39 千切れ飛ぶ、かつて髪だったもの
「コマチ! この式神、もっとスピード出ないのか!?」
「無理です! 紙が依り代である以上はっ!」
「あああーーっ!? 毛根ちぎれりゅーーっ!?」
樹海に響く風切り音。巨樹の隙間を猛スピードで駆け抜けていくのは、空飛ぶ絨毯に乗ったヒッタイトたちだ。
わさ、わさわさ……
正確に言えば、鍵穴型の紙の式神が集まって作られたハリボテなのだが。
しかしそれでも、この広大すぎる樹海においては立派すぎる移動手段だ。
「毛根がぁッ!? ブチブチいってるってぇーー!?」
そのあまりのスピードに、髪の毛が強く後ろに引っ張られている。悲しいことに、ソバの毛根は既にボロボロだ。
「くそっ! あのドラゴン速すぎるっ!」
そんな彼と彼の毛根のことは気に留めず、ヒッタイトは憎らしげにそう呟いた。
彼女たちの前方の上空。そこにいるのは、隊列を組んだ十体のドラゴンたち。
今ヒッタイトたちは追走の真っ最中だ。
ヒッタイトは見抜いた。あのドラゴンたちこそ、今回の樹海探索成功の鍵であると。
「はっきり言って、あのドラゴンの隊列はあからさまだ」
ヒッタイトは空飛ぶドラゴンたちを目撃した後すぐ、そう皆に語っていた。
「特に二つ、異常な点がある」
一つ。
ドラゴンとは、極度の個人主義をとる魔獣である。そんな彼らが群れをつくって、しかも統率の取れた隊列を組むことなど異常以外の何者でもないのだ。
そして、そこから導き出される仮説がある。
その異常を受け入れさせるほどの圧力・権力を持った何者かがいたのではないか、ということだ。
そう考えてみれば、点と点が線でつながる。
そんなことができるのは、知る限り『樹海の主』しかいないのだから。
そしてもう一つ。
空を駆ける十体のドラゴンたち、そのいずれもが、全く差異なく、そっくりな見た目をしているように見えたこと。そう、まるで複製された彫刻であるかのように。
もしあのドラゴンたちが本当にゴーレムだったとしたら、それもまた『樹海の主』につながる。
最強種、竜の姿写し。そんな常識外のもの、相当な魔術の実力――『樹海の主』級の力がないと創造できないのだから。
つまり結論、どのみちあのドラゴンたちは、間違いなく何らかの形で『樹海の主』に関わっている。
そんな絶好の手掛かりが、わざわざそちらから出向いて来てくれたのだ。
この機を逃す手などない。
「耐えてくれッ! 俺の毛根ッ!」
追走は続く。
高速で空を駆けるドラゴンたちに、なんとか縋り付いている式神製・空飛ぶ絨毯。しかしよく見ると、ボロボロになった式神が次々と絨毯から脱落していっている。
流石に無理を言わせすぎた。このスピードを維持することも、もうこれ以上は難しいだろう。
「まずいな……。この樹海は広すぎる。たとえドラゴンの巨体でも、離されたらすぐに見失っちまうぞ!」
絨毯の綻びはどんどん大きくなっていっている。スピードもそれに伴って落ちてくる。
「……毛根といろんなものが犠牲になるが、やるしかないか!」
「コン!」
しかしその時、何やら意を決した様子のソバが意味深な呟きをこぼした。
相変わらず毛根のことは気にしているようだが……。
「頼んだ! 茶太郎!」
「キャン!」
と、次の瞬間、茶太郎がソバの肩の上からひょいと飛び降りた。
するとその身体中から、急激に魔力が立ち昇り始める。
「いくぞ茶太郎!」
ソバも茶太郎へと、持てるだけの魔力をありったけ注いだ。
そして、茶太郎が地面に着地する寸前。
「『変化』」
茶太郎が、人間の言葉で確かにそう呟いた。
ソバ以外は皆、魔力で髪を守っているので心配いりません。
ちなみにその要領で肌を保護すると、日焼け止め代わりになります。