27 握った拳で何を成す
「とりゃぁ! うりゃぁ! せいやぁ!」
「があッ!?」
狼の腹に、少女の打撃が突き刺さる。
「何故だ! 何故こうも圧倒される!?」
狼の放った吹雪の大渦は、一応少女の魔法攻撃を相殺した。
しかし、その大渦をあろうことか真正面から突き破って飛び出してきた少女。大技の使用直後の硬直中であった狼は、彼女の連打に対してなす術がない。
結果、この蹂躙である。
「はあっ!!」
「ぐがあッ!?」
突き刺さる拳。
正に一転攻勢。
――いや、それは正しくない。そもそも、少女が劣勢であった時などなかった。
少女が闘いの序盤に攻めの後手にまわっていたのは、狼に圧倒されていたからではない。彼の力量を推し量るための、『あえて』である。
「おりゃぁっ!!」
「ゴフッ!?」
紫涎だけではない。少女は拳や脚、魔法さえも打撃に織り交ぜて、巧みに狼を追い詰める。
「――ニンゲンに負けて堪るかッ!!」
しかし、ただ殴られ続けるこの状況に甘んじている狼ではない。
「『ヴァージン・ロード』!!」
彼も反撃の一撃を繰り出した。
「処女雪に埋もれろ!!」
「……!」
突如、少女の顔に影が落ちる。彼女の上空には、あたりの陽光をまるごと遮る、超巨大な雪玉が生み出されていた。
さすがに少女もこれには回避行動を取らざるを得ない。
「とぅっ」
少女が大きく後ろに飛び退いたその数瞬後、落下した超巨大雪玉が地面に激突した。
「あぶなかった……」
「……仕切り直しだ、ヒトムスメ」
舞い上がる雪の中で、再び互いに距離をとって構える両者。
「『アイスサーベル』」
狼の眼前に氷の大剣が現れる。極寒の雪山の中にあってもなお、ゆらりと白い冷気を放つ絶対零度の剣だ。
狼はその柄を口で咥え、剣士の如き構えをとる。
「ふぅん……」
それを見た少女はあろうことか……。
「……貴様、何をしている」
武器である紫涎を地面に突き刺して、両手を空にした。
剣に無手で挑むというのか。
狼がギリリと牙を噛み締める。武器などなくとも事足りる。そう言われたように感じた。
「いいだろう……握った拳で何を成す! ヒトムスメ!」
狼は冷たい魔力をその身にまとい、空中へと跳躍した。
そして空気を蹴るようにして加速すると、少女の元へと一直線に降下する。
「――『握った拳で何を成す』か……」
少女がぽつりと呟く。
瞬間、彼女が両手を大きく横に広げた。
「この拳で、貴方を抱き締めてあげる」
少女がそう言うのと、狼が剣を振り下ろしたのはほぼ同時だった。
狼の一閃で山が断たれる。
舞い上がる氷雪。それが晴れたとき――
「ぐ……グウ……」
そこには、少女の両腕にかたく抱き締められた狼の姿があった。
「何のつもりだ!?」
当然の困惑を示す狼。
それに対して、少女はぽつぽつと語り始めた。
「最近、悩んでるんだ。命とか、死とか、いろんなことに」
小さな声で、少し震える声色で、しかしはっきりと呟く。
「だから、後悔しない選択をした。それがこれ」
狼を抱く少女の腕が、よりかたく締まる。
「聞きたいことがあるんだ。貴方の敵意がわたしじゃなくて『ニンゲン』に向いていたこと、貴方が絶対に流れ弾を当てなかった地面に刺さった岩のこと……」
少女と狼の視線が交わる。
「……貴方がずっと、悲しそうな顔をしていたこと。その理由を聞かせてほしいの」
数秒、見つめあう二人。
「――誰が言うかッ! ニンゲンなどにッ!!」
狼は少女の腕を振りほどいて後退すると、音がするほどに牙をきしませる。
「ニンゲンなどにッ!!」
少女に向かって爪を振り下ろす狼。その一撃は――
――ドシャッ!
少女の肩を一直線に深く裂いた。
「なぜ防がない!?」
返り血に狼の顔が赤く染まる。
大きく開いた肩の傷口から、だらだらと少女の血が流れ落ちる。
「……知りたいんだ」
しかし、少女はただの少しも表情を歪ませない。目線を逸らさない。
「貴方のことを、わたしに理解させてほしいんだ」
血にまみれた身体で、少女はただそう言った。
Q、なぜ狼は、剣を口に咥えた状態でも明瞭に話せるの?
A、魔法だからです。
魔獣は人間のような発声器官を持ちません。そのため言語を用いる際には、魔法による念話のようなものを使用します。