41 交わる岐路
「シュウ〜……」
竜型傀儡召喚の儀式の後、急にばたりと倒れ込んでしまった少女。
蜘蛛と蛇は彼女を木の葉のベットの上に寝かせて、その顔色を心配そうに覗き込んでいた。
「ウジョジョォッ……!」
一方こちらは百足。彼はメルト、ウィズダムの両者と協力して、ドラゴンゴーレムの操作を行っている。
しかし、彼らの額に浮かんでいるのは大粒の脂汗。やはり相当な集中と消耗を要しているようだ。
「カキュ……」
蜘蛛は魔法で生み出した小さな氷を、葉に包んで少女の額に載せた。
ほぼ無限に近い魔力を有している少女。そのため、彼女の辞書に魔力切れなどという文字はない。
彼女が今回倒れた原因は、儀式によって急激に魔力を消費したことによるショックだ。
これは百足でも予想出来なかったことである。少女、百足、蜘蛛、蛇。この四者の魔力が入り混じったことで、儀式が思わぬ変質を起こしてしまったのだ。
そしてその結果、術者に要求される魔力の量が爆発的に増加してしまったというわけである。
「百足殿! もうすぐで追い込みが終わります!」
その時、メルトが叫んだ。そう、もしこの追い込み漁作戦が成功しているのならば、もうすぐここに賊どもがやって来ることになる。
「カキュ!」
「シュ!」
正直に言って、ここにいるのは超過剰戦力。賊などという矮小で卑劣な下種を相手取るにあたって、問題など何もない。
だが、ここには倒れて身動きの取れない少女がいる。そのため無闇に大技が撃てないことに加えて、彼女を守る必要も出てくる。
「グググ……」
唸るメルト。彼は、賊どもを永久凍土に埋め殺してしまいたい気持ちで一杯だ。
賊どもの喉笛をかっ切ってやりたい。奴らが妻と娘にしたように、その皮を剥いで殺してやりたい。
しかし、それはどうしても個であった。
そんなこと、メルト本人も重々承知である。
少女とともに、妻と子の眠る墓の前に立ったあの日、彼は決意したのだ。少女のことを信じてついていくと。彼女の手となり足となると。
ならばどうするべきか。
今自分がすべきこととは何か。
優先すべきなのは――
「百足殿、私は主を連れてここを離れます。あなた方はここで思う存分戦ってください」
メルトは少女を連れて、戦場を離れる決心をした。
「ウジョ?」
「ええ。いいのです。後は任せます!」
眠る少女を背に担いで走り始めるメルト。
「どうか――頼む」
誰にも聞こえないほどの小声で、彼は最後にそう言い残した。
メルトが去ってからしばらくして。
「ウジョ!」
ついに、ドラゴンゴーレムたちが樹海を一周して、百足たちの元へと戻ってきた。
ドラゴンの飛翔力でも、樹海全てを周り切るまでに丸三日もかかっている。
「カキュ……」
それに並行して、蜘蛛が魔法で辺りの気配を探っている。
じわじわと進行した追い込み。賊は知らず知らずの内にその網にかかる……そういう算段だった。
果たして、その結果は――
「……カキュゥ」
……蜘蛛曰く、『人間の気配はなし』だそうだ。
「シュゥ〜……」
あからさまに落ち込む蛇。彼女の首がへたりと垂れる。
自分の提案で皆に徒労を強いてしまったことが申し訳なくて、何より悔しいのだろう。
「……ウジョジョ」
百足はそんな蛇へと寄り添っていった。不眠不休のゴーレム操縦で疲労困憊な百足だが、しかし彼は蛇の苦労を知っている。
触媒である自身の抜け殻を生み出す為に、蛇は魔法で自身の脱皮のサイクルを狂わせて、無理矢理に早めていたのだ。
それが彼女にどんな代償を払わせたかなど、語るまでもない。
彼女を責める者など、どこにもいない。
それから、しばらくは魔法による探査を継続した蜘蛛だったが……。
「……カキュカキュ」
やがて確かな失敗を悟り、その魔法を棄却した。
――しかし、少女を連れて避難したメルトを呼び戻そうと、蜘蛛が合図となる魔法を打ち上げようとしたその時。
「……カキュ?」
彼の閉じかけの探知の魔法に、高速で迫る反応が一つ現れた。
そして次の瞬間――
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
「ちょっと茶太郎!? 止まるの急過ぎるってあああああーー!?」
大きな悲鳴とともに、百足たちの前に飛び出してきた影が五つ。
それは巨大な狐と、その背中から空中へと放り出された四人の人間たちだった。
ヤバい奴らとヤバい奴らが出会ってしまった……。