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毒の魔法で華麗な日常を!!  作者: うなぎ大どじょう
第一章 死を育む樹海の中で
32/160

32 氷解

「むかでーー! どこぉーー!」


 岩の墓標を後にした少女。現在、空から墜落した際にはぐれた百足を捜索中である。


 しかし、その行き手を阻むようにして次第に吹雪が強まっていく。寒さには強い少女だが、さすがにホワイトアウトした視界では人探しは困難だ。


 さすがの少女も手をこまねく。


「う〜ん……。どうすべき……」


 腕を組んで唸る。だがその時――


「ヴアオオオオオオオオオオン!!」


 響き渡る遠吠えとともに、少女の元に一つの影が降り立った。

 雪のような白銀の体毛に、額に輝く一角。それは先程別れたはずの狼だった。


「おおかみ! 来てくれたの?」


 喜ぶ少女。きらきらとした瞳を彼に向ける。


「……勘違いするなよ。その百足とやらに捕まっている私の仲間を救出しに行くだけだ。お前を助けに来たわけではない」


 つとめて冷たく言う狼。しかし、それがあからさまな照れ隠しにも見えてしまうのは、単なる邪推であろうか。


 狼はふんとそっぽを向いた。


 そんな様子を見ていると、なんだか随分と打ち解けられているようで安心する。少女の手で氷の心が解かされて、剥き出しの心で他者と触れ合えるようになったのだ。


「だが、利害は一致している。力を貸してやらんこともないぞ?」


 そう言うのと同時に、彼の角からふわりと冷たい魔力が漂う。


「『マイ・スカイ』」


 凛々しい詠唱の声があたりに木霊する。


 そしてそれが鳴り止んだ時には既に、激しく横殴っていた吹雪はぴたりと止んでいた。


「すごい……」


「どうだ! このような天候を操る魔法、扱える者など滅多にいまい!」


「うん、すごいよおおかみ!」


 純粋無垢な羨望の眼差しに射止められたのか、狼はすぐにまた少女から目を逸らしてしまった。


「とにかく、百足とやらを探しに行くぞ!」






「微妙ににおいがするな……」


「むかでのにおい?」


「百足に付いたお前のにおいだ」


 くんくんと空中で鼻を鳴らす狼。風上からの一陣の風に、百足発見の手掛かりを見つけ出したらしい。


 引き続きにおいを探る彼だが、ここで一つ異常を察知した。


「おかしいな。においが……迫ってくる?」


 自分たちはこの場から動いていないのに、においが段々と強まってくるのだ。


 奇妙に思った狼がふと遠くを見やると――


「……なんだあれは」


「あ、むかでみっけ」


 彼の目に入ったのは、雪を舞い上げて滑空するドラゴンゴーレムに、群れを成して雪山の斜面を駆け下りる無数の狼型スノーゴーレム。

 そして、それらに引きずられる満身創痍の狼たちの姿があった。


「私の部下たちがあぁぁぁぁぁ」


 絶叫する狼。引きずられている狼たちは無事なので安心してほしいのだが、彼はドラゴンゴーレムという過剰戦力を差し向けられた部下たちが哀れで仕方ないようだ。


「ウジョーーー!!」


 そんな狼の様子もいざ知らず、百足はドラゴンゴーレムの背に乗って、ただ無邪気に笑っていた。






「ウジョウジョ」


「へえ、雪からもゴーレムってつくれたんだね」


 再会した百足と談笑する少女。

 戦闘を経ても無傷のままのドラゴンゴーレムと、雪から生み出されたスノーゴーレムたちに興味深々である。


「お前たち……すまない、あんな化け物の相手をさせてしまって……」


「ヴァフ……」


「キャフ……」


 一方こちらは部下たちを労う狼。なんというか、彼らからは悲壮感が漂っている。

 そりゃあ百足という天元突破の化け物をぶつけられたのだ。トラウマもやむなしである。


「……それにしても、あの少女と百足、よく言葉で通じ合えるものだ」


 そんな部下たちをなだめながらも、狼はちらりと少女のことを気にしていた。


「すごい! このゴーレムふわふわ!」


「ウジョジョ!」


 楽しげに笑い合う少女と百足。


 闘いの最中にあの少女から感じたのは、王の如き絶対の威厳だった。だが、今となってはそれは消え失せ、ただ天真爛漫な笑う少女がそこにいる。


 自分が忌み嫌っていた人間(ニンゲン)。その中に、あんなにも穏やかな笑顔があるのだとは思ってもみなかった。


 狼の心の中に、不思議な感情が湧き出していく。


「……少女よ、お前にとってその百足は何なのだ?」


 少し逡巡(しゅんじゅん)した末に、狼は少女にそう問うてみた。

 彼は気になったのだ。知りたくなったのだ。わかりあう魔獣と人間、そこに何があるのかを。


「むかではわたしの家族だよ!」


「ウジョ!」


 彼の問いに、少女は一寸の迷いもなく即答した。


「わたしの紫涎(しぜん)もむかでが作ってくれたんだ!」


 百足も、蜘蛛も、蛇も、みんな自分の家族。それは少女にとって当たり前のことだった。彼らとは、物心ついた頃から一緒にいるのだから。


 だからこそ彼女は即答したのだが――


「魔獣と人間が、家族か……」


 狼には、その言葉がとても強くしみた。


「そんなことを聞いたら、ますますお前のことを信じたくなってしまうではないか……」


 おもむろに青空を見上げて、(まぶた)を閉じる狼。


 しかしやがて、彼は何かを決意したかのようにその瞳を開いた。


 その瞳には覚悟が宿っている。


「一つ、頼みがある」


 ぽつりと狼が呟いた。彼の口から溢れた白い息が、雪山の冷たい大気に溶けていく。


 狼と少女の瞳が一直線に向き合う。


 そして、彼はその言葉の続きを紡いだ。


「私に名をくれ」

狼には、幸せになってほしいのです。

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