45 瓢箪を酒で満たせ
「私の剣は一撃必殺。故に、最初から全力でいかせてもらう」
いよいよ決闘が始まる。
蜘蛛の前へと陣取り、構えたのは笠松。
深く被った笠の狭間から、彼の鋭い眼光がちらりと覗いている。
そして、詠唱が始まった。
「我、いずれ無常の濁流に、塵となりて消える者。ならばその塵に、一時の儚き驕りを与えよ――」
笠松は顔の前で印を組み、一心に呪文を唱える。
すると、次第に彼の纏う魔力が鋭さを増し、同時にギュッと凝縮されていった。
「――『秘術・月』」
最後に彼がそう唱えるのと同時に、凝縮された濃密な魔力が彼の脚へとぐんぐん吸い込まれていく。
東洋の神秘の結晶、東洋魔術の一欠片が、今彼に力を与える。
「それって身体強化系? 珍しい魔力の流れ方だね」
その様子を見ていた蜘蛛がひとりごつ。
おそらく、笠松が唱えた魔法は身体能力を強化するタイプのもの。慧眼を持つ蜘蛛は一瞬でそれを見抜いていた。
蜘蛛が普段使う西洋魔術とは、東洋魔術は体系も魔法言語も異なっている。だがそんな未知の魔法でも、蜘蛛にかかれば一瞬で丸裸というわけだ。
「……いかにも。しかし私の本領は魔術に非ず」
しかし笠松は蜘蛛の看破に大した反応を示さない。
何故なら、彼の本分は魔法ではなく剣なのだから。
その瞬間、笠松は、風が吹くように剣を抜いた。
恐ろしい程に速い抜剣。
彼の右手に、銀色に輝く一振りの剣が現れる。
「……見えなかった」
その所作は、蜘蛛でさえも捉えられないほどに洗練されていた。
剣を握った笠松の放つ空気は、先程までとはまるで別物だ。周囲にビリビリと魔力と殺気を響かせている。
この変貌っぷりこそ一流の剣士である証。『得物を握る』というスイッチによって突入する、絶対殺戮モードだ。
さらには、鞘より抜き放たれた剣。その刃は微妙に湾曲している上に片刃であるという、西洋ではまず見かけない形状をしていた。
そんな剣を何と言うか、知っているだろうか。
そう、刀である。
「いざ参る」
笠松が強化された脚で、強く強く地面を蹴る。
ボコッと鈍い音が鳴ったと思うと、彼の踏み込みのあまりの強さに地面が陥没した音であった。
次の瞬間、彼は舞う土埃と共に高く高く空へと跳び上がった。
樹海の巨樹を容易く飛び越え、空中から蜘蛛を見下ろす。
そして彼は上段に刀を構えた。
「……大御酒よ、瓢箪に満ちよ」
上空という超超超大上段から振り下ろされるのは、脳天かち割る必殺の一撃。
「――『酒源養老』!!」
滝のように流麗な一閃が、容赦なく蜘蛛を襲った。
吹き荒れる突風。舞い上がる木の葉。
流星のように流れ落ちた笠松の一閃は、あたりに旋風を巻き起こした。
土埃と木の葉が舞い散っているせいで、蜘蛛の安否もわからない。
しかしその時、土埃によって茶色く濁った空気の向こう側から肌を刺す魔力が迸った。
続いて、旋風のカーテンの中から七つの光がぼんやりと浮かび上がる。
「――なるほど、ね」
蜘蛛の声だ。
そう、蜘蛛はこの程度で真っ二つになる蜘蛛ではない。
飛び立ったのは血飛沫ではなく、鍔迫り合いの火花だった。
「『虹の七星剣』」
「何っ!?」
笠松が振り下ろした刃。
それは突如現れた七本の魔剣によって、蜘蛛の眼前で堰き止められていた。
「僕のこと、あんまり甘く見ないでね。剣士さん」
笠松の呟いている詠唱や技名、そして変な独り言には、一応元ネタがあります。
三連休が暇で暇で堪らないという方がいましたら、良ければ探してみて下さい。