42 耳元で優しく囁いて
「ウジョオ!?」
「カキュ!?」
「シュ〜!?」
突然の乱入者、巨大な狐と四人の人間。
いきなり高速で飛び込んできた彼らを見て、驚愕の声を上げる三匹の蟲たち。
「うぎゃあぁぁぁぁぁ!?」
そして、急停止のはずみに茶太郎の背中から投げ出され、勢いよく地面を転がる百鬼夜行の一同。
奇妙な形ではあるが、遂に、ここに両者の邂逅が果たされた。
それからしばらくして。
「ウジョジョ……」
「むむむ……」
蟲たちと人間たちは、互いに距離をとって見つめ合っていた。
膠着状態である。この何とも言えない奇妙な状況に、両者ともが次の手を決めかねているのだ。
それも当然。
蟲たちからしたら、相手はいきなり猛スピードで突っ込んできた、怪しさ満点の不審者さんたちである。
彼らから悪意や敵意の類いは感じないとはいえ、不審者への対応にはさすがの彼らも困る。
百鬼夜行側からしても、相手は百足・蜘蛛・蛇という妙なトリオだ。少なからず警戒心がある。
「……」
しかし、ヒッタイトはこの状況下でも思考を絶やしていなかった。
経験と実力に裏打ちされたその聡明な双眸で、彼女は冷静にこの奇妙な状況を分析していた。
――目の前にいる三匹の蟲たち。
大百足に、毛むくじゃらの蜘蛛に、白く輝く鱗をまとった蛇。
おそらくは巨大百足に、鬼魔毒蜘蛛に、鼻咬み蛇だろう。いずれも死海での生息が報告されている魔獣たちだ。
脈絡のないメンバーだが、共通点があるとすれば毒を武器とする魔獣種であることぐらいか?
……そして重要な確信が一つある。
彼らから漂ってくる魔力。あれは間違いなく、件のドラゴンたちから放たれていたものと同じだ。
皮膚の上を万匹の蟲がぞろぞろと這っていくような、あの吐きそうになる感覚。今まさに、再びそれを体感している。むしろ、あのドラゴンの時よりもずっと強烈だ。
意思とは関係なく行われる嘔吐反射のように、口の中に勝手に酸っぱい味が溢れてくる。
正直言って鳥肌モノだ。
しかしこれだけの格を持つ魔獣。十中八九『樹海の主』に関係がある。
今はとにかくこちらの目的を告げて、相手の警戒を解くことに尽力すべきだろう。
そしてヒッタイトは、目の前の三匹の蟲たちを見据える。つぶらな瞳でこちらを眺めている彼らだが、油断は禁物だ。
ああして余裕そうに傍観に回っているのも、やろうと思えば、いつでもこちらを仕留められるという自信があるからなのだろう。
彼女は一歩前に躍り出て、言葉を紡いだ。
「失礼、名乗りが遅れた! あたしはヒッタイト! 後ろの面々はあたしが率いる冒険者パーティーの仲間だ!」
彼女が大きく息を吸う。
「あたしたちは『モラトリアム』のギルドマスターからの依頼で、新たに生まれた『樹海の主』との交流を求めて来た!」
ヒッタイトが名乗りを上げてから数秒の後、あたりに満ちる静寂を破って、会話を試みる者がここに一人。
「シュシュシュ……人間たちよ、死の樹海へとようこそ」
そう声が聞こえたのは、蟲たちの方からだった。
そう、なんと人語を繰ってヒッタイトたちに語りかけたのは、蛇であった。
その声はまるで清流によって磨かれた水晶のよう。ずっと聴いていたいと思ってしまう、底の見えない透き通った声だ。
高度な念話の魔法によって、人間の肉声へと限りなく近づけられた音である。
そして、言葉を発したのは蛇だけではなかった。
「ウジョウジョ……人間なんて珍しいもんだな〜」
「カキュカキュ……よく死なずにここまで来れたね。すごいよ」
蛇に続いて、なんと百足と蜘蛛まで言葉を発したのだ。
若干の野生味を帯びたハスキーボイスの百足と、少年のようなソプラノボイスの蜘蛛。
目の前の蟲たちが、そんな中々に耳触りの良い声を発するものだから、ヒッタイトたちの混乱も相当だ。
それだけではない。
人語を操る魔獣というのは、高い格を持つ非常に希少で尊い存在なのだ。
それこそ茶太郎のような、何百年もの悠久の時を生き抜いた者たちのみが到達できる境地なのである。
それ故に、人語を操る魔獣というのは、同時に食物連鎖の頂点に立つ者であることが多いのだ。
――つまり、この蟲たちは人外魔境の最強格……!?
理解ってはいたことだが、改めてそれを認識してみるとぞわりと鳥肌がはしる。
そしてさらに、ヒッタイトたちが言葉を失っているその合間に、蟲たちから予想外の言葉が投げかけられた。
「それはそうと君たちさ、オレらと戦ってかない?」
最近更新が滞っていてすみません。
リアルが少しばかり忙しいのですが、一週間程すれば元の更新ペースに戻ると思います。
そしてこれだけは伝えておきたいのですが、蜘蛛はバッチバチのショタボです。