47 永遠のティーンエイジャー
突然だが、『理由はわからないけれど、どうにも好きになれない』相手というものが、人間関係を築いている内に、ふと現れることがあるらしい。
人間の感覚である以上詳しくは理解できないが、一目惚れという言葉がある以上、そのような『一目嫌い』があっても不思議ではないだろう。
何が言いたいかというと、そのような関係性が、魔獣たちの間にも存在しているということだ。
「なんだか私、貴方のことが好きになれないわ」
「おや奇遇。妾も先程からそんな気がしていたのじゃ」
そして運悪く、蛇と茶太郎の関係性こそ、まさにそれだったということだ。
「容赦は……無しでいいわよね?」
「当たり前じゃ。誰に向かって言っておる?」
「なんだか貴方、いちいちイラつかせてくるわね……」
何だか険悪な雰囲気だ。せっかくの決闘なのだから、もっと仲良く殺し合ってほしいものである。
戦場で向かい合うのは、真っ白な蛇と巨大な狐。
先に動きのあったのは狐の方だった。
「『変化』」
茶太郎が呪文を口にする。
彼女が唱えたのは、今の巨大な狐の姿になった時と同じ、『変化』の呪文。
そう、彼女はまだ変身を残していたのだ。
「貴様らは人語を話すことはできるようじゃが、コレはどうじゃ?」
詠唱と同時に放たれた光の中から、人間の姿に化けた茶太郎が現れた。
頭に乗っかった、獣の面影を残す大きな狐の耳。背後でふわりふわりと揺れる、二つの尻尾。
見た目は基本的には大人の人間の女性だが、所々にそう言った狐の特徴が現れている。
「獣は百年生きると妖力を得て、人の姿に化けるようになるのじゃ」
自慢げに語る茶太郎。彼女は桃色の友禅を着込んでいる。
豪華絢爛に装飾されたそれをわざとらしく揺らしながら、鋭い切れ目で蛇を見つめている。
「百年って……貴方、だいぶ歳いってるのね」
しかし、蛇はそんなことは気にも留めなかった。
それどころか平然とした顔で、爆弾にも等しい禁句を投下していったのである。
「……おやおや、若造はいつの時代も生意気じゃな」
だが、茶太郎にも年の功というものがある。この程度でキレる狐ではないのだ、彼女は。
「歳を重ねるというのは、悪いことだけではないのじゃぞ? 貴様も百年を生きればわかる」
諭すような口調で語りかける茶太郎。
やはり悠久の時を生きた魔獣というのは、格だけではなく高い徳も持ち合わせているのだろうか。
だがしかし。
口では余裕そうにしている茶太郎の額に、僅かに青筋が浮かび上がっているのを、蛇は見逃さなかった。
「あらあら、年寄りはいつの時代も上から目線ね」
「は?」
……茶太郎はキレた。
「貴様、火達磨になった後で同じことを言ってみろ!」
途端に解き放たれる大量の魔力。
彼女の怒りを象徴するかのように、掌には紅い灼熱の魔力が集っていった。
「『懸想の炎』!!」
撃ち出されたのは大きな火炎の球。ごうごうと激しく燃えながら、猛スピードで蛇へと襲いかかる。
「懸想ですって? 果たして、まだそんなこと言ってられる歳なのかしら?」
蛇はくすりと微笑すると、防御の魔法を展開する。
「『プロテクション』」
生み出された光り輝く円形の盾は、襲いくる炎弾を容易く打ち消した。
「……むっ」
さらに蛇は着弾の衝撃で舞った土煙を目眩しにして、反撃の呪文を詠唱する。
「『クイーンズ・リワード』」
今度は彼女の尻尾へと光の魔力が集まっていく。
光の粒子によって形作られたのは、蛇の全長を遥かに超える長さを持つ鞭であった。
土煙を切り裂いて、茶太郎へと迫る鋭利な鞭。
「ふんっ!」
だが、なんと茶太郎はそれを素手で受け止めた。
それどころか、むんずと鞭を固く握り締めると、くっついている蛇ごと投げ飛ばしてしまった。
「がっ!?」
勢い良く投げ飛ばされ、大樹へと衝突する蛇。光の鞭は霧散し消滅した。
「年長者を侮るな、ということじゃ」
「……確かに、その通りね」
柔らかい光を全身に纏いながら、むくりと起き上がる蛇。
大樹に叩き付けられた拍子に折れたいくつかの骨を、魔法で治癒しているのだ。
そしてその優しい光は、次第に太陽が放つような強烈で鋭利なものへと変わっていった。
「だから、私も本気を出すことにするわ」
蛇が銀色の魔力に包まれる。その輝きは、全てを渇かし砂へと帰す、残酷な太陽の光そのものだった。
樹海では、ただの枷にしかならなかった彼女の白い鱗。
しかし知っているだろうか。外の人間の世界では、彼女のような白い魔獣は信仰の対象となることが多いのだ。
確かに、どこか神々しい白い毛皮や鱗を纏った彼らの中に神性を見出すのは、極めて自然なことに思える。
そしてその際、彼らはどのような神と結びつけられているのか。
そう、それは太陽神である。
白とは、すなわち光。
人の眼では色として捉えられない太陽の光を、人類は最も眩しい色である白に見た。
「神の義腕、白銀の鉄槌の輝きを今ここに!」
そう、白鱗を持つ蛇の中には、太陽神の加護が眠っているのだ。
銀色の魔力が花吹雪のように舞い上がる。そして、空中にて急激に膨れ上がったそれが生み出したのは――
「出でよ、『アガートラーム』!!」
これでもかと言うほどに白銀の輝きを放つ、巨大な銀の拳であった。
銀にて形作られし巨大な拳。至るところに緻密な装飾が現れているのは、さすが銀細工といったところか。
蛇はその銀の拳をぶんぶんと振り回しながら、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「私はね、ストロングなパンチ・スタイルが好みなの」
「おや奇遇。妾も丁度、貴様をぶん殴りたい気分なのじゃ」
第二ラウンド、血飛沫舞う肉弾戦の開幕だ。
『百年生きると……』とか言っていますが、茶太郎は少なくとも二百年は生きています。