4 果物マイスター蜘蛛
まるで屋根のように生い茂った巨樹の枝葉を、さんさんとした朝日が照らす。魔狼などの夜を生きる魔獣たちがそっと寝床へと帰り、代わりに陽光を好む魔獣たちが再び動き出す。
眠っていた少女も、頭上から降り注ぐ木漏れ日で目を覚ました。
「みんなおはよう」
既に寝床から起き出していた蟲たちに、少女が目覚めの挨拶をする。蟲たちも触覚を振ったりして挨拶を返してくれた。
和やかな早朝の団欒だ
そしてふと見てみれば、少女の目の前には色とりどりの果実が山のように積まれている。いま夏の季節を迎えている死の樹海ならではの、みずみずしい果実たちだ。
少女はその中にあった桃のような果実を手に取り、一口ぱくりと齧った。優しい甘味を秘めた果汁が口いっぱいに広がり、寝起きの体を目覚めさせてくれる。
「カキュカキュ」
すると蜘蛛がやって来て、新たに梨のような果実を山に加えた。彼は前脚をふりふりと振って上機嫌な様子だ。きっと果実がたくさん採集できたことを喜んでいるのだろう。
木登りが得意な蜘蛛は果実の採集を得意としている。その上、季節ごとの美味しい果実を知り尽くしているので、毎朝こうして果実を樹海中から集めてきてくれるのだ。
「あーん、もぐもぐ」
少女は次に、葡萄のような形の果実に狙いを定めたようだ。蜘蛛によって丁寧に薄皮が取り除かれた葡萄の実を、彼女は次々に口の中に放り込んでいく。
甘みが七割、酸味が二割、そこに渋みがちょっぴり加わっているこの葡萄は、何粒食べても飽きない味だ。
死の樹海には、美味しい果実を実らせる果樹が多数生息している。甘い果実を実らせることで、それを好む魔獣たちに守ってもらえるからだ。
蜘蛛は毎朝のように果実を採ってきてくれるが、それはつまり、毎日のように果樹を守る魔獣たちと激闘を繰り広げて、そして無事に生還しているということだ。
もしかすると彼は相当に強いのではないだろうか。
「どのくだものもおいしい。すごくあまい」
「カキュカキュ!」
とはいえ、果物の甘味に頬を緩める少女を見て満足そうに頷く蜘蛛の姿は、ただの無害な蟲にしか見えない。
蜘蛛は上機嫌な気持ちを発散するように、体をゆっさゆっさと左右に揺らした。
果物の山を全て平らげて空腹を満たした後、少女たちは場所を変えて、樹海の中にある小高い丘の上にいた。
この丘は造られた地形だ。
数年前に魔獣の群れ同士の大規模な縄張り争いが勃発した際、戦いの最中に放たれた土の魔法の余波がこの丘を造り出したのである。
そのためこの丘は樹海の中では新しい土地であり、まだ草や低木などしか生えていない。
周辺よりも高さがあり、さらには視界を遮るような背の高い植物も生えていない。だからこの丘からは広大な樹海をまるっと見渡すことが出来た。
少女はこの丘から見える景色が好きだった。生命力豊かに生い茂った巨樹と、そこから飛び立っていくカラフルな鳥の群れ。吹き抜けていく風を浴びながらそれらを眺めていると、自然と心が落ち着いてくる。
ただ、今日は景色を眺めるためだけにこの丘に来たわけではないのだ。
「……あっちうごいた。いこう!」
少女の目が、遠方でがさりと揺れる一本の巨樹を捉えた。それと同時に、少女たちはその巨樹のある方角へと駆け出していった。
狩りの始まりである。小高いこの丘から周辺を観察することによって、少女たちは獲物を探していたのだ。
彼女たちの駆けていくその先にはきっと、今日の晩御飯が待っているはずである。
大幅に改稿しました。