほどに伝わってくる。


 メルト曰く、魔力の急激な消費による気絶から目を覚ました少女は、『なんか強そうな人がいる!』と言って一人で飛び出して行ったしまったらしい。


「それで百足殿、あの人間たちは……」


「敵じゃないよ。運悪く鉢合わせたっていうのが一番しっくりくるかな」


 百鬼夜行(ゴーストパーティー)の面々を一瞬睨んだメルトを、さっと百足が制する。

 これも仕方がない。いきなり現れた人間に対して、警戒心を向けるなという方が無理な話だ。


 それよりも、この複雑で面倒な状況を少女にどう説明しようか。蟲たちの頭の中はこの悩みで一杯である。


「なるほどね、だいたいはわかったよ」


「え? わかったの?」


 しかし悩む蟲たちを他所に、少女はそう声を上げた。もしや、この一瞬で全ての状況を把握したというのだろうか?


「いや、このアーサーって子に教えたもらった」


「え、ええ。造物主(マスター)が困っているようでしたので」


 いや、どうやら蟲たちが悩んでいる間に、アーサーが少女に状況説明を行ってくれていたようだ。

 さすがはポスト・シンギュラリティ。造物主の苦悩を汲んで自ら行動するとは、もはやそこらの人間よりも有能なのではないだろうか。百足たちが拝むようにしてアーサーを見つめている。


「ま、造物主(マスター)……そんなに見られると、なんだかくすぐったいですよ……」







「なるほど密猟者か。それならアタシたちも情報が出せるぜ。そもそも、奴らの確保も任務の一つだからな」


「それはよかったわ。正直言って、わたしたちだけじゃ手詰まりだったのよ」


 そんなこんなで日が傾いてきた頃。少女たち樹海勢力と百鬼夜行(ゴーストパーティー)は共に円卓を囲み、互いの情報の共有を行なっていた。


 ヒッタイトたちの存在が少女にバレてしまった今、百鬼夜行(ゴーストパーティー)との協同が新たに選択肢として浮上したためである。


 ちなみに、この円卓もアーサーが魔法で生み出してくれたものだ。本当に彼女はどこまで行っても有能である。

 こう言ってしまうと申し訳ないが、本当に()()百足から生まれた存在なのだろうか?


 いやそれよりも、注目すべきはヒッタイトたちが持っているという賊たちに関する情報の方だろう。

 今まで少女たちの必死の捜索にも関わらず、尻尾すら掴ませなかった密猟者たち。

 メルトの妻子の仇である奴らの正体が、遂に判明するのだ。そして、少女たちの捜索網から逃れることができていた訳も。


「手詰まりか……。まあ、そりゃあそうだろうな」


「おいおい、俺たちは全力を尽くしたんだぞ? いくらなんでもその言い方は――」


「いやすまない! 言葉の綾だ! そういう意味じゃなくてな、その密猟者たちが()()特殊なんだよ」


 そもそも、疑問に思わないだろうか。

 密猟者という賊とはつまり、卑劣で矮小な屑どもだ。そんな屑どもが何故、険しい死海山脈を越えて、さらには樹海で安全に狩りを行えているのか。


 その理由とは。


「奴らの徒党を束ねる頭、指名手配人ロバースの持つ『ユニークスキル』にカラクリがあるんだ」

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