35 インスタント・マジック
「どうします? ヒッタイトさん」
「う〜ん、悩ましいなぁ……」
翼竜たちはまだ遠方にいる。しかし、着実にこちらに迫ってきている。
一見、この状況では戦いが避けられないようにも見えるが――
「あのワイバーンが、もし『樹海の主』の部下だったりしたら、やばいよな」
そう、彼女たちの目的は新たに生まれた樹海の主と思われる存在との、友好的接触だ。
その部下を殺めてしまえば、その先に待っているのは友好的とは程遠い結果である。
故に、ヒッタイトたちはこの山脈含めた樹海周辺では、リスクを抑えるために一切魔獣を狩ることができない。
勿論、あのワイバーンたちも例外ではない。
「コマチの魔力も……」
「ギリですよ」
「だよなぁ〜」
しかし、ここで足踏みしている暇は一秒もない。
とある事情のせいで弾丸登山となってしまったために、コマチの結界の維持も限界に近づいてきている。立ち止まれないのだ。
かと言って、戦うことには和平決裂のリスクが付き纏う。そもそも、この雪山という不利な環境での戦闘は得策ではない。
ならばどうするか。何か策はないのか。
「――しゃあないな。こいつを使う」
八方詰まりと思われたその時。
ヒッタイトが背負った背嚢をガサガサと漁り、一つの奇妙な物体を取り出した。
「こいつぁ虎の子……秘密兵器なんだけどよ」
その形状は円柱――まるで缶のようだ。金属っぽく鈍色に光るその外見には、何となくだが『秘密兵器』という言葉が非常に似合っている。
「どっこいしょおおおおおっっっ!!」
ヒッタイトは大きく振りかぶると、その缶のような物体をワイバーンたちへ向かって遠投した。
くるくると回転しながら飛んでいく缶。そして一瞬魔力の輝きを放つと――
ざああああああああああ!
その光の中から、無数の鍵穴型の紙が飛び出してきた。
「あれって、東洋魔術の式神!?」
コマチが驚いたように言う。
紙たちは、まるで自律しているかのように空中を飛び回る。
ぐるぐると旋回するもの、急降下と急上昇を交互に繰り返すもの、非常に鈍いスピードでフラフラと飛ぶもの。各々が様々な飛び方を見せている。
しかし、個々はバラバラに動いていても、群れという陣形を崩す様子がないのが見事な所だ。
「グゴオオオオオ!?」
「ギャオッ!?」
「キャアアアィオ!?」
ワイバーンたちは式神と呼ばれたその紙の群れに戸惑い、滑空の軌道を著しく乱している。
ワイバーンとは、竜種の中でも身体的・知能的に劣っている種。故に、この子供騙しのような撹乱にも容易く心を乱される。
「あたしの虎の子については後で話す。今はあいつらから離れるぞ!」
その隙を突いて、ヒッタイトたちはその場を後にした。
なんとかワイバーンたちの視界から逃げ出した百鬼夜行の面々。
「はぁ、はぁ……。ヒッタイトさん、あれ何なんですか!? 変な物使うなら先に言っておいてくださいよ!」
息も絶え絶えなソバがヒッタイトに投げかけた。
「あれはあたしの発明品だ。」
「発明品?」
その言葉に、全く息を切らしていないヒッタイトが答える。
「ああ。錬金術でつくった容器の中に、魔術式を刻んだ巻物を詰めていてよ。あたしの魔力を注入すれば、それを鍵として術式を発動する優れものさ」
「また妙なものを……」
溜め息をつくソバ。ヒッタイトの破天荒はいつものことだが、まさか魔道具まで自作しているとは思わなかった。
「あの式神術はどこから?」
この疑問はコマチから。
巻物に魔術式を刻むにしても、参照元がいる。ヒッタイトは東洋魔術を扱えなかったはずだ。
ならば、術式をどこから写し取ってきたのだろう。
「ああ。コマチの使っている魔術式を転写させてもらったぞ」
ヒッタイトはこれにも至ってあっさりと答えた。
彼女はさらりと語っているが、魔道具専門の発明家でもない彼女がこれほどに高性能の物を生み出すというのは――
「転写って……。普通できませんよ、そんなこと」
かなり常識外だ。さすがはA級といったところだろう。
「他にもあるぜ。ほら、種類豊かだろ?」
ヒッタイトは背嚢から沢山の缶を出して見せる。
「ピンチなんて、あたしにとっちゃ想定内ってことよ!」
そう言って、彼女はまたもやガハハと笑う。
その様子を見て、百鬼夜行の面々はまたもや溜め息を吐いた。