50 百足の最高傑作
「お呼びですか、我が造物主?」
召喚された歯車仕掛自動人形、騎士が百足に問う。
光り輝く全身鎧に、腰に下げたロングソード。彼の姿は、まさにザ・王道騎士だ。
「いや、そいつ喋るのか……」
「ああ、普通に喋るぞ」
歯車仕掛自動人形という未知の魔法。そして、現れたあの騎士のような姿をした人形。
ゴーレムとも、そして式神とも異なる空気を纏っているそれに、ヒッタイトの興味が激しく惹かれていく。
そんな彼女の様子を見て気を良くしたのか、百足がひとりでに語らい始めた。
「ふっふっふ……さあ、聞いて驚け! 見て驚け! 俺の歯車仕掛自動人形の秘められた力を!」
「……お前が説明するスタイルなのかよ」
百足が自慢げに胸を張り、自身の最高傑作の説明を始める。
きっと、彼はこの時をずっと待ち望んでいたのだろう。自慢の最高傑作をお披露目するこの時を。
「まず! 搭載された俺製知能! 人間の脳の形を完全に再現した、戦いの中で学習・成長する歯車仕掛自動人形の根幹機能だ!」
セイバーに絡みついた百足が、その頭をぺしぺしと撫でながら語る。
俺製知能という妙にハイテクな言葉が聞こえた気がするが、百足の行動言動をいちいち気に留めることほど無駄なことはないので、スルーしておく。
「ま、造物主? 私の頭に何か?」
ぺしぺしと頭を撫でてくる造物主に困惑した様子で、セイバーが呟いた。
彼は先程この世に生まれ落ちたばかり。そのため彼は今、猛烈なスピードで『学習』を行っている最中である。
周りの景色、聞こえてくる自然音、そして何故か自分のことを撫で回してくる造物主。
少しばかり妙な情報が異物混入しているものの、彼の脳内が無数の情報によって彩られていく。
「さらには! 擬似オリハルコンで出来た鎧と剣! 複眼の搭載によって実現した広い視野! しかも脳内の情報を魔力信号化して保存しているから、ボディーが破損しても復元できる!」
「失礼ながら造物主、そのように手の内を明かしてしまってもよろしいのですか?」
百足の雄弁な語りはとどまる所を知らない。自分の情報が次々と露わにされていくこの状況に、セイバーは疑問を呈するが――
「大丈夫、大丈夫。今話したのだって、君に備わった千九百七十七個の機能の中の、ほんの一部にしか過ぎないんだからさ」
百足は一切気にする様子もなく、笑顔でその疑問を払拭した。
それにしても、千九百七十七個の機能とは一体……。きっと、テンションの上がった百足が勢いで付け足しを繰り返した結果の数字なのだろう。
「ということでセイバー! やっちゃって!」
「了解しました、造物主!」
セイバーがすらりと剣を抜く。その剣は、炎のように輝く紅色をしていた。
擬似オリハルコン、それは百足が伝説の金属として語られるオリハルコンを真似て生成した魔法金属。
魔力を纏わせれば纏わせるほどに、その紅色はより濃く深くなっていく。
ちなみに、この擬似オリハルコンを錬成するための等価交換の材料は、メルトの生え変わった角と少女の抜けた乳歯である。
勿論、蛇の抜け殻を勝手に使ってぶん殴られた反省から、きっちりと本人たちに使用の許可を得ているので安心してほしい。
ただ、抜けた乳歯を使わせてほしいと頼み込んだ時に少女が見せた引き攣った笑顔が、百足は未だに忘れられないという。
「それが擬似オリハルコン製の剣か……。それって、もはや聖遺物並の価値があるんじゃないか?」
ヒッタイトも、戦斧を構えてセイバーのことを見据える。
奇妙なことに、セイバーからは百足とはまた違う性質の魔力が立ち昇っていた。
ゴーレムや式神というのは、本来術者の魔力に依存して活動する存在。そのため、このように独立した魔力を持つことなどないはずなのだが……。
「これもまた、千九百七十七分の一なのか?」
「その通り! 独立稼働する魔力タンクってね」
「ハッ、もはや何もかもが規格外だな」
苦笑を浮かべたヒッタイトに、セイバーは剣の切先を向けた。
「斧の方よ。我が造物主の命に従い、その首を貰い受ける」
彼は騎士らしく、決闘の口上を述べる。
「いや、首は取らなくてもいいよ……いらないし」
「おいおい、ゾッとする会話は止めてくれ! 『ストーン・グレネード』!」
引き気味の百足を他所に、ヒッタイトが大地魔法を唱える。収束する魔力。彼女の掌に岩の塊が現れた。
彼女はその岩を野球ボールよろしく指三本で握ると、大きく振りかぶり――
「どっこいしょおおおおお!」
一直線に投擲した。
豪速球と化したその岩は、猛スピードでセイバーの眼前まで迫ると、急激に赤熱し始める。
「むっ!?」
そして、岩は一瞬の眩い発光の後、爆発した。
岩の破片が爆発のエネルギーによって四散する。その威力はまさに手榴弾。
セイバーは鎧に包まれているとはいえ、さすがにこの威力を防ぎ切ることは――
「……造物主、これが魔法というものなのですね」
いや、普通に防ぎ切っていた。猛烈な勢いで炸裂した石弾ですら、彼の鎧には擦り傷すら付けられていないのである。
擬似オリハルコン製の鎧は伊達じゃないということか。剣と同じ、炎のような紅色の鎧が美しく輝いている。
「セイバー、こういう時は『反撃』するんだよ」
「了解しました、造物主!」
セイバーが剣を構えて駆け出した。
軽快なステップを踏みながらヒッタイトに迫るセイバー。彼は跳躍し、上段に剣を構える。
「『十字の剣』」
放たれたのは十字の銀閃。一秒の間に二度振り下ろされた剣が描き出す高速の剣技。
輝く白銀の軌跡がヒッタイトに迫る。
「はあっ!」
しかしヒッタイトは戦斧を薙ぎ払い、セイバーの剣を弾いてみせた。
そして彼女はぐるぐると長い戦斧を振り回すと、セイバーの首を目掛けて刃を一閃する。
ヒッタイトは首以外を狙わない。
首とは全生物共通の急所。彼女は首を刎ねることでの一撃必殺に、激しい浪漫を感じている。
首刈りとは、もはや彼女の矜持なのだ。
「さすがは"首刈り"……油断も隙もない」
「騎士の首は刈り甲斐があるからなぁ!」
セイバーは即座に腰を抜いてしゃがみ込み、ヒッタイトの刃を躱した。
ギュンッという轟音が彼の頭上を通り抜けていく。
長い柄によって遠心力を得た戦斧の一撃は、えげつなく猛烈な勢いを帯びていた。
セイバーは地面に足をついた状態で、鞘に収めていた剣の柄に手をかけた。抜刀術の構えである。
「騎士のくせに案外型破りじゃねえか! おもしろい!」
ヒッタイトはそれに合わせて、戦斧を頭上に大きく振り翳す。
「おりゃあっっ!!」
「はあっ!!」
鞘から解き放たれ、高速で抜刀される紅色の剣。
頭上から猛獣の如き勢いで振り下ろされる鈍色の刃。
両者は衝突――
「古の時代、天子に反旗を翻せし鬼神の異形を今ここに」
しなかった。
「なにぃっ!?」
「造物主!? 何故ですか!?」
何故なら、セイバーの剣もヒッタイトの戦斧も、両者の間に割って入った奇妙な影に白刃取られてしまったのだから。
その影の正体とは、四本の腕、四本の脚、そして対になった二つの頭を持つ異形の鬼神――を模ったゴーレムだった。
「百足って脚がいっぱいじゃん? だから、俺の戦装束はこの形にしたんだ」
ゴーレムから百足の声が響く。
そう、このゴーレムは百足が搭乗するために造られた特別な機体。
ゴーレムの魔法ばかりに特化して高い戦闘能力を持たない彼が、人並みに戦うために生み出したパワードスーツの中の一つ。
その名も――
「『戦装束・両面宿儺』」
ついに50話! 100の半分に到達です!
投稿を始めてから丁度二ヶ月でここまで来れました。
もしかして、年内に100話到達も夢じゃないのでは!?
そして、ここまで続けてこられたのも皆さんの応援のお陰です! これからも少女たちの物語をよろしくお願いします!